around YOK vol.7「呼吸(いき)する劇場」川口智子さん

Posted : 2021.05.07
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創造都市・横浜を経由して様々なフィールドで活躍するアーティストやクリエイターたちが寄稿するシリーズ「around YOK」。第七回は、アーツコミッション・ヨコハマによる若手芸術家助成2018年度に参加した演出家・川口智子さん。劇場を主な活動拠点としながら、音楽・ダンス・映画・伝統芸能などジャンルを超えた創作を行う川口さんは、近年香港・台湾を中心とするアジアのアーティストとの協働など境界を問わない活動を展開されてきました。そんな最中での新型コロナウィルスによる様々な影響を経た川口さんの現在地について、書き綴っていただきました。

九龍側から香港島へと向かうスターフェリー ©遠藤晶

 

 劇場に触りたいと思ったときに手にとる一冊、服部幸雄さんの『大いなる小屋 。この序説で、服部さんは「幕末の蘭学医の娘に生まれ、幕末から明治への動乱期を生きた今泉みねという一女性が、娘時代の楽しかった芝居見物の様子を回想した、実に魅力的な語り」を紹介している。あらためてこのみねさんの語りを味わおうと思い、昭和16年に初版された『なごりのゆめ』を開いた。ツルツルの薄い紙に活版で刻まれた言葉たち。液晶画面で見る旧仮名づかいが少し読みにくいかもしれませんが、みねさんの言葉が劇場の世界へとスウツと連れて行ってくれます。

通の両側にのれんをかけたお茶屋がずつと並んでをりますが、ぶらさがつた提灯のきれいさ。築地から船にのり船を上り、この町を行くあたりのたのしさと申しましたらもう足も地につかない程でした。茶屋には又粋な男や女が、夏なら着物も素肌にきて、サアツと洗ひ上げたといつたような感じのする人達が居並んでいんぎんに一同を迎へて奥座敷か二階かに案内いたします。こゝで暫く休みますが、もうすつかり芝や氣分に浸つて居ますと、カチーンカチーンときの音、そら木がはひつた、皆の胸はとどろきます。一瞬は思はず居ずまひを正しますが、急に又ガヤガヤ屋鳴震動がはじまって、「時がまゐりましたから」と迎へが来て連れてゆかれます。實にその邊の氣配がいいのです。客は幾組か知れませんのに一向混雑もなく、きれいに静かにゆくところの巧みさ。茶屋の焼印のあるはきものも、身をかゞめてはかせる程にして氣をつけてくれるそのあつかひ振り、何から何までほんとに氣持ちようございます。芝居も芝居ですがそれも忘れられぬ一つです。
今泉みね『名ごりのゆめ』(1941年、長崎書店)p.218

 船に乗って劇場に行くという素敵な体験をしたことがある。2017年の3月末、湿気のすごい海風がベタベタと肌にまとわりつく香港。屋根船でも屋形船でもなく、海をザブザブと超えるフェリーで香港島から長洲島に向かった。海の女神・天后を祝う天后節の季節。

 この時期になると、長洲島の北帝廟の近くには2つの大きな竹の建造物が出来上がる。ひとつは「包山」というもので、ビルの高さ4~5階相当の竹の塔(三角錐)に「平安」と赤字で書かれた白い饅頭(「平安包」)がびっしりと並べられる。5月に行われる通称「饅頭祭」(搶包山比賽)では、この饅頭の塔に人が登って饅頭を取り合い、饅頭がすっかりとられた竹の塔からは花火も上がって、人々の無病息災を願う。長洲島の名物お祭りらしい。

 その竹の塔の横に、もうひとつ出来上がる大きな建造物が、竹で出来た巨大な「戯棚(バンブーシアター)」。釘は使わず紐で竹を縛って組み立て、床・壁・屋根・舞台すべてが専門の職人さんの手でつくられている。特に素晴らしいのが、楽屋のエリア。個室、大部屋、衣裳部屋、それらがすべて竹でつくりこまれていて圧巻。外装はピンクや赤、緑や黄色の派手な看板が掲げられていて、劇場の中には電球がぶら下がっている。色とりどりの衣装が並べられていて、道具や衣裳が入っていた木箱には道具さんたちが腰かけている。楽士さんたちは煙草を吸いながら音楽を演奏している。

 この戯棚については、2013年~2017年にかけて横浜と香港とをつないで活動を続けたプラットフォーム「絶対的 のメンバーからも話を聞いていた。「絶対的」の香港側のメンバーである卓翔 は、戯棚についてのドキュメンタリー映画を撮っているし、卓のデビュー作『乾旦路(My Way)』 の中にも戯棚で粤劇を上演する場面が出てくる。同じく絶対的のメンバーである王侯偉 は粤劇では珍しい女形を演じていて、2017年の『絶対飛行機』日本語×広東語×英語上演の中では、男役と女役を1人で演じ分けるという離れ業を披露してくれた。

卓翔監督『戯棚』トレイラーでは長洲島を含む9つの戯棚を見ることができます。なかでも、海を臨む崖に建てられた蒲台島の戯棚は圧巻。

 戯棚は仮設の劇場なので、香港に行けば簡単に出会えるというものではない。香港ではまだメジャーなビル工事の足場にもなるこの竹を組む技術もだんだんと後継者が少なくなっているとも聞く。フェリーで長洲島に渡ったこの日、電球で輝く夜の戯棚を初めて見た。しかも客席からではなく、竹で組まれた舞台袖から舞台を覗き見るという特別な体験だった。友人のダンサーHugh Cho が出演する舞台を見せてくれたのだ。香港は粤劇のアクロバット専門家が少ないので、台湾や中国で幼少のころから専門教育を受けた俳優たちが移住してきてアクロバットを必要とする兵士(ファイター)の役などを担っている。粤劇が人気を博していたここ数年ではファイターが足りずアクロバットの専門家はメイクをしたままバイクにのり一日に複数の舞台をこなすとも言っていた。Hughの専門はコンテンポラリーダンスだがアクロバットの技術を学び、時に粤劇に出演していたり、自分の作品にも粤劇の要素を取り入れている。

 蒸し暑い夜。竹で組まれた床に立って、ちょっとのぼせたような感じで明るい舞台を見つめた感覚が残っている。見た演目が何であったかは覚えていない。けれども、この戯棚が動いていて、劇場全体が大きなひとつの生き物のようで、「ああ、劇場も呼吸をするのか」と知ることになったこの劇場の姿は、私にとっての劇場の原風景として心に刻まれた。翌日の朝からのリハーサルに備えて終演よりも前に戯棚の外に出た。おばちゃんが小さなカートで昔ながらの駄菓子・糖葱薄餅を売っている。都心部ではめったに見ることのないこのお菓子。北帝廟の階段から戯棚の中を覗いて楽しんでいる人たちがいる。海の匂い、甘い砂糖の匂い。ド派手な看板とあたたかい電球の色。マイクを通して聞こえてくる広東語の歌声と鑼の金属音、強い海風にゆれる木々の音。仮設劇場である戯棚が、長洲島の心臓のようだった。

 私は劇場に行くのが好きだ。自分が演劇をつくる立ち場であるにもかかわらずこんなことを言うと怒られてしまうかもしれないけれども、劇場に行くという楽しみは、その劇場で上演されている演劇やダンスが面白いかどうかと関係ないところがある。劇場に行こうと決めたその時から(それは何か月前かもしれないし、数分前かもしれない)、その劇場へと向かう道中、きらびやかなシャンデリアのある入り口にしても、入るのをちょっと躊躇するような暗い入り口にしても、劇場に入るときには独特の高揚感がある。フカフカの座席もいいし、舞台縁にかぶりつきで桟敷もいい。勾配の急な上の階の席から舞台を見下ろすのも楽しいし、4時間以上あるお芝居を屋根のない土間で立ち見して、途中で雨が降ってきても意地になって見続けるのもいい。ロンドンでは休憩中にアイスクリームを食べ、終わった後にはパブで1杯(始まる前にももちろん!)、香港では始まる前に茶餐廳、東京では帰り道の居酒屋。友人と待ち合せていくのもいいし、ひとりで知らない土地の劇場に行ってみるのもいい。上演されるお芝居は私の物語ではないけれども、劇場に行く物語は私の物語。その街の登場人物である私が劇場に行くという物語を遂行している。私は街の記憶になる。

 このような体験は生活の中でどのくらい”頻繁に”必要だろうか。高い竹の塔の上で饅頭を取り合う祭りが1年に1度であるように、1年に1度くらいだろうか。劇場に行くのを楽しむには劇場に行く準備をする時間がそれなりに必要だったり、劇場に行った余韻を楽しむ時間もそれなりに必要なようにも思う。稀に、劇場の中の舞台の上の物語の時間が、劇場に行く私の時間とある種の緊張関係を結んで、思いもよらない体験をすることもある。舞台上の生身の身体と、客席の生身の身体が共振してしまい、舞台の上の物語もまた私の記憶となり、街の記憶となる。それこそ、1年に1度でも十分な衝撃があるかもしれない。劇場に行くというのは、生活圏を離れてどこかに旅に行く感覚にやっぱり似ている。船に乗って、異界の芝居小屋に行くのだ。

 街の中のその劇場たちが閉まっているという情景を想像すると息が詰まった。2020年4月末~5上旬にかけて実施を予定していたコンテンポラリー・パンク・オペラ『4時48分 精神崩壊』 (作:サラ・ケイン)のイギリス公演が延期(現在も無期延期中)になるその報と同時に、ロンドンの街の劇場がクローズするニュースが流れてきた。横浜でスタートした一連の『4.48 PSYCHOSIS』の上演には、イギリスのサラ・ケイン研究者であるニーナ・ケインにもドラマトゥルクとして参加してもらっていたし、2019年夏には出演者と一緒にイングランド北部の村ヘブデンブリッジに2週間滞在して作品の基となる部分をつくったこともあり、そのヘブデンブリッジとロンドンに作品と一緒に帰ることを楽しみにしていただけに残念だったけれども、作品を上演できないということ以上に劇場の閉まっているロンドンの街の方が心配だった。作品のほうは幸運にも2020年3月の時点で初演を迎えることが出来ていたので、次の上演が1年先になろうが、3年先になろうが、引き受ける覚悟でいる。けれども、街の中の異界である劇場が閉まってしまうのはいったいどういうことなのか。

 2020年3月、上演を予定していたロンドンのコロネット劇場がフェイスブックに短い動画を掲載した。「OUR DOORS ARE CLOSED, BUT WE’RE STILL CREATING. WE’LL BE BACK SOON.」の文字が劇場の建物正面に映し出され、劇場の扉は閉まっており、その前を数人の人が「バイバイ、またね」と言いながら通り過ぎる。劇場の上階部には緑やピンクの照明が灯っていて、ビクトリア朝の建物とも相まってホーンテッドマンションみたいでもあるのだけれども、それがまたイギリスの劇場らしさでもある。誰かは劇場の中に(本当におばけかもしれない)残っていて、こっそり劇場でつくりつづけている。そして、いつかまた人間が迷いこんできた時に、あっと驚かせるための準備をしているのだ。ロンドンの劇場は、その扉を閉めてもなお、街の中で呼吸していた。今は眠っている。そんな感じ。死が眠りであるようには、眠りが死ではないことを願いながら。

コロネット劇場 facebookページより(別ページでリンク先が開きます)

 

 眠っている劇場の中で作業をする。2020年度に制作や上演を予定していたプロジェクトが次々と延期されていく中でも、作業の手は止まらなかった。ここ数年、どこかに出かけて滞在して作品の基を作ることが多かったけれども、自宅の作業場で眠っている劇場を脳内に描いて、その劇場を開くプログラムをつくり続けた。そのひとつが、今年の4月3日から開幕した「まちクラ」だ。

まちクラトラベル仮想ツアー

 東アジア文化都市北九州2020-2021 北九州未来創造芸術祭「ART for SDGs」連携事業「まちクラ」 は、劇作家の田坂哲郎さんと、ディレクターの鄭慶一さんと一緒に延期期間も休むことなくプラン作業を続けてきた。北九州市にある枝光本町商店街アイアンシアターと環境ミュージアムの2か所を会場として、子どもたちと「マチツクリ」の遊びをしている。

 まちづくりではなく、「マチツクリ」としているのは、全体を神話の世界観でつなげているからで、「まちクラ」自体がワークショップという手法をつかった壮大な演劇であるという位置づけを象徴している。子どもたちは町をつくる神様となって、その能力を活かしながら町を発展させていく。まず最初に舞台美術だけがあって、登場人物がそこから出てきて、そしてお話をつくっていく即興の演劇。町に何が必要かを考えるのも登場人物である子どもたちの仕事で、「通貨」がどう登場するかと見守っていたら3日目には「ひま」を単位とする地域通貨のようなものが出てきた。

 「ひま」というのはまちクラのキーワードのひとつで、子どもたちは会場にくると「ひまなんだ門」という門を通過してマチツクリする神様になる。忙しい現実の生活の中の「ひま」な時間が「町との関係性」の時間になっている。だれかが紙コップの底をくりぬいてコインに見立てれば、それがあっという間に広まって、「ひま」という地域通貨がいろいろなところで発行されることになる。10ひまのコインもあれば、10万ひまの紙幣もある。価値がまったく統一されていないので、流通のルールもない。

5日目、おつりのない不便さを感じて登場した両替商

 

 このまちクラを設計している昨年夏くらいから、ミヒャエル・エンデを読んでいて(いつか『モモ』のパンクオペラつくりたいですね、灰色の時間泥棒たちたくさん出てくるんでしょうね)、時間を問うこと、お金を問うこと、それらを劇場という仕掛けの中で問うことをゆっくりと考えていた。目の前に予定されていた活動が延期になっていなければ手に入れることのできなかったいい「ひま」だった。

 そこから、まちクラで通貨をどう扱うかというのは大きなテーマのひとつになった。エンデが話しているエイジング・マネーもそのアイディアのひとつだし、そもそも通貨の概念をどう登場させるか、虚構の劇場の中でどう考えていくかは最終的に子どもたちに託そうということになった。幸いにも、まだまちクラには「銀行」が存在していない。そして、圧倒的なデフレ状態になっていて、オシゴトの需要と供給のバランスもまだとれていない。その状態に子どもたちが「つまらない」と気付いて、「おもしろく」するために相談をして、何かやってみようということになる。地域通貨の流通の一方で、みんなが無償で使える場所やものも同時に作られていく。ひとつひとつのアイディアが連続して、町が常に蠢いてひとつの生き物のように感じられる。

 かつての芝居小屋では舞台と客席の境界線があいまいで、お客さんも登場人物であったように、まちクラは劇場の空間が一体となって、子どもたちがその町に住んでいる登場人物になっている。子どもたちが紡ぐ物語が、この町の物語になっていく。劇場の外に一歩出たときに、その記憶が現実の町の物語と重なっていく。そのことで、少しでも「生きやすい」「住みやすい」町になってほしいと思いながら、まちクラで「ひま」を作り出している。

 劇場はやっぱり観客のものだ。劇場に行くという体験は、観客のものだ。私は眠っている劇場の中でつくり続ける。おばけのように。次に劇場の扉が開いたときにドキドキしながら足を踏み入れ、いつか町の中で「あの時、劇場に行ってよかった」と思ってもらえるように。

呼吸する劇場 シェイクスピア・グローブ座(ロンドン)


ⅰ 服部幸雄『大いなる小屋 近世都市の祝祭空間』1986年、平凡社
ⅱ 前掲書、p18
ⅲ 「絶対的」という名前は、東アジア文化都市2014横浜の時に、当時のBankART1929の溝端俊夫さんにつけていただいた。一連のプロジェクトで上演していた佐藤信さんの戯曲『絶対飛行機』からとったのだと思う。日本語と広東語の両方でか発音が可能な「絶対的」という名前には、“ゆらぎつづける”という意味を込め、横浜のフェロー期間の活動を経て自らの活動のための法人を設立するタイミングで、法人名としてその名前を継承することにした。ウォッカのABSOLUTEが好きなので、英語の社名を考えるにもちょうどよかった。
ⅳ 「ユッケ」広東語で演じられる香港の地方劇
ⅴ サラ・ケインの戯曲『4.48 PSYCHOSIS』は24のメモのような言葉の羅列から成り立った戯曲。この戯曲はCDの歌詞カードのようだと思ったことから、全編を鈴木光介の作曲によるオペラに仕立て、3人の出演者と鈴木の1人オーケストラ生演奏による上演をつくった。2020年3月21日~23日に渋谷のspace EDGEで初演したこの上演では、観客もスタンディングで戯曲の原語の歌と音楽を楽しみながら、字幕で刻まれるサラ・ケインの言語を視覚的にも体感する。コンテンポラリー・パンク・オペラは演劇のひとつの形であり、『4.48 PSYCHOSIS』を上演するための演出。
ⅵ コロネット劇場のオンラインフェスティバル「Electric Japan」「Electric Japan」
URL:https://www.thecoronettheatre.com/whats-on/coronet-inside-out/electric-japanにビデオレターを届けました。ELECTRIC JAPAN: TOMOCO KAWAGUCHI ELECTRIC JAPAN: TOMOCO KAWAGUCHI URL:https://www.youtube.com/watch?v=pLbCaCsXwsk
ⅶ 河邑厚徳+グループ現代『エンデの遺言――根源んからお金を問うこと』2011年、講談社
ⅷ このあと、スーパーインフレを起こそうとする一部の神様がじゃんけん大会を主催して賞金に1兆ひまを出した。ただ、金額が大きすぎて両替が追いつかず、結局そのお金が流通する仕組みがまだ出来ていない。


【プロフィール】

川口智子(かわぐち・ともこ)
演出家。1983年生まれ。2008年より演出活動を開始。音楽・ダンス・映画・伝統芸能等ジャンルを超えた創作、香港や台湾を中心とするアジアのアーティストとの協働企画を展開。主な演出作品にコンテンポラリー・パンク・オペラ『4時48分 精神崩壊』(2020年、東京・北九州にて初演、作:サラ・ケイン)。これからの予定にアジア多言語劇、くにたちオペラ『あの町は今日もお祭り』(作:多和田葉子)など。東京学芸大学非常勤講師、立教大学大学院兼任講師。
www.tomococafe.com

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【インフォメーション】

2021年10月 『夜ヒカル鶴の仮面』アジア多言語版 作:多和田葉子
2021年12月 新作
2022年5月 くにたちオペラ『あの町は今日もお祭り』作:多和田葉子 作曲:平野一郎 振付:北村成美