VIA YOKOHAMA 天野太郎 Vol.30

Posted : 2015.04.20
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横浜市民ギャラリーあざみ野の天野主席学芸員が綴る、アートをめぐっての考察。「アートとは?」と問い続ける連載です。
美術館について語ること-美術館はどう生き残るべきか。その2 オランダ、ベルギー

オランダのモンドリアン・ファンズ(Mondorian Fonds)とベルギーのフランダース・アーツ・インスティチュート(Flanders Arts Institute)の招聘で3月29日から4月8日にかけて両国に滞在することになった。メンバーは、韓国から4名、日本から4名の計8名の学芸職から構成された。毎日9時から18時くらいまで、各美術関係の施設を回り、館長、学芸員、あるいはアーティストとの面談がびっしり組まれたスケジュールで、中身の濃い充実したものであった。
前回でも触れた美術館やあるいはアートセンターをはじめとする、アート系のインスティチューションの運営スキームについて言えば、なるほどここ7、8年の間に随分と様変わりしており、新たな様相を見せていたのが印象的だった。それまでは、海外出張で美術館やアーティストのスタジオに作品の出品交渉に出かけた時の話題は、もっぱら同時代の美術についてであったが、今回、美術関係者が口を揃えて資金問題を話題の中心にしたのが最大の違いだった。とりわけリーマンショック(2008年)以降のヨーロッパ各国の文化予算のカットは凄まじく、中でも美術館の収集予算は無いに等しいという状況だった。EU全体としても経済的不況は改善されておらず、加えてテロ対策等に予算が注入され文化予算の削減は殊更深刻だ。と、ここまでは、お金がない、大変だ、という話。これは、日本国内の美術館関係者も馴染みの話題なのだが、ない、から諦めるのか、ない、ので、工夫するのか、が、今のオランダ、ベルギーと日本の最も異なる違いだろう。そして、今回、各施設の様々な取り組みに感心もし、複雑な思いもしたのだが、ここでのトピックに繋がるであろう幾つかの例をあげつつ報告してみたい。
初日の訪問地の一つであるアムステルダムのステデリック美術館では、展覧会担当キュレーターが、地下に新たに出来たスペースを案内してくれた。2012年に大規模な改修工事が終了し、この地下スペースもそのリニューアルの一環として設置された。

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入り口に冠せられた「ABN AMRO ZAAL」が何よりも目につく。ABN AMRO とは、オランダの国有銀行であるABNアムロ銀行のことで、同銀行が出資をしてこのスペースとそこでの事業の予算が担保されている。すでに述べたが、オランダもベルギーも殆どの美術系の公的機関の予算は軒並み削減され、とりわけ美術館運営の生命線である収集予算もほぼゼロであった。
こうした企業協賛の獲得がオランダにおける一つの資金調達の方法であるのだが、これに加えてコレクションを国内のコレクターからの寄贈、寄託に全面的に依存している機関もある。例えば、ヨーロッパ屈指の美術館の一つと目されるボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館もその一つ。

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2018年の開館にむけて準備が進められているthe Public Art Depotと称せられたこの新たな展示及び収蔵施設は、15万点におよぶ同館のコレクションをより多くの展示の機会を得るために建設が進められている。また、予算がないゆえ新たな作品の収集が叶わない中、ロッテルダムを中心にオランダ全土の個人コレクターの作品を展示するための施設としても機能すると同時に、それらの保管、保存のファシリティーとしても対応しようとしている。ここでは、コレクターからの寄贈はもとより、寄託、あるいは展示スペースの有料貸し出しといった様々な形態を持っている。こうした美術館の新たな取り組みを見ていると、将来景気が上向きになったとしても(ヨーロッパ経済にそうした時代の再来はないのだが)、公的美術館が独自の予算で作品を購入する時代はもうないだろうし、少なくともオランダ、ベルギーでは終焉したと言っても良いだろう。
ところで、前回のアメリカのレポートでも指摘したが、商業画廊と公的機関との関係であるが、例えばブリュッセルの元ビール工場跡をリノベーションして開館したウイルス現代美術センター(コレクションは持たない)のサポートメンバーに、地元の画廊のみならずアメリカの画廊の名前も散見出来る。
 

ウイルス現代美術センターのリーフレットには、同施設を資金支えするメンバーシップを組織しており、常時募集している。

ウイルス現代美術センターのリーフレットには、同施設を資金支えするメンバーシップを組織しており、常時募集している。

ここにもニューヨークをはじめ地元の大手商業画廊の名前を連なっている。

ここにもニューヨークをはじめ地元の大手商業画廊の名前を連なっている。

 

ヨーロッパ全体の経済状況が好転している訳ではないが、一方で個人資産は急速に伸びており、こうした層から個人コレクターが出ている訳だが、ヨーロッパの美術市場堅調振りを反映して、アメリカからの画廊の進出がブリュッセルなども目立っている。同時に、アメリカにおける状況同様、ここでもまた、商業画廊の公的施設への資金支援が目立つ。主要なアーティストを握る画廊と、個人コレクター、そして公的機関の間のタイトな関係構築がここでもまた見られるのだ。コレクションを持たない、あるいは持てない公的機関と、商業画廊の間にもはや直接的な利害関係がないことが、こうした支援を可能にしている背景にあるのだろう。少なくとも、日本では考えられないスキームだ。
また、こうした外部からの資金支援の他に、下記の図版にあるようなマルチプルの作品を販売して手数料を取る方法を採用している施設が幾つか見られた。ゲントの現代美術館のように、自らが作品を購入してコレクターになることを促すようなメッセージが添えられているのは、ある意味で象徴的だろう。小さく始まる個人コレクションが、やがて美術館のコレクションを充実させるというストーリーだからだ。

リューベン(ベルギー)のミュージアム・リューベン(http://www.mleuven.be/)にて

リューベン(ベルギー)のミュージアム・リューベン(http://www.mleuven.be/)にて

同左

同左

ゲントの現代美術館(http://www.smak.be/index.php?la=en&id=&i=0&t=&tid=&y=&l=a&kunstenaar_id=&kunstwerk_id=))にて

ゲントの現代美術館(http://www.smak.be/index.php?la=en&id=&i=0&t=&tid=&y=&l=a&kunstenaar_id=&kunstwerk_id=))にて

 

さて、日本の美術館の場合、その多くの収入源が入場者収入に依存していることはすでに述べた。また、年に1本多くの入場者が望める展覧会を開催し、その収入を他の展覧会の赤字補填に回すというやり方も幾つかの公的な美術館で見られる「手法」だ。ただし、多くの入場者が望めると言っても、それはあくまでも経験則によって計られているので、必ずしも期待の数字が達成されるとは限らないし、見込み違いで赤字に転落する場合もある。言ってみれば、先物取引に賭けるようなものである。かつては、それでも赤字が出れば補正を組んで穴埋めが可能であったが、現在では、指定管理者であろうとなかろうと、施設の自助努力しか手はない。一方で、少なくとも欧米の美術館事情は、公的資金に頼り切る時代を脱し、次のフェーズに突入していると理解すべきだろう。資本=個人コレクター、企業、画廊との密接な関係によって美術館を取り巻く環境が整備されつつあるのだ。この状況を見せつけられたとき、たまたま読んでいた美術史家の阿部良雄の次のような言葉が妙に新鮮にうつった。
「・・・アカデミー=官展を軸とする絶対基準主義的=官僚統制的な生産と流通のシステムから、批評家=画商を中心とする個人主義的な生産と流通のシステムへの転換が、その極端な到達点において、価値の相対化の徹底が価値判断の停止を意味するような意識と言説を生み出したことに、注目すべきであるだろう。享受の対象としての作品は何でもよく、享受の主体としての鑑賞者もまた誰でもよい、とするのによほど近い意識であり、言説なのだ。」(「群衆の中の芸術家—ボードレールと十九世紀フランス絵画」阿部良雄、中公文庫、p.52引用)
これは、無論現代の話ではない。ボードレールが活躍した19世紀ヨーロッパ、とりわけパリを中心とした近代美術誕生の頃の話だ。とは言え、ここで指摘されるシステムの転換は、それこそ19世紀以降今日に至るまで、その基本的な枠組みに変化はない。ただし、その「極端な到達点」として、個人コレクションが、主要な画廊と画廊から排出される作家、作品によって形成され、美術館はしばしばそのコレクション形成のアドバイザーとしての役割も果たしつつ、そうした作品群の終の住処として機能しようとしている。
美術館のコレクション形成が、その誕生とともに国家の形成と不可分に進められると同時に、その言説空間としての美術史によって体系付けられてきたことは今更言うまでもないことだ。しかし、今、その枠組みは、特権的な人々によって収集された個人コレクションという別の体系によって新たな組み替えが行われようとしている。
(この項次回に続く。次回は、カナダ、バンクーバー、モントリオール、トロントへの招聘の結果も加えつつ、美術館、とりわけコレクション形成の新たな枠組みについて検討したい。)

photo:K. Boo Moon

photo:K. Boo Moon

著者プロフィール
天野太郎[あまの たろう]
横浜市民ギャラリーあざみ野
主席学芸員