VIA YOKOHAMA 天野太郎 Vol.15

Posted : 2011.12.25
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「横浜トリエンナーレ2011」キュレトリアル・チーム・ヘッドをつとめる、横浜美術館の天野学芸員が綴る、アートをめぐっての考察。「アートとは?」と問い続ける連載です。

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2011年12年25日発行号に掲載したものです。

第15回:美術館のミッション―要請される新しいスキーム

ヨコハマ・トリエンナーレ2011 来場者増大の謎

この連載は、クオータリー (quarterly)ということもあって、どうしても既述内容に時間差が生まれる。締め切りになって大慌てて書き上げるのではなく、継続的に断片としてのメモを書き残したものを最後にまとめる方法をとっているからだ。今回は、ほぼ横浜トリエンナーレの会期と被っていたこともあって、期間中と終了後の所感のニュアンスにやや誤差も生じている。とりわけ、最終入場者数が33万人を超えた数字になったことは、たんに成功裏に終わって良かった、といった楽観的な感想よりも、世代を超えて人々が今回のトリエンナーレに何を期待しながら来場したのだろうか、という疑問というよりも謎が残ったままになった。期間中から大勢の入場者で文字通りごった返す、といった、少なくともこれまでの横浜美術館における「現代美術」の展覧会では見られなかった「風景」を目の当たりにしながら、謎は深まるばかりだった。この一年を回顧する新聞記事の中で、今回の横浜トリエンナーレについての読売新聞の記事から抜粋すると、「震災による規模縮小にもかかわらず好評だったのは、初めて横浜美術館を主会場にした運営面の安定、作品を丁寧に見せた内容に加え、現代美術の「固定客」が増えたのも理由だろう。昨年盛況だった「あいちトリエンナーレ」、「瀬戸内国際芸術祭」の余波もあった。」(2011.12.15朝刊)としめている。確かに、そうした理由もあるだろう。だが、「チケット販売数は約16万枚(速報値)と前回の約9万枚を大きく超え、10年前の第1回に迫った。」という定量的な成果を跡づける理由としては、いかにもステレオタイプ的な感想だろう。この案件については、今現在、トリエンナーレの報告書を編集してることもあり、さまざまなアンケートの結果も見ながら次回、少しは詳細な分析結果を披露することができると思っている。

各界で勃発する時代が要求するスキームとの軋轢

さて、時系列的にはさかのぼって、以下の話題から。
今年のプロ野球セリーグは、中日ドラゴンズが、ヤクルトと接戦の末優勝した。そして、今期を最後に優勝に導いた落合監督が辞任することも決まった。新聞であればスポーツ欄の記事にすぎないのだが、落合辞任の理由が、プロ野球選手に課せられた優れたプレー以外の様々なファン・サービス、地域貢献といったスキームを良しとしない落合流の方法論が、経営者側が飲めなかったことに拠る、と聞けばその捉え方も変わってくるだろう。落合によれば、選手の使命は、ひたすら勝ち続ける事、そして優勝することにある、という誠にシンプルなものであった。そもそも、落合自身が、記者対応の悪さも含め、様々なサービス活動を得意としないことも辞任の原因とされる。
ところで、ヨコハマ・トリエンナーレ2011の期間中、特別サポーターである横浜F・マリノスから、10月19日、狩野健太選手と小林祐三選手が横浜美術館を訪れ、展覧会を視察した。訪問時は、Jリーグ真っ最中の時期で、しかも優勝争いに気の抜けない日々が続いていた筈だ。視察に対応した筆者は、てっきり練習途中に切り上げてジャージで現れるか、と思いきや、同チームのフォーマル・スーツ姿だったので驚くと同時に感心させられた。マリノスの経営者にとって、こうした近隣の催しに協力することは、社会貢献という企業としての使命でもあるし、これもまた新たなファン獲得のスキームであるのだ。今や、サッカーのみならず、そうした舞台に選手が駆り出されるのは、日常の風景になってしまったのだが、件の落合にすれば、それを選手に課すことが許せなかったに違いない。そんな暇があれば、練習し、プレーに磨きをかけるべきである、とするのが落合の考え方だ。これを単に頑固オヤジに象徴される新旧の世代間の問題とするか、あるいは、企業の新たな社会貢献(=これは事実上広報活動であり、新たな販促活動である)活動が今や義務化している現代にあって、昔ながらのやり方を通そうとする事が、時代に適合しない方法論として葬り去られようしているのかもしれない。
分野変わって、脳生理学者の高田明和が、東京新聞(2011.10.8)に次のようなエッセイを寄せた。
「私の医学分野でも優秀な人、そうでない人の間には大きな差がある。昔は周囲に配慮して研究費、学会費、国際学会への招待などは、自分や周囲の数人のみ知る事項であった。今は大学の広報誌に、研究費の授受、学会賞の受賞、企業からの助成の有無などが細かく記載され、大学でどのような立場にあるかがわかるようになっている。」高田は、この状況を是としているわけではない。競争社会の原理が、勝者と敗者を明らかに生み出すことは、むしろ幸福を生まないと断じている。とは言え、こうした研究機関においても、ただひたすら研究にさえ打ち込んでいれば良い時代が去ってしまった事も事実だろう。高田は、だからこそ精神に平穏を保つことの必要性を説き、昨今の社会状況に警鐘をならしているのだ。「競争が苛烈になり、混乱する世の中で、誰を信じたらよいのだろうか。地位がその人の人生を支配する時、人は地位以外に人生の目標をおくだろうか。地位を得るためには友人も、恩人も裏切る。精進する人以外に信じられる人はいないのである。」
落合の件と少し違うのかもしれないが、球団も今や優良企業として強固な経営を強いられる中、競争原理の例外にはなりえない。そればかりか、経営をしくじれば球団ごと転売されてしまうからだ。そうした競争社会を生き抜くためには、スポーツであれば選手は、そのプレーに専念さえしていれば良いというわけではなくなるのだ。 すでに述べたが、会社が営利を追求し、学者が学問に没頭し、教育者がこどもだけを看、プロのスポーツ選手がプレーにだけ没頭するだけで済んだ時代は去ったのかもしれない。美術館が、美術—作品やアーティスト―についてのプロフェッショナルであるのは当然のことながら、それに加えて、そのプレゼンスを絶えず発信し続ける工夫が強く求められていることは今や自明だろう。

競争原理に晒される美術館界の雇用

10月11日、リヨン現代美術館館長のティエリー・ラスパイユ氏を迎えて内輪のレクチャーを行った。同館は、22年続くリヨン・ビエンナーレの主会場として機能し、館長自らが各回のアーティスティック・ディレクターを直接選定する立場にある。初めて横浜トリエンナーレの主会場として横浜美術館が加わり、今後、会場のみならず運営において、その蓄積されたノウハウが期待されつつも、トリエンナーレという単なる「展覧会」ではない事業と、どう折り合いをつければよいのかという課題を抱える主催者にとっては、願ってもない先例が聞けるという訳だ。ということで、当事者を主要メンバーとしてレクチャーが組織された。
興味深かったのは、総予算の20%しか(あるいは、も)所謂展覧会経費として当てられていないという点。この経費には、作品にまつわる制作費、輸送費、設置費、そして展示説明の経費も含まれている。それ以外の予算は、主に人件費と広報費に費やされている。いかに、作品を支えるための経費が多くかかるかを思い知る数字だ。そして、人件費、または人が、如何にこうした事業の成否を分ける要になっているのかも理解できた。ラスパイユ氏自身、「いかに良いチームが持てるか」を強調している。継続した事業展開は、継続した雇用が担保され、そうした中で、人材の育成もまた必須の案件となる。
今、国内でも盛んに組織されようとしている大小の国際美術展、あるいは地域社会に密着したアート・プロジェクトの実現のために、大袈裟に聞こえるかもしれないが、人材の争奪戦が始まっている。すでに、横浜トリエンナーレの組織委員会で一時的に雇用された人材に、他都市の同様の事業準備参加の要請がはじまっている。こうした国際展の中心的な役割を美術館とそのスタッフが果たすにせよ、新たな人材の発掘と育成、雇用の創出もまたこうした事業に課せられたミッションの一つだろう。
公共機関は言うに及ばず、企業であっても、その活動の社会的な認知のためにさまざまなプロモーションを公的活動として行わなければならない時代。一方で、それを実現させる労働のあり方の変容—殊更競争原理に晒されるといったーとどう向き合うか、という新たな課題が課せられている。これは、一種の「疎外論」として考察すべきなのかもしれない。
一方、横浜トリエンナーレはもとより横浜美術館のミッションにも、アジア諸国との人的交流が加わろうとしている。実際に、日本国内の労働人口が激減するなか、これまでの短期的な交流ではなく、場合によっては、雇用も念頭に入れた労働の担い手の移動もまた想定しなければならないだろう。保護を頑にすれば労働のパイは減る一方、開放を謳えば競争は激化する。こうした困難な舵取りは、もはや遠い未来の話しではなくなっている。

photo:K. Boo Moon

photo:K. Boo Moon

著者プロフィール
天野太郎[あまの たろう]
横浜美術館主席学芸員。横浜トリエンナーレ組織委員会事務局
キュレトリアル・チーム・ヘッド。

 

 

 

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2011年12月25日発行号に掲載したものです。