「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」の取り組み vol.1

Posted : 2015.12.18
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文化芸術創造都市施策の一環として、今年度「クリエイティブ・チルドレン」という標語を掲げている横浜市。本ウェブサイトでは「子どもと芸術文化」と題し、市内文化施設における取り組みをシリーズで特集した(7月~9月)。一方で、アーティストが教育の場である学校へ訪問し、学校教育とアートをつなぐ「学校プログラム」を長年展開している。いま学校教育の現場で、子どもとアートのどのような出会いが生まれているのだろう? 今回は「学校プログラム」を運営する「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」の取り組みを2回にわたるシリーズ記事で紹介する。前編のVol.1では「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」の事務局を担う構成団体担当者の声を聞いた。後編のVol.2では「学校プログラム」の現場に迫る。
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左・田中真実さん(NPO法人STスポット横浜)、右・江口和良さん(横浜市教育委員会)

 
子どもたちが「学校」で「アート」に出会う

「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」とは、子どもが美術館、劇場、映画館を訪問してアートに触れるのではなく、アーティストの方から学校に訪問して体験を届ける「学校プログラム」を通じて、アートの新たな可能性をさぐっていく取り組みだ。子どもたちが日々生活をおくる学校でアートに出会う「学校プログラム」とは、どのようなプログラムなのか?

本プログラムに参加しているのは横浜市立の小・中学校、特別支援学校で、今年度の参加校は136校に及ぶ。現場について、プラットフォームの事務局長を務めるNPO法人STスポット横浜の田中真実さんに聞いた。

「『学校プログラム』ではアーティストが直接学校へ出かけます。アーティストの専門性も、音楽・美術・演劇・ダンス・伝統芸能とじつにさまざまです。プログラムの日数は1~3日が基本になりますが、アートの力を学びの基礎づくりに活かし、子どもたちの自由な発想を引き出したり、感性を育んだりすることを目的としています。」(田中真実・NPO法人STスポット横浜地域連携事業部ディレクター/横浜市芸術文化教育プラットフォーム事務局長)

「学校プログラム」には、1日で完結する鑑賞型と、およそ3日間をかけてプログラムを組む体験型の2つが用意されている。アーティストと対話をしたり表現したりすることは、子どもにとっても、また先生や保護者などの大人にとっても、日常生活の中では異質な体験だ。学校という「学びの場」でアーティストに出会うことは、子どもたちにどのような経験をもたらしているのだろう。

「アーティストはふだん学校にはいない人ですよね。親でも先生でもない、外からの視点と新たな関係性が持ち込まれるところが、子どもたちにとって刺激になっていると思います。先生や親とは違う大人との出会いは、子どもたちの気持ちを揺さぶったり、開いたりする部分があるんです。」(田中真実・NPO法人STスポット横浜)

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人口370万人に及ぶ横浜市。多くの文化施設が集中する都心臨海部は、ほんの一部分に過ぎない。NPO法人STスポット横浜と同じく「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」の事務局を担う横浜市教育委員会事務局指導部の江口和良さんは、郊外エリアにある学校では、子どもたちが芸術文化に触れる機会をつくることそのものが課題になっていると指摘する。

「どの学校にも、近隣に音楽ホールや美術館があるわけではありません。子どもたちが芸術文化を体験する場合、電車に乗って、文化施設を訪問しなければならない場合もあります。アーティストが直接学校にやってきてくれるプラットフォームの取り組みは、子どもたちがホールや美術館に行かなくてもアートに出会える機会になっています。」(江口和良・横浜市教育委員会事務局指導部 指導企画課 主任指導主事)

本プログラムの参加校は公募で募集する。毎年2~4月ごろに横浜市立の小・中学校、特別支援学校へ募集案内を送って実施校を募るのだ。以前は学校側が応募をしても、予算やニーズが合わずに実現に至らないケースが見られる年もあったが、ここ数年は応募したほぼすべての学校でプログラムが実現できる体制を取っている。アーティストが持つクリエイティブな発想や本物のアートとの出会いを、義務教育の場において体験できる環境が横浜にはある。

学校プログラム紹介映像(4分23秒)

4者の専門性を持ち寄った「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」の組織構成

このような環境づくりを可能にしているのが、「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」を支える事務局の存在だ。「学校プログラム」のはじまりは平成16年度にさかのぼる。当初、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団が企画立案してスタートした「学校プログラム」は、4年後の平成20年度からより多くの学校への展開を目指し、同財団にくわえ、横浜市、横浜市教育委員会、そしてすでに神奈川県との類似事業の実績を持っていたNPO法人STスポット横浜の4者が互いの専門性を持ち寄って、事務局を組織することになったのだ。

「学校」と「アート」をつなぐためには、「芸術文化」の専門家だけでなく、「教育」の専門家が必要であり、継続的なプログラムの運営には「予算」と、「実務」を担う人的リソースが不可欠だ。「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」では、文化の専門スキルやネットワークを持つ(公財)横浜市芸術文化振興財団、そして学校教育に関する専門知識を持つ横浜市教育委員会、市で文化事業を担当する文化観光局、事業の運営を担うNPO法人STスポット横浜が集まったことで、「学校プログラム」をより広く展開できるシステムを実現している。

アーティストと子どもたちをつなぐ「コーディネーター」の存在

「学校プログラム」を支えているのは、「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」を組織する事務局の4者だけではない。アーティストと学校をつなぐコーディネーションは、地域の文化施設や、NPO団体のスタッフが担っている。これによって、130校に及ぶプログラムの実施が可能になっている。

「事務局に教育委員会が入ったことで、学校への募集案内の一斉配信などの窓口ができたと言えますが、この事業の特徴は『コーディネーター』の存在です。事務局と学校の間に、文化芸術分野の専門知識を持つ人材が入って、学校と対話をしながら実施内容を調整し、オーダーメイドでつくっていくところがプログラムの魅力になっています。文化施設や芸術団体で活動しているスタッフの方たちにコーディネートを担当していただいていますが、今年度のコーディネーターは過去最大の37団体になりました。」(江口和良・横浜市教育委員会)

地元のNPOなど、本プログラムをきっかけに芸術団体の活躍の場が広がっていることは、事業のひとつの成果とも言える。彼らは実際にどのようにプログラムをつくっているのだろう?

「対象となる学年や、クラスの特色など学校の先生が持っている情報と、コーディネーターが持っているアーティストとのネットワークや専門性を掛け合わせ、プログラムを丁寧につくっています。学校によっては楽団などを招いて、児童生徒がまとまって鑑賞する『芸術鑑賞教室』といったプログラムを行っています。このようなパッケージ型の内容であれば学校側はわかりやすいのですが、コーディネーターがアーティストを提案しながら、各クラスに合わせてプログラムしていく手法は珍しかったので、最初は学校とのコミュニケーションも難しかったようです。時間をかけてやっていくうちに、徐々に学校側にもこの手法を受け入れていってもらえた手応えがありました。」(江口和良・横浜市教育委員会)

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江口さんたち横浜市教育委員会は、学校とのやり取りはコーディネーターの専門性を信頼して任せているのだそう。事務局とコーディネーターの信頼関係が分かるエピソードだ。

「コーディネーターは芸術文化の専門家ではありますが、教育のことは教育委員会に聞かないと分からないことも多くあります。教育とアートというそれぞれに専門性が求められる分野だからこそ、お互いのスキルや情報をシェアして、困ったことがあったときには一緒に悩める関係性で運営することを心がけています。」(田中真実・NPO法人STスポット横浜)

子どもたちの新たな一面を発見する――先生たちの気付き

「学校プログラム」は子どもたちが刺激を受けるのと同じく、学校の先生たちにとってもさまざまな発見があると江口さんは指摘する。

「アーティストたちは『学校プログラム』を通して、先生が見たことがない子どもたちの表情、例えばいつもはおとなしくしている子が積極性を発揮したり、今まで気付いていなかった側面を引き出してくれたりもします。短い時間ですが、先生たちにとっても発見が多いんです。」(江口和良・横浜市教育委員会)

またコーディネーターのように、学外の人材が学校の中で活躍する場の必要性も感じているという。

「社会が多様化していく中で、担任の先生の持てる力だけに頼っていてはできることも限られてきます。これからは地域の方を含め、学校の中にも外部の人材を活用していく視点が必要だと考えています。コーディネーターの皆さんの仕事に触れ交流を持つことは、学校の先生にとっても良い刺激の場になっています。」(江口和良・横浜市教育委員会)

公立の学校だと異動も多く、学校プログラムを体験した先生が異動先の学校で、また応募に名乗りを挙げるケースも見られる。本プログラムの取り組みの成果は、このように先生たちがリピーターとして応募をしているところにも表れている。

『学校プログラム』の課題と展望

「学校プログラム」は、あらかじめ用意されている音楽、図画工作、体育、あるいは総合的な学習の時間などの時間割の中に組み込むことで成り立っている。つまり、学校側でも協力の体制を取れなければ実現できない。

現在、市内約500校ある横浜市の小・中学校、特別支援学校のうち、毎年の「学校プログラム」の実施校はおよそ130校。小学校約110校、中学校約10校、特別支援学校約10校で行われている。

12年間の取り組みの中で、プラットフォームとして事務局が組織された平成20年度以降は、継続して中学校でも実施しているが、教科担任制を取る中学校では授業の時間割を柔軟に調整することが難しく、なかなか応募校数が増えないというジレンマもある。

「中学生は今後の自分の将来に向き合いはじめる、大事な時期ではないかと思います。クリエイティブな発想を持つアーティストとの出会いの機会をもう少し増やしていきたいのですが、いかに中学校の枠組みの中でプログラムしていくかが課題になっています。」(田中真実・NPO法人STスポット横浜)

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横浜市内には12校の特別支援学校がある。アーティストの訪問も年々増えていて、市内12校のうち26年度の実施校は10校に及んだ。特別支援学校での取り組みについて、田中さんはどのように捉えているのだろう。

「特別支援学校にいる子どもたちは、世の中が違う視点で動いていれば、障害とはみなされていなかったかもしれないですよね。そういった子どもたちと触れることで、じつはアーティストの方が影響を受けているのではないかと思います。特別支援学校の子どもたちとの体験の中ではよりダイレクトな反応が返ってくるので、『表現とは何なのか、芸術とは何かを突き付けられた』という感想を残すアーティストも多いです。」(田中真実・NPO法人STスポット横浜)

横浜という大きな都市において、130校の参加という定量的な評価では見えないことが、このようにひとつ一つの学校で起こっている。それぞれの個性を見ていかなければ、事業の成果をはかることは難しい。本シリーズ記事の後編では、「学校プログラム」の現場の事例をお伝えしたい。 

最後に「学校プログラム」の成果をどのように実感しているか、横浜市教育委員会の江口さんに聞いた。

「指導主事という立場で図画工作科・美術科の授業を見ることが多いですが、その授業を受けた子どもたちが全員芸術家になるわけではないですよね。彼らの生活の中で、こういう考え方や発想、方法があるんだという気付きが活かされていけばいい。本プログラムも、さまざまな人に出会う機会のひとつであり、たまたま出会った人が芸術家だったということでもあると思うんです。子どもたちがこれからの未来をつくっていきます。このような経験が子どもたちの中に蓄積されていくことが、今後の彼らの発想や思考のきっかけになっていくだろうということをつくづく感じています。」(江口和良・横浜市教育委員会)

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これからの社会を考えるとき、限られた資源や環境の中で、柔軟な発想や思考をいかに持つことができるか――。個人の創造力や想像力が、より問われる時代になるだろう。未来を担う子どもたちの創造性を育む「学校プログラム」。次回は現場の様子をお届けする。


横浜市芸術文化教育プラットフォーム

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「学校プログラム」について
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