”街なかの映画館”として25年 シネマ・ジャック&ベティが生き残る理由

Posted : 2017.02.15
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昨年12月に開館25周年を迎えた若葉町のミニシアター「シネマ・ジャック&ベティ」。2つのスクリーンで年間300本以上の上映と100回近くのイベントをこなし、支配人の梶原俊幸さんは呼ばれれば学校での上映会や市外の映画サークルにも出張、隙あらばロビーで観客を出迎える。

支配人の梶原俊幸さん。客席は昨年9月、パリ・オペラ座やカンヌフェスティバルホールでも使用されているフランス・キネット社製のシートにリニューアル

 

 25周年記念の祝賀会には、横浜の映画界を牽引する監督ら100人超の映画関係者や地元のファンが集まり、同館の歴史紹介やスタッフが脚本に携わる短編の特別上映、1階飲食テナント総出のブッフェなど、時間内目一杯に詰め込まれたプログラムを楽しんだ。

 閑散とした小さな映画館のイメージを覆すような忙しないエネルギーは、この10年で4倍にまで伸ばしてきたという年間入場者数にも如実に反映されている。界隈きっての吸引力の裏には、どんな戦略や努力があるのだろうか。改めて梶原さんに聞いた。

 

映画の街”の財産

 1993年以降、日本国内のスクリーンは増えているが、観客が増えず、映画「館」は減っていくという傾向が続いている。1館に多スクリーンを持つシネマ・コンプレックス(シネコン)が大幅に増加し、従来型の興行館や成人映画館は激減。1,400館以上あった映画館は、2013年には約600館にまで減少している。(日本映画製作者連盟 調べ)

 ミニシアターはというと、数はほぼ横ばいだ。渋谷のシネマライズや銀座テアトルシネマなど、ミニシアターブームを牽引してきた老舗の閉館が相次ぐ一方、文化施設への併設や飲食店の改装と、ミニマムな設備ながら、独自の営業方針で新しい映画鑑賞の形を提示する劇場も生まれている。

ジャック&ベティの前身だった「横浜名画座」は1952年12月、1年後には向かいに姉妹館の「横浜日劇」がオープン。「洋画は日劇、邦画は名画座」のフレーズで親しまれていたという

 

 横浜の伊勢佐木町周辺は、開港後の明治期から芝居小屋が立ち並び、かつて東京の浅草、大阪の千日前と並ぶ繁華街として全国に名を知らしめた街だった。大正・昭和期に入るとそれらは次々に映画館になり、最盛期には40を超える劇場があったと言われている。現在も残っているのは、ジャック&ベティを含めて、横浜ニューテアトル横浜シネマリンの3館のみだ。

 黄金町エリアの活性化に携わりたいとこの街にやってきた梶原さんらは、映画業界での経験がまったくなかった。梶原さんらエデュイットジャパンが2007年にジャック&ベティの運営を引き継いだ当初は、集客に苦労し、細かい経費の支払いでレジのお金が底をついてしまうこともあったという。もともとは名画座だったジャック&ベティは以降、時代に合わせた上映プログラムを模索し、舞台あいさつ、映画祭、バリアフリー上映、支配人と観客との交流サロンと、さまざまなニーズを掘り出しては応えてきた。その10年を知る関係者が口をそろえて言うのは、「ジャック&ベティはなんでもアリだ」ということ。梶原さんいわく、「最初はお客さんが全然来なかったので、何かにすがるような思いで、なんでもかんでもやってきた。」その先にある目標は、街に貢献する「ランドマーク的な存在」だ。

 現在も中心となっているシニアの客層の存在は大きく、街に残る映画全盛期の土壌に支えられていることを、今でも実感するそうだ。「映画館がたくさんある街だから老後は楽しめると思ってたのに、少なくなって寂しい。」常連客からは、そんな声も聞かれる。

 街の財産である映画館をにぎやかにしたい、そこに足を運んでくれる人たちに街を知ってもらいたいとの思いから、売店には地元のパン屋の商品を置き、近隣のお店を紹介する貼り紙を館内に掲示し、半券サービスも実施する。老舗のお好み焼き屋やアジア各国料理のレストランなど、徒歩5分圏内に個性的な店が数多く立ち並ぶのは、街なかにある映画館の売りだ。

 

“みんなが来られる”映画館へ

 一方で、かつての街の治安が悪いイメージの影響も少なからずあった。「おたくの劇場は女性一人で行っても安全なんですか」と、問い合わせが来ることもあったほどだ。以前は男性客が多かったが、「とにかく一度来ていただければ、安全な街だと分かってもらえる」と、女性の集客に力を入れた。

 「東京でわりと女性のお客様に好まれるような、岩波ホールシネスイッチ銀座Bunkamura ル・シネマなどの上映作品を、その後当館でも上映させていただく機会を増やしました。今でもそういう番組選定は意識し続けているので、特に平日の日中は、男性より女性のお客様の方が多いですね。」

ジャックとベティ、2つのスクリーンを制御する映写室。見学ツアーが開催されることも

 

 加えて、横浜ではほかに上映がないような小規模公開の作品をあえて選び、2つのスクリーンを駆使して何本か続けて観られるようなスケジュール編成にしていった。早い時間は年配客向けの作品、午後から夜にかけては若い人向けの作品を中心に編成。会社帰りや学校帰りに来てほしいと、夜は‪21時台の回まで上映する。

 上映作品数の増加は全国的な傾向だが、スクリーンあたりの上映本数は、市内のシネコンや地元興行館が年間20本前後なのに比べ、ジャック&ベティは123本(2010年、コミュニティシネマセンター)とずば抜けている。2009年のタイムテーブルと比べると、現在の物はもはや職人芸のように入り組んでいる。週によっては、一日に6本観ていく猛者もいるそうだ。

25周年記念祝賀会で披露された新旧のタイムテーブル

 

 「たとえば今週は、戦時中の日常を伝える『この世界の片隅に』のような素晴らしいアニメ作品を上映している一方で、成人映画の枠組みながら作家性の強い日活ロマンポルノもある。それってどうなんだという声もいただきますが、どちらも観たいファンが必ずいるので、こちらの思想でコントロールするのではなく、オールジャンルを入れていくように考えています。」

 番組編成だけでなく、ハード面でも、客層を広げることを心がけてきた。視覚障害者向けの音声ガイド付き上映は、2008年から毎月続けている。

 「入り口の階段をバリアフリーにするとか、映画館自体を工事するお金はありませんでしたが、ラジオ送信機とラジオさえあればできて、それを借りられるという話があったんです。最初はどういうものか我々も全然分かっていなくて、ほかの劇場でやっているところに参加させてもらったりしました。イヤホンを付けて、ラジオから流れる場面解説と映像の音を組み合わせて観るんですよね。それを楽しみに来る方がたくさんいて、途中からは、『ヨコハマらいぶシネマ』という、音声ガイド付き上映の企画・運営ををしてくださるボランティアチームが発足しました。」

 2010年からは、年末の恒例行事として、手話弁士付き上映も始まった。昨年秋には劇場内のシートを入れ替え、車いす席を設置。「まだまだ、エレベーターがないとか、トイレの設備の問題は抱えていて、これから改善しないといけません。みんなが利用できて、みんなに来てもらうのが理想的だと思っています。」

 

映画と映画館を含めたコミュニティ

 客層を広げると同時に、重きを置いてきたのが、コミュニケーションだ。運営当初から、邦画を上映する際は、少しでも可能性があれば必ず、監督や出演者に舞台あいさつを依頼してきた。一方的に撮影秘話や見どころを語ってもらうだけでなく、サイン会や質疑応答の時間を設けることで、来場客はもちろん、監督や出演者からも好評を得た。舞台あいさつが劇場の代名詞のようになった今では、映画会社や監督自ら「いつ行けばいいですか」と連絡をくれることもしょっちゅうだ。

『キャタピラー』の舞台挨拶に登場した若松孝二監督、寺島しのぶさん、大西信満さん、篠原勝之さん

 

 2012年に亡くなった若松孝二監督もその一人。2010年公開の『キャタピラー』は、今でもダントツで梶原さんの記憶に残るヒット作品だ。主演の寺島しのぶさんがベルリン国際映画祭で最優秀女優賞の銀熊賞を受賞し、シネコンで上映してもおかしくない規模の話題作だった。

『キャタピラー』上映時の行列

 

 前作『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年)を上映したジャック&ベティに若松監督から「『キャタピラー』もやるでしょ」と電話がかかってきたのは、監督がベルリンから帰ってきた直後のことだった。配給会社に任せずに自ら作品の配給をコントロールしていた監督のおかげで、都内との同時公開だけでなく、都内と横浜をハシゴした初日舞台あいさつも実現した。当時はまだあまり編成が混んでいなかったため、ほぼ一日中上映し、12週のロングランヒットとなった。いまだにその記録を超える作品はないという。

 「寅さんの新作が公開されればお客さんがドーンと押し寄せるような時代は、もう遥か昔のこと。ドラマの延長線上の作品や原作モノの映画化、あるいは3D上映や大スクリーンの設備で集客するエンターテイメントビジネスの考え方は、地方の小さい劇場では成り立たない。成り立っているとすれば、コミュニティビジネスだと思うんです。映画館に来るお客さんに映画館を支えてもらう仕組みにしていくしかないと思っているので、お客さんに関わってもらう場所をどんどん作っていくことが、引き続き重要になっていくんじゃないかなと。」

 そうした場の一つとして、毎月1日の「映画の日」には、支配人と観客の交流会「ジャック&ベティサロン」も開催する。

 「私はなるべくロビーにいたくて、劇場に来てくれるお客さんにあいさつできるというのもありますが、観終わった後のお客さんの反応や、どういうお客さんが来ているのかが分かるので、作品選定の材料になるんです。でも、お客さんの入れ替えや、チケットを売ったりグッズを売ったりなんかで、一人ひとりとゆっくり話す機会はなかなかない。だから、どういう思いで映画館に来て、映画を観た後はどんな感想を持っているのか、映画館にはどんな感想や要望を持っているのかを知りたいと思いました。

 観終わった後のお客さんも、サロンのためだけに来てくれるお客さんもいますが、観た映画の感想や、ほかの劇場で最近観た映画とか、ほかの劇場はどうたった、うちの劇場はこうしたらいいんじゃないか、といったことをお聞きすることもあるし、世間話で終わることも多々あります。」

「ジャック&ベティサロン」の様子

 

 開催日の曜日や開催前の上映作品によっても参加者の層や人数は変わるが、毎回5人〜10人ほどが来てくれるという。2014年に、梶原さんの出身地である吉祥寺のバウスシアターが閉館する前には、20人ほどが集まって横浜から映画を観に行き、吉祥寺の居酒屋で飲んで帰るという”出張サロン企画”も開催した。

 「映画と映画館を含めたコミュニティなので、興味を持ってくださる方がいれば、面白い企画はどんどんやってみたい。とはいえそうすることで、映画自体に貢献していかなければいけないんです。いわゆる大手で上映する作品もあれば、監督が作家性を活かして作る、全国で20館ぐらいしか上映されない作品もある。後者は、うちみたいな劇場が全国で10館閉館してしまったら、もう成り立たなくなるわけです。

 我々がなんとか毎回上映して、収入を多少なりとも映画にお返しすることで、作品の多様性を支えているという部分は少なからずある。我々はコミュニティビジネスで映画を支えつつ、たくさんお客さんを集めてくれるような作品が生まれればいい、それを応援していかなければと考えています。」

バックヤードの廊下には、資料やポスターが所狭しと並ぶ

 

 現在、「ジャック&ベティメンバーズクラブ」の会員は約1,700人。60歳以上は入会しなくても割引が受けられるため、会員は若い層の方が多い。会員が定期的に観に来てくれることで、売り上げも安定してきた。

 「デジタル化が一段落して、やっと設備面で、よりお客さんに近い部分のことを考えられるようになってきたんです。トイレだけでなく、混雑しているときに待つスペースや、飲食についてもより良くしていきたい。」

 25周年記念のイベントでは、梶原さんと共にジャック&ベティを10年間運営してきた副支配人の小林良夫さんのほか、8人のスタッフが紹介された。いずれも脚本家、画家、音楽家、俳優、映画人、建築家、文化政策研究者と、将来芸術文化の世界でプロを目指す卵たちで、映画の話でなく、自分のやりたいことを宣伝していたのが印象的だった。映画館という場所が人材育成の場となっていることも、街の文化にとってはとても大事なことと感じられた。

 映画で稼いだお金を、映画館や映画文化へ再び投資しているシネマ・ジャック&ベティ。次は何に投資するのか、どんな企画が待ち構えているのか。小さな映画館の挑戦を、私たちは楽しみにしながら見守っている。

(文章:齊藤 真菜)

 

【シネマ・ジャック&ベティ】

住所:横浜市中区若葉町3-51
アクセス
黄金町駅(京浜急行線)徒歩5分
阪東橋駅(横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩7分
関内駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩15分

http://www.jackandbetty.net/