若葉町から世界を見つめる―Art Lab Ova

Posted : 2017.03.17
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アーツコミッション・ヨコハマは、横浜が掲げる“創造性を活かした社会的包摂”を推進するため、2016年度から「クリエイティブ・インクルージョン助成」を開始した。初年度に採択されたのは4プロジェクト。その中のひとつ、Art Lab Ovaが提案した外国につながる子どもたちの音やイメージの実験を撮影した映像の上映会が3月19日(日)、シネマ・ジャック&ベティで開催される。

若葉町の景色

スズキクリさんと蔭山ヅルさんのユニットであるArt Lab Ovaは活動を始めて今年で21年。非営利団体を運営するアーティストであるふたりは、若葉町にある地元の映画館、シネマ・ジャック&ベティの隣で「横浜パラダイス会館」を運営している。そこはアトリエであり、カフェであり、寺子屋のようでもあり、店先にはフリーマーケットの品々がぶら下がり、時にはブラジル炭火焼肉の芳香が漂い…一般的な分類は意味をなさない不思議な空間である。

Ovaが最初に活動を始めた場所は桜木町。そこでは今と同じように、誰でもが利用できるマルチユースのスペースを運営していた。活動するうちにシネマ・ジャック&ベティを引き継いで支配人となった梶原さんたちと知り合い、映画館とまちをつなぐ企画をするうちに今まで見えなかった風景が見え始めてきた。

例えば、それは横浜にやって来た海外からの移民たち。Ovaが企画を始めた2008年、若葉町はまだ日本一のタイタウンだった。大岡川を挟んですぐの黄金町は2005年まで風俗街だった。「バイバイ作戦」と称される警察の風俗店摘発が本格化した後だったが、このエリアにはまだたくさんの東南アジア人が暮らしていた。タイ人の一大コミュニティが若葉町にあった。

「私自身横浜出身で、学生時代にこの辺りで暇をつぶしていましたし、シネマ・ジャック&ベティにも日劇にも通っていましたが、若葉町という町があることには気づいていませんでした。この町でプロジェクトを始めて、改めてこの町の歴史やこの町で起こっていることに驚いたのです」とヅルさん。

若葉町の通りの長さはわずか450m。そんな小さなエリアだがよく見れば第2次世界大戦後の歴史が凝縮している。戦後すぐに米軍に一部を接収されて飛行機滑走路が敷かれ、戦後の混沌を絵に描いたような飲み屋である根岸家があり、解除後は日劇と名画座(現シネマ・ジャック&ベティ)を擁して映画の町と呼ばれ、黄金町に東南アジア女性が働くようになれば、そのバックヤードとして存在した。もちろん畳屋やそば屋といった市井の人々の暮らしも淡々と続いていた。

「この町の雰囲気が好きでした。だけど映画を見に来た人は、シネマ・ジャック&ベティを出て、町とは反対方向の駅に行ってしまう。それがもったいなくて“横浜の名画座はタイにある”というCMを作ってタイ映画の上映前に流したこともあります」

そのようないくつかの小さなプロジェクトを経て、2009年から、映画を通じて“世界“を考える「よこはま若葉町多文化映画祭」と、同時開催でアーティストが人と町をつなぐアートフェスティバル「横浜下町パラダイスまつり」の企画をはじめた。(現在はそれぞれ実行委員会形式で運営)若葉町にゆかりのある国の映画を見て、町に出たらその文化にすぐ触れることができる楽しいイベントだ。毎年夏に行われて、すでに若葉町の風物詩となっている。

横浜下町パラダイスまつりでのスイカ割り風景。

 

現在、若葉町には、日本人以外では中国、フィリピン、タイ、ネパール、韓国などにルーツを持つ人が多く暮らしている。タイに関していえば、黄金町から風俗店が一掃され、以前ほどの大きなコミュニティは存在しなくなった。相変わらず多文化の町ではあるが、昔ほどエスニックな感じはしない。

「町内会などの運営は日本人の年配の方々が担っていて、一見するとコインパーキングとマンションが立ち並ぶなんのへんてつもない町に見えます。しかし、よく見ると様々なコミュニティがあり、微妙なバランスで共存している。そして、そこから見えるのは、実は世界の現実まで見通せるような景色なんです」とスズキさんは意味ありげに言った。

スズキクリさん(左)と蔭山ヅルさん。

 

 

ここで育つ子どもたちに触れて

横浜の中心部には開港以来、他の土地からやってきた人間たちが集った。開港以前、横浜村にはわずか60戸ほどしか民家がなかったと言われる。

「要するに横浜の関内周辺の中心市街地は日本各地からの移民が作り上げたのです。それが現代になって外国からの移民が多くなった。いつの時代もこの辺りは移民の町なのです」とヅルさん。納得だ。

その場所に居着いた人間が家庭を持ち、子どもが生まれ、育ち、新しい世代へと継がれていく。そうやって横浜という町は大きくなってきた。同様の営みが海外から来た人たちにもある。

若葉町の学区は東小学校、その隣の学区の南吉田小学校と共に外国につながる生徒の数が多く、南吉田小では全生徒数の6割に上るというデータがあり、ニュースにも取り上げられた。どちらの学校も多文化共生を方針に掲げている。そんな外国とのつながりを持つ子どもの中には日本で生まれた子がいる。2世と呼ばれる子どもたちだ。そんな子どもたちが持つ特有の難しさがある。

「両親共に外国籍、それぞれの国籍が違う、シングルペアレントとケースはいろいろですが、確固たる母語を持たずに育つ子どもたちがいることがいちばんの問題です。日本人の父親、外国籍の母親という組み合わせがこの辺りの国際結婚のケースとしてあり、主に母親が子育てしています。母親の日本語習得が十分でない場合、日本語で育つと、日本語も外国語も中途半端となって子どもたちの言葉が足りなくなることがある。そんな子どもたちは国語ができなくて学校の授業について行けなくなります」

幾人もの子どもたちをヅルさんは間近で見て来た。学校でも外国につながる生徒のためのさまざまな教育支援は行われているが、母語の確立はまたいちだんと難しい問題だ。表現したくても言葉がない、そのもどかしさから感情を爆発させてしまって問題視されたり、読み書きが十分にできないので障害があるように思われたりする子どもがいる。中学になるとドロップアウトしてしまう子も…。

「どんな将来でも本人の希望ならいいのですが、選択肢がないからということも多い。加えて、日本にはまだまだ見えない区別、差別があるように思います」

世界はグローバル化し、多文化共生が叫ばれている。日本もマンパワーの必要性からいろいろな分野で外国人をさらに登用しようと検討している。違う文化をふたつ持っていることは本来豊かなことなのではないのか? それなのに日本に住む外国につながる子どもたちにはそれがなかなかアドバンテージになりにくい。ヅルさんは声を強めた。

「経済の側面だけで外国移民のことを捉えるのではなく、私たちは日本に来た人たちの人生をちゃんと考えられるのか? この国で幸せを追求すること、子どもを育てることを担保できるのか? どうやってみんな一緒に生きていくのか、をきちんと考えないといけません」

次世代を担う都市部の子どもたちの中で、徐々に外国につながる子どもたちの割合が増えている。しかしその事実や子どもたちが抱える難しさにほとんどの人が気づいていない。そんな状況に危機感を持って、放課後や夏休みに子どもたちに横浜パラダイス会館を開放している。この周辺には大きな公園もなくて、学校が終わっても行くところがない子どもたちが多い。勉強を見たり、一緒にゲームをしたり…。現在、横浜パラダイス会館には約30人の子どもたちが出入りしている。

横浜パラダイス会館で遊ぶ子どもたちとスズキさん。ワクワク感が満載。

 

子どもたちは来ると、自然とバケツをたたいたり、たまたま置いてあったギターなどの楽器に興味をもって、音を出したりする。その様子を見て、ヅルさんとスズキさんは、彼らがいつでも自由に演奏できる状態を作らなければと思い始めていた。

また、「まちに映画館がある」という絶好のロケーションにも関わらず、海外からの移住者とその子どもたちのほとんどは、隣のシネマ・ジャック&ベティで映画を観る機会がない。一方で、子どもたちはふだんテレビやゲームや動画などで、映像のシャワーを浴び続けている。

そこで、いつか彼らが自分でも映像を撮影したり、編集したりして、その作品をいっしょに映画館で観ることができたら、とも考えていた。

こうやって考えていたことが、アーツコミッション・ヨコハマが2016年度から開始した「クリエイティブ・インクルージョン助成」で採択されて、プロジェクトとして実現することになった。

話に力が入る蔭山ヅルさん。

 

 

創造の原点

アーツコミッション・ヨコハマは採択した理由を「急速に国際化する地域の喫緊の問題解決を訴えるものであった」としている。また「新しい音楽表現を生み、その成果が広く発信されることを期待する」とも。インクルージョンの必要性は、時代と共にますます増加し、かつ多様化している。そのためにアート的な発想が役に立てば。横浜市の標榜する「クリエイティブ・インクルージョン」だ。

制作中は波瀾万丈の毎日だった。子どもたちは「来てね」と約束した日には来なくて、かと思えば思いがけない時間に大勢で押し掛けてきたりする。撮影と映像ワークショップを担当した大野隆介さんが横浜パラダイス会館に来る日には「タコ焼きパーティーをする」と宣伝をして、必ず子どもたちが集まってくるように工夫をした。また他のアトリエ利用者を困らせてしまったり、路上で遊ぶ子どもの声がうるさいと近隣から苦情が来たり…。

こうやって数ヶ月、子どもたちを映したものと、子どもたちが映したものを撮りためた。そして次に頭を悩ましたことが「どのような作品にまとめるか」だった。映像の中では子どもたちひとりひとりの物語を消費したくなかった。また「子ども」や、「外国ルーツ」、「生きることの困難さ」に落とし込むことで、安易なオチをつけたくないとも思った。3月19日の上映会用のちらしの写真には、みなが仮面を付けて登場している。子どもの笑顔という万能であり、だからこそあざとくもある記号を、この上映会の宣伝のためには封印したかった。

プロジェクトの参加者の中には、ピアノを習っている子もいた。その他のほとんどの子たちは何も習い事をしていないが、直感的で即興的な演奏などの行為においては、教育や鍛錬による差は感じられなかった。ここがとても重要で、それを伝えたいと思った。

その結果、ストーリーとしてのドラマを排除した、ある種の「映像作品」として仕上がった。

ちらしには、以下のようなテキストが記されている。

<そこにあるのは、「こども」でもなく「教育」でもなく「才能」でもなく、世界を知覚していく行為そのもの。
それこそがアーティストの必然である創造の原点だと思うのです。
それは一見見えにくいのですが、日常の中でどこにでも見いだすことができ、誰にでも可能な行為です。
だからこそ、そこに希望があるのです。>

上映会は、子どもたちの親、兄弟、親戚、友達が入りやすいようにカンパ制にした。ヨコハマらいぶシネマによる、視覚しょうがい者のための音声ガイド付きの上映となる。また乳幼児や子ども連れの来場者のために、授乳スペース、おむつ替えスペースも用意する。劇場内の灯りを徐々に落とすなど、子どもたちが暗がりを怖がらないようにする配慮もする予定だ。

「たくさんの人に見ていただきたいです。知り合いも、そうでない人も、この映像から、子どもたちが世界を発見していく様を感じ取ってもらえたら」とヅルさんとスズキさんは言う。

そして、映画館から出たあと、改めて町の中で目をこらせば、新しく「世界を知覚」することができるかもしれない。

予告動画

 

音とこどもとイメージと「映画館パーティー」
~まちのたまご劇場Vol.5~

シネマ・ジャック&ベティ周辺に住むフィリピン・日本・中国・タイ・ネパールなどいろいろなルーツのこどもたちと横浜パラダイス会館でくりひろげられている「音とイメージの実験」の上映会

日時:2017年3月19日(日)15:00~(14:50開場)
場所:シネマ・ジャック&ベティ
http://www.jackandbetty.net
住所:横浜市中区若葉町3−51
アクセス
黄金町駅(京浜急行線)徒歩5分
阪東橋駅(横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩7分
関内駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩15分
入場料:無料(カンパ制)
予約:不要(当日会場へ直接お越しください)
問い合わせ
ART LAB OVA アートラボ・オーバ
メールでのお問い合わせは「映画館パーティーの件」とお書きください。
artlabova@gmail.com(@は半角)
 横浜市中区若葉町3-51-3-101 横浜パラダイス会館
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