ニッサン パビリオン館長・松井啓太氏にきく。 日産自動車が、現代アートに力を入れる理由

Posted : 2020.08.26
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ブランドロゴの刷新、新型EV「アリア」の発表、ニッサン パビリオンの開設など、この夏、大きな変化を遂げた日産自動車。横浜に本社を構える日産は、2013年から現代アートのアワードを主催する。海外のアートシーンを見据え、次世代へと続く日本の文化発展に貢献することを目的にした「日産アートアワード」が、ニッサン パビリオンのオープンとともに同地で開催されている。一次選考を勝ち抜いた5名のファイナリスト(風間サチコ、土屋信子、潘逸舟〈ハン・イシュ〉、三原聡一郎、和田永)が新作を展示。そのなかから最終選考を経て8月26日の公開セレモニーでグランプリが発表される。そもそも、日産はなぜ現代アートを支援するのだろうか。2017年に日産アートアワードを担当し、現在はニッサン パビリオンの館長を務める、松井啓太氏に話をきいた。

日産アートアワード2020」会場。奥の作品は風間サチコによる木版画等の作品。国家的祝典にまつわる歴史や近代化を象徴する思想やモニュメントをリサーチして制作した。

 

図工が苦手でも、現代アートは面白い

——最初に、松井さんのこれまでの日産でのお仕事の経歴を教えてください。

松井啓太(以下、松井):新卒で商品企画部門に入社して、18年目になります。キャリアとしては、最初の7〜8年が商品企画で、モノづくりの企画工程を通してブランドのイメージを変えていくことに取り組んでいました。次にSCM本部で、フランスのルノー社とのアライアンスプロジェクトを行う部署を経て、ここ8〜9年はマーケティング本部で、コトづくり通してお客さまに企業やブランドの魅力を広める仕事をしています。具体的には、この「ニッサン パビリオン」や「日産アートアワード」をはじめ、これまでクルマやモータースポーツのマーケティング、グローバル本社ギャラリーや銀座にある「NISSAN CROSSING」の企画・運営など、ニッサンの魅力をワクワクする形で世界に発信する仕事に携わっています。

ニッサン パビリオンは、日産が描く未来のモビリティ社会を体験できるエンターテインメント施設としてみなとみらい地区にオープンした。

 

——日産アートアワードにはいつから関わられているのでしょうか。初めて担当されたときの印象を教えてください。

松井:前回(2017年の回)の準備段階からです。正直なところ、美術系のプロジェクトについていけるだろうか、と心配でした。というのも、自分は図工や美術の成績は全くダメで、恥ずかしいくらい絵心もなくて。ですが、審査委員長の南條史生さんとお話しさせていただいたり、作家のプレゼンを聞いたりするなかで、現代アートのとらえ方が変わっていきました。最終的にアート作品というかたちになるけれど、大事なのはアーティストが「何を発信したいか」でありアートはその表現手段なのだ、と気づいたのです。

初めて関わった前回は、アメリカのトランプ大統領が就任した2017年だったので、断絶や人種といったテーマの作品が印象深かったように思います。今回は新型コロナウイルス感染拡大を受けて、人との距離や儚さが表現された作品もあります。作品だけを鑑賞する力は乏しくても、進行形の同時代のテーマや問題意識を作品に込めた作家の思いを聞いて、作品を改めて見ると、美術が苦手な自分でも発見や共感できることがある。これは現代アートならではの面白さだと思いました。それから「アート」というと絵や彫刻といった先入観がありましたが、空間や映像など、いろんな表現形態があることも知り、マーケティングにも共通するものがあるとも感じました。

私の仕事は、一部の熱狂的なファンがいてもまだ裾野が広がってない、知る人ぞ知るホンモノに対し、長年のファンを大切にしながら、新たな層を開拓して、裾野を広めていくのがマーケティングの任務だと考えています。日産アートアワードでとりあげる現代アートというジャンルにおいても、そういう意味で「食わず嫌い」のままではもったいない、と。このニッサン パビリオンは、車に興味がなくても気軽に訪れて、ちょっと先の未来の技術に触って、楽しめる場所を目指しています。今回はそうした経緯から、いろいろな人が訪れるこの場所で日産アートアワードを開催することになりました。

ニッサン パビリオン館長 松井啓太氏

 

——そう考えると松井さんにとって、日産アートアワードの仕事も、自動車製品の企画やそのほかのマーケティングの仕事との違いはないのですね。

松井:入社したときから、お客様とモノづくりに関わるエンジニアやデザイナーの思いを橋渡しすることを、自分の仕事にしたいと考えてきました。僕は技術屋でもないし、上手に絵も描けないけれど、クルマや技術のさまざまな魅力を作り手の情熱を込めてきちんと伝えたい。そういう視点で考えると、アートも場づくりも媒体づくりも、すべて同じだと思っています。

ニッサン パビリオンの内観。超大型スクリーンによるショーや、バーチャルテニスの体験、ショートムービーの上映、ロボットが給仕をし、料理のエネルギー情報をテーブルに投影するカフェなど、インタラクティブな体験ができる。

アートとの出会いが、企業活動を見直す機会に

——次に会社全体のお話を伺えたらと思います。日産が、企業として芸術文化活動に取り組む価値はどのようなところにあるのでしょうか。

松井:ひとつは、企業としての社会的責任があると考えています。クルマの製造、販売とは全く違う形での企業活動です。日産自動車の企業ビジョンは「人々の生活を豊かに」です。本業のモビリティを通じた価値創造も大事ですが、それだけではなく文化や世代を超えて共感できるアートを通して人々の心に潤いをもたらしたい、それが生活の豊かさにつながる、という信念です。

もうひとつは「多様性(ダイバーシティ)」。多様な価値観、多様な人種や文化があり、それを受け入れることを大事にする。日産自動車はダイバーシティを企業の強みの源泉と考えています。表現方法の多様性に富んだ現代アートはまさにそれを体現しているからです。

——そうしたアートによる企業としての変化や成果、つまりアウトカムについては、どのように社内で共有されているのですか。

松井:アート支援活動を企業として継続することには難しさが伴います。前回の日産アートアワードの際も「なぜ続けるのか」、「この先どこに向かっていくのか」をチームで真剣に考えました。そこでのひとつの答えとしては、アートという切り口から日産自動車、クルマや技術に興味を持っていただく。「多様性」の尊重や「人々の生活を豊かに」という会社のビジョンを多くの方に知っていただくことにつながるのかなと思っています。クルマもこれまでの「走る」「止まる」「曲がる」を極める時代から、大きな変化の時期にあります。そうした変化を知ってもらうために、あらゆる機会を用意できたらいいな、と。現代アートの展覧会のためにここに来た方が、最先端のEVを見たり、EVが太陽光発電の蓄電池の役割を果たしているカフェでお茶をしたり。目的とは別の発見ができるような場所にしていきたいと考えています。

「日産アートアワード2020」会場。潘逸舟による消波ブロックをモチーフにしたインスタレーション《where are you now》(上)と身近なものや廃材を組み合わせた土屋信子による作品《Mute-Echoes》(下)

 

——日産アートアワードはファイナリストの作品の一部を日産アートコレクションとして所蔵していて、本社の受付やロビーで展示していますよね。どういう反応がありますか?

松井:本社に来られたゲストに興味を持っていただくことが多いです。作品の魅力だけでなく、日産アートアワードの趣旨や企業ビジョン、多様性の話題を交えることで、日産自動車のことを深く理解していただくことにも繋がっています。

また、作品の所蔵だけに限らず、日産アートアワードをきっかけに社内でもアートの力をいかせないかと、アーティストに企画チームに入ってもらったこともありました。新車のネーミングのアイデア出しに加わってもらったのです。すると、着眼点がユニークで、同じものを見ているのに「こう来るか!」という発見がありました。普段からこの仕事に携わってきた我々からは生まれない、斬新な切り口のアイデアが生まれて非常に面白かったです。

——常識をくつ返されるような経験だったのですね。横浜美術館のワークショップも活用されていると伺いました。

松井:地域との接点は非常に大事に考えていて、日産アートアワードを機に横浜美術館と縁ができたのでいろいろな場面で連携させていただいています。ひとつは、美術館の子ども向けワークショッププログラムを社員研修、特にチームビルディングに活用しています。それから私が日産グローバル本社ギャラリーの担当をしていた頃、同美術館「子どものアトリエ」と「子ども造形ワークショップ」を協働で実施しました。これは、色々な形の木片を自由に組み合わせて木の車をつくるワークショップで、創造力を働かせ、手を動かし、形にするものです。とても質の高いプログラムを提供いただき感謝しています。

日産アートアワード2013コレクション作品 増山裕之《FRANKFURT-TOKYO》 (日産自動車グローバル本社受付への廊下に設置。来訪者以外はご覧いただけません。)

日産アートアワード2013コレクション作品 写真奥:鈴木ヒラク《時間の絵(マンモスの牙)》、写真手前:宮永愛子《手紙》(日産自動車グローバル本社の打合せエリアに設置。来訪者以外はご覧いただけません。)

——松井さんは2018年にアーツコミッション・ヨコハマが主催したクリエイションキャンプ「2059 FUTURE CAMP IN YOKOHAMA」にも参加されました。そのとき横浜美術館の粘土のワークショップに参加されて「ノンバーバルコミュニケーションになるので、我々のような多国籍の企業に向いています」とおっしゃっていましたよね。

松井:横浜美術館のワークショッププログラムには、言葉の壁も、世代の壁も、文化の壁も超えてコミュニケーションできる可能性を感じています。すごくよく練られたプログラムだなと。私が参加した際は、全員日本人でしたが、様々な国の人が働く社内に置き換えてみると、例えば新規プロジェクトで、文化背景が異なるメンバー、マーケターとエンジニアなどが集い、このプログラムに参加すると言葉の壁を越えて一つになれるんです。しかも楽しみながら。アイデアを言葉で伝えても、お互いイメージしているものが実は違うといったこともありますが、ワークショップを通して粘土の造形に落とすと、考えが具現化されて、共通すること、違うことがクリアに伝わる。自分も参加して、本当に目から鱗というか、素晴らしいと思いました。

——アートが企業のマネジメントにも関わっていける可能性を感じます。日産アートアワードを起点に、そうした可能性をどんどん広げているのですね。

松井:日産アートアワードを通して、表現の多様性、受け止め方の多様性を企業として学び、これまでの企業活動を見直すことや、よりお客さまにとって意味のある活動について考えていく機会になると考えます。私が日産アートアワードの担当で良かった点は、むしろそれまでアートを知らなかったことかもしれません。全然畑の違う人間が接点を持つことで、新鮮に感じ、アートの面白さを何かに活かせないかと貪欲に考えられました。さらにさまざまなアートの取り組みが進んでいる横浜という環境、まちの強みがあったからこそだと思います。

 

2059 FUTURE CAMP IN YOKOHAMA実施風景 松井さんがWSに参加している様子

 

モビリティから提案する「豊かに生きること」

——最後にニッサン パビリオンの話を伺いたいのですが、このニッサン パビリオンを通して自動車というものづくりの進化をどのように見据えていらっしゃるのでしょうか。第5世代移動通信システム(5G)により、移動や通信自体が劇的に変化していくと予想されています。高度なIoT化によって、自動車産業も大きく変わっていく。そうした未来に対して、都市やモビリティについてどのような提案をされていくのでしょうか。

松井:ニッサン パビリオンは日産が描く未来のモビリティ社会を伝えることを目的にオープンしました。近年、車の概念が大きく変わりつつあります。数年ほど前から「CASE」という言葉が自動車業界の重要なキーワードとなっています。これは「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動化)」「Shared/Services(シェアリングとサービス)」「Electric(電動化)」の頭文字をとった言葉です。

最先端のテクノロジーが生活の変革を主導していくことに食わず嫌いになってほしくないと思います。クルマや技術が進化したとき10年後に身近に起きる変化を発見してほしい。大切なのは「人のためのテクノロジー」の進化にしていくことです。

ニッサン パビリオン外観、EVカーシェアリングの「チョイモビ」などが並ぶ。

 

自動車メーカーの視点でも、クルマは移動手段の枠を超えて、電池になったり休憩スペースになったりもする。所有だけでなく、シェアのニーズは購入者が個人から社会や組織に変わることを意味する。使う方々やまちに対して、モビリティのあり方をこちらから提案してもいいのでないか、と考えています。それを横浜で発信していきたい。たとえば、横浜市と共同でいくつかのモビリティサービスを提供していますが、今回ニッサン パビリオンには「モビリティハブ」として、これらを集約しました。ラストワンマイル、「チョイ乗り」にまだまだチャンスのあるみなとみらい地区で、モビリティサービスがしっかりと機能することで、ほかの都市部のモデルにもなるでしょう。新しく街を築くやり方もありますが、日産はいまいる場所からよくしていく。日産では「ブルースイッチ」という活動を通じて、災害時にLEAFを緊急動力源として無償提供する協定を各自治体と結び地域の課題を一緒に解決する試みを進めていますが、パビリオンでも横浜におけるフィードバックシステムができるといいと思っています。

——モビリティの可能性ということでは、COVID-19によって移動への考え方が変わりつつありますよね。移動距離も短く旅にもなかなかいけない。私自身もフラストレーションを感じています。そもそも人類の大移動の歴史を考えると、遺伝子的にも移動への衝動がある。一方で、それに伴う地球環境の悪化もあります。今日のお話を伺って、日産の企業活動は人間が抱える、そうした相反するものごとへの意識が前提にあるのだなと感じました。

松井:GT-RやフェアレディZなどスポーツカーはみんなの憧れで、人気があります。そんななか、今回発売する電気自動車も、発表のときに「加速はフェアレディZに匹敵する」と内田CEOがコメントしたようにスポーツカー並みの加速ができます。CO2を出さないから環境にもいい。最高のスポーツカーなのです。

COVID-19という点では、車は個人や家族単位の比較的パーソナルな乗り物で、公共交通機関に比べると接触による感染拡大のリスクは軽減されるでしょう。実際にマイカーのニーズは高まっています。ですが依然として、自動車が抱えるエネルギー問題や渋滞問題などは、都市部での車の利用を避ける理由になります。そういうときに、横浜で実現しようとしている「シェアリング」という発想や排ガスを出さない車、センシングやAIによって事故や渋滞を避ける車の価値は見直される可能性があると思っています。

ニッサン パビリオン中庭、カフェの屋根にある太陽光パネルで発電された電気は、リーフに蓄電されカフェへ給電されている。

 

 

——自動車と環境問題という点では、今回の日産アートアワードではそうしたテーマを扱った作品もありましたし、前回も車を落として爆発させる映像作品もありました。そうした表現については社内で議論されたりするのでしょうか。

松井:そうした表現が選考に関わることはまったくありません。日産アートアワードの企業にとっての意味は、アーティストの思いを聞くことはもちろん、日産関係者以外の多国籍からなる審査員の選考プロセスから多様性を理解するところにもあります。ですので、誰が選ばれようと、どのように日産が表現されようと、そこに関してはさまざまな価値観があると受け止めています。これは皮肉ではなく、気づきもありますし、まだまだ日産をアピールしなきゃいけないんだなという学びにもなりました。そういう形で取り上げていただいたことに、とても感謝しています。

聞き手:杉崎栄介[アーツコミッション・ヨコハマ]
構成・文:佐藤恵美
写真:森本聡(インタビュー風景、日産アートアワード展示風景のみ、他は日産自動車株式会社からの提供)


【プロフィール】

松井啓太[まつい・けいた]
ニッサン パビリオン館長。日産自動車株式会社グローバルブランドエクスペリエンス部所属。2002年、同社入社。商品企画本部、SCM本部、グローバルマーケティング本部、ニスモビジネスオフィスなどを経て、2018年より現所属。

ニッサン パビリオン館長・松井啓太氏。ニッサン パビリオンの前で。2020年7月に新しくなったブランドロゴは「至誠天日を貫く」という創業当初からの理念を表現している。

 

【イベント情報】

日産アートアワード2020
会期:2020年8月1日(土)~9月22日(祝・火)
開館時間:月〜金=11:00-19:00/土・日=10:00-19:00
休館日:第一月曜日(9月7日)ほか不定休

詳しくはニッサンパビリオンwebsiteでご確認ください
料金:無料
会場:ニッサン パビリオン
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい6-2-
アクセス:JR・京急線 横浜駅中央通路から東口に進み徒歩10分(はまみらいウォーク先)

みなとみらい線 新高島駅より徒歩5分(3番出口)

詳細はウェブサイトから
https://www.nissan-global.com/JP/CITIZENSHIP/NAA/