期待を力に。鈴木竜が語るトリプル受賞から2年ぶりのダンコレへの想い。

Posted : 2019.02.08
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アーティストとともに新しい身体表現を探求し、横浜から世界へと発信する国際ダンスフェスティバルの「横浜ダンスコレクション(以下、ダンコレ)」。今年は1月31日から約3週間、横浜赤レンガ倉庫1号館を中心に、全7演目とコンペティションⅠ・Ⅱを上演する。2月15日から3日間開催の「ダンスクロス」に登場する鈴木竜さんは、2017年のダンコレで3つの賞を受賞した振付家・ダンサーだ。ルーマニア、スペインでの上演を経て日本初演となる『AFTER RUST』に期待が寄せられるなか、2年ぶりのダンコレでの公演に向けた思いを聞いた。

24回目の開催を数える「横浜ダンスコレクション2019」は、「METHOD / SPACE / PRESENCE」をテーマに掲げている。「ダンスクロス」はコンペティションⅠ「若手振付家のための在日フランス大使館賞」受賞者によるフランスレジデンス成果発表と、アンスティチュ・フランセ日本とのパートナーシップによる公演を、同時上演する枠組みである。

ナッシュとのダブルビルとなる「ダンスクロス」で『AFTER RUST』を上演する鈴木竜さんは、横浜生まれの振付家・ダンサーだ。英国のランベール・スクールで研鑽を積み、卒業後はフェニックス・ダンス・シアターシディ・ラルビ・シェルカウイ、フィリップ・ドュクフレ、テロ・サーリネンなど、多くの世界的な振付家の作品への出演実績をもつ。2012年のロンドンオリンピック開会式では、アクラム・カーンの振付パートに出演した。

振付家としても多数の作品を発表している鈴木さんは、2017年のダンコレでソロ作品『BU』を上演し、「若手振付家のためのフランス大使館賞」「MASDANZA賞」「シビウ国際演劇祭賞」をトリプル受賞した。今年のダンコレでは、フランス大使館賞として得たフランスでのレジデンスで創作し、シビウ国際演劇祭(ルーマニア)、MASDANZA(スペイン)で上演した『AFTER RUST』を日本初演する。本作のコンセプトや、作品の制作・上演に際して実施したクラウドファンディングなどについて、鈴木さんにインタビューした。

『BU』舞台写真 photo:塚田洋一

 

身体の「さび」に向き合ってつくった『AFTER RUST』

――ダンサーとしての身体がさび付いてきた実感から、鈴木さんは本作を立ち上げていらっしゃいますね。“身体がさびる”とは、どのような感覚ですか?

この作品を創作したのは2018年4月で、ちょうど30歳を迎える年でした。急に言い訳の出来ない大人になったような節目の年で。ダンサーとしてほかの振付家のもとで踊るのではなく、若い人に教えたり、誰かに振り付けたりすることが多くなっていた時期で、自分のためにつくる作品に集中する時間はどんどん減っていました。
今までガリガリだった身体に肉がつくようになるなど、身体の変化も感じるようになって。そのようななかで、自分の身体に対しての興味を取り戻したいと思うようになりました。自分より身体が動く人や、単純にダンスがうまいダンサーはたくさん居て。可能性のある身体が周りにたくさんあったので、自分の身体にはあまり興味がなかったんです。でも30歳になるし、いちど自分の身体にちゃんと向き合わなければと思いました。そこで身体がなまってきている感覚を“さび”と捉え、作品をつくろうと考えたのが出発点です。

――“さび”とは象徴的な表現で、自分の身体に向き合う感覚は面白いですね。

クリエーションのためのリサーチのなかで気づいたことがあります。さびは自然界にとって当たり前の現象です。光り輝く金属の方がじつは不自然な姿で、金属は酸化鉄のようにさびた状態で自然界に存在している。ピカピカしている人工物が、自然に帰っていく状態がさびであると。そう考えると自分の身体も、本来そうありたい状態に向かっているだけかもしれません。
例えばクラシックバレエは、人間にとってあまり自然ではない動きをトレーニングして、身体をピカピカに光り輝かせて見せるものです。本作ではそういう部分も見せつつ、そこからもっと自然な動きへと移行していくパートもあります。この気づきは作品の本質的な部分に関わっていると思います。

『AFTER RUST』舞台写真

 

フランスでの滞在制作で得られたもの

――『AFTER RUST』はフランス大使館賞のレジデンス期間中に制作されました。フランスでの創作は作品にどのような影響を与えましたか?

日本にいるとほかの仕事にも追われ、クリエーションに集中できる環境をつくることが難しい。フランスではリヨンの振付センターにあるスタジオと、住んでいたアパルトマンがすごく近くて、3か月のあいだ毎日一分一秒を作品づくりに使うことができたことが一番大きかったですね。

――本作はタイトルにもなっている「さびの後に何が起こるのか?」という問題意識がコンセプトになっていますね。実際に作品をつくって得た実感はいかがでしたか?

もともとジャズダンスからはじめて、バレエ、コンテンポラリーダンスへと移行した流れがありました。若い時に取り組んでいた自分のベースにあるトレーニングから、どうしたら離れられるかを今までは考えていました。過去から離れようとしてきたというか。だけど『AFTER RUST』ではこれまで使ってこなかった身体言語を使っている感覚があります。

身体に向き合う作業をとおして分かったのは、自分がこれまで積み上げてきたものが、改めて見てみると案外輝いて見えたことです。今までどうして目を背けてきたのだろうと思いました。レジデンス後に帰国すると、動きが変わったねと言われるようになったんです。今までテクニックやアカデミックな部分を使うことをどこかで避けていましたが、それを使うことに遠慮がなくなった。そこが本作で一皮むけた部分かなと思っています。

クラウドファンディングをとおして問い直した、日本における社会と芸術の関係

――『AFTER RUST』のシビウ国際演劇祭での上演を実現するために、鈴木さんはクラウドファンディングを実施し、みごと138万円以上を獲得して成功させています。鈴木さんにとって、クラウドファンディングへの挑戦はどのような意味がありましたか?

本来、芸術は“みんな”のものだと思うので、自治体や公的な支援がもっとあってもいいのではないかと思っています。ただ多様な意見をもつ人たちが居るなかで、まんべんなく徴収される税金をアートに使うことは、日本では簡単なことではありません。クラウドファンディングをやるモチベーションは、どのぐらい僕の作品を必要としてくれる人が居るかを知りたいと思ったことでした。その結果、多くの方が応援してくださった。作品に関わる人が多ければ多いほど、作品自体が自分の手から離れていく感覚も、もつことができました。例えば10万円でもあれば、作品のクオリティは上がると思うんです。クラウドファンディングという選択肢があることを、後輩たちに伝えたい思いもありました。

――これまで鈴木さんが経験された海外におけるダンスの受容と比べ、日本の状況にどのような課題を感じますか?

日本の劇場文化は歌舞伎や能の時代から、ご贔屓の役者を見に行く文化だったと思うんです。今のダンスや演劇の現状を見ても、出演者で観る作品が選ばれる傾向がある。すこしでも変えていきたいと思うのは、“人”ではなく“作品”を観に行く文化を根付かせることですね。

フランスでの滞在時に、オペラハウスにイリ・キリアンの公演を観に行きました。そこで感じたのが、週末の過ごし方のひとつに、オペラ座にコンテンポラリーダンスのプログラムを観に行く選択肢があることでした。劇場にはディナーの前にダンスを見に来たご夫婦や、子ども連れのファミリー、友達同士でやってきた若い人など、あらゆる層の人たちが600席程度の劇場を埋め尽くしていた。フランスには劇場文化が根付いていることを感じましたね。

クラウドファンディングの特典として制作した鈴木竜さんのカンパニー「eltanin」のTシャツ。表にはスポンサーのロゴ、裏にはファンディングに参加した人たちの個人名が掲載されている。

 

2017年のトリプル受賞を経た、凱旋公演への思い

――2017年のトリプル受賞から2年、『AFTER RUST』の日本初演を多くの観客が楽しみにしていると思います。海外での上演を経たダンコレでの公演への思いを聞かせてください。

たしか笠井叡さんが三東瑠璃さんに何かの賞を渡す時に仰ったことだったと思うのですが、賞をもらうことは十字架を背負うこと。多くの人たちの期待をはっきりとした形で手渡されることだと思っています。受賞をきっかけに多くの場で発表の機会をもらえたことは、シンプルに嬉しい思いはありました。それと同時に皆さんの目が厳しくなる、作品への期待のハードルが上がることも自覚しています。今回のダンコレは、満を持してという空気になるのも間違いない。それを含め受賞を経て大変なことは増えました。ただその分、踊ることに対する責任感は圧倒的に強くなっているので、作品のクオリティも上がります。

横浜は自分にとってはじまりの場所です。生まれた場所であり、トリプル受賞と次へのステップとなるチャンスをいただいたのも、30歳の節目の作品を上演させていただくのも横浜ダンスコレクションです。節目のタイミングでやってくる場所だと感じますね。じつは今回よりも次に自分が横浜に戻ってくるときに、何をやるかを考えるのが今は一番楽しみで(笑)。

いつも自分が舞台に出る前に、言い聞かせていることがあります。今まで一度も大きな怪我なくやってこられていますが、本番中や本番の後に大きな事故があったり、万が一、舞台上で死ぬようなことがあったりしても後悔しないように踊ること。今回に関しても、とにかく後悔しないように。そしてまた次に横浜へ戻ってくる期待とともに踊りたいと思っています。

 

【横浜ダンスコレクション2019 PRムービー】

「ダンスクロス」

 

鈴木竜 インタビュー

取材・文:及位友美(voids
写真:大野隆介

 

【アーティストプロフィール】
鈴木竜(すずき・りゅう)

横浜に生まれ、山梨・和歌山・東京で育つ。英国ランベール・スクール卒。在学中、<ランベール・ダンス・カンパニー>のイツィック・ガリーリ振付『A Linha Curva』に出演、全英ツアーに参加。卒業後、<フェニックス・ダンス・シアター>に入団、ほとんどの作品に主要メンバーとして出演。ロンドンオリンピック開会式ではアクラム・カーン振付パートに出演。帰国後は日本を拠点にダンサー、パフォーマーとして、シディ・ラルビ・シェルカウイ、フィリップ・デュクフレ、<インバル・ピント&アブシャロム・ポラック・ダンス・カンパニー>、テロ・サーリネン、平山素子、近藤良平、小㞍健太、夏木マリなどの世界的に活躍するアーティストの作品に出演。自身の振付作品『Agnus』は第3回セッションベスト賞を受賞した。


【公演情報】
ダンスクロス
鈴木竜『AFTER RUST』(日本初演)
ナッシュ『セル』(日本初演)

2月15日(金)19:30
2月16日(土)15:00
2月17日(日)15:00

会場:横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
全席自由 前売:3,500円 U-25:3,000円 高校生以下:1,500円 /当日:4,000円(税込)

詳細はWEBサイトから。
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