他者や環境との関わりのなかで身体感覚をとらえる表現の芽吹き――振付家・ダンサー 敷地理さん

Posted : 2021.12.17
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敷地理は、近年コンテンポラリーダンス界隈で注目される、現代美術とパフォーミングアーツをともに活動領域とするアーティストの1人だ。 現代美術の分野でいう「パフォーマンスアート」と、実演芸術全般を指す「パフォーミングアーツ」は、ある部分では重なりあい、ある部分では成り立ちや条件を異にするジャンルである。一方、主に美大出身で、視覚芸術と身体表現に軸足を置いて創作する作家については、国内ではすでに1970年代から前衛彫刻家・舞台美術家としても活躍してきた勅使川原三郎をはじめとする系譜があり、常に時代の重心に存在してきたといえるだろう。 この数年、ダンスのコンペティションやフェスティバルで頭角を現した若手の振付家・ダンサーのなかでも、アートスクールで美術作家や美学者などに薫陶を受けた作家たちがひと味違う作品世界を展開し、既存のダンスの枠組みを緩やかに拡張していることは興味深い。

武蔵野美術大学と東京藝術大学大学院で現代美術を学んだ敷地理は、横浜ダンスコレクション2020コンペ1で「若手振付家のための在日フランス大使館賞」を受賞した。その受賞作『happy ice-cream』は、「舞台上の混沌としたインスタレーションと崩れ落ちる3つの身体、マイクで増幅され空間を満たす呼吸音を重ねて、隔たった複数の時空が干渉し合う様を描き、現象の背後に存在する不可視の関係性を掬い上げたエフェメラルなダンス」(岡見さえの審査講評より)と評され、これまで見たことのない新種のパフォーミングアーツの芽吹きを予感させた。 そこで、彼がここに到るまでの道程と現在の取り組みについて敷地にインタビューした。

ものと人のフラットさ

敷地「僕の生まれた埼玉県川口市はどこまでも同じ風景が続くベッドタウンで、特筆すべき文化のないリアリティの薄い場所でした。友達と近所のイオンに行くくらいしか楽しみがなく、何を目指せばいいかもわからなかった高校生のとき、直島に旅行したことがきっかけで美大への進学を決めました。

ムサビの彫刻科では、先生も学生も石や木などの素材への無償の愛があって、石を触っているだけで幸せという人が多かった。僕はむしろ素材よりも制作のプロセス自体が好きで、例えば粘土を触っているときの手の感覚を中心としたアンビエントに興味があると気づいて。そこからミクストメディアの一部として生身の身体を使うコンセプチュアルなアプローチを始めました。

学部3年のときベルリン芸術大学に交換留学して、帰国後パフォーマンスに取り組み始めます。イケアのコーヒーテーブルの台座を四隅に置いた空間でパフォーマンス作品を見せたときに、講評で〈もの派〉の力強い台座と比較され酷評されたこともありました」

彫刻そのものでなく、「彫刻的なパフォーマンス」の方法論を学べる場所を探し求めていた敷地は、東京藝術大学大学院で教鞭を執る高山明が主宰するスタジオの存在を知る。24時間機材が使えるという環境も魅力的だった。とにかく作品を作りたいと東京藝術大学大学院に進み、高山スタジオに入所。社会の事象や矛盾とダイレクトに接続する作品性を打ち出すことで知られる高山の現場で、ときには「好き嫌いでしか答えられないような作品を見せてはいけない」という手厳しい批評も食らい、現代美術と格闘する経験をした。

敷地「むちゃくちゃ考えるけどコンセプチュアルな作品がうまくいかない。大変な目にも遭いましたが、批評性というものを学ぶことができたと思います」

その一方で、大学院生のときに横浜ダンスコレクションに応募した『happy ice-cream』は、むしろ社会性の要素は薄い作品だ。客席に潜んだパフォーマーのマイクで増幅された呼吸音を通して、「ホールに地続きの空間が生まれ、ダンサーたちの身体のディテールがねじれ、現実感がループする状況」(敷地)をつくり出した本作は、自身と世界の境界から溢れ出るきわめて個人的で不条理な「充足」のありようを可視化しようとした。

敷地「美術の分野からコンペに参加したのもあって、ステージ上の彫刻のインスタレーションが大道具と呼ばれたことは衝撃でした。舞台に置かれたオブジェクトは単なる道具ではなく、ものと人はフラットな位置づけにあり、同じくらい大事なものとして扱われるべき存在だと考えるからです。ダンコレの審査に関しては、現代美術のコンペのように、コンセプチュアルな視点でも評価され、多様なジャンルが交わる場所だと感じました」

敷地 理『happy ice-cream』Photo:Sugawara Kota

 

環境から引き出される身体感覚

2020年、コロナ禍を体験した年には、上記のコンセプトを発展させた新作『blooming dots』をネット上とリアルで発表。掌などの自分の身体の一部を撮影した画像を、フリー素材のようにインターネットの暗い海の中に投げ、匿名の誰かの身体の一部と交換するという、植物の受粉を思わせる時空間をつくり出した。ソーシャルディスタンスとリモートワークが義務付けられる状況で、他人の身体や物理的に距離のあるものに寄り添い、共感することを試みた作品だ。

本作のステイトメントによれば、「自分を客観的に見ることが不可能な中で、物質的に最も近い他者を通して自分の現実感を捉えることをテーマに制作を行う。その過程で身体の物質的な境界を確認し、曖昧にすることに関心を持つ」とある。

敷地にとって振付とは何を示すのか、それを知るヒントがこの言葉にはありそうだ。

敷地 理 『bloomingdots

 

2021年春、横浜ダンスコレクション2021では、【振付家のための構成力養成講座 ワークインプログレス】に参加。過去のコンペティションI・IIで受賞経験のある6名の振付家(浜田純平敷地理下島礼紗田村興一郎伊東歌織永野百合子)がともに自身の作品と向き合い、振付の新たな語彙を探しながら、再創作について意見交換した。

ファシリテーターに北村明子を、メンターにベルギーからアラン・プラテルと韓国からキム・ジェドクを迎えたこの貴重な人材育成プログラムでは、最終週にワークインプログレスが上演され、敷地理は新作『Juicy』を発表。自身の身体言語の奥行きを掘り下げる実験成果となった。

構成力養成講座 アラン・プラテル レクチャー

構成力養成講座 対話の様子

 

敷地「振付家として活動していく上で、自分に何ができるかを考えたとき、多くの振付家が自分のメソッドを確立しようとするのに対して、僕にはそれはできないし興味もないということがわかりました。誰かの作品に出演することから逃げてきた理由もそこにあります。まるでワクチンを身体に打ち込んで抗体を作るように、自分じゃない他者の動きを覚えて身体に入れていくことってどういうことなのかな?と。誰が、何に沿って、その動きを他者とシェアするんだろうと疑問を持ったからです。

自分がやりたいことは環境から引き出される演出や振付です。身体性を強調するために、外から環境のクオリティを作ること、そこから身体性を引き出してくることを自分はやりたいんじゃないかと。例えば建築やインスタレーションの内部に入ったとき、空間によってニューロンの反射が起こり身体が動くという経験があるように、作品を通してものや空間との関係性のなかで変化する身体感覚をどう見るのか、ということが重要なんです」

敷地 理『juicy』Photo:Sugawara Kota

 

〈自分〉をクリアに実感する

敷地は2020年のフランス大使館賞の副賞として、2021年の6月から約3ヵ月、フランスCND(Centre national de la danse)に滞在し、Campingなどに参加した。コロナの渦中ではあったが、さまざまな作品を観て、多くの人と繋がった滞在期間に、フランス拠点のアーティストSehyoung Leeと共同で新作に取り組んだ。

残念ながら渡航制限により中止となったが、12月のヨコハマダンスコレクション2021-DECで上演予定だった本作は、「磁力と曖昧な身体をめぐる考察」という心惹かれるテーマを掲げたもの。いつかなんらかの形で実現することを切望する。

敷地「ルーブル美術館にある両性具有の神をかたどったギリシャ彫刻から着想を得ました。もともとひとつだった男女の身体が分裂し、欠けている部分を補完するように引きつけ合い、完全な身体に戻ろうとするという神話にもとづく、全ての身体が備える磁性をテーマにしています。

”ユニセックス”という題材は渡仏前から考えていて、大事にしていることを共感してもらえる同世代のアーティストとして、クイアであることを公表しているセヨンに声をかけました。僕自身はセクシュアルマイノリティの問題を共有体験してはいませんが、当事者と自分が視線を交わすプロセスのなかで、次の時代のポストセクシュアリティという新しい方向性を生み出せないかと考えています。ジェンダーの問題について大きなものを語りたいわけでなく、ファッション用語でもあるユニセックスという言葉から出発して、匿名の身体を彫刻的に対象化し、セクシュアリティから離れて身体を語るためのインスタレーションを意図しています」

彫刻を起点に表現をこころざすようになった敷地が、現在、ダンスという身体表現に錨を下ろすまでの過程には、彼自身の身体感覚の未踏の領域への関心がある。

「何かに接触することで、今ここに立って物を見て呼吸している〈自分〉をクリアに実感できるようになる瞬間を、作品の中に求めています」と彼は過去のインタビューで語っている。たしかに敷地の作品の多くには、他者の身体、あるいはものや空間との接触を通して、そこに自身の感覚を投影し、身体のリアリティをつかみとろうとするポジティブな力が働いている。

それをある種の新しい「振付」とみなすことは十分可能だ。人だけでも、ものだけでも成り立たない「インスタレーション」という形式を必然として選ぶ“ダンス”の現れであり、実はそれは太古の祭祀以来の長きにわたる系譜に連なるものかもしれない。

「知性的な作品でなく、頭でなく身体で考え、何かを掴んでいくことが自分にあっている気がしています。そのほうが精神も悪くならない」と敷地は語る。物質感や身体能力に頼るマッチョな作品でなく、知性が肥大したコンセプチュアルアートでもない、「身体の知性」を祝福するアートはいまこの時代に私たちが希求するものではないか?

現代的なコンセプトワークとユニークな表現力を今後も深化すると同時に、さらに批評性を研ぎ済ませたクリエイションを敷地理に期待している。

取材・文:住吉智恵 
写真:森本聡(カラーコーディネーション

【プロフィール】

敷地 理(しきち・おさむ)
東京藝術大学大学院修士課程修了。主な上演作品に「ハッピーアイスクリーム」(YDC2020)、「振動する固まり、ゆるんだ境界」(TPAM2020 Fringe)、「blooming dots」(豊岡演劇祭2020フリンジ / TPAM2021 Fringe)、「Juicy」(YDC2021)など。主な個展に、2021年「ama phantom」(BankArt1929 KAIKO、横浜)。主なグループ展に2020年「-exposition-来るべきアート」(銀座蔦屋書店、東京)、「CAF賞2020」(代官山ヒルサイドフォーラム、東京)また主な滞在制作に2021年「Centre national de la danse – CN D」(フランス)、2020年「Museum of Human E-Motions / セゾン文化財団」(オンライン / 東京)、「ダンスレジデンス2020 / 穂の国とよはし芸術劇場プラット」(愛知)など。2020年YDC2020若手振付家のための在日フランス大使館賞受賞。
https://linktr.ee/osamu_shikichi

 

【インフォメーション】

トーキョーアーツアンドスペース OPEN SITE 6
敷地理+早川葉南子「dragging」
日時:2021年12月17日 (金)~19日(日)
会場:トーキョーアーツアンドスペース本郷 スペースC(3F)
出演:敷地理、早川葉南子、石川朝日
詳細:https://www.tokyoartsandspace.jp/archive/exhibition/2021/20211217-7072.html

ロームシアター京都×京都芸術センター U35 創造支援プログラム “KIPPU”
敷地理「Hyper Ambient Club」
日時:2022年2月5日(土)~ 2月6日(日)
会場:ロームシアター京都 ノースホール
演出・振付:敷地理 音楽:荒井優作
詳細:https://rohmtheatrekyoto.jp/event/63055/