2022-01-07 コラム
#福祉・医療 #美術 #助成 #ACY

ろう者と聴者の境界を解きほぐす「シュワー・シュワー・アワーズ」
手話マップ・木下知威さんインタビュー

手話で話す人も話さない人も、アート作品を一緒に鑑賞し対話する新しい試みが、2021年10月、横浜市民ギャラリーにて行われた。その名も「シュワー・シュワー・アワーズ」。その軽やかな語感に引き寄せられ、多くの参加者が集まった。この対話型鑑賞会を主催する「手話マップ」はアーツコミッション・ヨコハマのクリエイティブ・インクルージョン活動助成に採択された団体だ。代表の木下知威(きのした・ともたけ)さんに、団体立ち上げの経緯や活動、今後の展望について話をうかがった。

ろう者と文化施設をつなぐ「手話マップ」

― 2019年にスタートした「手話マップ」は、手話のある文化プログラムの情報発信などさまざまな活動を行っていますね。まず中心の活動であるポータルサイトを立ち上げた経緯からお伺いできたらと思います。

木下知威(以下、木下): 2019年の秋頃に知り合いから声がかかり、「美術と手話プロジェクト」による「美術と手話を考える会議」に参加しました。そこで行われた、ろう者と美術館の間にある課題についてのディスカッションで、両者の間には一朝一夕では解決できない課題が多くあることを痛感しました。例えば、美術館が手話通訳のあるイベントを企画してもどこに周知をすればよいのかわからない一方で、ろう者は手話のあるアートイベントに参加したくてもどこに情報があるのかわからない。そこで、両者をつなぐプラットフォームのような場所が必要だと考え、会議の会期中に試験的にウェブサイトを作って会議のメンバーに見せたのです。そうしたら、これはいいね、という声が多く、運営を進めることになりました。それが情報を発信するポータルサイト「手話マップ」を始めたきっかけです。

手話マップのメンバー、木下知威さん(左)と小笠原新也さん(右)

― 以前ろう者の方に話を伺ったとき、アクセシビリティなどの情報交換にはSNSを活用されていると聞きました。

木下:インターネットの黎明期である1990年代から、ろう者も独自のコミュニティをネット空間に築いてきました。たとえば、1998年から1999年にかけて東京・中野駅の近くに「デフトピア」という手話で会話するカフェがありました。そこには多くのろう者が集まっていて、その店のホームページ内の掲示板には、ろう者が感想や情報を書き込んでいましたが、その時はパソコンが手元にある一部の人に限られていました。2000年代になると、インターネットを介したコミュニティが増えていきますが、アートに限定したプラットフォームは存在しませんでした。聴覚障害者に向けた総合的なポータルサイトだと、1995年にスタートして2011年に終わった「デフユニオン」がありました。いまは「しかくタイムズ」などがあり、文化に関する情報も発信されています。

― そのなかで、手話マップは文化施設やアートイベントに特化したプラットフォームなのですね。

木下:そうですね。Facebookで展覧会のイベント掲載と、美術館のアクセシビリティについてレポート形式で紹介をしています。たとえば、館内のインフォメーションでの対応や施設全体の取り組みといった、美術館のアクセシビリティについての情報を掲載することもあれば、展覧会や関連イベントの情報保障について載せることもあります。フォロワーも少しずつ増えていて、現在は400名を超えました。利用者からは「文化施設の情報保障への取り組みが見えやすくなった」という感想をいただいています。

― Facebookを使っているのはなぜですか。

木下:そういうネット上のプラットフォームをすぐに作りたかったのです。それに、イベント作成機能でカレンダーのようにイベントを掲載できるのも利点です。ろう者はTwitterよりもFacebookのユーザーが多い印象ですが、それは映像を掲載しやすく手話でコメントできるからだろうと思います。それに利用者の年齢の幅もFacebookの方が広いと感じます。ただ、今考えるとFacebookを使っていないろう者もいますので、安易に選んだところもあったと思っていて、そこは改善したいですね。

― 手話マップの活動としては、ポータルサイトのほかに横浜市民ギャラリーあざみ野で情報保障のコーディネートもされましたが、具体的にどのようなことを担当したのでしょうか。

木下:2020年10月、アーティストの関川航平(せきがわ・こうへい)さんの展覧会の関連イベントで、わたしも登壇したトークイベントの舞台のセッティングです。具体的には、文字情報を映スクリーンの設置場所の決定、文字通訳者の選定、手話通訳者の紹介などを行いました。こうした仕事では、イベントが行われる会場の設備を確認しながら、全体的にコーディネートをします。また、美術館やギャラリーから、手話通訳者に対してどんな情報を提供したらよいかわからないとご相談をいただくこともあり、イベントに必要な情報を整理して共有することも必要になります。こうした仕事ももっと増やしていきたいですね。

手話マップが情報保障のコーディネートを行った、あざみ野カレッジ連携企画「身体とことばの不安定さについて―関川航平の方法」*(横浜市民ギャラリーあざみ野、2020年10月)

境界をときほぐす鑑賞会「シュワー・シュワー・アワーズ」

― 次に2021年10月に行われた「シュワー・シュワー・アワーズ」について伺っていきたいのですが、まずネーミングが素敵だと思いました。

木下:ありがとうございます。「シュワー・シュワー・アワーズ」には、手話が身近な言語でない人と、手話を第一言語として生活する人の隔てられているようにもみえる状況をうまくつなぎたい、あるいはクロスさせたい、という思いがあります。対話型鑑賞(※)では、展覧会や展示作品を鑑賞して対話します。その時に、ろう者と聴者が集まったときに感じる境界を解きほぐしてみたいと思いました。

ただ、「手話」が強く出すぎると手話をされない方には敬遠されるかもしれない。けれども、「手話」はろう者にとって大切な言語です。そこで、「手話」という言葉のニュアンスを残しつつ、もう少し柔らかい表現にしたいと思い、今回のネーミングが生まれました。手話を「シュワ」として、その時間だから「アワーズ」。アワーズには「泡」という語が含まれるので、泡がシュワーッと溢れるイメージです。
※対話型鑑賞:鑑賞者が、作品を見て気づいたことや考えたことなどを自発的に発言する鑑賞方法。

― そうした境界をときほぐすことに対して、どのような点でアートに可能性を感じられますか。

木下:アートに可能性があるというよりは、美術全体の言説は、社会と不可分の関係にあります。例えば、昨年起こったブラック・ライブズ・マター運動の過程で、人種差別に関する彫像が倒されたり、撤去されたりしていました。こうした社会の状況を理解するのに、新聞を読んだり、ニュースを見て考えることも大事ですが、芸術ほど重要なことはないと思っています。つまり、芸術作品を体験することは、新聞、ニュースと同じくらい大事なことだというのがわたしの考えです。

現在、耳の聞こえない方を「ろう者」「難聴者」「中途失聴者」などと呼ぶことがありますが、実際はその聴力や受けた教育など、背景はまちまちで、LGBTQの方もいらっしゃいます。中には、普段考えていても言葉として表明する機会が乏しかったり、いじめや差別を受けて抑圧された立場にある人も少なくありません。いじめや差別は社会のあちこちにあって、ろう者が同じろう者をいじめ・差別することも残念ながら起きています。わたしはこうしたことが起きてはならないと考えています。

そこで大事なのは、自分の考えを言語化でき、他者の考えも知ることができ、対話を深められる場があることではないだろうか、と考えました。対話を通じて、それぞれの人がかけがえのない存在であることを実感できる社会が実現できればと思うのです。そのひとつのアプローチが「シュワー・シュワー・アワーズ」です。作品を通じて自分の考えたことを話し、また相手の考えを知る機会になることを目指しています。

― 「作品を見て対話する」という体験を選ばれたのは、木下さんご自身の体験がきっかけになっているのでしょうか。

木下:かつて、ロンドンにあるいくつかのミュージアムでろう者によるガイドツアーに参加したことがあります。それは、ミュージアム・ガイドの専門的なトレーニングを受けたろう者がイギリス手話で展覧会を案内し、作品解説をする形式でした。ガイドはボランティアではなく、ミュージアムから報酬が支払われています。参加していたろう者たちは、目を輝かせながら積極的にガイドに質問をしていて、その表情が実に素晴らしかった。ツアーの後方には、手話通訳が立って読み取りを行うので、たまたま居合わせた聴者が聞くこともできました。こうした取り組みはまだ日本にはなかったので、日本でも何かグループで作品を鑑賞するという形をやってみたいと考えるようになったのです。

最初に、参加者は展覧会を鑑賞する。

展覧会を鑑賞したあとファシリテーターの進行によって、一つの作品について参加者全員で対話する。

― シュワー・シュワー・アワーズを見学して、一つの作品について話すことは、それぞれの立場や背景をこえて、同じ時間を共有できるのだと思いました。今回はろう者がファシリテートするという方針で、手話マップのメンバーが進行されていましたね。

木下:わたしと、メンバーの小笠原新也さんがファシリテーターを務めました。小笠原さんは全国各地の美術館に足を運び、展覧会をたくさんご覧になっていますし、徳島県立近代美術館アートイベントサポーターをもされるなど、熱意をもってたくさんのワークショップに関わってこられています。また、以前は国立西洋美術館で教育普及担当の学芸員で、現在は中央大学文学部教授の横山佐紀先生にアドバイザーをお願いしました。このお二人の視点とご経験からアドバイスやアイデアをいただきながら、力を合わせてシュワー・シュワー・アワーズに取り組んでいます。

障害者に何かをしなければ、という観念から離れる

― 参加された方からはどのような反応がありましたか。

木下:印象的だったのは聴者の方が「障害者に何かをしなければならない、という観念から離れられる」とおっしゃっていたことです。それはろう者と交流できてよかったということではなく、作品について話し合う時間を共有することができたという体験です。ろう者がいると手話通訳などなんらかのサポートをしなければならないと考えるのですが、自然に会話できたのがよかった、と。また、ろう者の方は、ろう者のコミュニティのなかで活動することが多いので、シュワー・シュワー・アワーズのような経験はこれまで無かった、とてもおもしろかったとおっしゃっていました。こうやって、ろう者と聴者が交流する場をつくることで、新たな発見がどんどん生んでいけたらいいなと思っています。

個人的な感想ですが、わたしの仕事は歴史学者です。古い史料を解読し、分析して論文を書く時間が多い。それは史料を相手に会話をすることです。一方で、シュワー・シュワー・アワーズはいろいろな方が参加してくださっているので、同じ時間、同じ空間を生きている人とふれあう体験です。そこでは、作品の解釈ひとつとっても「こんな視点があるんだ」と気づくかされることが多くあり、わたしにとってとても新鮮な経験でした。

対話時間は約1時間。手話通訳者がいるのでだれでも自由に発言できる。

― 今回ははじめての開催でしたが、今後もシュワー・シュワー・アワーズを継続されますか。

木下:はい。2022年3月に同じ横浜市民ギャラリーで、第2回目の開催を予定しています。1回目を終えてみて、課題がたくさん出てきました。異なる言語をもつ人同士が、お互いにアプローチしやすい環境づくりやプログラムの設計など工夫すべき課題があります。第1回目の参加者からは、鑑賞会を通して日本語と手話が異なる言語であることや、ろう者の背景にある文化や歴史などもわかるとよいのでは、という意見もありました。これをイベントのなかに組み込んで、展覧会や作品についての対話にリンクできると面白いかもしれません。こうやって課題をクリアし方法論を実践しながらより良くして、いろいろな場所で実施できるイベントに発展させたいと考えているところです。その実現には、多くの方々の共感と協力が必要です。いろんな方と手を取り合いながら進めていけたらと思っています。

― 作品をみる体験としても対話の形としても新たな試みだと思いますので、今後の展開が楽しみです。

木下:お忙しいところ、ご参加いただきありがとうございました。またのご参加をお待ちしております。​

取材・文:佐藤恵美
写真:大野隆介(*を除く)

【プロフィール】

 

木下知威(きのした・ともたけ)

1977年福岡県北九州市生まれ。横浜国立大学大学院修了。博士(工学)。建築計画学・建築史・近代史。とくに近代日本の身体障害者の歴史について研究している。著述に「車椅子の誕生」『伊沢修二と台湾』「点字以前」「指文字の浸透」「ひとりのサバイブ」など。

業績一覧はこちら。https://researchmap.jp/tomotake
また、ウェブサイトで。https://www.tmtkknst.com/


【インフォメーション】

手話マップ 『シュワー・シュワー・アワーズ』
横浜市民ギャラリーコレクション展2022「モノクロームー版画と写真を中心にMonochrome Expression Focused on Prints and Photographs(2/25~3/13)において開催

日程:2022年3月5日(土)
場所:横浜市民ギャラリー 4階アトリエ
主催:手話マップ
協力:横浜市民ギャラリー、横山佐紀(中央大学文学部)
助成:アーツコミッション・ヨコハマ
URL:https://shuwamap.tumblr.com/
Facebook:https://www.facebook.com/shuwamap
※新型コロナウイルス感染拡大状況等により、イベントに変更が生じる場合があります。
※シュワー・シュワー・アワーズの開催詳細は、URLにてご確認ください。

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