地域と食卓をつなげ、横浜を地産地消の一大都市に。<大ど根性ホルモンオーナーシェフ/椿直樹さん>

Posted : 2017.04.03
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市内の料理人を中心とした地産地消プロジェクト「濱の料理人」代表であり、地場野菜を使って料理教室を開催する「横浜野菜推進委員会」代表でもあり、野菜がたっぷり食べられる横浜の隠れ居酒屋「大ど根性ホルモン」と相鉄線いずみ野駅前のカフェレストラン「ど根性キッチン」のオーナーシェフである椿直樹さん。ジャンルに捉われることなく、食を通じてさまざまな人を結ぶ活動を積極的に行い、周囲から絶大な信頼を寄せられています。 店名に”土に根を張り生きる”を意味した「土・根・生」を掲げた<地産地消の仕事人>椿さんに、「食」への思いを伺いました。

神奈川県の地場野菜に惚れ込み、会社を設立した直後に震災が 

椿さんが初めてのお店「横濱うたげや ど根性ホルモン」オープンしたのは、2011年。京急線戸部駅近くの、小さなスペースの居酒屋でした。「名物ど根性サラダ」「地場野菜のチヂミ」「納豆オムレツ」「小松菜サワー」などの、農家さんや加工業者さんの顔が見える地産食材で作られたメニューは、そのおいしさと独創性でたちまち評判を呼び、あっという間に人気店になりました。

その後横浜駅から徒歩圏に移転し、座席数が3倍の「大ど根性ホルモン」へと一新。さらに昨年8月には相鉄線いずみ野駅の目の前に「ど根性キッチン」がオープンと、順風満帆に見えます。
しかし、もともとはお店を出す気はなかったそう。

スペイン料理店に勤めていた時代に神奈川県の地場野菜と出会って、そのおいしさに衝撃を受けました。と同時に、19歳の時からずっと料理に関わっていたのに、近隣農家の野菜を知らなかったということにショックを受けて、『これは自分が広めなければ!』と、妙な義務感が生まれてしまいました」。

地元の野菜に惚れ込み、それを広めるために起業を決意。当時勤めていたレストラン経営者からのアドバイスもあり、まずは加工食品を売っていこうと決めて、横浜産の豚肉「はまぽーく」と横浜ビール酵母を閉じ込めた「横浜焼き小籠包」を開発しました。満を持して会社を立ち上げたのは2011年3月8日。その3日後に、あの東日本大震災が起こりました。決まっていた卸し先が店を畳んでしまい、途方に暮れていた時に「店を開かないか」と声をかけられたそう。

それまで20年以上雇われの料理人だったので、自分で商売をするなんてことにはまったく自信がなかったんですが、どうしても地場食材を流通させたかった。その思いだけで起業したので、当時は飲食店経営なんてぜんぜん考えてはいませんでした。しかしさまざまなご縁があって、流れに乗っていたらいつのまにか2店舗を持つようになりました。ありがたいことですね。そして、店をやっていく中で『自分は”料理人”なんだ』とも再認識しました。もちろん経営者でもあるんですけど、料理の現場が好きなんですね、やっぱり」。

地場野菜がたっぷり食べられる店として人気の高い「大ど根性ホルモン」の名物「ど根性サラダ」は、小松菜・紅芯大根・スイスチャード・ロマネスコなど色とりどりの横浜野菜を10種類以上使った、目でも楽しめるボリュームたっぷりのサラダ。老若男女、誰もが「おいしい!」と口をそろえます。野菜で感動するお店って、なかなかありませんよね。これが横浜野菜の底力!と、横浜市民として嬉しくなります。

 

2016年末、念願のレシピ本「横浜の食卓」を上梓

横浜野菜を推奨している椿さんは、昨年末に念願だったレシピ本「横浜の食卓」を上梓しました。

レシピ本は20代の頃から夢だったんです。若かったので、『有名になりたい』とかそんな気持ちしかありませんでした。でもそれなりに本気だったので、書き溜めていたレシピをまとめて出版社へ持ち込みをしました。当時は生意気だったから、怖いものなしで(笑)。自分ならすぐに出版できると思っていました。ところが出版者の人からは「この内容だったら自費出版だね」と言われて。出版するレベルじゃなかったということですね。それはそれはがっかりしたものです。でも諦めきれなくて、30代になりレシピも増えてきたところで再度提案に行ったんです。その時は『共同出版ならできます』と言われました。少しはマシになったものの、やはりまだ出版社の求めているものとは違うんだな、とがっかりしながら帰りました」。

 

そして昨年、クラウドファンディング(FAAVO横浜/運営:massmass関内フューチャーセンター)でついに出版を果たしました。椿さんは40代。本の内容は20代の頃に考えていたものとは全く別物になり、「かえって良かった」と笑います。

自分のレシピをまとめたい気持ちはずっと抱えていましたが、今の自分が何よりも読者に伝えたいのは、横浜の食を支えている生産者さんたちのことです。他県にはない在来種を育てていたり、代々続く農地で新しい野菜作りにチャレンジしたり、農業に誇りと熱い志を持った生産者さんがたくさんいることを広く紹介したかった。それが実現できて本当に良かったと思います。20代の頃に考えていた本は、ただ単に自分が有名になりたいだけで構成していたから、とんでもないものです(笑)。もしその時にレシピ本が出せてしまっていたら、鼻もちならない天狗になっていたかもしれません。そういうことを考えると、やはり物事には進めるべきタイミングがあるんだな、と思います」。

本の中では、春夏秋冬の旬野菜を使った椿さんの料理レシピに加え、横浜の農家さんや加工業者さんなど14人の「食の仕事人」たちが紹介されています。横浜にはこんなに農家があり、こんなにたくさんの野菜を育てていて、そしてこんなに食卓に近いなんて! 知らないことばかりで、掲載農家さんや業者さんをそれぞれ訪ねてみたくなる魅力にあふれた本です。

撮影用の料理は、編集さんに『見た目をきれいにするだけではなくて、きちんと食べられるものにしてくれ』と言われました。厳しかったですよ(笑)。ずっとスタジオにこもって料理するのもいつもと勝手が違っていたし、大変といえば大変でしたが、今度は”どうなるかわからない夢”ではない。実際に形にするための作業でしたから、とても充実した時間でした」。

農家さんそれぞれ作っている野菜の旬が違うため取材の時期が異なり、制作には1年の年月を費やしたそうです。編集者やカメラマンなどのスタッフと掲載されている生産者さんたち、そしてクラウドファンディングに賛同してくれた皆さん、誰が欠けても発行できなかった本。周囲の人たちに支えられて、単なるレシピ本を超えた「横浜の食の本」ができあがりました。

本当に、1人ではなにもできないです。今の自分の活動のすべては支えてくれる皆さんがいてくれるからこそ。感謝しかないですよ」。

 

従業員の夢が具体的になるよう、サポートをしていきたい

椿さんが代表を務める「株式会社よこはまグリーンピース」は、今年の3月に「横浜環境活動賞大賞(企業の部)」を受賞しました。中華やフレンチなどのジャンルを超え、農業・流通事業・栄養士などの職種も超えて食に関わる人たちの横のつながりを結びつける「濱の料理人」プロジェクトや、地域の小学校や児童養護施設・ケアプラザなどで食の大切さを教える「味覚の授業」の開催、市民参加型の6次産業プロジェクト「ど根性ファーム」の実施などが評価されたのです。

レストラン経営とともにさまざまな活動を通して、食の大切さと地域の魅力を発信してきた椿さんには、料理人の職業的地位を高めていきたいという夢もあります。その一環として作った会社の理念のひとつは、

「働いてくれる従業員を人生の成功者にする」。

何を成功とするかは人によって違います。「普通に仕事をして、何事もなく1日が終わればそれが成功」という人もいるでしょうし、「独立して自分の店を持ちたい」と思っている人もいるでしょう。椿さんは、若い人たちがそれぞれの「成功への道」をできる限りスムーズに歩けるように応援したいと考えています。

大ど根性ホルモンに『発展途上国の子供たちに料理を教えたい』という従業員がいるんです。それって、すばらしいことですよね。飲食業にとって従業員は宝なので、人がいなくなると困るんですけども(笑)、でも困るからといって囲い込むのでなくて、例えばそういうセミナーがあったら参加したりして、夢が具体的になるようにサポートしたいと思っています。もし独立したいという人がいれば、ここを暖簾分けしてもいい。そうやって広がっていけば、その人が将来また誰かを育ててくれる。そういう循環ができれば、地域はもっと豊かに、元気になるはずですから」。

現在「ど根性キッチン」を支えている料理長は、大学生の頃に椿さんと出会ったとか。最初に彼が「料理人になりたいから調理師学校に入り直す」と言い出した時は、椿さんは「せっかく勉強するために大学に入ったのにもったいない。絶対にやめろ!」と止めたそうです。しかし結局料理人への道に進み、椿さんは就職先としてホテルを紹介。その後、巡り巡って椿さんのもとで働くことになったのです。

どんなに周りが反対したとしても、本人が本当にやりたいことならばやるんです。だったら、できる環境を作ってあげる。それはやはり大人の役目です。これは料理人に限ったことではなく、どんな分野であっても同じ。もっとみんなにチャンスを与えたほうが、社会はよくなると思いますよ」。

 

地域と日々の食卓をつなげる挑戦は続く

椿さんがこのほど新しく関わり始めているのは、「新しい横浜土産の開発」。横浜市と協定を結び、地産地消商品の開発に乗り出しています。

歴史のある横浜には、”横浜らしいお土産”がたくさんあります。その先人たちとライバルになるのではなく、一緒に横浜の魅力を盛り上げていけたらいいな、と考えています。いま開発している商品は飲料。瓶をリユース(繰り返し使う)することも考えて、いずみ野の柚子や湘南ゴールド、小松菜を使ったサイダーやフレッシュジュースを製造しました。先日、それらの試飲イベントも開催したんですよ。地産の食材を使い、横浜らしい飲料ができないかなあと、日々、頭を絞っています」。

「横浜を地産地消の一大都市にする」。

椿さんのその思いに共感した生産業者や料理人、加工業者などがどんどん集まり、同じ志を持つ仲間たちとの出会いはますます広がっています。

地場野菜の普及と地域貢献、そして若手の育成。さまざまな熱い思いを抱き活動を広げている椿さんは、地元の人たちと深く交流しながら、これからも地域と日々の食卓をつなげる新しい挑戦を続けていくのだろうと期待せずにはいられません。

 

(取材:2017年3月28日「ど根性キッチン」にて。文章:いしだわかこ)

 

■大ど根性ホルモン

営業時間: 11:30〜15:00(ラストオーダー14:30)、17:00〜24:00
定休日:日曜日
住所:横浜市西区北幸2-13-4 横浜平成ビルB1F
アクセス:横浜駅(JR各線、東急東横線、みなとみらい線、相鉄線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩8分
TEL:045-320-3077
Facebookhttps://www.facebook.com/dokonjouhorumon/
ホームページhttp://greenpeace.co.jp

 

■ど根性キッチン

営業時間: 11:00〜22:00
定休日:月曜日(但し、月曜が祝祭日の場合は翌火曜日)
住所:横浜市泉区和泉町6214-1
アクセス:いずみ野駅(相鉄線) 徒歩3分
TEL: 045-410-8466
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