映画を観るひと、撮るひとの境を壊したい。-映画監督・俳優 利重剛-

Posted : 2015.04.22
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横浜を舞台にした連作ショートフィルム「Life works(ライフワークス)」。この短編映画は、シネマ・ジャック&ベティ横浜シネマリンで本編の“おまけ”として上映されている。そんな一風変わった試みにチャレンジしているのが、映画監督で俳優の利重剛さん。その思いはどこにあるのか? 多岐にわたるエピソードが満載のロングインタビューとなった。

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映画を観まくった少年時代 

実はインタビュー前、少し緊張していた。利重剛(りじゅうごう)さんと言えば、映画やテレビドラマで活躍する名俳優。最近ではTBSテレビのドラマ“半沢直樹”のタミヤ電機経理課課長・野田英幸役でみせた好演技が記憶に新しい。

大きく深呼吸し、八○○中心にある事務所のドアをノックする。すると気さくな笑顔の利重さんが自ら出迎えてくれた。大スター然とした近寄りがたさは微塵もなく、むしろフランクで親しみやい雰囲気を放っていた。これには、ひと安心。
利重さんは横浜市鶴見区の生まれで、中学3年間は伊豆で過ごした。高校は吉祥寺の成蹊学園で、そのまま成蹊大学に進学。さて、そもそも映画との出会いとは?

「鶴見って映画館が結構あったんですね。鶴見文化、京浜映画だったかな。鶴見文化の方に小学校5、6年の時、友達とよく行ってたんですよ。カンフー映画、ブルース・リーが流行り始めた頃で、アクション映画3本立てとか、カーアクション映画3本立てとかをよく観てましたね。そのうち、ロードショーも観たいと思うようになって、みんなで粋がって馬車道あたりまで遠征して、東宝でロードショー見たりとか。まぁ、悪ガキだったんですよ(笑)」

いまから40年以上も前に、小学生だけで映画鑑賞とは、ずいぶんハイカラだったんですね。映画館の従業員とも仲良くなり、「お昼ご飯たべてくる!」と中抜けすることもできたとか。ところが伊豆に移り住むと…。

「ホント田舎で、何がツライって、映画が観られないじゃないですか! いままで当たり前のように観ていた映画が。そこで映画が好きだってことに初めて気づいた。その頃、伊豆では沼津まで行かないと映画を観られなくて、熱海まで出るのに単線で2時間に1本しか電車が来ないような所に住んでいたから、朝早く沼津まで行って、ロードショー3本立てを観て帰ってくる。そんな生活を送っていましたね」

心の変化、岡本喜八監督との出会い

伊豆に移り住んでも、映画に対する情熱は一向に衰えることがなかった。むしろ気軽に映画を観られなくなったことによって、その思いは一層膨らんでいく。そして利重さんの心に、大きな変化が生まれた。

「あるとき、3本とも映画がツマンナイ日があって、すごい腹が立って、俺がどんな思いで、ここまで映画を観に来てると思ってんだ!って。 それで、こんな映画なら俺でもつくれる!って思ったんです。ちょうど家に8ミリカメラがあったから、これで映画つくれるじゃん!って。そしたら頭の中がパンパンになっちゃって、こんな田舎にいたら高校に進学してもグレるし、それこそお袋のこと殴っちゃうかもしれないから、東京に出してくれってお願いしてね。調べたら成蹊学園に映画をつくるクラブがある。映画をつくれるクラブがある高校に行きたい! それで成蹊学園に進学したんです」

高校に進学し、映画づくりに冒頭した利重さん。そして大きな転機が訪れた。高校3年生のときに制作した8ミリ映画が、ぴあフィルムフェスティバルで上映されることになったのだ。ここで利重さんは、ある行動を起こす。

「永遠の憧れの巨匠、岡本喜八監督にファンレター書いたんです。こんな分厚いの。あなたの映画がどれだけ好きか、そして自分も映画をつくっていて、岡本監督と同じように反戦映画です…と。こんど文芸座でかかるので、もしよかったら観に来てください!ってね。そしたら観に来てくださって、さらに電話がかかってきましてね。面白かったよ、君の映画。一度遊びに来ない?っていうですよ! すぐに飛んで行ったら、ちょうど“近頃なぜかチャールストン”のプロットを監督が書いてくとこだったんですけど、君一緒にやらないかと言われて、なんのことかわからなくて、なんですか?って聞いたら、いや、これ一緒に脚本書いて、出演もして、空いてるときに助監督やればいんじゃないって。ええって!感じで、ちょうどそのとき役者もやり始めてて…。自主映画は人数が足りない分、出なきゃいけないんですよね。それで岡本監督に役者やりたいの? それとも監督やりたいの? と聞かれたから、僕はつくりたい映画が何本かあるだけで、プロになるなんて思ってもいないし、それだけですって答えたら、岡本監督が役者やっといたほうがいいよって。これから絶対ね、有名な人が映画を撮る時代が来るから、俺みたいに15年も助監督やったって映画なんて撮れないから、役者になって有名になったら、それだけで映画を撮れるかもしれないから、やっときなって。役者は監督より儲かるから、自分の金で撮ったらいいよ。あとは脚本書けるようになんなって。脚本を書けないと、これからは監督になれないよって言われまして…。あと助監督も1本か2本でいいからやっときなさいと。君らは、僕らが半日で撮れるようなカットを、きっと1週間くらいかけて撮ってる。すごく効率が悪い。だから効率だけ覚えたらいいよ。そのノウハウを身につけたら、自主映画に戻ろうがプロになろうが、好きにすればいいじゃない。その3つができるからこの映画に参加しなって言われたんです」

Life works(ライフワークス)の原点

こうして映画の世界に身を投じることになった利重さん。大学に進学したものの、すぐに中退。岡本監督の自宅に住み込み、脚本を書き、制作の準備をし…という映画漬けの日々がはじまった。
利重さんのその後の活躍はご承知のとおりだが、ここからが本題。“Life works(ライフワークス)”の発想は、どこから生まれたのだろうか?

IMG_3840.jpgR「二十歳の時にアメリカを3か月ウロウロしてたことがあって、LAとニューヨークで、やっぱお金がないと映画を観るんですね。すごく安いから。そうすると、なぜか映画の前に短編がついてることが多かったんです。ほかのところはないんだけど、LAとニューヨークだけは。まぁ、そういう小屋で観ていたからかもしれないけど…。始まる前に5分の映画、10分の映画がついてて、それが存外に面白かったりして、お目当ての映画よりも。すごく記憶に残っていた。さらに自分が映画をつくるようになって、映画祭に行くと、本編が始まる前にやはり短編がついたりするんですよね。これがやっぱり面白い。なんで日本でこういう仕掛けができないんだろう。映画がおまけでついてたら素敵なのにと、ずーと思い続けていたんです

本編の前におまけで短編をつける。そんなことを悶々と考え続ける日々。自分の中で温めていた企画を、初めて人に相談したのが、10数年前だという。

林海象さんが“私立探偵 濱マイク”の1作目を撮ってるときに遊びに行って、そのとき、横浜日劇の支配人だった福寿祁久雄さんと話したのが最初だったかもしれないですね。自分は短編映画をつくりたいんだけど、もし俺がつくってきたら、タダでいいから、ここでかけてもらえます? 俺、ここの小屋が好きなんですって言ったら、いいよ!って」

当時、フィルムで映画作るには、膨大な費用が必要だった。やりたいと思っても、実現できない現実…。しかし、時代はフィルムからビデオへと移行し、徐々に環境が整ってきた。そして約5年前、利重さんはあるワークショップを開催する。

アプレっていうワークショップで、短いテキスト用意して俳優さんたちに演じてもらって撮影し、みんなで観るみたいなことをやったんですね。僕、比較的きちんとしたシナリオを書くんで、向こうのプロデューサーに利重さん、これこのままロケにいったら映画になるんじゃないって言われて、なるよ、もちろん。じゃ、つくるってことで、+1(プラスワン)って企画で短編映画を作って、ユーロスペースでかけたことがあるんですね。そのとき、あっ、そういう時期がきたんだなって思って。短編映画をつくれる環境はできた。あとは実行に移すだけなんだよなって。それを中村くん、中村高寬監督に話したんです。あとシネマ・ジャック&ベティの支配人、梶原俊幸さんにも。こういうこと考えてんだけど、俺が年間12本つくったらかけてくれる? タダでいいから。そしたら梶原さん、二つ返事でOKしてくれて。ついに環境が整った。そこで横浜に戻って、中村くんと一緒に、ライフワークスをつくることにしたんです」

IMG_3851.jpgR利重さんが八○○中心に入居して1年ぐらい経つ。中村監督とは横浜みなと映画祭で出会い、意気投合し、八○○中心でのワークショップを経て、ルームシェアすることとなった。そして始動したLife works(ライフワークス)。中村監督とは事前に決めたことがあったという。

「みなさんの協力とお金がないとつくれませんというのは絶対にやめよう。みなさんの協力がなくてもつくるんだ。そういうところからはじめよう…と。たとえ予算が5万円しかなくても、とにかくつくる。もちろん15万、20万あればいいものになっていくんだけど、そうじゃなくても僕たちはつくります。それでよければみなさんも協力してください。そうじゃないとずるい感じがすると思うし。どんなことがあってもつくろうというのは、最初決めたことですね」

さらに「Life works(ライフワークス)」の制作を後押ししたのが、アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)の「創造都市横浜における創造的活動支援助成」 だった。

「やっぱり横浜は面白いなって思いましたね。友達の友達は友達みたいな雰囲気が合って、みんな教えてくれるんですよ。利重さんが考えてることって、助成の対象になると思うから、申請したほうがいいよって。さらに申請書の書き方までアドバイスしてくれて(笑)。もちろん、助成が受けられなくてもつくっていましたが、資金面では随分とラクになりましたね。そうは言っても赤字ですが(笑)」

こうして昨年10月、横浜を舞台にしたLife work(ライフワークス)の4作品が完成し、以降、月1本ペースで新作が生まれている。資金的には本編の“おまけ”だけではなく、例えばDVDにして販売すれば、随分と余裕が生まれそうだが…。

「映画は鑑賞ではなく、体験なんですよね。アクション映画を当たり前のように観ていた鶴見でも、あの映画館であの映画を観たとか、映画だけじゃなくて、その場所で見たことが一生の思い出になる。映画はすごく良かったけど、前の人の頭が邪魔だったなぁとか、エクソシストを横浜で観たときに、劇場に二人しかいなかったなぁとか、それが一番こわかったなぁとか(笑)、007を観に行ったときは満杯になって立ち見でドアが開いちゃってて光が入ってたなぁとか、そこも含めて全部映画っていうのが自分の中にあるんですよね。なんだろう、いまシネコンで観るのも気持ちがいいんですけど、映画の記憶は残っても、映画館の記憶は残らない。だからやっぱり、いま当たり前のようにDVDで観るし、映画好きなんですって言いながら映画館で観たことがない子がホントにいるんですよね。それ、映画じゃないでしょ!って僕は思うんだけど。外は晴れてるのに、こんな暗闇の中でみんなおんなじ方向を観て、平面を見つめてるっていう状況がすごく面白いんですよね。平面を見てるのに、泣いたり笑ったりしてる。すごく心が動いている。それが映画って感覚があって、自分がつくったものをただただ観て欲しいってんじゃなくて、映画館で体験して欲しい。そんな思いがすごくあるんですよね。あと、子どもの頃に観まくった3本立てとか2本立てとかの映画で、こっちを目当てに行ったのに、もう1本のほうが面白かったっていうのが自分の中で強烈にあるので、だから映画って出会いなんじゃないかと。おまけがついてることで、別のことが生まれないか。たまたま観ちゃった映画で、たとえ面白くなくてもいいんです。なんか変なもの観ちゃったなっていうのが何年か先に何かに繋がったりとか…。横浜で映画を観に行ったら短編ついてて、あの横浜の風景、知ってるよ。もしくは、あの場所、どこなんだろって思ったりしたことが、なにかに繋がらないだろうか。それが映画なんじゃないかなぁと思うんですよね」

LIFE WORKS vol.1『お前と俺』
vol1-01 vol1-02 vol1-03
 LIFE WORKS vol.2『ともだち』
vol2-01 vol2-02 vol2-03
LIFE WORKS vol.3『なぐさめるということ』
vol3-01 vol3-02 vol3-03
LIFE WORKS vol.4『雨の車内で』
vol4-01 vol4-02 vol4-03
 
次の世代へ

利重さんとお話していて感じるのは「映画愛」。そのひとことに尽きる。映画を映画館で観て欲しい。その場の空気感を味わって欲しい。そのきっかけとして、Life works(ライフワークス)が存在する。現在、同作品は4作目まで公開されており、12作目までは利重さんが監督を務めるが、それ以降は他の方に監督を託すという。果たして、13作目からの構想とは?

森日出夫さんに撮ってもらおうと。森さん、この間、撮りたいって言ってくれて。今度、お酒飲みながら詰める予定です。動画じゃなくてもいいんじゃないかと思ってるんですね。スチール構成も面白いかと。ご本人が動画って言ったら、動画になると思うんですけど。あと河瀬直美監督のチーフ助監督をやってる近藤君。僕の映画でも助監督やってくれてるし、ライフワークスにもほとんど参加してくれてるんですけど、近藤君に何本か撮ってもらおうと思っていて、まぁデビューですね。この短編でデビューする人がいたらいいだろうなぁ…と。あと松居大悟っていう若手の監督がいるんですね。“自分の事ばかりで情けなくなるよ”という映画とか、“ワンダフルワールドエンド”とか、いろいろ撮ってるんですけど、彼がすごくいいので、横浜の人間じゃないんですけど、引っ張り込んで、彼にも撮らせたいと思っています」

岡本喜八監督に見出され、映画の世界に飛び込んだ利重さんだからこそ、映画をオープンなものとし、みんなで映画をつくっていきたいという思いがヒシヒシと伝わってくる。すでに映画界で活躍している人ばかりではなく、まるっきりの素人も大歓迎だという。

「2年目からはどんどん広げて、webでエピソードを募集しようと思ってるんですよ。あなたにとっての思い出の横浜とか、あなたの人生の一瞬を聞かせてくださいとか、その一瞬を映画にしようと。だんだんだんだん、これだったら自分でもつくれるなって人が増えてくれば、もっと横浜が活気づくと思うんですよね。自分たちと違うシリーズをつくろうという流れも生まれるだろうし。横浜で映画を観ると、なぜか短編がついてくる…。そういう街になったら面白いなぁと。シネマ・ジャック&ベティ横浜シネマリンだけではなく、みなとみらいのイオンシネマとかでも、そういうのかかればいいですね。ブリリアのショートショートシアターは短編の映画館だからコラボしましょうとか。まぁ、構想はあるけど、実現するかはわからないですけどね」

だれでも生涯に一作は素晴らしい小説が書けるという話がある。利重さんが考えているのは、その映画版だ。自分の人生を振り返って、映画をつくろう。10分の短編なら、だれだって頑張れば素晴らしい作品がつくれるはず。

だれもが自分の人生の主役である。

利重さんの「Life works(ライフワークス)」は、映画づくりではない。映画を観るひと、撮るひとの境を壊す活動なのである。

IMG_3740.jpgR●PROFILE
利重剛(りじゅうごう)
1962年7月31日生まれ、横浜市鶴見区出身。映画監督、俳優(クォータートーン所属)。2014年より活動拠点を八○○中心に移し、「Life works(ライフワークス)」をはじめとするさまざまな活動を行っている。 

 

 

【Life works上映館】
IMG_5270シネマ・ジャック&ベティ
〒231-0056 横浜市中区若葉町3-51
TEL.045-243-9800
◆京浜急行線 黄金町駅下車 徒歩5分
◆横浜市営地下鉄 阪東橋駅下車 徒歩7分
◆JR線 関内駅北口下車 徒歩15分

IMG_5263横浜シネマリン
〒231-0033 横浜市中区長者町6-95
TEL.045-341-3180
◆JR線 関内駅北口下車 徒歩5分
◆横浜市営地下鉄 伊勢佐木長者町駅下車3B出口 徒歩2分
◆京浜急行線 日ノ出町駅下車 徒歩5分