絵画はこの世の中に何ができるのか~フランシス真悟インタビュー

Posted : 2017.08.01
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8月3日(木)からヨコハマトリエンナーレ2017の開催に合わせて、横浜日本大通りのGalerie Parisでフランシス真悟さんの個展“Interference”が開催される。フランシスさんは、2001年から2010年まで横浜を拠点に活動し、当時の横浜は、それまで倉庫や旧関東財務局跡地であった建物が、BankART1929やZAIMとして開かれ、横浜から多くの新しいアーティストの活動場所が生まれた時でもあった。既に国際的に画家として活躍していたフランシスさんは、2006年にハッチアートを主催し、ZAIMを拠点に自身のアトリエを構えながら、国際的な現代アートのグループ展”Yokohama Boogie Under the Influence(2007)”展や”Happy Hours(2007)”展、”RED(2008)”展なども企画。東京。そして海外からも多くのアート関係者やアートファンが横浜を行き来していた。その後、NYそして、ロサンゼルスに活動拠点を移し、国際的に更なる活躍の場を広げているフランシスさんに、これまでの作品の背景やアーティストとしての作品観についてお話を伺った。

photo:Kota Sugawara


フランシス真悟
さんは、米国サンタモニカで生まれ、3歳から12歳まで日本で育った。その後は、米国に暮らしアーティストとしての活動をスタート、30歳になってから日本に拠点を移し、横浜にアトリエを構えた。当時“Blue’s Silence(2004)”という、その静かで深い広がりをもつ新しいペインティングで、日本でも注目を浴び始めたところだった。

Blue’s Silence #3 (2004) 油彩,キャンヴァス,150 x 130cm
Photo: John Berens

 

 

日本と米国の両方のバックグラウンドを持った生活のなかで、アーティストとしての活動を始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

「父が画家で、母がビデオアーティスト。自分の世界観を表現することが大切であるということを実践している二人を見ながら生活していました。白いキャンヴァスに抽象画を描く父、一方で母は当時新しいメディアであったテレビを素材に、女性や家族などの社会の課題をテーマに表現していました。子供のときから父のスタジオの一角に自分も描く場所もあたえられていたのです。しかし、最初に自分自身が強く興味を持ったのは「美術」ではなく「言葉」で文学に強く関心を抱きました。ウィリアム・ブレイクテニスン、シェリーらイギリスの作家が好きで、ラップのように韻を踏む表現の作家たちでした。
大学でも文学を専攻して、自身も詩を創作していました。しかし詩を続けているうちに「言葉」そのものの記号的で構造的な特徴が、一方で、自由度がなく頭でっかちで縛られているように感じるようになったのです。そのころあらためて美術の「自由さ」に気づき、絵を描くようになりました。初めは文学の影響もあり、物語の場面や風景のような作品を描いていました。

Helter Skelter: L.A. Art in the 1990s • MOCA

その大学は、美術だけでなく日本の焼き物の技術を教えている工芸的なコースもあり、いわゆる日本の「わび」「さび」の質感の信楽焼きの技術もありました。そこでは、日本の工芸職人のような伝統的な技巧の継承を目的とした場ではなく、土という素材から、実験的で自由な発想で巨大なオブジェも創っていました。先生もビートニク文学が好きな方で、自由なモノづくりを追求していました。そこで、私自身も、絵の具の素材や質感(マチエール)に注目するきっかけとなり、より抽象的な表現を追求したくなりました。同時期に、イタリアのフィレンツェに留学し、ボッティチェリやダビンチなどの絵画技術や、ヨーロッパの美術史についても学びました。また、抽象表現主義のアーティストのジョアン・ミッチェル氏のフランスにあるスタジオを訪ねるなど、自分にはどんな表現ができるかを深く考えた時期でした。イタリアから帰国後、1992年にロサンゼルス現代美術館で開かれたビートルズの曲にちなんで名づけられた「ヘルタースケルター」という当時の資本主義社会や暴力などの社会的なテーマを題材にした現代美術展があり衝撃を受けました。

photo:Kota Sugawara

 

文学から本格的に美術を追求し、自身が育ったLAの最先端の現代アートシーンを肌で感じたのですね。その過程の中で、素材や質感(マチエール)への追求のきっかけが、日本の工芸であったというのも興味深いですね。

そうです。その絵の具の素材や質感であるマチエールへの追求に加えて、自分自身の経験をどうやって絵画で表現できるだろうかということを探求しました。深く自分の感情を見つめたときに、それをどうやって絵で表現できるかというところから始めました。
17歳から3年間ころ、毎年京都の禅寺である東福寺で座禅を組み、老師から禅の教えを学んでいました。始めは頭の中を空っぽにすることなんかできなくて、次から次へと思いが浮かんできてしまっていたのですが、ある年、座り始めて5日目のあるときから「すっと」落ち着いて、自分自身の良心というか感情そのものを空間的に感じられる瞬間が訪れたのです。このことをずっと覚えていて、それが自分にとって(日本人として)とても大切な体験であると考えていました。
ジェームス・タレルロバート・アーウィンが建築空間や立体を使ったインスタレーションで空間の広がりを表現していますが、絵画というフラットな素材で、このような空間的な広がりのある体験を表現することができないだろうか、静かな奥行きのある空間を作り上げ、見る人に感情だけでなく、その空間的な感覚を伝えることができたらいいと。青というものは、物事を受け入れていく色ではないかと思います。「理屈を超えたもの」や「頭ではわからないもの」まで受け入れていく色。青がそのような力をもっていることを感じて青を追求しました。それが“Blue’s Silence”です。

初期のBlue’s Silence (2001) 油彩、キャンヴァス、30 x 30cm
Photo: Koichi Nishiyama

 

 

幼いころから米国の西海岸や、大磯や鎌倉でサーフィンに親しんできたことによる、動きや身体性、サーファーとしての感覚は作品にも影響しているのでしょうか。僕はフランシスさんの作品を見るときに、様々な角度から見ることで色や光が違って見えることを楽しんでいたりします。

禅やサーフィンをしている中で感じる、偉大なものとのつながり、大きな流れの中で自分自身がとても小さき存在であると謙虚に感じる感覚、それらを作品を見る人に感じてもらえればと思っています。絵画という平面の中に、何もないブルーの中に気持ちが入っていく感覚です。だから、絵の前で動いてもらったり、パフォーマンスアーティストとコラボレーションすることで、感じる身体感覚があると思います。ただ、コンセプトにおいては、偉大なる海や水平線は人々にとってあまりにも大きな存在なので「私自身の経験の中にある」程度に留め、それ以上には意識しないようにしています。

《Space(Blue)》2011年 油彩、アクリル、キャンヴァス 100 x 160cm
Photo: John Berens

 

 

横浜のZAIMの最上階アトリエでの制作の過程で(2007年頃)、青だけでなく赤や黄などの作品も生まれましたね。

“Blue’s Silence”も、色の持っている感情を表現しようとした試みでした。人によって、いろんな感情があるし、自身の経験を話すと、1992年に父親を失ったときに、「失うこととは何か」など考え、炎が物質を変化させてしまうこと、人間の体が白骨に変化したり、感情が怒りで燃えるなど、炎は心の内面のパッションや強い感情を意味していました。そんなときはやはり炎のような赤や黄色の抽象画を描いたこともあったのです。今は、家族ができて、息子が生まれ、自分自身が親になり、それまでなかった、ピンクやオレンジといった、命や生命力を感じるような色も描きたくなってきました。

《Bound for Eternity (red)》2008年 ミクストメディア 152 cm x 1700 cm 横浜創造界隈ZAIM(横浜)
Photo: Koichi Nishiyama

《Into Space (violet)》2010年 アクリル、キャンヴァス 91 x 122cm
Photo: John Berens

 

 

現代社会は多様な価値観と、考えが混沌と交じり合っています。アートと社会との関わりについて作品で表現したいことはありますか 

《Beyond the Periphery》 2016年、Space bm, ソウル, 韓国
Photo: Yun Park

アーティストとして自身のアイデンティティを追求することや、絵画を描くという機能的な側面では、何か社会が便利になるわけではありません。しかし、その資本主義という巨大なシステムの中で、私の作品を通じて、見る人が自分自身を見つめることで、社会に影響を与えるということもあると思います。アイウェイウェイ氏や会田誠氏のように具体的な課題を指し示すのではないやり方ではあるのですが。
ポートレイトを意識した作品群は、鑑賞者がいろいろな感情を感じるきっかけになればと、人の顔が納まる程度の大きさのキャンバスに、人々の複雑な感情を色で表現し並べました。

新しい作品では、ビデオ作品も作っています。世界各地のサーフスポットではインターネットで波の様子をリアルタイムでチェックするためにウェブカメラが海辺に設置されることがあります。ところが、無人のカメラが故障したまま、ノイズが混じったリアルタイムの海と空が解けたような画像を流し続けているサイトを見つけました。海の映像ですので、押し寄せる波の映像は永遠に途切れない、その映像は、まるでインターネットに溢れかえる情報やニュースのなかで、何が真実かもわからない現在の世界の状況を表しているようでした。

《Vision of Color》(2016), Single Channel Video

 

その画像をインクジェットでプリントして、そのノイズの色を消していくように漂白剤を使って描く作品も制作しました。

《Untitled (RGB_04)》(2017) Bleach and inkjet on canvas, 101 x 177cm

 

 

今回の横浜の展覧会“Interference”はどのような展覧会となる予定ですか。

インターネットやスマートフォンなどを通じて、誰でも簡単に画像を入手できるようになった今、絵画はこの世の中に何ができるのか追求したいという想いがあります。スマートフォンでどこか遠くの展覧会の写真を見て、行った気になったり、本物を見ないで作品を買ったり、展覧会もキュレーターが写真を見るだけで、実物を見ないで物事が進んでいくなど、多くの情報は写真でも判断できますが、絵画のマチエール(質感)はスマートフォンでは体験できないのです。実際に絵画の前に立ち、そこでしか感じられない体験を表現したいのです。
今回発表する新しい作品は、その特殊な素材の光の反射や屈折により色が見え隠れします。光の角度によって別の色が現れ、一枚の写真では絶対に撮影できない絵画です。今日のデジタルテクノロジーへの挑戦でもあります。実際に鑑賞する人にも、絵画の前で動いてもらって様々な角度から見ることを体験してほしいと思います。

photo:Kota Sugawara

 

2010年以降、活動拠点をNY、ロサンゼルスに移し、ロサンゼルス空港での個展(HELIOS2015年)、韓国のSPACE bm(SILENT PRESENCE 2016)、アートフェア東京(MISA SHIN GALLERY 2017年)、市原湖畔美術館(アブラカダブラ絵画展 2017年)など、空港・アートフェア・美術館・ギャラリーと国際的な活躍の場を広げていますね。2010年まで、横浜を拠点に“横浜創造界隈”でも中心的な存在だったフランシスさん。横浜時代の話を伺えますか。

「HELIOS」(ロサンゼルス空港、ロサンゼルス市文化部、 ロサンゼルス、2015年)
http://samfrancisfoundation.org/2016/01/04/shingo-francis-helios-at-los-angeles-international-airport/

 

2005年のヨコハマトリエンナーレの開催準備の際に、ヨコトリ2005キュレーターの芹沢高志さんが、日本大通りの旧関東財務局跡地の建物をサテライト会場「トリエンナーレ・ステーション/スタジオ」としてオープンしようとしていました。当時、芹沢チームをサポートしていた墨屋宏明さんがモデレータのトークプログラムに登壇したことが、同じ日本大通りでギャラリーを営んでいたGalerie Parisのオーナー森田彩子さんとの出会いでした。トリエンナーレの後に「トリエンナーレ・ステーション/スタジオ」は“ZAIM”となり、そこで2006年に、墨屋さんと二人で”ハッチアート“を立ち上げました。ハッチアートは、アーティスト、キュレーター、ギャラリスト、コンサルタント、コレクター・投資家など多彩なバックグラウンドをもつキュレーションチームとして、ZAIMの独特な空間を生かして若手アーティストの展覧会や、国際展を企画しました。ZAIMは、横浜で活動するアーティストやクリエイターの活動拠点となりました。

Yokohama Boogie 展 (2007)、アーロン・シェパード

ZAIM (2007) 相良ゆみ

Red展 (2008)、ダダン・クリスタント

 

そのときの横浜は、ヨコハマトリエンナーレやBankART、北仲ホワイトそしてZAIMなど、横浜と東京そして海外のアーティストたちが結びついて何かを立ち上げていこうというエネルギーがありました。ロサンゼルスにも横浜にもアーティストはたくさん生活して、自分のアトリエを開放して作品を見せたり、地域と協力し合って発表するチャンスがありました。アーティストがアトリエに閉じこもらないで、似た考えや、違う価値観の人たちと出会って発表していくことは、若いときには重要です。アーティスト自身が自分の作品のプロモーターとして世の中に発信していくことは、アーティストの責任です。

一方でグローバルなマーケットも大切だが、大学を卒業してすぐにそのようなギャラリーに扱われて高い値段がついてしまうよりも、若いときには、オルタナティブでローカルなスペースで発表したり、ローカルのコレクターや、ギャラリー、わざわざそこに訪れてくれる新しい人々と結びつきを作り、フィードバックを得ることが大切です。

横浜は、アートやクリエイティブクラスをサポートをする都市の先駆けです。東京の隣の都市で、街のアイデンティティとして、クリエイティブクラスを大事にしている面白い都市であることは間違いない。ヨコハマトリエンナーレやBankART1929は、世界のアート関係者に知られています。港町で海も近く、中華街というインターナショナルな歴史的土壌もあり、アーティストとして、とても制作しやすい環境でした。これからも創造都市として、デザイナーや建築家、そしてアーティストたちが、長く生活しやすい場所であることが重要だと感じます。観光競争にも限界があるので、クリエイティブクラスが住み着くことが大事です。そこに、東京や海外から多くの関係者がリピートして訪れて、そして、そこで育った人が、世界でも活躍したり、横浜で新しいアートを発信するオルタナティブスペースや、コマーシャルギャラリーを立ち上げたり教育プログラムを生みだしていくことができればと願います。

(聞き手・文 墨屋 宏明)

photo:Kota Sugawara

 

プロフィール

1969 年カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。2017 年 Art Center College of Design にて MFA( 美術学修士 ) を取得。現在ロサンゼルスと横浜を拠点に活動。JP モルガン アート コレクション、スペイン銀行、森アーツセンターセゾン現代美術館などに コレクションとして収蔵。「Kaleidoscope」(ロビーギャラリー、ダースト財団、ニュー ヨーク、2013 年)、「抽象と形態:何処までも顕れないもの」(DIC 川村記念美術館、千葉、 2012 年)、「Ties over Time」(駐日米国大使館公邸、東京、 2010年)、「Vast and Vivid」 (MISA SHIN GALLERY、東 京、2014年)、「Silent Color in Moving Light」(GALERIE PARIS、横浜、2015 年)、「HELIOS」(ロサンゼルス空港、ロサンゼルス市文化部、 ロサンゼルス、2015年)、「アブラカダブラ絵画展」(市原湖畔美術館、千葉、2017年)など 国内外の多数の個展、グループ展に参加。


展覧会概要

フランシス真悟「Interference New Painting」

会期: 2017 年8月3日(木)- 8月19日(土)
時間:12:00 – 19:00 / 13 日(日)休廊、最終日 17:00 まで
会場:GALERIE PARIS ( ギャルリー・パリ )
住所:横浜市中区日本大通 14 旧三井物産ビル 1F
アクセス
日本大通り駅(みなとみらい線)3番出口すぐ
関内駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩5分
入場料:無料
Tel:045-664-3917
e-mail:info@galerieparis.net
URLhttp://www.galerieparis.net