罵り合いのさきに見いだす愛の喜劇――山本卓卓×川口智子による範宙遊泳新作公演『心の声など聞こえるか』インタビュー

Posted : 2021.12.08
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2021年12月、東京芸術劇場シアターイーストで山本卓卓川口智子の初タッグ作品『心の声など聞こえるか』が上演される。今回のコラボレーションが実現するまでの道のりと、本企画から目指す未来について語っていただいた。

偶然の「縁」をつなげる劇/場の未来へ

今回のコラボレーションでは、範宙遊泳の山本卓卓が戯曲執筆に専念し、川口智子が演出を担当する。川口は、サミュエル・ベケット、佐藤信、多和田葉子、サラ・ケイン『4.48 PSYCHOSIS』の上演プロジェクト(2018-2020)など、多彩な戯曲の演出を手掛けてきた演出家であるが、同世代の新作戯曲に取り組むのは初めての試みになる。一方、山本卓卓も、TPAM版『幼女X』(2014)の上演をきっかけに、タイ、マレーシア、シンガポール、インドといった各地アーティストとインターカルチュラルな共同制作を進めてきた経歴を持つが、劇作と演出を分けて、戯曲を他者に委ねるかたちのコラボレーションは初となる。

これまで別々の道筋でキャリアを積み上げてきた山本と川口が出会い、対話し、これからの時代のパートナーシップを模索する。それは新型コロナウイルス感染拡大以降、ますます「他者」を失いつつある社会において、劇が起こりうる場所、他者と出会いうる劇場の想像力をあらためて問い直す旅に私たちを誘う。

「シェア」をコンセプトに掲げ、「新しいつながりのスキーム」を提案するという今回のコラボレーションを通じて、ふたりはどんな劇と劇場の未来を構想するのか? 森下スタジオの稽古場で話を聞いた。

 

ギンガク、ACYを通じた出会い

― 『心の声など聞こえるか』は、山本さんと川口さんが初めてタッグを組んで取り組むコラボレーション作品になります。このプロダクションが立ち上がるときには、アーツコミッション・ヨコハマ (ACY)の里見さんの支援もあったとのことですが、どのような形で関わりを持たれていたのでしょうか?

里見 ACYでは若手芸術家育成助成「U39アーティスト・フェローシップ助成」(以降フェローシップ)を設けて、次世代アーティストのキャリアアップ支援を行っています。川口さんと山本さんは2018年度のフェローシップにご参加いただきました。資金面での助成は年度単位になりますが、フェローシップに参加したアーティストとは継続的な関わりを持ち、創造環境の充実を図るために何ができるかを考えながら後方支援を行っています。今回のプロダクションとの関わりですと、2020年の秋口に川口さんから「山本さんとクリエイションをしたいのだけれど、どうしたらいいか」という相談があり、資金調達や座組、情報発信の方法についてお話をさせていただきました。その後は、おふたりが持つネットワークやパートナーシップのなかで、今回のプロダクションを立ち上げたと聞いています。

― 川口さんと山本さんはフェローシップを通じて出会われたのでしょうか?

山本 最初の出会いは2018年の「ギンガク」ですね。岩手県西和賀町の銀河ホールが主宰する「ギンガク」という合宿事業のなかで、全国の高校演劇部5団体が演出を競う「いわて銀河ホール高校演劇アワード」があって、僕はそこに新作戯曲を書き下ろしました。川口さんは審査員として参加されてたのですが、「山本卓卓にあんまり騙されないでね」と講評していて(笑)。

川口 演出に力点をおいたコンクールだから、もっと「ことば」を読んで欲しかったんです! 「この戯曲に何種類の文体があると思ってるんだ!」って高校生相手に激怒してしまいました(笑)。「騙されないで」というのは、とても上手く書かれた戯曲だから、「ことば」を無視してもある程度成立してしまうということ。でも、それだともったいないくらい、高校生が上演する作品としてチャレンジングな戯曲だったんですね。こういうアプローチができる作家なんだと強く印象に残りました。

山本 それから2018年のフェローシップで言葉を交わすようになって。

川口 私と神里雄大さん(2018年度のフェローシップ参加者)が居酒屋で遊びで喧嘩していたら仲裁に入ってくれて、なんていい人なんだろうと思った(笑)。

 

愛とヒューマニズム? コラボレーションのはじまり

― ACYのフェローシップ後はどのようなきっかけで本企画の立ち上げにいたったのでしょうか?

山本 川口さんからサラ・ケインの『4.48 PSYCHOSIS』(2020.3.21-23、渋谷space EDGE)のパンクオペラをやるから見にきて欲しいとお誘いを受けたんです。それで舞台を見たら、めちゃくちゃ愛情深い演出をする人だなと思いました。僕はサラ・ケインの戯曲に書きながら自傷行為を続けているような印象を持っていたのですが、それをていねいに読み解いて、優しく「大丈夫だよ」と包み込んでいくような愛情を感じたんですね。やっぱり我を出そうとして演出家の自己主張になっている作品を僕はけっこう見てきたこともあって、テクストに対する愛情のなさに絶望することもありました。でも、こういうふうにテクストと向き合い、しかもそれにお客さんがついてきて、一緒になにかを作り上げる場所があるのは希望だなと感じて…。

川口 でも、今回のプロダクションにつながる直接のきっかけは『ワーニャ伯父さん』だよね。

『4.48 PSYCHOSIS』(2020.3.21-23、渋谷space EDGE)

― というと…?

川口 昨年、色々な戯曲を読んでいるなかで、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』をものすごく面白く読めることを発見しました。それで改作をするなら誰が面白いかなと思ったときに浮かんだのが山本卓卓(たくたく)でした。すぐに「ワーニャ伯父さん、すごい面白い読み方発見した」とLINEしたら、「じゃあ、なにかやろうよ」と返信があって。

山本 僕はチェーホフ側の人間だと思っているんですよ。そういう意識を持って作家活動をしている。川口さんはそっちじゃないと思いこんでたから驚いたんです。最終的に『ワーニャ伯父さん』の改作案はなくなり、新作戯曲を上演するプランになりましたが、「チェーホフ」に仲立ちされて今回の企画は具体的に動き出しました。

― チェーホフのどこに魅力を感じているんですか?

山本 やっぱり笑えるじゃないですか。それは今回の作品でも大事にしたいポイントです。それと、チェーホフは圧倒的にヒューマニストなんですよ。いま言うと馬鹿っぽく聞こえるかもしれないけど……。

― チェーホフの戯曲には人間をすこし遠くから眺めることで生まれる愛を感じます。人間愛ゆえの喜劇というか。

山本 そう思います。僕も「私はヒューマニストです」と言っていきたいですね。

 

クリエイションの仕組みを変えたい

― 本企画では「シェア」をコンセプトに掲げていますが、コラボレーションに期待していることや狙いを教えてください。

山本 僕はこの企画を通じて、演劇界を変えていきたいという想いがあります。具体的には、ひとりの人が劇作と演出を兼ねるクリエイションの仕組みを変えていきたい。これからも年に1度、こうしたコラボレーションを企画していくつもりです。

― 作家と演出家を兼ねることの問題は、どこにあると考えていますか? 

山本 このまま作家兼演出家が強いままでいると、自立した骨のある俳優も育たなくなるし、劇作家も自分が上演する前提で書いているから、読み手に届けるという意識が希薄になっていくと思います。自分しか演出できない戯曲は、作家が死んだあと歴史にも残りません。それは作家を衰退させる道ではないでしょうか。

― 自分たちで自前の演劇を作るというようなアングラ小劇場以後のモードがいまだに尾を引いているところはあるかもしれません。

山本 劇作・演出を兼任しなければいけないという呪いから、演劇人が解放されて欲しいと感じています。もっと色々なクロスオーバーが起こっていいし、作家と演出家、それに俳優が対等な関係を築くなかで、演劇業界全体を盛り上げていくというモードにしていきたいです。

 

競争の時代を終わらせる

― 山本さんは2019年の秋からACC(Asian Cultural Council)フェローシップでニューヨークに半年滞在されていました。こうした経験も、企画の構想に影響を与えているのでしょうか?

山本 ニューヨークもクリーンな場所というわけではありませんが、業界として明るくて気持ちいいんですよね。単純に、”ウェルカム”してもらえたという気持ちが僕にはありました。そういう”ウェルカム”な優しさみたいなものを、山梨の田舎から東京に出てきて感じたことは一度もありませんでした。もちろん、みんな優しいはずです。だけどその優しさをみせると馬鹿だと思われるという警戒心がとても強く働いている。NYから帰国後は、みんな優しいはずなんだから、優しくていいじゃないかと思うようになりました。

― そこで感じた「優しさ」が、「新しいつながりのスキーム」の提案につながるんですね。

山本 互いに敵意を向けて距離をおいても仕方がないと思います。たとえば、演劇はYou Tubeに比べたらごくごく小規模なメディアですよ。その小さなコップのなかで競争しても…。それで演劇業界が盛り上がるわけではないですから。

川口 しかも作品の中では競争を否定するのに、興行としては競争するからね。

山本 だからもう競争の時代は終わりで良くないですか。諸芸術のなかでも、演劇が率先してそういうことを訴えていくべきだという気持ちがあります。競争の時代の終わりを訴えて実践していけるなら、それは少数だけど最先端になれると思う。

― 少数だからこそ、というのもありますよね。横のコミュニケーションを活性化して盛り上げていくこともやりやすい。

山本 もちろんそうです。演劇をもっと活発な生き生きしたものにしていきたい。NYの人たちの生きる力に比べると、演劇業界も日本人も、みんな疲れていて元気がないように見えます。それはやっぱり正直に生きられないからじゃないかという気がしていて、「本当はこの人とつながりたいのにつながれない」とか……つながっちゃえばいいのに、仲良くすればいいのに、って本当にシンプルにそう思います。

 

卓卓となら面白いことができる

― 川口さんが同世代の新作戯曲を演出するのは初めての経験だと思います。このチャレンジに対して、率直にどのように思われていますか?

川口 私はすでに書き上がった戯曲に取り組むことが多かったから、自分が何を演出するのかわからない状態からスタートするのはとても新鮮な体験ですね。しかも、同世代の新作戯曲をやるなんて、これまで考えたこともありませんでした。でも、卓卓が書いてくれた戯曲は、どんなものでも100%受け止めようという覚悟はかなり前からできていた感じがあります。

― 覚悟というと?

川口 サラ・ケインは1999年に亡くなっているから、これ以上新作を書くことができない。これは私にとって大きな問題で、周りからもパンクオペラが終わったら、やりたいことがなくなるんじゃないかと心配されていました。やっと最近これはまずいなと自覚して、自分と同時代を生きている人たちを強く意識するようになって。

― 同世代との交流はあまりなかったんでしょうか?

川口 私は修行の歴史が独特なので、ACYのフェローになるまでは、同世代の劇作家や演出家と話す機会もあまりなくて、むしろ「演劇の話ばかりしている」とすこし醒めた目で見ていました。でも、実際に話してみると、「自分たちが生きている時代をどうしていくか」という話をすごい熱量でしていて、「あ、そうなんだ」と思って。そのうえ、卓卓は「俺は戯曲だけをやりたいんだ」と言っていたから。

山本 そんなこと言ってた?

川口 うん。だから「だったら書いてくれればいいのに」と思ってました(笑)。

― それで実際にやることになり、不安などはありませんでしたか?

川口 これまでとは違って、戯曲もない、キャスティングも決まっていない、まだ何も見えていない状態でのスタートに不安もありました。でも、戯曲を書いて欲しかったわけだから、こんなに魅力的なオファーは絶対やらないと駄目だと自分を奮い立たせました。なにより、卓卓と話をするなかで、この人となら面白いことができるという感触を共有していたのが大きかったと思います。

 

遊ぶための稽古場

― 分業するといったとき、稽古場における演出家の仕事とは何でしょうか?

 川口 私は演出家然とした「演出家」をやりたくない人間です。卓卓とも「今回は戯曲を書く役割をやってくれた人」として話をするし、そうした関係でつながることが今回のコラボレーションにとっても重要だと思っています。

― とはいえ、劇作を兼ねない演出家の仕事は、外から見てもわかりにくいところがあります。

川口 東京オリンピックの開会式を見ていても、演出家とは何をしている人なのか、社会的な合意が何もない状態になっていますよね。でもそれはチャンスかもしれない。そのあいまいさこそが演劇の現場を転倒させる起爆剤になるかもしれない。だから私は、稽古場のエンジンは誰がかけてもいいじゃんという現場をまずは作りたいし、私も含めてもっと遊んでいいと思うのよね。みんな遊んでいい。みんなで遊ぶためにはどうしたらいいかを考えるのが、「演出家」というより、「演出」という仕事だと思っています。

― 今日の稽古では、「ミュージカル風」「童謡風」「JPOP風」と、俳優が台詞を歌いながら、最後まで通すことをしていましたね。

川口 台詞を読むのが上手い俳優に、上手く読ませないためにはどうしたらいいんだろうと考えながら稽古をしています。それは高校生に言ったことと同じで、上手に読んでしまうと「上手だね」で終わってしまうからです。卓卓の「ことば」を本気で受け止めるためには、「ことば」と出会い直すための遊びが必要だと思っています。

― 即興で台詞を歌うのも、そのひとつの方法になりますか?

川口 稽古入り前日までは、「真面目に本読みでもやるか」と思ってたんだけど、それがどうしても嫌で考えていたら「あ、歌合わせだ」みたいな閃きが訪れて。台詞を即興で歌うことにすると、役者としても「ことば」が持っている色あいや文体のリズムを感じながら戯曲を読まないといけなくなります。そうすると、最初の本読みでは聞こえてこなかった台詞が聞こえるようになってくる。そこがやっぱり「歌合わせ」の面白いところです。

 

罵り合い、わかりあえないことを引き受ける舞台

― 本作では「ご近所トラブル」に巻き込まれる二組の夫婦が描かれます。さらにどちらの夫婦も秘密や亀裂を抱えていることが次第に明らかになっていきます。このような夫婦の物語は、どういったところから着想されたのでしょうか?

山本 最初は与党と野党の罵り合いみたいなことをしようと思っていました。それで「罵倒しあう」ところから書き始めたのですが……だんだん夫婦のいざこざや亀裂は、結局、お互いの気持ちを言えてないだけなんじゃないかと思うようになって。

川口 わたしはすごい言っちゃう人だけど…(笑)。

山本 そうだよね。だから快活で気持ちいいコミュニケーションがとれる(笑)。

― 川口さんは戯曲を読んだときにどのような印象を持たれましたか?

川口 ミニマムな「町」です。ご近所付き合いも含めた町の定義は、やっぱり嫌いな人がいることだと思うんですね。この人とはわかりあえない、でもこの人も私もこの町に住みたい。「わかりあえない」は町のとても大切なファクターなのだけれど、戯曲のなかでは、ちゃんと喧嘩もできない状態になっている。これって、ZOOMにそっくりなんですよ。

― ZOOMで罵り合うみたいなことですか…?

川口 やってみたんです。オンライン喧嘩。でも、相当仲がいい人じゃないと、喧嘩した後に修復できない。オンラインでは喧嘩ができないんです。だけど、生身の人間が関わる場所では喧嘩ができる。演劇の現場は特にそうです。この企画が始まるときに、卓卓から「全部、賛同してくれなくていい」と言われたのが強く印象に残っていて、意見が合わなくても同じ場所を共有できるのが、コラボレーションの意義だなと再確認しました。

― ご近所トラブルの「罵り合い」のなかでは、「宇宙ゴミ」の分別についてクレームを入れる場面があります。それは、ある立場からすると理解不能なエコロジー思想の押し付け、ある種の社会正義を追求することで生じる衝突や暴力を感じさせるものでもあります。

山本 環境破壊は止めるべきだけど、その主張を暴力的手段の正当化に使うと優しさが失われてしまう。そこに問題を感じています。自分の正しさを信じないと乗り越えられないものはありますが、それで優しさを失うのは許せないんですよね。どうしても。自分が正しいと思い込む人への違和感はずっとあって、正しさを追い求めて盲目になったとしても、優しさはあって欲しい。なんなら優しさが正義の具体的な意味なんじゃないかと思うくらいです。

川口 意見が合わないから排除する考えになるのは、やっぱり良くない。子どもは「あの人ウザい、でもこの空間で一緒に遊ぶ」ができるんですよ。なんで大人になるとできなくなるのか。それはこの戯曲にも通じる部分だし、「喧嘩をするための虚構の場所」を舞台上に設えていければいいなと思います。

 

「ことば」をシェアして「縁」をつなげる――コロナ禍以後の劇場

― 「他者とのつながり」は、この企画の大きな柱だと思います。ただ、コロナ禍以後、配信演劇の盛り上がりと同時に、移動の制限を受け入れることで、国際的な文化交流やネットワークが失われてしまうのではないかとも語られました。他者との関係をどのように結び直していくか、お伺いしてみたいです。

山本 本当はみんな他者とつながりたいはずなんですよね。他者を欲望しているし、仲間を求めている。他人を否定し続ける人だって、そんな自分を肯定して欲しいと思っている。そうした欲望の障害になったのがコロナ禍だったと思います。

そのなかで、僕は自分に抱えられる他者をまずは大切にしたいです。これは最近の僕の哲学に刷り込まれていることですが、全部「縁」で考えるようにしてるんですね。誰かに「やりましょうよ」とボールを投げて、つながることもあれば、つながらないこともある。今回のコラボレーションでは、ギンガクやACY、サラ・ケインやチェーホフの話、いろいろな偶然がつながった。これはもう「縁」としか呼びようがないもので、僕はそれをすごく信じているし、縁でつながってきた他者をできるかぎり大事にしていきたい。もちろん、関係が駄目になるのもまた縁だと思います。

― その縁は観客にまで広がるものとしてイメージされますか?

山本 それを望んでいます。観客にとって、僕たちと出会えたことが豊かな体験であって欲しいです。反対に、めちゃくちゃムカついて消したい縁になるかもしれない。でも、そのインパクトはどちらでもいいと僕は思っています。それぐらい強烈な縁になれたら嬉しいですね。

― 川口さんはいかがですか?

川口 お客さんはコロナ禍で本当に大変だったと思うんですよ。やっぱり劇場に来て、他者と出会いたかったはずだから。そこでいま求められるのは、しっかりお客さんと読みの時間を共有することではないかな。

― 「読みの時間を共有する」とはどういうことですか?

川口 演劇の一番シンプルな構造は、物語を共有して、そこにいる人たちみんなでそれを語り継ぐことだと思っています。言葉があって、音楽があって、身体があって、全員で即興的に語り継いでいくことを私はやりたくて。でも上演は、一方的な「私の読みを聞いてくれ」におちいりやすい。それだと、お客さんが語りの主体にならない。劇場は最終的に観客のものだから、お客さんが「ことば」と即興的に出会い直して、その場でその都度読み直すことが起こらないと、わざわざ劇場でやる意味がありません。

― 一方的に伝達するのではなく、即興的に共有する。そのなかで縁がつながり、他者との出会いも生まれてくるわけですね。

川口 このあいだ、役者は何で演じるのかなって考えて、ひとつはやっぱり他者と出会いたいからだと思いました。役者さんは、他人を演じながら「わかった!」という瞬間が訪れることに喜びを感じるわけじゃないですか。その瞬間はお客さんにも伝わるし、そうすることでお客さんも他者と出会うのだと思います。

 

劇の希望?

― 最後に、本作で目指すことを教えてください。

川口 いま、稽古場では、ゲラゲラ笑いながら稽古をしています。冒頭で卓卓が「笑える」を大切にしたいと言ってましたが、これまで大声を出して笑うことは、やっちゃいけない雰囲気がありました。あまりにも辛い現実にいすぎて、もう麻痺しているかもしれないけど、昨年『4.48 PSYCHOSIS』を上演したときは、本当にとてつもない恐怖感でした。その恐怖感のなかで劇に立ち会ったとき、あの作品を理解してしまったお客さんも多かったと思うんですね。

そこから1年半くらい経って、もうみんなコロナのわからなさに疲れ切っている。だから本当に人と出会うこととか、人と結びつくことに希望を見たいんですよね。それは私自身もそうですし、お客さんとも、そういう出会い方をしたい。

― コロナ禍で麻痺してしまった感覚を思い起こす必要があると思います。

川口 本当のことが起こる。それが演劇のはずなのに、劇場では本当のことは起こらないと侮られて、手を引かれている感じもあります。いやいや本当のことは起こるんだって! そのなかでは、単純に楽しい、癒やされるというポジティブな感情だけではなく、ネガティブなことも起こる。やっぱりそれを全部まるごと引き受けていきたいですね。だって、しょうがないじゃん、生きていくんだから!

― 山本さんはどうでしょうか?

山本 僕らは意気投合している部分もあるけれど、当然わかりあえていない部分もたくさんあります。その関係を引き受けるちょっとした勇気さえ持てば、共作はできるし、作品はできあがるということが伝わって欲しいですね。

― 縁を結ぶのは亀裂やいざこざも含めて引き受けることなのかもしれません。

山本 そう、だから僕の作品を嫌悪する人だって、客席に居ていい。分け隔てなく面白いと思ってもらうためにがんばりますが、むしろ否定する人もいる状態が客席の健全な姿だと思います。あとは、みなさんがどう解釈してくれるのか、そしてその先をどう作り出してくれるのかをすごく期待しています。

取材・文:渋革まろん
写真:森本聡(カラーコーディネーション

【プロフィール】


山本卓卓(やまもと・すぐる)

範宙遊泳/ドキュントメント主宰。劇作家・演出家・俳優。1987年山梨県生まれ。幼少期から吸収した映画・文学・音楽・美術などを芸術的素養に、加速度的に倫理観が変貌する、現代情報社会をビビッドに反映した劇世界を構築する。近年は、マレーシア、タイ、インド、中国、アメリカ、シンガポールで公演や国際共同制作なども行ない、活動の場を海外にも広げている。『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞と最優秀作品賞を受賞。2016年度より急な坂スタジオサポートアーティスト。公益財団法人セゾン文化財団フェロー。ACC2018グランティとして、2019年9月から半年間NYに滞在。
範宙遊泳ホームページ:https://www.hanchuyuei2017.com

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川口智子(かわぐち・ともこ)

演出家。1983年生まれ。2008年より演出活動を開始。音楽・ダンス・映画・伝統芸能等ジャンルを超えた創作、香港や台湾を中心とするアジアのアーティストとの協働企画を展開。主な演出作品にコンテンポラリー・パンク・オペラ『4時48分 精神崩壊』(2020年、東京・北九州にて初演、作:サラ・ケイン)。これからの予定にアジア多言語劇、くにたちオペラ『あの町は今日もお祭り』(作:多和田葉子)など。東京学芸大学非常勤講師、立教大学大学院兼任講師。
www.tomococafe.com

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【インフォメーション】

範宙遊泳「心の声など聞こえるか」

会期:2021年12月17日(金)~19日(日)
会場:東京都 東京芸術劇場 シアターイースト作:山本卓卓
演出:川口智子
音楽:鈴木光介
出演・演奏:井神沙恵、鈴木光介、滝本直子、武谷公雄、埜本幸良、李そじん

詳細は、公式ホームページをご確認ください。
https://www.hanchuyuei2017.com/kokoronokoe