捩子ぴじん最新作の稽古場から――“都市の芸能”を探る

Posted : 2015.06.12
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横浜ダンスコレクションなどの受賞歴を持ち、国際的に活躍する若手・振付家の捩子(ねじ)ぴじんさん。現在、6月25日から横浜赤レンガ倉庫1号館で発表する最新作の稽古の真っ最中だ。稽古場におじゃますると、捩子さんは出演者たちの “身体”を読み取りながら、時にたわむれるように、時に真摯なまなざしで作品づくりに取り組んでいた。
最新作『Urban Folk Entertainment』の稽古場でのワンシーンから。

最新作『Urban Folk Entertainment』の稽古場でのワンシーンから。

 

土地をうつし出すメディアとしての身体

 

舞踏カンパニーの「大駱駝艦」でパフォーマーとしてのキャリアをスタートし、その後コンテンポラリーダンスの文脈の中で作品をつくり発表してきた振付家・ダンサーの捩子ぴじんさん。日韓国際共同製作による韓国での滞在制作など、活動の場を海外にも広げている。特異な身体性と、社会に対する批評性の高い振付で注目を集める若手振付家のひとりだ。

そんな捩子さんの最新作『Urban Folk Entertainment』が、6月25日(木)~27日(土)の3日間、横浜赤レンガ倉庫1号館で発表される。本作では“都市の芸能”をテーマに、捩子さんも含めた出演者たち10名が生活する場=横浜・東京の新たな地図を示すという。どんな作品が構想されているのだろう? 捩子さんと出演者たちによる創作まっただ中の稽古場におじゃました。

「10代の終わりに、大学への入学で秋田から出てきたんですが、秋田に住んでいた期間と、東京圏に住んでいる期間が同じぐらいになりました。東京圏に住んでいるあいだに、コンテンポラリーダンスシーンの盛り上がりもあり、その中で自分は作品をつくってきたと言えます。でも自分にとってコンテンポラリーダンスって、住んでいる場所や土地とは関係がなく、地に足がついていないふわふわとしたダンス、という実感がありました。」(捩子ぴじん)

言葉を選びながら丁寧にインタビューにこたえてくださった捩子さん。

言葉を選びながら丁寧にインタビューにこたえてくださった捩子さん。

 

捩子さんがキャリアをスタートした“舞踏”は、捩子さんと同じ秋田県出身の土方巽が日本で創始したジャンルだ。一方で“コンテンポラリーダンス”はヨーロッパから輸入されたもの。「地に足がついていない」という実感は、捩子さんらしい感覚かもしれない。

「人生の半分の時間を東京で過ごしましたが、自分にとってコンテンポラリーダンスは出どころが分からないと感じるものでした。それも含めてこの場所の特殊性として捉え、作品をつくりたいと考えたんです。それをダンスではなく“芸能”と言ってみた。今回“方便”としてこの言葉を使っています。」(捩子ぴじん)

このような思いから、本作では地面との関係性を作品にしようと構想した捩子さん。具体的にはどのように作品をつくっているのだろう?

「昨年の8月に作品を発表することが決まったのですが、土地について作品にするんだから、街を観察しようと思いました。それで自分が住んでいる池袋から横浜の赤レンガ倉庫まで歩いたんです。出発したのは12月31日の夜8時。年をまたいで朝の4時ぐらいに赤レンガ倉庫にたどり着いた。一種の願掛けみたいな思いもあったのかもしれません。初もうでのお客さんの列に出くわしたりしながら歩いていると、足元から下水が流れてくる音が聞こえてくるし、横には東横線が走っている。車も自転車も人も電車も、みんな川のように海を目指しているかのような感覚になったんです。川の流れのイメージが、そのまま都市のイメージに結びつきました。都市をつくっているのは、川や道路であるとも言える。そこから、地面の情報、土地の情報について考えたときに、道路の白線や標識、信号って、人に対する振付みたいなものじゃないか? と考えたんです。」(捩子ぴじん)

稽古では声をかけ合って状態をチェックしながら進めていた。

稽古では声をかけ合って状態をチェックしながら進めていた。

なるほど、止まれ、進めといった動作を促す信号や標識は、都市の中に記された舞踏譜と読み替えることもできそうだ。稽古場には、一冊の分厚い道路交通法の本が置かれていた。

 「ここから何かになりそうなものをピックアップして遊んでいます。“横断”“追突”“玉突き”みたいな言葉なんだけど、これを出演者たちの集団の中にルールとして持ち込むと、それが変わっていったりもする。例えば“横切る”が“じゃまする”になったり。そうやってひとつのルールからいろんなアイデアが派生していくのが面白い。稽古場という現場で起きることが、作品に反映されていくんです。」(捩子ぴじん)

土地に関する作品を考える時、地域の歴史や記憶、あるいは観光資源などのリサーチからはじまる作品は、これまでにも誰かが作ったことがある。一方で捩子さんが向き合おうとしているのは、彼らが生きてきた土地の情報が反映された、出演者たちの“身体”そのものだ。

「自分自身も演劇やダンスを見に行く時に、目の前の身体が、政治的なメッセージを直接反映していなくても、身体そのものが何かを伝えているのではないかという視点で舞台を見てきました。自分たちの身体は社会や環境から切り離せるものではないし、そういう意味で何らかの社会性をまとってもいる。出演者の身体は、彼らが住んでいる場所や、土地、社会をうつすメディアであるという考えから、作品づくりにも取り組んでいます。」(捩子ぴじん)

出演者は捩子さんを含め男女5名ずつ、公募によって集まった横浜・東京に住む計10名だ。審査はせず、作品内容と出演条件を応募者に伝え、むしろ彼らに出演するかどうかを選んでもらったと捩子さんは語る。集まったのは年齢、性別、舞台経験の有無も十人十色の出演者たちだ。

“横断”をモチーフとしたシーン。

“横断”をモチーフとしたシーン。

「どんな人が何人来てもできるという、根拠のない自信があったんです(笑)。身体は一人ひとり全部違います。それを見ているだけでも自分だったら面白いと思うから。」(捩子ぴじん)

 出演者たちの身体は、ひとつのルールをもとに、ぶつかり合ったり、動き回ったり、くっついたり離れたりと忙しい。1列に並びながら力をかけてウェーブを起こしたり、重なり合いながら倒れていったり…。稽古を見学させていただいたのは作品のほんの一部分だが、何時間でも見ていられそうだった。個性的な出演者たちと、捩子さんの掛け合いにはどこか自由な余白も感じられた。

捩子さんがつくる“都市の芸能”は、その土地に住んで暮らしてきた身体をメディアとして表れてくるものになりそうだ。モチーフは“道路交通法”だけでなく、もう少し多岐にわたりそう。それらすべてをご紹介することはかなわないが、ぜひ劇場で完成した作品を見届けて欲しい。捩子さんが教えてくれた本作の見どころは、“目の前にある10個の身体”です!

作品のモチーフに、動物が登場する可能性があるかも…?

作品のモチーフに、動物が登場する可能性があるかも…?

 

取材:2015年6月4日(木)森下スタジオにて


【基本情報】
『Urban Folk Entertainment』

会場:横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
最寄り駅:みなとみらい線 「馬車道駅」または「日本大通り駅」より 徒歩約6分
公演日時:2015年6/25(木) 19:30開演、6/26(金) 19:30開演、6/27(土) 14:00開演/18:00開演
※各回開演30分前よりホワイエでプレパフォーマンス・プレトークを行います。
料金:前売3000円、当日3500円、赤レンガ倉庫割引(枚数限定)2500円
お問い合わせ:横浜赤レンガ倉庫1号館 045-211-1515 (10:00~18:00)
公式サイト:http://urban-folk-entertainment.net/

演出・出演:捩子ぴじん
出演:生実慧、大谷ひかる、岡田智代、佐々木すーじん(scscs)、新庄恵依、藤本なほ子、
八木光太郎(GERO)、山崎阿弥、Yanchi.
舞台監督:佐藤恵
音響:星野大輔(サウンドウィーズ)
照明:中山奈美
アーカイブ:加藤和也(FAIFAI)
宣伝美術:塚原悠也(contact Gonzo)
制作:岡村滝尾 (オカムラ&カンパニー)

共催:横浜赤レンガ倉庫1号館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)
協賛:TOYOTA創造空間プロジェクト
助成:公益財団法人セゾン文化財団
アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)
企画・製作・主催:捩子ぴじん

●PROFILE
捩子ぴじん(ねじぴじん)
舞踏家。1980年秋田県出身。2000年~2004年まで大駱駝艦に所属し、麿赤兒に師事する。舞踏で培われた特異な身体性を元に、自身の体に微視的なアプローチをしたソロダンスや、体を物質的に扱った振付作品を発表する。 近年は歌や踊りが生まれるシステムを観察し、個人の体や生活に蓄積された要素を取り出して、現代都市の民俗芸能としてコンテンポラリーダンスを発明しようと試みている。 2011年、横浜ダンスコレクションEX審査員賞、フェスティバル/トーキョー公募プログラムF/Tアワード受賞。セゾン文化財団2015-16年度ジュニア・フェロー。ジョセフ・ナジ、FAIFAI、ASA-CHANG&巡礼、岡田利規などの作品に出演する。