創造界隈アートスペース Vol.4

Posted : 2010.02.25
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・・・アートライターの住吉智恵がご紹介する「創造界隈」のアートスポットをめぐる連載コラムの第4回。最終回では、いずれも近年スタートした新しい試みの“現在進行形”を紹介する。

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2010年2月25日発行号 に掲載したものです。

“現在進行形”の新しい試み

歴史的建築の中は現代アート最前線―YCC(ヨコハマ・クリエイティブシティ・センター)

ヨコハマのアートスポットを訪ねるとき、見慣れているようでも感じの良いのは、歴史を感じさせるクラシックな建築物である。1929年に建てられた旧第一銀行横浜支店を移築・復元した「ヨコハマ・クリエイティブシティ・センター」(以下YCC)もその1つ。馬車道の交差点に建つ、純白の凛とした姿にはいつも惚れ惚れする。トスカーナ式オーダーという半円形のロマンティックなバルコニー(ロミジュリ式?)でオペラのアリアでも上演すればきっと話題になることだろう。

2階に設置された「アーツコミッション・ヨコハマ」(以下ACY)では、助成制度やアーティスト向け講座からアトリエ探しのお手伝いまで、ヨコハマでの創作活動をサポートする相談窓口的な役割を担う。最近煮詰まってきたし、ヨコハマで心機一転がんばろう!というアーティスト諸氏。不景気で仕事の悩みは深いけど、アートに触れて人生少しでもアクティブにいきたい!という前向きな社会人。そんな人たちのための駆け込み寺としてもここは開放されているようだ。

館内には3つの広々としたスペースがあり、コンサートや展示に活用されている。この1月、1階ホールでは、北京市と横浜市の交流事業であるアーティスト・イン・レジデンスの招聘で滞在制作を行なっていた作家、孫遜の「主義之外」展が開催された。壁一面に約2.5m×5mの水墨画の物語絵巻が堂々とかけられ、胸のすくような展示。それ以上にモニター上映されていた過去の作品集に惹かれ、次の取材に遅れそうになりながらも全作品観てしまったほど。

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1980年生まれというから、ここ10年のコンテンポラリーアートの文脈にどっぷり浸かっていることは作風を見ても明らかだが、モノクロの手描きアニメーションという“ホット”な手法を踏襲していながらも、その画力の高さ、多彩な描線の残しかた、寓話的なイマジネーションの豊かさはダントツかもしれない。おりしも大規模な個展開催中のウィリアム・ケントリッジや束芋の影響をどうしても感じてしまうが、嫌味がないというか良い意味でソツがない。動植物や星座、象形文字などの装飾的な表現も洗練されていて“見心地”がいい。

それにしても、人間の歴史がいかにしてつくられ、語られてきたかという普遍的な主題に、なぜこうも手描きアニメーションという技法はしっくりくるのだろう? なぜか戦士や祭祀のための入れ墨を連想した。消して繰り返し描き重ねられる木炭は、皮膚を半永久的に染色する入れ墨とは正反対の技法にもかかわら ず、だ。おびただしく重ねられたドローイングには、口伝えや身体に刻みこまれた伝承文化にも似た、切実な祈念のようなものが宿るのだろうか。作家は制作の合間に臨書をたしなむというから、生真面目な歴史家でもあることは間違いない。
スン・シュン「主義之外」(会場:ヨコハマ・クリエイティブシティ・センター) 撮影=笠木靖之

スン・シュン「主義之外」(会場:ヨコハマ・クリエイティブシティ・センター) 撮影=笠木靖之

 

まちづくりプロジェクトは常に現在進行中-黄金町エリアマネジメントセンター

急ぎ足で向かったのは、黄金町。昨年9月にも一度取材に訪れたが、もうちょっと掘り下げる必要を感じて最終回に持ち越した。

筆者にとって、黄金町を新しいカルチャーの発信地として見るようになったのは、シネマ・ジャック&ベティの新装オープンのときからだ。まだギャラリーやカフェもまばらで、町が動き出す胎動は感じられなかった頃である。

この数年「黄金町バザール」などのイベントを通して、アートスポットとしての認知度は少しずつ高まってきたが、普段ひと気の少ないときの独特の静けさには、まだまだ近付き難いイメージがある(そこが面白いところなのだが)。各作家のスタジオの中では生き生きとした創造活動が行なわれているが、かつて青線地帯だった特殊なエリアに残る寂寥感と、若いアーティストのエネルギーとがすれ違っている状態というべきか。

そのなかでも気を吐いていると聞くのが「試聴室」というカフェ。作品展示だけでなく、ステージでは強者揃いのラインナップでライヴが行なわれ、人が集まっているという。ミュージシャンにとっては、予定調和的なハコよりはるかに本来音楽の生まれる場にふさわしいのかもしれない。

黄金町エリアマネジメントセンター
の山野真悟さんは、こう語る。
「黄金町のまちづくりは、一斉摘発によって残された空き店舗をアーティストに貸しだすという第1段階を越えたところです。なのでアーティストはいるけどアートの展示はない、というのが通常の状態ですね。そこで必要なのはアートを見せる演出なんです。次の段階では、短期的にアーティストを招いて制作してもらい、外から見える展示空間をつくり、広報活動にも力を入れていきます」。

永野鰹節店 撮影:笠木靖之

永野鰹節店 撮影:笠木靖

現在進行中のプロジェクトの1つに、建築設計事務所やゲストアーティストがタッグを組んで、町の再生拠点を整備するという取り組みがある。たとえば、暗い路地の裏側を人が出入りしやすい雰囲気にするため、塗装デザイナー・スクエアミーターによる外壁のカラーデザイン。アーティスト・山藤仁さんによる高架下の活用プラン。シキナミカズヤ建築研究所によるまちづくりプランの模型展示などがすでに始まっている。

興味をひかれたのは、創業58年の海産物卸問屋・永野鰹節店を、町を訪れる人にもお買物が楽しめる小売店化するというプロジェクト。卸し専門の店は、品物に関してはプロ中のプロの目利きだが、今まで小売りのコーナーは有り合せの箱などで陳列していた。そこで日ノ出スタジオに入居している青島琢治建築設計事務所が、小売りコーナーのレイアウトデザインなどを手がけ、店舗のリフレッシュを目指す。

永野鰹節店 撮影:笠木靖之

永野鰹節店 撮影:笠木靖之

「問屋街なのでどうしても休日になると人通りが少ないのですが、探してみると黄金町ならではの美味しい食材を扱うお店が多いんですよ。什器のデザインだけでなく、小分けのパッケージやお土産の商品開発、ガイドマップなどを整え、いずれは地域ブランドのアンテナショップをつくりたいですね」と山野さん。

ほかにもこの3月には四軒長屋を建築コンペで選ばれた4人の建築家がそれぞれリノベーションする計画、あるいは終戦直後の旅館の再利用計画が待ち受けている。いずれも1階をカフェやショップ、2階をオフィスやスタジオとして誘致するという。

「町の活性化のためには、黄金町を商業エリアとして生き返らせることが不可欠です。そのためには企業の出店誘致や、オープン後の広報や人材のサポートも考えています。飲食のほか、古書やクラフトなど専門性に特化した業種が良いんじゃないかと思いますね」。そう山野さんはヴィジョンを語ってくれた。

劇団 山縣家 撮影:笠木靖之

劇団 山縣家 撮影:笠木靖之

黄金町をベースに活動するアーティストのなかでも異色なのが「劇団 山縣家」だ。「チェルフィッチュ」「ライン京急」などで活躍する役者・山縣太一さんとそのご両親という演劇一家が、黄金町のアパートの一室を稽古場兼劇場として、地域の人たちを巻き込んだ「演劇あそび」と呼ぶワークショップや公演を開いている。かつての早稲田小劇場時代から芝居好きで、家業を継いでからも演劇活動を続けてきたというお父さんとお母さん。息子がコアな演劇の世界に入ったのもごく自然な成りゆきとナットクさせられる。

「私が台所でごはんの支度をしてるすぐ横で、太一が一人芝居を演じてたり、お客さん10人の贅沢な本番だったり、生活の匂いのする空間で演劇をするというのが好きなんですよ。黄金町は映画『天国と地獄』のイメージしかなかったけど、けっこう明るくて、安くて美味しいお店があったりね。川沿いの桜まつりのときには出店をだして、ワークショップに参加した人たちと、投げ銭式でダンスと即興劇を上演しました。大勢の人の中で個人になって、自分の気持ちいいところを探してさらけだすっていうのはなかなかできないことです。またやりたい!と言う人が多いんですよ」とお母さん。

劇団 山縣家 撮影:笠木靖之

劇団 山縣家 撮影:笠木靖之

劇団 山縣家 撮影:笠木靖之

劇団 山縣家 撮影:笠木靖之

劇団 山縣家 撮影:笠木靖之

劇団 山縣家 撮影:笠木靖之


これまで障害者を対象にしたワークショップを5年間やってきた実績がこの黄金町でも生かされているとお見受けした。実際、地域の主婦や子供たちが「山縣家」を通して、全身の五感を一気に総動員するという、日常ではできない体験を受けとめはじめているという。

「芝居って自分を解体することなんです。普段隠してるものが出ちゃう。だから生活という枠にハマって、子育てやテレビだけの日常を送っている人たちにとってはリハビリになるんですね。これが自分だと思い込んでる部分は、実はほんの数パーセントに過ぎないことを発見する。ほかの誰でもない自分の身体の感覚、自分のための価値観こそが自分を救うということを実感してほしいですね」。

お母さんはいかにも楽しげにそう話してくれた。
黄金町のまちづくりプロジェクトが地域に浸透していくきっかけは、実はこういった活動から生まれるのではないだろうか。町の安全や活気を最も切実に感じているのは、朝から晩までこの町で生活を営む主婦や子供たちだからだ。身をもって参加し、新しい自分を発見するコミュニティの発生は、地道ではあるけれど着実に、町を動かすエネルギー源になりそうだ。

 

まちぐるみで芸術文化を支えるヨコハマ

この日の最後に「象の鼻テラス」で行なわれた、安藤洋子さんのダンスパフォーマンスを観た。ザ・フォーサイス・カンパニーで国際的に活躍する安藤さんのきりりとした躍動に酔いしれる。ヨコハマの老舗・近沢レースの白い布地をふんだんに使った、清潔な衣装のなかで息づく血肉。その白と赤のコントラストを際立たせる、ダムタイプの藤本隆行さんのライティング。借景となる観覧車と客船の灯りが、ヨコハマの夜を決してエッジで、アーティなだけでない、人間の営みの仕業に見せていた。

ヨコハマのアートスポットは、必ずしも器用ではないが、関わる人たちの使命感に支えられている。行政主導型のアートとまちづくりのプロジェクトが国内で大きな成功をおさめた例はまだ少ない。しかし国の文化施設に事業の仕分けなどが立ちはだかる険しい時勢にもかかわらず、横浜市の施策に大きな動揺は見られないと聞く。まちぐるみで芸術文化を支える方向性に変わりはないということだ。そこにも開国日本で初めて異文化を受けとめた大いなる下町・ヨコハマの鷹揚な“品格”をみとめたような気がする。

ヨコハマでこれからも数多くの表現の場に立ち会う予感と共に、色とりどりのアートスポットの発展を願う。

 

著者プロフィール

住吉 智恵 [すみよし ちえ](アートエディター・ライター)

東京生まれ。「ART iT」「BRUTUS」などに執筆する傍ら、アートバーTRAUMARISオーナーを5年務め、現在再開準備中。美術と同じくらい、映画、音楽、舞台、文学を愛する高等でない遊民。

 

■インフォメーション

0314workshop[黄金町エリアマネジメントセンター イベント情報]
「じぶんの家の旗をつくろう!」

黄金町の施設で活動するアーティスト、建築家、ショップオーナーが、それぞれの知識や技術を活かして、みなさんのお家の旗づくりをお手伝いします。
日時:2010年3月14日(日)11:00 スタート 14:00終了
参加費:500円(基本セット代)
集合場所:黄金スタジオ(横浜市中区黄金町2-7先)
雨天決行 申込不要
お問い合わせ:黄金町エリアマネジメントセンター
info@koganecho.net
http://www.koganecho.net

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2010年2月25日発行号に掲載したものです。