平田オリザが語るTPAM『台北ノート』――今、社会における演劇の役割

Posted : 2017.02.03
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劇団「青年団」を主宰する、劇作家で演出家の平田オリザさん。複数の大学で教べんを執りながら、国や自治体のための文化政策や演劇教育の普及にも貢献し続けている。そんな平田さんの代表作のひとつ『東京ノート』を台湾の劇団とともに翻案した『台北ノート』が、国際舞台芸術ミーティング in 横浜2017(TPAM)で横浜美術館のグランドギャラリーにて世界初演される。2016年12月、下見と打合せで横浜美術館に訪れた平田オリザさんに、本作への想いを聞いた。

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代表作『東京ノート』――20年前に描かれた近未来のリアリティ

演劇や舞台をあまり観ない人でも、平田オリザさんのお名前をご存知の方は多いかもしれない。演劇教育の第一人者としても知られ、2002年からは中学校の国語教科書で、そして2011年以降は小学校の国語教科書でも平田さんのワークショップの方法論にもとづいた教材が採用されている。いま社会で活躍する20代のなかには、学校教育で平田さんの演劇に触れている方も少なくないだろう。1982年に劇団「青年団」を立ち上げ、劇作家・演出家としてキャリアをスタートした平田さんは、1990年代から「現代口語演劇」という手法を提唱し、多くの後進に影響を与えてきた。「現代口語演劇」は人々の静かで淡々とした日常の生活を、そのまま舞台のうえにあげる演劇手法だ。

©青木司

『東京ノート』舞台写真©青木司

この2月、平田さんは代表作のひとつ『東京ノート』を台湾の劇団とともに翻案した『台北ノート』を、国際舞台芸術ミーティング in 横浜2017(以下TPAM)の機会に横浜美術館のグランドギャラリーで発表する。『東京ノート』は演劇界の芥川賞とも称される「岸田國士戯曲賞」を受賞した作品だ。

1994年に初演された『東京ノート』には、“2004年にヨーロッパで戦争が起こっている”という設定がある。美術館のロビーを舞台に、複数の家族やカップル、友人同士が行き交い、それぞれの会話が展開される。世界情勢や、両親の世話、相続問題、進路や恋愛など日常のたわいもない悩み、そして登場人物たちの人間関係の機微が会話を通じて表現される。

20年以上、形を変えて上演し続けている『東京ノート』は、平田さんにとってどのような作品なのだろう。

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「『東京ノートは』94年に初演してから、15か国語ぐらいに翻訳されて、世界中で上演していただいた非常に幸運な作品です。私たち青年団が上演するだけでなく、海外の演出家が海外の俳優で演出するケースや、青年団と海外の劇団が共同製作する展開にも恵まれてきました。つくったときは長いスパンで上演できると思っていなかったので、近未来の設定を10年後の2004年としていましたが、実際に2004年を過ぎるとその設定を2014年に、そして2014年以降は2024年の設定に書き換えながら再演を重ねています。

世界中でこの作品を上演してきましたが、94年に描かれた作品にも関わらず“ますます現実感を増している”という反応をよくいただきます。そもそも本作をつくったとき、世界では湾岸戦争やボスニアヘルツェゴビナの戦争が起こっていて、テレビからは毎日のようにその情報が流れていた。PKO法案も話題になっていました。現在も複数の地域で紛争が続き、日本でも2016年にはさまざまな動きがありましたね。そのような情勢のなかで本作の現実感が増しているのでしょう。」

 

『台北ノート』への翻案――台湾との共同製作への期待

台湾と日本のあいだには、政治のシステムやライフスタイルに違いがある。例えば台湾には徴兵制がすでにあること、台湾が国連には加入していないといったことなどだ。日本を舞台にした『東京ノート』を、台湾を舞台にした『台北ノート』として翻案するにあたり、平田さんは本作に参加する俳優やドラマターグ*の意見を聞きながら、このような生活の違いに応じて台詞を書き換えていく。国を越えた演劇作品の“翻案”では、このような文化の違いを読み込みながら、作品をつくり込んでいく過程がある。

*演劇カンパニーにおいて、戯曲や創作の文芸面においてリサーチなどに携わるスタッフ。

『台北ノート』稽古写真

『台北ノート』稽古写真

『東京ノート』はこれまでに『ソウルノート』として韓国の演出家によって上演されたり、そこから日韓共同製作に発展したり、また日中韓の共同製作に取り組んだりとアジアではすでに複数の上演の実績がある。なぜ今、TPAMで『台北ノート』を創作することになったのだろう? 台湾の劇団との共同製作の経緯について聞いた。

「台湾では僕の作品をこのところ毎年のように発表していて、昨年の台北フェスティバルではチケットが最初に完売したそうです。また台北芸術大学で授業をもったり、著作が相次いで出版されたりして、プチ平田オリザブームがきています(笑)。そんな状況もあって、そろそろ台湾と一緒に何かやらないかという台湾のプロデューサーや俳優たちからのプレッシャーもありました。

オリジナルの戯曲を書くことも考えたのですが、これまでの経験からアジアで翻案が可能なことがわかっていた『東京ノート』をやることにしました。また横浜美術館では本作を1999年に上演していますが、実際の物語の設定と重なる各地の美術館のロビーで上演するケースが近年は増えていました。国立国際美術館で発表した際には、文化庁芸術祭で優秀賞を受賞することもできました。機会があればまた美術館で上演したいと考えていたこともあり、複数の要素が重なって『台北ノート』が生まれました。」

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本作のオーディションには、北京やマカオ、シンガポールやマレーシアなどからも俳優が参加した。中国語圏のパワーを実感した平田さん、今後『台北ノート』を中国語圏でレパートリーとして上演していく展開も見据えている。また『東京ノート』は来年・再来年にアジアの複数都市で翻案される予定もあり、2020年のオリンピックイヤーにはインターナショナルバージョンへの創作にも取り組むという。『台北ノート』は2020年に向けた計画の序章になりそうだ。

 

『台北ノート』が描く、少子高齢化する地方都市の課題

『東京ノート』の主人公は、地方都市に住み、年老いた親の世話をする長女だ。作中ではその兄弟姉妹・親戚たちが、それぞれの立場から思い思いに会話を繰り広げていく。平田さんが『台北ノート』で表現したいと考えていることは何だろう?

『東京ノート』舞台写真©青木司

『東京ノート』舞台写真©青木司

「『東京ノート』では、どちらかというと扱っている戦争などの描写に現代性があると捉えられることが多いのですが、94年の時点で、地方都市に住んでいる女性の寂しさを描いたところにこそ先見性があったのではないかと思っています。地方に残って親の面倒をひとりでみている女性、それは非婚化・晩婚化、そして少子高齢化といった諸問題につながる要因の象徴です。一方で大都市の東京は、待機児童を抱え人口の過密で大変な状況になっている。日本全体が大いなるミスマッチに覆われています。このような状況は、文化的格差の発生にもつながっていきます。作中でも『地方にも美術館はあるけど、一緒に行く人がいない』という主人公の発言として文化的格差に触れています。

僕は地方行政の文化政策のお手伝いもしていますが、まさにこのような地方都市の諸問題に取り組んでいます。もちろん94年の時点では、非婚化・晩婚化や少子高齢化の問題がここまで大きなトピックになるとは思っていませんでしたが、当時から関心をもっていたということでしょう。『東京ノート』で描こうとしたことのひとつは、地方都市でひとり親の介護のような問題を抱えなければならない、独身女性の寂しさや疎外感のようなものでした。このような作品のテーマについては台湾の人たちとも話し合いますが、まさに今、台湾の地方でも起こっている現象だという反応をもらいます。東京でも、そしてここ横浜でも、共感してもらえるトピックであると考えています。」

 

芸術は“漢方薬”のようなもの――演劇が社会に果たす役割

学校での授業や、企業の研修の場で演劇ワークショップを展開するなど、社会のさまざまな層に向け演劇を手法として働きかけている平田さん。この機会に改めて、平田さんが考える演劇が社会に果たす役割について聞いた。

「演劇に限りませんが、芸術には人々を励ましたり、勇気づけたりする役割があります。演劇の場合は集団で創作をするため、共同体の維持や再生といった観点からも大きな役割を果たしてきました。昔はある一定の年齢になると村祭りに参加して、演劇やダンスに取り組む習慣が社会のシステムとしてありました。村祭りは大人への通過儀礼でもあり、共同体に入る儀式としても機能していたんです。しかし時代が変化して、日本ではそういった習慣が廃れてしまいました。諸外国では、例えば教育の制度のなかに演劇やダンスを取り入れていくことで残されていきましたが、日本ではそうならなかった。僕は演劇を社会のシステムのなかで必要としてこなかった日本のほうが、異常だと思っているんです。

近代以降、舞台と客席が分離してしまいましたが、そもそも演劇は観るだけじゃなくて自分も参加するもので、双方向性の文化だったはずです。僕が演劇教育などを通じてやっていることは、演劇がかつて担っていた役割をもとに戻していく作業でもあります。」

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演劇をやらないと死んじゃいますよ、と平田さんは語る。私たち人間は家族や会社、学校といったさまざまな“共同体”の一員として生きている。その共同体の維持や再生と分かちがたく結びついていたはずの演劇。平田さんが指摘するとおり、活用しない手はないだろう。

国際的な共同製作や、海外での作品発表など、そもそも言語も文化的背景も違う人たちとコミュニケーションを取り、平田さんは世界を舞台に活躍している。いまの国際社会をどのように捉えているか、お話を聞いた。

「今の世の中はよく“分断”された社会と言われていて、確かに危機的な状況とも言えるのですが、冷戦時代を思い返せば今よりずっとはっきりとした分断の構造があって、それが当たり前でした。現代の社会ではかつて抑圧されて声をあげられなかった人が声をあげられるようになっています。あまりヒステリックに、今が最悪の時期と考えない方が良いと僕は思っています。

特に演劇や芸術は“漢方薬”です。劇的に状況を変えることはできませんが、今起こっている衝突を緩和していくことに、少しは芸術が役に立てるのではないかと考えています。」

 

目指すべきはしなやかな共同体――これからの都市の在りよう

さまざまな地域の課題を目の当たりにしてきた平田さんは、東京の隣町にある横浜の特異性や可能性をどのように捉えているのだろう? これからの都市の課題についてお話を聞いた。

「横浜は何もしなくてもイメージが良い、というところに課題があるのではないかと感じます。特に努力をしなくても、もともとイメージが良い街は滅びるということが往々にしてあります。これだけ大きい都市だと、全体が変わるということは難しい。例えば僕が関わったことがある人口が8万人程度の自治体だと、公立校は小中合わせても30校ぐらいです。そうすると学校教育のなかに演劇を取り入れるということも実現が難しくはないのですが、横浜はそうはいきません。大きな自治体は変化することが難しいので、小さな営みをどのように積み重ねていくかが大事になります。

21世紀における芸術の最大の効能は、異なる文化に対する想像力をつける、文化理解力をつけるということです。そのような“自立した市民”をつくっていくことが必要です。自立しているとは、誰かの物差しで測った価値観ではなく自分で判断できる市民です。そのためには多様な芸術、広義の文化に触れ、他者に出会うということがいちばんポイントになってきます。このような積み重ねから、都市に寛容性が生まれます。TPAMのような先鋭的な作品が集まるプラットフォームも、アウトリーチのような演劇教育も、多様な文化に触れるという観点から必要な取り組みです。」

これからの都市を考える上で持つべき視点として、平田さんは“しなやかな共同体”という言葉を挙げた。“しなやかな共同体”には、コミュニティを強くするという意図が込められている。例えば災害が起きたとき生き残るのは、市民一人ひとりが自立していて、難しい局面に対し柔軟な対応ができる都市ではないだろうか。芸術・文化の効能を考えるとき、経済的な効果、数値的な成果だけを測るのではなく、このようなコミュニティの強さを測る物差しを独自にもっておく必要があると平田さんは指摘した。

『台北ノート』が扱うテーマやクリエーションをはじめ、演劇が社会に果たす役割まで、たっぷりとお話をいただいた平田さん。最後に『台北ノート』の観客へのメッセージを聞いた。

「『東京ノート』は、小津安二郎の『東京物語』にインスピレーションを得てつくったのですが、小津さんは『東京物語』について“親孝行”の話が書きたかったと語っています。『台北ノート』を観たお客さんには、“家族”について考えるきっかけになってもらえればいいなと考えています。作中で主人公の女性は親の介護で疲れ、寂しく暮らしているのですが、それでも美術館に来て作品を見ることで、ちょっとだけ救われています。横浜美術館での上演で、皆さまにそういったことも感じてもらえたら嬉しいです。」

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家族という最小単位の“共同体”。まずはそこに目を向けて、日々の生活を振り返る機会になりそうだ。TPAMで世界初演を迎える『台北ノート』、ぜひ横浜美術館で目撃して欲しい。

(文・及位友美/voids

【プロフィール】

平田オリザ(ひらた・おりざ)

1962年東京都生まれ。こまばアゴラ劇場芸術総監督、城崎国際アートセンター芸術監督、劇団「青年団」主宰。東京藝術大学COI研究推進機構特任教授、大阪大学COデザイン・センター客員教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。2011年フランス国文化省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。 

 

【公演情報】

台北ノート
平田オリザ + 盗火劇団[東京/台北]

日時
2017年2月15日(水)20:00
2月16日(木)13:00~、19:00~
上演時間:120 min、中国語(日本語・英語字幕)
会場:横浜美術館 グランドギャラリー
料金:TPAM参加登録者1,500円、一般3,000円
詳細はウェブサイトから
https://www.tpam.or.jp/2017/?program=taipei-notes