ジー・レイが語る横浜での滞在制作『失眠鎮・横浜』

Posted : 2014.09.04
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世界各地で展開されているアーティスト・イン・レジデンス(AIR)事業。ここ横浜では(公財) 横浜市芸術文化振興財団が中国とのAIR事業(※)に取り組んでいる。今年、成都市から来日したジー・レイ(吉磊)さん。アーティストにとって滞在制作はどんな意味を持つのだろう? 自らの体験にもとづくリアルな言葉が語られた。

(※)横浜市・成都市アーティスト・イン・レジデンス交流事業

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人の精神世界を描くアーティスト――横浜でのアプローチ

まだ残暑を感じる8月の一日。ヨコハマトリエンナーレ2014の連携プログラムとして、「Find ASIA-横浜で出逢う、アジアの創造の担い手」を開催中のYCCを訪れた。日本・中国・韓国の東アジア3ヵ国からアーティストが参加する展示「Find ASIA and myself」をはじめ、イベントやスクールなどが開かれている。1階ホールにはアーティストたちがディレクションするオープンなカフェスペース「Yokoso Cocowa Cafedesu」が出現。出会いと交流の場が生まれている。

 「横浜市・成都市アーティスト・イン・レジデンス交流事業」で中国四川省・成都市から来日した吉磊(ジー・レイ)さんは、この「Find ASIA」の一プログラムとして、YCC3階の「ラウンジSpace Space」の一角で公開型の制作を行っている。9月6日(土)からは同会場にて個展の開催も予定されている。主に絵画やインスタレーションの作品を制作しているジー・レイさんは、中国のギャラリーに所属し、四川大学美術学院では教鞭を取り、多くの展覧会への出展歴をもつキャリアを積んだアーティストだ。
ここ横浜ではどのような体験をして、何を感じながら作品を制作しているのだろう――。その手ごたえを聞いた。

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ひとつひとつの質問に、丁寧に言葉を選んで答えるジー・レイさん。真摯な人柄が伝わってくる。

 
「2ヶ月間滞在できるAIRのプログラムで日本に来たので、この機会に日本人と深くコミュニケーションをとって、その内面について知りたいと思いました。以前から私は、人々の心や精神の状態、失眠(不眠)症や夢、潜在意識についてなど、人の内面世界をテーマにした作品に取り組んでいます。今回も観光客のような視点で横浜の風景を取り入れるようなアプローチではなく、これまでの自分の関心に引きつけて、日本人の内面を描くような作品を作りたいと考えました。」

 

今回の個展のタイトルはずばり『失眠鎮・横浜』。「Find ASIA」ディレクターの金島隆弘さんの協力のもと約20名の日本人へインタビューを行い、睡眠障害(失眠、悪夢、金縛りなど)の体験について話やスケッチ、写真などの情報を集めた。ジー・レイさんが今回のコンセプトにいきつくまでには、さまざまな迷いがあったのだそう。じつは横浜に来る前は、日本で新しい体験をしたりインスピレーションを受けたりして、新しいスタイルの作品をつくることをイメージしていた。しかし実際に日本に来てみると、言語の違いに壁を感じることがあり、面白いものを見たり聞いたりしても十分に理解ができないこともあったという。そのような体験が、横浜での滞在制作において「人の精神世界を描く」というコンセプトに改めて向き合うきっかけになった。

 小田桐”鬼圧床”&jileiインタビューを行うジー・レイさん

 

滞在制作の面白さ――作品を「つくる」のではなく「交流」する

アーティスト・イン・レジデンス(AIR)は、アーティストが一定期間ある地域に滞在しながら、創作活動を行う事業だ。(公財) 横浜市芸術文化振興財団では、2009年から中国との間でAIR事業を行ってきたが、2012年から中国・成都の「A4当代芸術中心(中国初の非営利アートギャラリー)」をパートナーに、「横浜市・成都市アーティスト・イン・レジデンス交流事業」をスタートさせた。今回で3回目の開催となる。

このプログラムのポイントは、2都市間の「相互交流」を目的として、作品を完成させることを必ずしもゴールとしていないところ。横浜と成都、互いの都市に毎年ひとり(一組)のアーティストを派遣し、一定期間現地に滞在、作品制作と成果発表を行っている。

134ジーレイが撮影した横浜港

「これまで滞在制作の経験はなく、横浜が初めての場所です。AIRのプログラムをきっかけに、作品制作にあたっては新しい挑戦ができることが面白い。また、日本で交流したアーティストの仕事のしかた、作品づくりや考え方に触れることができ、インスピレーションを与えてもらえたのも大きかった。プライベートでは、日本人の友達と遊んだり、お酒を飲んだりと、たくさん交流ができました。」

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ジー・レイさんが交流したアーティストとしては、同じくこの2都市間の交流プログラムで成都に滞在した丸山純子さんや、「Find ASIA」の展示にも参加しているSHIMURAbrosの名前が挙がった。A4当代芸術中心ののキューレータ―であるリージェイさんが登壇者として参加した黄金町バザールのシンポジウム「迂回路」や、ワークショップの印象も強く残ったようだ。

ところで9月6日から始まる「Find ASIA」での個展には、今回集めた『失眠鎮・横浜』のインタビュー素材をどのようにアウトプットするのだろう?

「今回はアウトプットよりは、日本人の精神世界についてインタビューをすることができたプロセスや、その交流を大事にしたいと思っているんです。横浜で得られた情報をもとに、創作案を考えてはいます。でもその構想は、すぐに具体的には実現できないかもしれません。多くの作品をつくりたいという思いがありますが、そのためには時間がかかります。今はアウトプットよりここで得たアイデアが大切だと考えています。帰国したら、中国でより完璧な作品にして展覧会をしたいと思っているんです。今回のレジデンスで生まれた交流は、もちろん2ヶ月の滞在で終わるわけではありません。これはただの始まりに過ぎない。これからもお互いに交流していくことができればと思っています。」

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公開型の制作スペースにはこんなスケッチが!

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作品のための試作が随時展示されている。そのプロセスが面白い。

ジー・レイさんが自ら撮り下ろした横浜の街の写真をご紹介しています。
http://www.yokohama-air.org/jilei/#id34 

 

各地で行われているAIR事業では、2ヶ月、ないし3ヵ月という短い期間の滞在で、アーティストには何らかの作品制作が求められることが多い。しかし一方で、滞在制作とはそのように性急に成果が出せるようなものではなく、プロセスに時間を要するプログラムだ。異国の地での出会いや気づきを通して創作のアイデアに向き合い、時にはより丁寧にリサーチしたうえでようやく作品として形にできるものではないだろうか。

ジー・レイさんの言葉から、2都市間の「相互交流」を目的とし、作品を完成させることを必ずしもゴールとしていない本交流プログラムの趣旨を、主催者とアーティストが共有していることがわかる。

 

一枚の絵画に込められたもの――頭の中に生まれた無数のイメージ

今回の『失眠鎮・横浜』のアウトプットにはこだわっていないと語るジー・レイさんだが、インタビューから得たエピソードをもとにしたドローイングや作品の試作などは進んでおり、YCC3階のスペースに随時展示されている。また、同会場ではジー・レイさんの過去の作品も展示されている。9月6日からの個展には、ジー・レイさんの作品に出会いにYCCへぜひ足を運んでいただきたい。

最後に少しだけ、ジー・レイさんの絵画世界をご紹介しておこう。
これは現在YCC3階に展示されている作品(9月6日からの個展にも出展予定)だ。
あなたには何が見えるだろう?

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たくさんの要素やシーンが混在するように見える、複雑な構成のこの作品は、ジー・レイさんの頭の中の瞬間的なイメージを描いているという。

「頭の中ではたくさんのイメージが思い浮かんでいるのに、言葉にするとそのすべてを伝えることができない、という経験はありませんか? これは頭の中の意識、思考回路で同時に浮かんでくるさまざまなイメージを、ひとつの絵にしたものなんです。たとえば友達と街角で話しているときに突然雪山が思い浮かんだりする、階段のように見えるものが翼のようにも見える……。そんな一瞬の感覚を描きたいと思いました。」

なるほど、人の頭の中に同時に生まれているであろう無数のイメージを想像してみる。
そんな風にこの絵画を鑑賞すると面白いかも?!

9月6日からの個展ではジー・レイさんの過去作数点も見られる。必見です!

9月6日からの個展ではジー・レイさんの過去作数点も見られる。

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今回の滞在を通して、日本人の内面に対する理解が深まったと語るジー・レイさん。これまでの日本人のイメージは、礼儀正しくまじめで、仕事熱心といった典型的な認識だったそう。しかしより深くコミュニケーションを取ったことで、同じ人間として中国人と共通する部分も多く感じられたという。 

ジー・レイさんが「失眠」というテーマに取り組むようになったきっかけは、自らが失眠症に陥ったという経験からだった。自身にとっても切実なテーマに、横浜でも果敢に取り組んだジー・レイさん。横浜での滞在は、「人の精神世界を描く」という作家としてのコンセプトをより深め、作品のアイデアをあたためる貴重な時間になった。この体験を通して生まれた作品群が発表される機会を、楽しみに待ちたい。


『失眠鎮・横浜』
横浜市・成都市アーティスト・イン・レジデンス交流事業

滞在アーティスト:吉磊(ジー・レイ) 

滞在期間:2014年7月15日(火)~9月15日(月) 
*8月1日(金)〜YCCにて公開制作中(休館日:8/11、9/8)
個展:2014年9月6日(土)~11月3日(月・祝)11:00~19:00(休館日:9/8、10/14)
会場:ヨコハマ創造都市センター(YCC) 3F
最寄り駅:みなとみらい線「馬車道駅」
料金:入場無料
主催:ヨコハマ創造都市センター
協力:A4当代芸術中心 

オープニングイベント:9月6日(土)
クロストーク:16:00–18:00(申込不要・入場無料)
登壇者:吉磊(ジー・レイ)、丸山純子、孫莉(A4当代芸術中心ディレクター)、
松井美鈴(YCCセンター長)
モデレーター:金島隆弘(FECディレクター)
通訳:秋山珠子(立教大学講師)
レセプション:18:00 – (19:00より1Fにて L PACKのスタンドバー) 

【プロフィール】
JI Lei (吉磊/ジー・レイ)
1972年生まれ、中国四川省成都市在住。四川大学美術学院の教授でもある彼の作品は、中国国内外の様々な展覧会に出展されている。2006年に”Once Upon A Time”、2011年に”Place of games”と二つの個展を開催し、いずれも好評を博す。吉磊は制作の過程で人々の思考や魂の安息に強い関心をもち、その作品は主に絵画やインスタレー ションの形をとって表される事が多い。社会、歴史や伝統文化への至って冷静な考察によって、見る者の本来の感受性を取り戻す作品を制作している。