横浜の企業とクリエーターがコラボレーション 技術×デザインでビジネスに新たな価値が生まれた

Posted : 2015.12.03
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「YOKOHAMA CREATIVE WEEK」と題したイベントが11月4日から5日間開催され、多くの人の関心を集めた。横浜市では、市内の企業とクリエーターのコラボレーションをコーディネートし、ビジネスに新しい付加価値を生み出す「創造的産業の振興」に取り組んでいる。「YOKOHAMA CREATIVE WEEK」ではコラボレーションによって生まれたプロダクトの展示やワークショップなどによって、その活動をアピール、今後の可能性を探った。
CW家全体

『YOKOHAMA CREATIVE WEEK』「ヨコハマの家」展示会場風景

 

技術とデザインの出会いから誕生した商品モデル

会場のYCCヨコハマ創造都市センターには「ヨコハマの家」と名付けられた小さな家が設置されていた。家の中には企業4社と3人のデザイナーのコラボレーションによって作られた実験的なプロダクト4点が展示された。屏風やランプ、ちゃぶ台など家庭内にあると日常が楽しくなりそうな実験的商品が並ぶ。
「横浜の中小企業の技術やノウハウが私たちの暮らしにどう生かされているのかはこれまでなかなか見えにくいものでした。そこを暮らしに結びついたプロダクトを通して知ってもらいたい」とイベントのディレクションを担当したYADOKARIのさわだいっせいさんは語る。ウエスギセイタさんも「企業とクリエーターの団らんの場になってほしいという想いを込めて、家庭の食卓のイメージを演出しました」と説明を添える。
展示された4点のプロダクトが完成するまでの、企業技術とデザインとの出会いはどのようなものだったろう、そして制作過程ではどのような問題があったのだろう、その解決方法とそこから見えてくるものは何かを取材した。

【事例1】
ACM  × NOSIGNER
「SEN」(屏風)

CW屏風

「SEN」(屏風);ACM とNOSIGNERによる共同制作

 

日本で誕生し世界で高いシェアを占める最先端の素材、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)は、ロケットや人工衛星など、より高い強度や精度、軽量性が求められる産業分野で重要な役割をはたしている。先端複合材料の総合メーカーであるACMは、そのCFRPの製造・加工を得意とし、より優れた特性を持たせる先端技術を持つ。

ACM のCFRP(炭素繊維強化プラスチック)

ACM のCFRP(炭素繊維強化プラスチック)

 

その炭素繊維の特性を生かしたデザインに挑戦したのはデザイン事務所NOSIGNERだ。ビジネスモデルの構築やブランディングを含めた、領域にとらわれない総合的なデザインを手がけるNOSIGNERは、被災地での知識共有サイト「OLIVE」でも知られる。この現代技術とのコラボレーションで、非常に軽い、薄さ数mmという一見はかない部材で構成されながらも、歪むことなく自立する、丈夫で軽やかな屏風「SEN」が実現した。

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「SEN」制作過程;ACMを訪れたNOSIGNER

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「炭素繊維(カーボンファイバー)はかっこいいなと思い、ぜひこの素材に挑戦したいと思いました。堅いことがデザインの妨げになるかと一瞬躊躇しましたが、ACMさんのCFRPの加工技術は非常に高いので自由にデザインできました。わず か0.25mmから0.3mmの薄さにもかかわらず、これだけの大きな枠組のものが歪みなく自立するとはすごいことです。日本の伝統的な素材である紙と木に替わる新しい最強の素材で、現代の屏風ができました」とNOSIGNER代表の太刀川英輔さんは語る。

「炭素繊維は桁違いに優れた素材なだけに、ちゃんと手順を踏まないとジャジャ馬のように暴れ出すのです。NOSIGNERさんからの変則的に繊維を並べるデザインにはどう対処しようかと困惑しましたが、トライ&エラーを繰り返して完成できました。素材の特質を生かしたデザインの商品となり、ありがたいです」とACM代表の大久保さんは評価を寄せた 。

CW屏風2人

NOSIGNER太刀川さん(左)とACM代表・大久保さん

 

【事例2】
荒井紙器製作所 × KANPIS
「Tube lamp」「Asanoha lamp」(照明家具)

CWasanohaランプ2

「Asanoha lamp」(照明家具);荒井紙器製作所とKANPISの協同制作

 

貼函(はりばこ)製作という技術をご存知だろうか?豪華で高級感あふれる、いただくと思わずコレクションしたくなるような美しい箱を作る技術だ。荒井紙器製作所は、横浜市金沢区で50年以上、貼函を中心に紙器の製作を手がけている。生地となる比較的強度のあるボール紙(チップボールと呼ばれる再生紙)に、薄紙やクロスなどを膠(にかわ)という繊細な接着剤で貼り包むことによって、四面体・多面体などあらゆる形状の高級箱に仕上げる技術を持つ。

CW荒井紙器素材

貼函技術による荒井紙器製作所の製品

 

その貼函の技術とのコラボレーションにチャレンジしたのは、デザインユニットのKANPISだ。KANPISは日本、フィンランド、デンマークなど出身の異なるメンバーによるデザイナー集団で、インテリアや家具のデザインは得意の分野だ。貼り箱の技術を使って美しい色合いに仕上げた紙製の照明家具を2種類制作した。

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「Asanoha lamp」「Tube lamp」制作過程;荒井紙器製作所を訪れたKANPIS

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CWtubeランプ「まずは貼函という技術を理解することからスタートしました。しかしこの『Tube lamp』では、照明家具として紙を透過する柔らかい光がほしかったので、あえて中芯を用いず仕上げに使う薄い紙同士を貼り合わせてもらいました。反りや歪みをいかにコントロールするかという貼函の技術が最大限に使われています」とKANPISの岩佐岳仙さんは感謝を語る。

一方、荒井紙器製作所・代表の荒井さんは「かなりの無理難題に途中でもう無理だと投げ出しそうになりました。特にこの『Tube lamp』では、板紙なしで薄紙だけを貼るなんてとその発想に驚きました。そしてカバーにカーブをつけて円筒状にする方法を探っていたとき、私達の古くからの方法の『筋(すじ)押し』という方法を提案しましたら、まるでプリーツのようになり、強度も保ったままで円筒形状を実現することができました」と技術が生かされたことに喜びを表した。

CWasanohaランプ1 「『Asanoha lamp』は、どんな多面体も紙で作れるという荒井紙器製作所の技術に刺激されて、日本の伝統的な麻の葉模様のランプを考えました。今まで段ボールを使った家具を手がけてきましたが、通常の段ボール工場ではできないと言われていた、豊富な色使いや内側と外側でコントラストをつけたデザインが実現できました。膠を使って反りや歪みなどの狂いを抑えて紙を貼ることのできる貼函の技術のおかげです」と岩佐さん。
「膠で異素材を貼り合わせてくれと言われたときには『保証はできない』と答えたのですが、実験してみたらうまくいきました。いろいろと戸惑うこともありましたが、長年培ってきた技術が現代に生きることを知り、手応えがありました」と荒井さんが顔をほころばせた。

CW荒井ランプ2人

KANPISの岩佐岳仙さん(左)と荒井紙器製作所の荒井さん

 

【事例3】
横浜石英 × ROOVICE
「硝子で継ぐちゃぶ台」「硝子で継ぐ和箪笥」「硝子で継ぐスツール」

 

CWちゃぶ台

「硝子で継ぐちゃぶ台」;横浜石英とROOVICEの協同制作

 

横浜石英もまた最先端技術を持つ横浜の企業だ。社名の一部である石英ガラスは約1,000℃の耐熱性がある素材で、半導体や液晶などの装置に欠かせない精密部品を、業界最大級のガラス加工機を用いて極小から大型まで、多種多様なあらゆる加工に対応している。

横浜石英の石英ガラスによる製品

横浜石英の石英ガラスによる製品

 

その精密部品としての石英ガラスの正反対の活用を提案したのは、住宅リノベーションの設計・施工などを中心に活躍するROOVICEだ。古い木製家具をガラスでリペアすることにチャレンジした。

「普段、古い住宅のリフォームを行なっています。古い木製家具には古いものならではの価値や愛着があるはずです。古い家具をメンテナンス・補修して使い続けるために、普通は同じような素材を使って修復をするのですが、作製当時と現代の制作過程や技術が異なるため補修が難しいことが課題だったんです。扉が欠損している昭和中期の古い箪笥を前にして、古い木材に現代の木材を継ぐと暴れやすいのですが、横浜石英の高度なガラス加工技術を用いて異素材に繋ごうと試みました。普段おつきあいのあるガラス屋さんでは断られてしまいますが、横浜石英さんの高い技術のおかげで、形状は元の家具と変わらないながら、まったく新しい意味合いのものができあがりました。まるで愛着のある過去とまだ見ぬ未来をクリアに繋いだように」とROOVICEの福井信行さんは語る。

CWタンス2

「硝子で継ぐ和箪笥」横浜石英とROOVICEの協同制作

 

一方、横浜石英の新川代表は制作の苦労の末の達成感をこう語る。
「普段は精密加工部品としてのミクロン単位の加工をしていますから、まったく正反対の体験でした。年月を経た家具なので採寸しても測る場所によってちがってしまうのです。現場からは図面やミクロン単位の数値を要求されますから。工場では『だいたいこれくらい』ということはあり得ないこと。試行錯誤の末に椅子の脚、タンスの扉などを再現、留め具のビスもガラスで作って期待に応えられ、安心しました」

【事例4】
協立金属工業× ROOVICE
「ワイヤーインスタレーション」

CWワイヤー

ROOVICEが手がけた協立金属工業のワイヤーによる作品展示

 

協立金属工業の特殊銅極細線

協立金属工業の特殊銅極細線

協立金属工業は国内でも数少ない特殊銅極細線メーカーで、横浜で50年以上もの歴史のある企業だ。人間の髪の毛よりも細い0.01mmのワイヤーを作る技術を持つ。医療・IT・家電・自動車・事務用品・OA機器などの高機能用途材を提供するための超高精度な加工技術を持ち合わせている。

この金属線で2キロの椅子を吊るインスタレーションを手がけたROOVICEは、 「ワイヤーを見せたくないとも思いましたがそれではまるで“イリュージョン”になってしまうので、ある程度は存在感を感じてもらおうと、ギリギリ視認できる0.1mmの細さのワイヤーを選びました。展示した作品が宙に浮いているような感覚を楽しんでほしい」と技術力への驚きを語った。

「基礎素材、用途材を厳密な規格にあわせて供給する裏方として誇りを持っていましたが、今回、スペックがない仕事に応えられるかと不安でした。こんなに細い、こんなに強度がある、という技術だけで終わってしまうと限界がありますが、ものづくりに欠けているところをクリエーターの方の視点を通して勉強させていただけました」と、協立金属工業の松村代表は今回の経験を振り返った。

CW椅子3人.jpgR

ROOVICEの福井信行さん(左)、協立金属工業の松村さん(中)、横浜石英の新川さん

 
企業とデザイナーのこれからの関係を模索

今回の4つの事例はどれも、試行錯誤の繰り返しという制作過程の末に漕ぎ着けたものだ。企業側から見れば、自社の高機能な素材や高度の技術が、新たな視点で活用でき、新しい消費者が向こう側に待っているということを発見する有意義なコラボレーションになったのではないだろうか。

横浜市にはまだまだ数多くの優秀な技術を誇る企業がある。横浜のクリエーターのパワーと新鮮な視点を活用して、ものづくり企業として新しいビジネスのきっかけを見出すチャンスを、横浜市の応援でどんどん持つことができれば、横浜という街もさらに魅力を増して輝くにちがいない。

■■■「YOKOHAMA CREATIVE WEEK」2015年11/4~11/9 の展示やワークショップの様子を動画でもご紹介■■■

YOKOHAMA CREATIVE WEEK 2015 long.ver from smiles_creative on Vimeo.