横浜みなとみらいホール開館20周年特集(前編) 街中の音楽ホール、世界の“今”を普段着で

Posted : 2018.12.21
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1998年に開館した横浜みなとみらいホールは、今年20周年のアニバーサリーを迎えている。横浜みなとみらいホールの建つみなとみらい21地区はこの20年で大きく様変わりし、横浜都心臨海部とも呼称され、2020年に向けてのさらなる開発が進行中だ。横浜みなとみらいホールが時代の大きなうねりの中で、この街で果たしてきたこととその価値、今後に期待される役割は何かを探る。

横浜、海辺の街での20年

横浜みなとみらいホールは1998年に開館。同地区を開発した共同事業体が、建設したホールを横浜市に無償で譲渡したことで開始された市の事業(指定管理者:公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)である。横浜港に臨むみなとみらいエリアに位置することから「海の見えるコンサートホール」として親しまれてきた。

国内最大規模のパイプオルガンを正面に備える2020席の大ホールと、室内楽やピアノ演奏などに向く440席の小ホールは、いずれも優れた音響特性を誇る。開館以来、世界最高レベルの楽団やアーティストをはじめとする内外のプロ・アーティストによる公演から、活気あふれる市民の音楽活動等にいたるまで、年間500件を超える公演が開催され、毎年50万人を超える入場者を迎えている。開館から今年3月末までのコンサートへの入場者数の総数はのべ8,128,735人にのぼる。

横浜みなとみらいホール外観 提供:横浜みなとみらいホール ©Taira Tairadate

 

池辺晋一郎館長に聞く

横浜みなとみらいホール館長を2007年から務める池辺晋一郎に、これまでの道のりとこれからのヴィジョンをうかがった。池辺は先日、「平成三十年度文化功労者」に顕彰された。その受賞理由は、社会との関係の中で音楽を捉えるメッセージ性のある創作活動を展開し、クラシック音楽の普及に尽力した業績による。

横浜みなとみらいホール館長:池辺晋一郎 提供:横浜みなとみらいホール ©Fumiaki Fujimoto

 

−−横浜みなとみらいホール開館20年、これまで核としてきた方針はどのようなことですか?

もう私が就任してから11年が経ちました。就任時にまず心がけたのは地元の横浜市民の方に、ぜひ普段着でコンサートに来てほしいという理念の実現でした。喩えて言うとウィーンの「フォルクスオパー」。オペラの本場ウィーンには、ドレスアップして気合いを入れて出かける「シュターツオパー(宮廷劇場)」と、普段着で仕事帰りに気軽に立ち寄れる「フォルクスオパー」、直訳すれば「民衆のオペラ劇場」があります。舞台もロビーも客席も狭い、けれどもステージと客席が親密に溶け合う魅力があります。横浜みなとみらいホールもオペラ用の設備はありませんが、あの魅力をつくりだしたいというところから始めましたね。

−−その理念の実現がうまくいった例はどの企画ですか?

具体例としては2009年から2017年まで続けた「小ホールオペラシリーズ」と「気軽にオペラ!シリーズ」はそれがうまく伝わったのではないでしょうか?オーケストラピット(客席前方の演奏スペース)の設備がないために楽器が並びきらずに舞台からはみ出しましたが、それを逆に面白がってくださる方、間近で見聴きできることを喜んでくださる方から熱く支持していただけました。ステージと客席が溶け合う空間にしたい、出演者もお客さまもスタッフも一緒になって気軽に音楽を楽しむ場所でありたいというアピールは浸透して、現在の公演企画にもこの理念は生かされ、みなさまに届いているのではないかと思います。

大ホール、小ホール、どちらも音響の素晴らしさには世界で見ても最高レベルと自信があります。パーヴォ・ヤルヴィをはじめ世界中の多くの音楽家の方からお墨付きをいただいています。パーヴォは「お世辞ではなく、本心から日本で最も気に入っているホール」といつも言ってくださるのです。
一度演奏していただいた演奏家の方は「必ず帰ってきたい」と言っていただき、実際、先日のドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団などは2006年以来すべての来日公演をこのホールで行なっています。

パーヴォ・ヤルヴィ(指揮者)と対談をした池辺晋一郎 2016年撮影 提供:横浜みなとみらいホール ©Fumiaki Fujimoto

 

けれども、これまでの20年で積み上げた評価にあぐらをかかずに、音楽の溢れる街・横浜からどんどん発信して日本中を驚かすくらいの気概で新しいことにも取り組みたいですね。例えば、クラシック音楽を劇場的なものと融合させるような企画もやってみたい。そのために私自身も含めてホールスタッフ全員が意気込みと情熱を持って、新しいことにすぐに腰を上げる好奇心と、広い視野を持ち続けていなくてはなりませんね。

常に進化する街から、今に息づく音楽を

1998年6月5日にクルト・マズア指揮ニューヨーク・フィルハーモニック公演でグランド・オープンして以来、数多くの国内外のトップアーティストがステージに立ってきた。今年も20周年記念として60件以上もの主催・協力公演が開催されている。
横浜みなとみらいホールは、質の高い企画公演を提供すると同時に、アマチュア音楽家の利用も多く、また次代を担う世代へ音楽の素晴らしさを伝えるプログラムや、時間帯や料金を工夫し、敷居の高いと言われるクラシック音楽を気軽に楽しめる演奏会形態などにも挑戦してきた。
そうした20年間をふまえながら、記念公演はより感動的な音楽体験を提供したいと「次の時代へ向けて音楽を紡いでいく」をテーマに掲げて実施されている。

ホールで聴くクラシック音楽の最大の魅力は、当然のことながら「ライヴ(Live)」だ。クラシック音楽は、歴史と伝統のイメージを強くもたれる芸術分野だが、“五線譜”という優れたシステムによって世界中に浸透しているため、世界の様々な地域で、同時代を生きる演奏家によって新しい「ライヴ」が生み出されている“現代の”今に息づく音楽である。
最先端のビジネスや研究開発を行う企業が集積し、常に変化している街・みなとみらいにおいて、ホールがクラシック音楽の“今”を発信し続けることは、都市における芸術文化の役割を深く考えさせられる。

20世紀後半の最も偉大な音楽家の一人と言えば、指揮者・作曲家のレナード・バーンスタインは外せないだろう。5月にその生誕100周年記念演奏会が、彼に師事した井上道義の指揮で行われた。この演奏会で取り上げられた『ミサ』(抜粋版)は、ベトナム戦争時に書かれた曲で、バーンスタインが抱いていたアメリカや宗教、西洋音楽、そして自身への葛藤を相克させながら、作り上げられた曲だ。舞台形式の曲で歌やセリフを伴う。音楽はクラシック、ポップス、ロック、ブルース、言語は英語、ラテン語、ヘブライ語が混ざり合う複雑な構成を持つ。この井上の選曲と演奏は、今の時代に通底するメッセージと共に観客に強く訴えかけるものであった。

井上道義指揮 バーンスタイン生誕100周年記念演奏会(2018年5月26日大ホール) 提供:横浜みなとみらいホール ©Taira Tairadate

 

6月には、フランス音楽界の至宝とも言えるディオティマ弦楽四重奏団が来日し、バルトーク弦楽四重奏曲の全曲演奏会を行った。彼らが高い評価を受けるのは作曲家の頭の中で鳴っているだろう音楽を、ライヴで再現する深い解釈と高い演奏技術だ。
彼らが取り上げたバルトークは、19世紀末に生まれ20世紀前半に活躍した作曲家で、東欧の農民に伝わる民謡、民俗音楽の採取を行い、その響きを自らの作曲に取り込み、当時の音楽を更新したことで名を残す。ベートーヴェンの次に弦楽四重奏に革命を起こしたと言われるバルトーク。その全曲を一夜で演奏するプログラムは、クラシック音楽にイノベーションをもたらした作家の人生をディオティマの視点を通じて追うものであった。

ディオティマ弦楽四重奏団(2018年6月12日小ホール) 提供:横浜みなとみらいホール ©Fumiaki Fujimoto

 

同じく6月に、注目の新鋭指揮者のヤクブ・フルシャが、ドイツの名門オーケストラ、バンベルク交響楽団を率いて登壇した。ここでは、世界の音楽家と横浜市民との最良の出会いが生まれた。指揮者、オーケストラ側から普段コンサートに足を運ばない人を対象とした演奏会を開催したいという申し出をホールが受け、ホールのある横浜市西区の地域自立支援協議会と調整。共同で本公演とは別に、協議会所属施設の利用者で、小さな子ども連れの方、障がいがある方や高齢者の方に向けての無料コンサートが開催された。
子どもがステージ前を行き来することもあったが、演奏者たちが温かく微笑みながら演奏している様子が印象的で、音楽は決して一部の人のためのものではないという姿勢に、演奏の豊かさと共に多くの人が感銘を受けていた。

ヤクブ・フルシャ指揮バンベルク交響楽団メンバーによるミニ・コンサート(2018年6月27日大ホール) 提供:横浜みなとみらいホール ©Taira Tairadate

 

20周年ということで、世界トップクラスの指揮者によるオーケストラ公演も目白押し。サー・サイモン・ラトルロンドン交響楽団を率いて初登場し、日本初演となるヘレン・グライムの「織りなされた空間」、マーラー「交響曲第9番」を熱演、終演後はカーテンコールが止まないほどの大喝采であった。

サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団(2018年9月28日大ホール) 提供:横浜みなとみらいホール ©Fumiaki Fujimoto

 

同じく世界的指揮者であるパーヴォ・ヤルヴィは、ドイツカンマーフィルと上演。彼がホールに初登場したのは12年前、これまでに横浜みなとみらいホールでは、様々なオーケストラと共に13回の演奏を行っている。そのすべての演奏を通じて、パーヴォは理知的で斬新な解釈をもって、ベートーヴェンのチクルス(全曲演奏会)を始め、数々の名曲の新しい一面を見せてくれた。その音楽性は横浜から日本中に伝播し、クラシックファンに一大旋風を巻き起こしたほどだ。そして今回、シューベルトの交響曲を取り上げる新たなプロジェクトが動き出した。

開港以来、港町として様々な文化の窓口となった横浜。横浜みなとみらいホールは、世界レベルの音楽家が生み出す新しい芸術と出会う玄関でもある。

パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団(2018年12月8日大ホール) 提供:横浜みなとみらいホール ©Fumiaki Fujimoto

 

みなとみらいの街の魅力は、クラシック音楽ホールに加えて、横浜美術館や、ダンスを盛んに行う横浜赤レンガ倉庫など、様々なジャンルの文化施設が集積する点だ。これらが連携して行われたのが「音楽と舞踊の小品集」であり、横浜美術館の「モネ それからの100年」展にあわせて開催された。モネ展のテーマにあわせて“水” “空気” “光”を題材に、今年、紫綬褒章を受章した横浜在住の振付家・中村恩恵をはじめ、福間洸太朗(ピアノ)、﨑谷直人(ヴァイオリン)ら様々なアーティストによるコラボーレションの創作が行われた。

「音楽と舞踊の小品集」(2018年8月30日大ホール) 提供:横浜みなとみらいホール ©Yoichi-TSUKADA

 

常に変わりゆく街にある横浜みなとみらいホールは、同時代を生きるアーティストが新しい解釈で今に息づく芸術をつくりだす、エキサイティングな場所だ。暮らす人が、楽しいときも悲しいときも傍らにある音楽。変えていくものと変わらないもの双方にある価値を備えるクラシック音楽は、今を生きる演奏家たちの知性や感性を通じて、都市に生きる私たちに語りかけてくれる。

(文・ライター/猪上杉子、創造都市横浜WEBマガジン担当/杉崎栄介)

後編へ続く

—————-【コンサートinformation】—————–
横浜みなとみらいホール開館20周年
ジルヴェスターコンサート2018-2019

日本を代表する演奏家による年越しフェスティバル
カウントダウンはムソルグスキー「展覧会の絵」(抜粋)で賑やかに!!

昨年の様子 提供:横浜みなとみらいホール ©Fumiaki Fujimoto

 

日程:2018年12月31日(月)
開場時間:20:20※20:30頃よりロビーコンサートを開催予定
開演時間:21:00 (2019年1月1日0:20頃終演予定)
会場:横浜みなとみらいホール大ホール
http://www.yaf.or.jp/mmh/index.php
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい2-3-6
アクセス:
みなとみらい駅(みなとみらい線)徒歩3分
桜木町駅(JR京浜東北線・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩12分
チケット購入方法:
お問い合わせ先:横浜みなとみらいホールチケットセンター:045-682-2000
(電話10:00~17:00/窓口11:00~19:00 休館日・保守点検日を除く)
http://minatomirai.pia.jp/
出演:
音楽監督:池辺晋一郎
指揮:飯森範親
エグゼクティブ・ディレクター:徳永二男
司会:朝岡聡
ピアノ:ゲルハルト・オピッツ小川典子
ヴァイオリン:三浦文彰
ソプラノ:小林沙羅
テノール:村上敏明
管弦楽:横浜みなとみらいホール ジルヴェスターオーケストラ