横浜AIR事情 vol.3:育成の場としてのAIR――黄金町で醸成されたアーティストコミュニティ

Posted : 2018.02.02
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アーティストのインタビューや、プログラム主催者の声をとおして、横浜の“AIRの現在”を紹介する本コーナー。今回ご紹介するのは、vol.1で取り上げた中国・成都の麓湖・A4美術館との交換レジデンスをはじめ、複数のAIRプログラムを展開する認定NPO法人黄金町エリアマネジメントセンターだ。長期のレジデンスプログラムや、「黄金町バザール」でのアーティストの招へいなど、多岐に渡る同法人の“AIR(アーティスト・イン・レジデンス)プログラム”。それらの特徴と狙いから、活動の柱として位置付ける“AIRプログラム”の役割が見えてきた。

 

「アート」と「まちづくり」の視点から――NPOの根幹を支える“AIRプログラム”

本ウェブサイトでも、切り口を変えてたびたび取り上げてきた認定NPO法人黄金町エリアマネジメントセンター。黄金町エリアの「アートによるまちづくり」をテーマに、2009年に誕生したNPOだ。「黄金町バザール」などアートイベントの企画・運営だけでなく、空き店舗の活用や街並みの改善など、日常的なまちづくりに関わっていることで知られる。そんな同法人の活動のなかで「アート」と「まちづくり」双方の側面から、大きな役割を担っているのが“AIRプログラム”である。

黄金町エリアマネジメントセンターが取り組む“AIRプログラム”は、大きく2種類に分けられる。アーティストが黄金町に拠点をおいてスタジオでの制作に取り組むプログラムの「長期レジデンス」と「短期レジデンス(来年度からスタート)」。そして海外からアーティストが黄金町にやってきて滞在制作をする「交換レジデンス(国際交流事業)」と「黄金町バザール」時の招へいプログラムだ。

同法人の事務局長・山野真悟さんは、“AIRプログラム”を「うちの事業の根幹」と話す。まずは主に日本人のアーティストの1年以上の滞在が対象となる「長期レジデンス」の特徴から見ていこう。

 

 

アーティストの成長を見守る――「長期レジデンス」ならではのアーティストコミュニティ

現在、黄金町エリアマネジメントセンターでは、2018年度の「長期レジデンス」アーティストを募集している。現時点では約40組が黄金町での滞在制作に取り組んでいるが、2018年度は10組の募集だ。この長期レジデンスでは、約10~40㎡のスタジオ(住居利用が可能な物件もあり)が、2~4万円程度で借りられる。1年ごとの契約で、更新は最大4回まで。渡航費・滞在費などはアーティストが負担するが、安価な価格設定でスタジオや住居が借りられること、プログラムを通したネットワーク形成が魅力で、人気のレジデンスになっている。

「長期レジデンス」は2009年からスタートした。10数年前には多くの違法飲食店が営業していて、治安の悪化が深刻だった黄金町。神奈川県警による一斉摘発『バイバイ作戦』のあと、横浜市が違法飲食店跡の物件を借り上げ、それをアーティストが活用している。

「2008年の最初のバザールが終わって、2009年からアーティストインレジデンスプログラムの募集をスタートしました。当初は貸し出すことができる管理施設の数も一桁で、契約年数などの枠組みもあまり整っていませんでした。アーティストに安くスペースを提供しようということで始まりましたね。

私にとってこのプログラムの一番面白いところは、アーティストの成長を一緒にサポートできることです。作品面や経済的な側面、地域と関わるなかでの彼らの成長を、現在進行形で見ていくことができます。できるだけ若い人たちに参加してもらいたいという方針も、はじめの頃からありました。」

プログラムの枠組みが整っていない時期に入ったアーティストのなかには、5年以上滞在をしていた人も居たという。レジデンスに参加したアーティストからは、事務局にどのような声が届いているのだろう。そこには「つくる場所を安く借りられる」ということ以上の魅力があるようだ。

撮影:大野隆介

「同業者が身近にいてお互いに助け合えるなど、作品の創作という同じ目的の仲間が集まっている環境に対する声が多いですね。学校みたいなものに近いのかなと思っています。またNPOのネットワークを活用して、海外から黄金町に来た団体や個人を紹介するサポートをしているので、今後につながるステップとして捉えてもらっています。」

一方で、山野さんが感じている課題もある。

「フルタイムのアーティストはほとんどいなくて、みんなアルバイトをしています。アーティストを経済的にどのようにサポートしていくことができるか、それは大きな課題です。ワークショップや、小さなコミッションワークの依頼などの窓口にはなっているのですが、作品をお金に換えるという方法をもっと考えていきたいです。」

 

 

 

アーティストが地域コミュニティの一員になることを目指す――卒業後の展開

山野さんがもう一つの課題として挙げたのが、本プログラムからの卒業のさせ方だ。

「経済的にある程度成長が見られないと、なかなか黄金町の環境を卒業することが難しいんです。なおかつ、卒業してもこの近くに残ってくれるアーティストが増えて欲しいと思っています。レジデンスプログラムは彼らにとって仮の宿みたいなもので、横浜をとりまく状況の変化によってはいつ終わるか分からない事業です。そのときにアーティストがどうやったら生き残れるのか。今までやってきたことを、自分たちの力で続けられるかどうかが重要だと思っています。

黄金町のような都市部でアーティストが集積している場所って、じつはあまりないんですよね。郊外であれば珍しくないかもしれませんが、立地も含めて非常に特異なケースなので、アーティストが定住するエリアとして定着して欲しいと思っています。」

 

黄金町にアーティストが集積することにこだわる山野さん。アーティストという「立場」が、この地域に果たす役割の可能性を感じているからこその思いがあった。

「このエリアはもともと、違法飲食店を営業している人たちと、地域で商売や会社を営む人たちが対立するエリアでした。そのなかに多国籍の人や、マンションの住民、そしてアーティストが入ってきました。何の地縁もなかった人たちが、この地域に移り住んできています。これから形成される地域コミュニティのメンバーとして、アーティストの役割は大きいと思うんです。NPOの役割よりもずっと。 

まちづくりを推進するNPOは、まちづくりの活動を許容できない方たちとはなかなか付き合いにくいという事態は、どうしても起こります。ですがアーティストはそうではありません。我々のようなNPOや行政が見えないところを、アーティストは見ています。我々が手の届かない人間関係をつくる力をアーティストには感じます。 

私としては、そういった役割を果たすアーティストを、コミュニティのメンバーとして残していきたいんです。そのためには地域の方々とアーティストが、お互い対話をするとか、あるいはアーティストを何らかの形でサポートするような関係ができていくと良いなと思っています。」

アーティストはNPOや行政には担うことが難しい役割を、地域コミュニティのなかで担っていける可能性がある。山野さんの狙いは、「長期レジデンス」をとおして集積したアーティストが、レジデンスプログラムを卒業してもこのエリアに残っていくことだ。まちづくりを標榜するNPOにとって、“AIRプログラム”が大きな柱になる所以がここにある。

「長期レジデンス」の選考ポイントは、作品のクオリティ、スタジオの利用頻度と、制作目的での利用(倉庫利用などは不可)といった点であるという。応募を検討しているアーティストは参考にして欲しい。

 

 

2018年度からスタートした「短期レジデンス」――見えてきた新たなニーズ

1年間が契約期間となる「長期レジデンス」に対して、3ヵ月の短期滞在を目的としたレジデンスプログラムが、2018年度からはじまる。期間は春(4月〜7月)と冬(12月〜3月)に分かれていて、約10組の募集だ。この「短期レジデンス」プログラムは、アルバイトをしながら制作活動を行っている若手アーティストが、更に参加しやすい枠組みをつくるためにスタートした。そして黄金町でのレジデンスを希望する、東南アジア圏のアーティストたちのニーズに応えることも、同時に目的としている。

こちらも渡航費・滞在費はアーティスト負担だが、NPOのバックアップ体制などは「長期レジデンス」に準じる仕組みになっている。

「3ヵ月は長いようで短い期間です。集中的に仕事をしないと、作品までたどり着くことができません。ですが作品制作に打ち込みたいアーティストに、うちの施設を利用してもらうのも良いかもしれないと考えたことが、短期レジデンスの募集をスタートしたきっかけになりました。

アーティストで生計を立てることができる人はほんの一部しかいないため、スタジオの利用頻度も、長期レジデンスで滞在できる方はある程度限定されてしまいます。3ヵ月間なら、アルバイトをストップして、集中して作品制作に取り組みやすくなりますよね。 

また東南アジア圏からの来日は、ビザの関係で滞在の限度が3ヵ月になります。海外の人、主に東南アジア圏のアーティストが、バザール期間以外でも黄金町に滞在しやすくなるだろうという狙いもありました。」

 

 

海外との交換レジデンスと、黄金町バザールでの招へい――国際交流事業としての位置づけ

黄金町エリアマネジメントセンターは、アジア地域を中心とした組織や団体とのネットワークづくりに力を入れてきた。具体的には、麓湖・A4美術館をはじめとする複数拠点との交換レジデンスと、黄金町バザールの際にアーティストを推薦してもらうカウンターパートとの交流が挙げられる。アーティストの交流機会を生み、現地での調査・交流を目的としたこれらのネットワークは、「国際交流事業」としてNPOの活動を下支えしている。

本プログラムで招へいするアーティストは、渡航費・滞在費をNPOが負担しゲストとして迎え、制作と発表をしてもらうことが条件になっている。まずは交換レジデンスについて、山野さんにお話を聞いた。

「台湾・台北の『Bamboo Curtain Studio』、韓国・光州の『Space Ppong』、そして中国の『麓湖・A4美術館』とは、継続的にお互いの国からアーティストを推薦し、交換してレジデンスを行うプログラムに取り組んでいます。台北と光州の場合は、先方からレジデンス受け入れの提案があったのですが、それであれば交換レジデンスにしてはどうかと逆提案して、プログラムがスタートしました。

長年やっていると、先方がどのようなアーティストとの出会いを求めているか、だんだんニーズが分かってきますし、信頼関係を築くことができます。お互いに自国のアートシーンの情報を交換し合ったり、先方の国にリサーチに行ったときにサポートをしてくれたりと、交流をもてることが大きいですね。」

アーティストを推薦する際には、必ず複数名を、そしてできるだけコミュニケーション力のある人を推薦するようにしていると語る山野さん。海外でレジデンスをする際に、人間として成長できるかどうかもポイントになっている。

「黄金町バザール」での招へいは、この交換レジデンスが“片道切符”になったような位置づけであるという。バザール開催時に自国のアーティストを推薦しているカウンターパートには、クンチ・カルチュラル・スタディーズ・センター(インドネシア/ジョグジャカルタ)、ゼロ・ステーション(ベトナム/ホーチミン)、98Bコラボラトリー(フィリピン/マニラ)、チェンマイ・アート・カンバセーション(タイ/チェンマイ)、などが名を連ねている。バザールの会期中はアジア圏のアーティストが数組一度にやってくるので、お祭りのような雰囲気になる。彼らは自国の料理を振る舞ったり、作品のリサーチでコミュニティに入っていったりしながら、あっという間に黄金町になじんでしまうそうだ。

交換レジデンスやバザールで海外からアーティストを招くとき、黄金町エリアマネジメントセンターではどのような注意を払っているのだろう。海外アーティストの招へいを担当するアートプロジェクトマネージャーの水谷朋代さんに聞いた。

「海外から来日するアーティストは知らない街に来て、言葉も通じず、最初は孤独を感じることもあると思います。できるだけ顔を合わせること、友達になることを大切にしています。でも私たちNPOのスタッフよりも、長期レジデンスで黄金町に滞在しているアーティストが、来日したアーティストと打ち解けて、生活面のサポートをしてくれている状況があります。例えば買い物に一緒に行ったり、飲みに行ったりとか。すでに長期レジデンスのアーティストが何10組もいてコミュニティがあることが、黄金町AIRの大きな特徴ですね。」

アジア圏では「Koganecho」の名前が浸透してきていると、山野さんは指摘した。アジア圏の若手アーティストがレジデンスの経験を得る場として、今、黄金町が注目されているという。

「アジアでは、黄金町と言えばレジデンスの街みたいなイメージが定着しているようで、何かやろうかなというときに、黄金町に相談してみようという話になるようです。若いアーティストの次のステップに向けて、何か経験をさせたいときに、アーティストを送り込もうとしてくれます。黄金町は、海外の方が有名みたいですね(笑)。」

撮影:大野隆介

 

黄金町というコミュニティのなかで、作品の制作に集中する「長期レジデンス」と「短期レジデンス」、そして国際交流を主な目的とする「交換レジデンス」と「黄金町バザール」でのレジデンスプログラム。多岐にわたる“AIRプログラム”だが、その特徴は国内外を問わず、アーティストの成長や変化を支えるものだった。

黄金町の“AIRプログラム”は、作品を制作するだけでなく、アーティストコミュニティ、地域コミュニティの一員として活動したいアーティストにぴったりのプログラムだ。2018年度の「長期レジデンス」と「短期レジデンス」の参加アーティストの募集は、2月17日(土)まで(レジデンス期間:2018年4月〜2019年3月31日)。この機会を、お見逃しなく!

 

取材・文:及位友美(voids

 

 

【募集情報】

黄金町エリアマネジメントセンター
長期レジデンス

募集期間:2018年1月16日(火)〜2月17日(土)
レジデンス期間:2018年4月〜2019年3月31日
募集人数:10組

 

短期レジデンス

募集期間:2018年1月16日(火)〜2月17日(土)
レジデンス期間:2018年4月〜2018年6月30日
募集人数:10組

 

黄金町AIR説明相談会

日程:[1回目]2018年1月27日(土) [2回目]2018年2月4日(日)
時間:13 時〜(約 1 時間程度)
会場:高架下スタジオ Site-D 集会場
住所:横浜市中区黄金町 1-2 番地先
アクセス:日ノ出町駅または黄金町駅(京急線 )より徒歩約5分
説明相談会 参加申込み方法
電子メールにて「info@koganecho.net」までお送り下さい。
件名に「黄金町 AIR 説明相談会」本文に「1お名前、2参加希望日、3参加人数」をご明記ください。

詳細はウェブサイトから
http://www.koganecho.net/air/