創造界隈アートスペース Vol.3

Posted : 2009.12.25
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CREAM(ヨコハマ国際映像祭)も開催され、週イチペースで訪れたこの秋の横浜。今回はどんな表情を見せてくれたのだろうか。 ・・・アートライターの住吉智恵が「創造界隈」のアートスポットをご紹介する連載コラム第3回。

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年12月25日発行号 に掲載したものです。

場の記憶を纏う「創造空間9001」、創造界隈を牽引する「BankART Studio NYK」

場の記憶がもたらす独特の「気」―「創造空間9001」

創造空間9001。かつては東横線桜木町駅舎だった

創造空間9001。かつては東横線桜木町駅舎だった

東急沿線住民にとって、みなとみらい線が開通する以前のヨコハマの玄関口といえば桜木町駅であった。海側の駅前は視界が広く、それがかえって高架下の壁一面のグラフィティに発散されたエネルギーや、駅裏の下町・野毛の猥雑さを際立たせていた。使われなくなって久しい東横線の旧駅舎に、2007年9月、その一部を展示空間とした「創造空間9001」が生まれ、アートだけでなくストリートライヴや野毛大道芸など、多彩な企画が実現されてきた。

ここで印象的だった展覧会の一つは、2008年の横浜トリエンナーレの会期に合わせて開催された「三田村光土里@ヨコハマ」展(2008年9月13日~11月30日開催)だ。東京の下町、谷中や曳舟の民家のスタジオにほとんど住みつくようにして公開制作に取り組んできた作家ならではの親密感が、ほどよく寂れた旧駅舎の空間にそっと紛れ込み、異質なアンサンブルを奏でていた。フィンランドでもレジデンスを経験した彼女が、この空間の清々とした寂寥感に、アキ・カウリスマキ監督の描く、空虚でありながらどこか懐かしい空気を感じとったかどうかはわからない。だが少なくともこの空間には、かつて多くの人々が行き交い、愛憎を注ぎ込まれた場所だけに漂う、特別な「気」が宿るようである。とくに英国滞在中に制作された映像作品が上映された小空間を気に入って、何度も何度も繰り返し観た。錆びた鉄の匂いや冷気と、映像のヴィヴィッドな色彩やほのかにアカデミックな薫り、そして牧歌的な旋律がいつまでも耳に残り、ミステリアスな物語を暗示させる「倫敦橋」の歌声とが、一体となって身体にまとわりつき、くせになりそうな快楽をもたらすのだった。

「三田村光土里@ヨコハマ」展示風景

「三田村光土里@ヨコハマ」展示風景

セマーソン夫妻の実験映像の展示

セマーソン夫妻の実験映像の展示

たとえば今年11月のヨコハマ国際映像祭の会期中に上映された、ポーランドのアバンギャルド、フランチェスカ・アンド・ステファン・セマーソン夫妻の実験映像もそうだった。幻惑的なモノクロームの濃淡がこの場所の「気」を吸い取り、制作当時の1940年前後のヨーロッパに充満していた一触即発のきな臭さを、いっそう緊密に呼びおこす効果をあげていた。

その「創造空間9001」もいったん役目を終えるということで、2010年3月に閉館する。1月には「-いけにえ-齋藤 良・杉山孝貴二人展」を開催。最後を飾る「9001ラストイベント」(仮)は、これまでのアーカイブをもとに「これまでの東横線桜木町駅とこれから」をコンセプトとした作品で会場構成されるという。もう一度最後にあの空間で、ゾクッとするような感覚を味わいたいものだ・・・。
「創造空間9001」イベント情報

 

創造界隈アートシーンの開拓者かつ牽引者―「BankART Studio NYK」

BankART Studio NYK。日本郵船の倉庫だっただけにそっけないが大きな空間が特徴

BankART Studio NYK。日本郵船の倉庫だっただけにそっけないが大きな空間が特徴

刻々と変化する創造界隈のなかでも、このプロジェクトのパイオニアとしての役割を果たし、すでに不動の城を築いたともいえるのが「BankART」である。2004年、活動のスタート地点となったのは馬車道の旧第一銀行のエレガントな建物を改築した「BankART 1929 Yokohama」。2005年には、横浜市の誘致により移転してきた東京藝術大学大学院映像研究科に建物の一つ(旧富士銀行横浜支店)を譲り、日本郵船のワイルドな倉庫を改修して「BankART Studio NYK」がオープン。現在は、みかんぐみによる再度の改修を経て全館使用可能になった「BankART Studio NYK」を拠点に、活発な事業を展開している。

あくまで気まぐれな訪問者として印象を言えば、遠出してきた感は免れない。しかしそれゆえに雑然とした街並から離れ、ゆったりとした豊かな場所であることはまちがいない。代表である池田修氏はこう語る。

「横浜という土地は空も海も道幅も広い。海に面するこの場所はとくに水に反射した光が射しこんで、北向きでも一日中明るいんですよ。横浜には古い建物が数多く残されていて、それを市の積極的な協力によって、民間に委託するシステムができあがっています。それも自由度が与えられていて、東京ではやれないことができる可能性があるから、アーティストたちも気に入って居着くようになります。まだまだ行政主導ですが、民間と共に自主的なかたちで施設やプロジェクトを連鎖させ、リレーしていかなければと思っています」。

たしかに構成要素としては普通の美術館などと変わりないのだが、条件面で自由度が高い。どーんと豪快な展示やステージ構成が可能な大型空間。スクールやアーティストインスタジオに最適な小・中規模空間。24時間の建物使用が可能で、ときには宿泊も可。パブは毎日夜11時まで営業している。しかもビールのセレクションがいい。(オープン当初よりは絞り込まれたが、それでもアートの自主運営施設のなかでは珠玉の品揃え)「学び」を求めてここに来る若い世代にとって、講座やワークショップのあと、うまいビールを飲みながら、作家や評論家などの先達たちと語らう場が用意されていることは刺激的であり、自然な世代交歓のかたちが育まれるはずだ。

筆者の場合、ここへはパフォーマンス公演を観に行く機会が多いのだが、コーディネート事業と呼ばれる、いわゆる持込み企画のイベント(レンタル、あるいは協力企画)のセンスがいい。(→BankART イベント情報)ホールや劇場ではかなわない大胆な舞台づくりができることもあり、パフォーミングアーティストは空間のもつ力に負けないようにそこに存在することが求められる。そんな緊張感も成功の要因だろう。池田氏は言う。

「コーディネート事業では、単なるレンタルでなく、何かひと味違うものを求めようと思うからこそ、知恵を出し合って企画を一緒につくりあげることを心がけているし、予算提供、プレス協力を惜しみません。BankARTが関わることでイベントそのものが向上するように心がけています。アーティストたちだけでなく、我々自身が横浜という土地からもっと影響を受けなければいけないとも思います。その触媒となってより生産的な活動をしていきたいですね」。

池田氏が口にする、その「一緒につくりあげる」姿勢こそが、BankARTが横浜のアートシーンを牽引してきたコツではないだろうか。横浜市の抱える文化施策の枠組みや都市計画に対しても、あくまで外からの立場で「吠え続ける」ことを旨としていると池田氏は語る。さらに、BankARTが1つ1つ実験の成果をあげてきたその仕組みを、横浜のみならず海外の提携都市との交流プロジェクトや公共の美術館に向けて、積極的に提案していこうと考えているようだ。

また「本当はものづくりが好き」という池田氏の心意気からであろう、館内で滞在制作する作家へのサポートも手厚く、また若いクリエーターと共に、数多くの書籍やDVDなどコンテンツの制作出版にも力を入れている。(この取材の折りにも資料として、目の前に山のように本が積み上げられて少々圧倒された・・・)。活動の記録を丹念にアーカイブ化する、その膨大な作業量を面倒がらずにやってきたところにも、熱意と根気と「一緒につくりあげる」意欲があふれていることがわかる。

「BankARTはいつ誰が来ても楽しめる、公園や駅のような構造でありたい」と池田氏は語る。横浜にアートを観に訪れる人が待合せや休憩に使ったり、実際にこの日もパブでひと休みのはずが、最近横浜に仕事場を移した某写真家にばったり出くわしたりと、BankARTは少しずつだがハブ的な役割を担うようになってきた。あそこに行くとついつい長居して終電ぎりぎりになるんだよね、とアートファンや関係者に言わせたら思うツボ。あとは馬車道駅前の台湾料理屋並みに美味しいつまみを出してくれたら最高なんだけど・・・と思うばかりである(五香粉のきいた腸詰希望)。

 

著者プロフィール

住吉 智恵 [すみよし ちえ](アートエディター・ライター)

東京生まれ。「ART iT」「BRUTUS」などに執筆する傍ら、アートバーTRAUMARISオーナーを5年務め、現在再開準備中。美術と同じくらい、映画、音楽、舞台、文学を愛する高等でない遊民。

 

■インフォメーション

[創造空間9001 イベント情報]
-いけにえ-齋藤 良・杉山孝貴二人展

日時:2010年1月4日(月)~1月17日(日)11:00~20:00
概要:横浜を拠点に活動する造形作家齋藤良と杉山孝貴の二人展を開催。

 

「9001ラストイベント」(仮)

日時:2010年3月4日(木)~3月7日(日)10:00~19:00 5日(金)18:00~さよならパーティー
参加アーティスト:岸 健太、瀧 健太郎
概要:2010年3月に閉館する創造空間9001(旧東横線桜木町駅舎)の最後を飾る展覧会を開催。オープンから閉館までのアーカイブ、「これまでの東横線桜木町駅とこれから」をコンセプトとした作品で会場を構成。

 

[BankART イベント情報]
Time Lapse Plant/偽加速器(prototype/試作)
藤本隆行・真鍋大度・石橋素

会期:2009年12月25日(金)~2010年1月11日(祝・月)
会場:BankART Studio NYK 1F / NYKホール
時間:11:30~19:00(休館日12月29日~1月4日)
料金:無料
12月25日(金)は20:30まで開場
※オープニングパーティ 20:30~22:45(料金1500円)
 主催=藤本隆行/共催=BankART 1929
協力=カラーキネティクス・ジャパン株式会社、東京都写真美術館、タマテックラボ、京都造形芸術大学空間演出デザイン学科、Rhizomatiks、DGN、4nchor5 la6 、株式会社エディスグローヴ、稲荷森 健(PAシステムデザイン)、永田 幹(ファニチャーデザイン)

 

[関連イベント情報]

オープニングパーティ+ 安藤洋子×平井優子 ダンス・インプロビゼーション
日時:2009年12月25日(金) 20:30~22:45 (ダンスイベント=21:30~21:50)
料金:1,500円(パーティ参加費含む)
協力:象の鼻テラス
対談:藤本隆行×山口真美(中央大学文学部心理学研究室教授)
日時:2010年1月10日(日) 15:00~
料金:1,000円(ワンドリンク付き)
問い合わせ先:info@true.gr.jp(藤本)045-663-2812, info@bankart1929.com(BankART1929 Office)

 

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年12月25日発行号に掲載したものです。