団地の暮らしをクリエイティブに 左近山アートフェスティバル!

Posted : 2020.06.09
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横浜市旭区にある約4,800戸の巨大団地・左近山。うち62棟1,300戸の分譲住宅のみからなる中央地区では2016年1月、コミュニティーの活性化や子育て世代の流入促進を図ろうと全国的にも珍しい管理組合主催の広場改修コンペが行われた。このコンペで設計提案が採用されたことをきっかけに、もともと地元エリアだった左近山団地に深く関わるようになったスタジオ・ゲンクマガイ(STGK)代表の熊谷玄さん。団地内の空き店舗を活用し2019年12月にオープンしたアート拠点「左近山アトリエ131110」で、これまでの歩みや同年11月に初開催した「左近山アートフェスティバル!」について聞いた。
 

※2019年11月30日に左近山みんなのにわで「左近山アートフェスティバル!」を開催。横浜内外から37以上のアーティスト、グループが団地の広場に集結(撮影 菅原康太)


住民のやりたいことを全部やる

——団地をまるごと公園にする「左近山団地パークプロジェクト」という提案でしたね。

熊谷:巨大団地はもともとどこに住んでいても同じサービスを受けられるように作られていますが、学校が3つあったのが1つになってしまうなど、もう均質化で売っていけるような場所ではなくなってきているんですね。なので、むしろ各所でそれぞれ違ったいろんな目的を持てるような場所にしようという案でした。

また、パブリックスペースが荒れてくると、たとえば誰かがごみを捨てると「ここは捨てていい場所なんだ」となってしまうし、道が壊れたままだと「歩きづらいからここは避けよう」となってしまう。そうなることを防ぐために、まず気持ちよく外にいられるような場所を作るということが前提としてありました。その一環として、「みんなのやりたいことをやれる場所にしよう」という広場のコンセプトがありました。

STGK代表の熊谷玄さん。「左近山アトリエ131110」のギャラリースペースでは月毎にさまざまなアーティストが紹介されている。撮影日には「押忍!手芸部」石澤彰一部長の展覧会が行われていた。

 

——実際の広場作りは、どのように進めていかれたんですか。

熊谷:2016年1月のコンペ後、3月に契約して4月に設計スタート、8月にはもう入札だったので、その計画の間の4カ月は月イチで「なにやりたいワークショップ」を開き、とにかくやりたいことをみんなに聞いてまわる日々でした。

最初は「まちのためのイベントができる広場があったほうがいいんじゃないか」、「防災訓練ができたほうがいいんじゃないか」といったまち全体のことを考えるような意見が多いんですが、そのうち「麻雀のメンバーを募集するために外でやってみたい」とか、「原節子の良さについて語りたいから映画上映会をしたい」とか、個人的な思いが出てくるようになって。誰かにとってやりたいことは誰かにとってやってほしくないことである場合もあるので、自由と責任を考えて自分たちでちゃんとルールを作ろうというワークショップもやって、全部実現できるようにしようと動いていきました。

※左近山アートフェスティバル!/棋士 平山由香里さんに団地の囲碁クラブの挑戦者たちが挑んだ。(撮影 STGK Inc.)

 

工事に入ってからは、子どもたちと一緒にベンチを作ったり芝生をはったり、老人クラブでテーブルを作ったり、有志を集めてピザ窯を作ったり、実際にものを作るワークショップを5、6回やりましたね。

2017年6月の広場のオープニングでは、集まった43のやりたいことを同時にやったらどうなるんだろうということを試してみました。午後から雨が降ってしまったので午前中だけでしたが、それでも5、600人の人が来てくれました。「団地ができた頃の風景がまた見られると思わなかった」という声をけっこういただいたんですよ。何もできなければ駅からバスで15分かかる僻地だけど、団地の中でできることが増えてくればパラダイスなのかもしれないと感じました。

※左近山アートフェスティバル!/団地の広場に「株式会社鳥」のメガチュンが登場。(撮影 菅原康太)


地域の中にもう一段踏み込む

——その後もいろんな取り組みをされていますね。

熊谷:僕らは設計者なので設計後のことにはこれまであまり関わってきませんでしたが、ここは地元だということもあったし、このプロジェクトを通してすごく感じていたのは、本当に作っただけじゃなにも変わらないということなんですよね。もう少し作り手の僕らができる使い方、風景の見せ方があるだろうと思ったので、広場の運営をしばらく担っていました。

マルシェをやったり、防災訓練をやったり、ピザ窯をみんなが使えるように講習会をやったり、平日に屋台を作って出してコーヒーを振る舞いながら周りの人たちと会話してみたり。広場の設計担当だったうちのスタッフは、左近山が好きになりすぎて引っ越してきて、広場で結婚式まで挙げました。

※左近山アートフェスティバル!/団地住民のバロックダンスのショーに観覧者たちも飛び入り参加した。 (撮影 菅原康太)

 

一方で、「どうせコンサルでしょ」みたいな感じもあるし、変化を求めない人たちもたくさんいます。もう一段ダイブしてみたらいろいろと見えてくるかもしれないと思って、僕がうちの娘の学校のPTA会長になったんです。PTA会長って行事であいさつすればいいだけだと思っていたら、月3、4回会合があるんですね。スクールゾーンなど交通系の話から、地域の見守り、子ども110番などもありますし、ベルマークもまだありますし。そういうことを全部こなしているうちに、自治会の会長さんなどまちの人たちの顔が見えるようになってきて、まちの課題や、こんなことをやったら面白いかもしれないなということも浮かんできました。

※左近山アートフェスティバル!/団地の子どもたちにも、チョークで落書きを楽しんでもらった。「クレヨン先生」はSTGK所属デザイナー。(撮影 STGK Inc.)


団地の日常にアートを

——「左近山アートフェスティバル!」は、どのような経緯で開催に至ったのでしょうか。

熊谷:左近山でできることを増やすためにはどうしたらいいんだろうと考えていたときに芸術創造特別支援事業リーディング・プログラム「YokohamArtLife(ヨコハマートライフ)」の募集が出ていて、左近山にぴったりだと思って連合の会長に相談しに行ったら「面白そうだからやってみたら」と言っていただけて。最初は広場を使ったイベントが良いと思っていましたが、天候リスクもあるし、左近山は情報を行き届かせるのが難しいので一回ではだめだと思ったんです。

大きなイベントを一回やれば少しは話題になるかもしれませんが、日常に根付かせるためには毎日開催できる、しかも屋根が付いているところが必要だなと考えたら、商店街に店舗を借りてしまうのが一番良いんじゃないかと。そこで毎日集積してきたものを年に1回か2回広場でお披露目して、加えて商店街で毎月あるイベントにお手伝いで出る、その3点セットで2年ぐらいまずはやってみたら、「左近山団地とアート」がみんなが認知してくれるようなものになるのではないかと考えました。

※左近山アートフェスティバル!/「かがやかせよう!オンリーワンの左近山」と題し「左近山の良さ」について発表した左近山小学校の4年生。(撮影 STGK Inc.)

 

——この「左近山アトリエ131110」は、自分たちで運営されているんですね。

熊谷:ほかのテナントと同じく我々STGKが会社でURと契約しています。カフェではないので、何も頼まずにただボーッとしていてもOKですということにしているので、最近は子どもたちが放課後に宿題をやっていることも多いですね。満員だけど誰もお金を落とさないので売り上げが700円の日とかもあって、今はとりあえずそれでもいいのかなと思っています。

でもこういう場所で人に見られながら友達と宿題するというのも面白いなと思いますし、「俺ら世界で一番おしゃれな場所で宿題やってる小学生だよね」みたいな会話が聞こえてきたりして(笑)。そういう意識を持ってもらえるのはすごく良いなと思います。毎日こういうところに来てみんなが楽しそうにしているのを見る、そういう体験を積み重ねていくことで物の見方が変わるし、アートとまちが結びついていくのかなという気がしています。

「左近山アトリエ131110」では中区・伊勢佐木町の人気店「まめや本舗」の豆を使ったハンドドリップコーヒーが飲める。 地元の人が作ったシフォンケーキなどの委託販売も

 

——地元でものづくりや美術をされている方もけっこういらっしゃるんですか。

熊谷:かなりいらっしゃいますね。折り紙で昆虫などを折る方は、よくここに自分のグッズを持って来て座って、子どもが来たら教えています。畳職人さんでもともとアートが好きだという方が自分の作品を持ってきてくれたり、本を置いてくれと言って持ってきてくれる方もいたり。そのうち、地元の方たちの作品で展覧会をやりたいですね。

菓子製造業許可が取れるキッチンも作っているので、基本的にはここで何かを表現したいという人や、マルシェに出したいけど都内でレンタルキッチン借りてやると高いからここを使いたい、という人たちに場所を貸すことで回していけたらと思っています。

できる限り長くやっていくなかで、信頼される場所になっていくといいな、こういう場所がある気持ち良さみたいなものがちゃんと伝わるといいなと思いますね。

取材日に行われていた、絵本作家・キャラクターデザイナーのいといゆきさんによる似顔絵イラストイベント


経験を本業に活かし、各地の団地再生の足がかりに

——とても贅沢な場所なんですね。

熊谷:5ヘクタール以上の団地って日本にいくつあるか知っていますか?3,000あるんですよ(※1)。この先10年ぐらいの間にすごい勢いで取捨選択がされていく中で、団地のライフスタイルをどうしていけば良いのかというのは、かなり大きな問題だと思っています。

(※1)国土交通省、2017年9月

 

僕らは左近山団地に関わることで、自分たちなりの意見と方法論を持てるということがやっている意味としても一番大きいんです。今も実はほかの団地から何件か声がかかっています。左近山ほどがっつり関わることはないですが、パブリックスペースの使い方の提案などができるようになれば、それだけでここの収支自体は気にならない。むしろここはそのための研究機関と位置づけてしまえば、積極的に投資すべきものになるんですよね。ほかの団地の人たちにここを見てもらうことで再生のきっかけになるだけでも、すごく意味のあることだと思うんです。

——本業があるからこそできることでもあるんですね。

熊谷:僕らに限らず、団地の中だけで商売せざるを得なくなってしまうと、職種も限られますし、なかなか難しいんじゃないかなと思います。逆に事業の99パーセントはネット販売で、在庫を置く場所とちょっとした店頭販売みたいなことを考えている人がいたらこの商店街の家賃は魅力的だろうし、上下階合わせて借りないといけないというのも、上を倉庫にできると考えればメリットは大きいかもしれない。

最終的に左近山に住む人を増やしたいという大きな目的についても考えていますが、ここにずっと住まなくてもいいと思っているんです。交通量が少なくて緑も多いし、物価も安くて、子育てするにはすごく良い環境なんですよ。たとえば子どもが生まれてから中学校を卒業するまでの15年間左近山に住むと、その間にかかるコストは都内に住むのと比べてはるかに安い。子育て中は子どものことを考えて、その後に貯めたお金でどこかに引っ越してもいいと思えるようになったんです。

そういう暮らし方を左近山でしてもらえるようになれば、受け入れる団地側もより子どものことに予算を投資できるので、子育て世代にアピールできるようになりますよね。そこに向かうためにはどうしていけばいいんだろうということをこの先考えていきたいと思っています。

 

2019.11.30 左近山アートフェスティバル!の映像はこちら

 

取材・文:齊藤真菜

撮影:大野隆介(*以外)


左近山アトリエ131110

相鉄バス旭1/旭6系統「左近山第2」バス停にて下車、徒歩1分
〒241-0831 神奈川県横浜市旭区左近山16-1 左近山団地1-31-110
TEL: 080-5000-1662
Mail : info@131110.art

 

【プロフィール】

熊谷 玄 (くまがい げん)

1973年横浜生まれ。
Studio崔在銀(1995年〜2001年)
earthscape inc.(2002年〜2008年)を経て
2009年3月より株式会社スタジオゲンクマガイ(STGK Inc.)代表。
愛知県立芸術大学(2011年〜), 東京電機大学(2017年〜), 千葉大学(2018年〜)にて非常勤講師を務める。