横浜・妙蓮寺から発信する“まちの本屋”の挑戦 石堂書店ブレーン対談

Posted : 2020.03.02
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東急東横線・妙蓮寺駅(横浜市港北区)すぐ近く、通勤・通学で人々が行き交う商店街に、昔ながらの新刊書店がある。石堂書店は1949年創業で、店主の石堂智之さんは3代目。多くの書店の例に漏れず、出版不況に悩まされている。本屋のある風景をまちに残したいと石堂さんと共に立ち上がったのが、地元の建築不動産会社・住まいの松栄の酒井洋輔さんと、菊名から石堂書店の2階にオフィスを移した出版社・三輪舎の中岡祐介さん。「まちの本屋リノベーションプロジェクト」として一歩一歩経営改革を進める3人に、それぞれの考えを伺った。

松栄建設の酒井洋輔さん、石堂書店の石堂智之さん、三輪舎の中岡祐介さん

 

大きな商業施設などもなく急行の停まらない妙蓮寺は、東横線沿いの中でもこぢんまりとした印象を受ける生活者の街だ。駅を出てほんの少し歩くとコンビニやドラッグストア、パン屋、おでん屋などがあり、石堂書店のある通りでは八百屋の店主の威勢の良い声が響く。かつてはさらに駅の近くにもう2軒も書店があったという。近隣唯一の本屋となってしまった石堂さんには、街の読書文化を支える書店でありたいという熱い想いがある。

まちの本屋リノベーションプロジェクト」の軸は、(1)2階にコワーキング・読書スペース「本屋の二階」を作ること、(2)かつてコミックや児童書を置き、現在は倉庫となっている向かいのスペースに親子でくつろげる小上がりや展示ができる壁、独自の選書からなる支店「本屋・生活綴方」を作ること。昨年8月〜9月のクラウドファンディングで目標を大きく上回る約220万円を集め、DIYの参加者を募って改装を実施した。加えて、本屋の二階に入居する中岡さんが本店の棚づくりにもテコ入れし、まちの本屋の生き残る道を探っていく。

妙蓮寺のまちだけでなく、本屋好きを巻き込んだプロジェクトに

——石堂さんは、どれくらい前から課題意識を持っていたのでしょうか。

石堂 僕がお店に入ったのが10年前で、次の年は少し売上が上がりましたが、そこからはもう年々落ちていく一方でした。外商といって、配達の営業というのも最近はほとんどやっていなかったので、店売りがほぼ100パーセントという中で、それだけでは先行きが見えない。このままでは店の存続自体が危ういという状況がありました。

——営業をしなくなったのには、どんな理由があったんですか?

石堂 父の代で外商に力を入れていたんですが、20年前くらいから雑誌の購買数や単価が下がってきたことと、体力的に厳しくなってきたこともありました。

中岡 教科書はほかの書店さんがやっているので、石堂書店は外商イコール雑誌でしたよね。

石堂 雑誌がメインで、あとは文学全集ですね。それも、僕が入ってからはないです。

中岡 全集が家にあるのがステータスみたいな時代だったんですね。

石堂 全集が出ると2桁とか3桁売れるような時代でしたが、それもなくなってきましたね。業界全体として縮小傾向にありますし、近隣の書店さんもどんどんなくなってしまっている。そんな状況の中で、「本屋さんがんばってね」とか「本屋さんがあってよかったね」という声も増えてきましたし、親子で買いに来られたり、毎月楽しみに雑誌を買いに来てくれたり、そういうまちの本屋の風景をどうにか残していけないかなという思いがずっとあったんです。

 そんな中、建物も老朽化してきたので、店を続けていくにはいよいよやり方を変えていかないといけないということで、松栄さんに相談していろんなプランを出してもらいました。本を売ることを柱にはしますが、プラスして何かを始めていかないと、本屋として継続していかないし、建て替えてもやっていけない。

酒井 最初はいろいろ提案を持って行ったんですよ。シェアハウスをやってみたらどうかとか。でもなかなか採用できるものがなくて、じゃあまちにどんな本屋が必要か、お客さんの話を聞くところから始めましょうと、(住まいの松栄が運営していた古民家カフェでの)「本屋バー」を提案したんです。石堂さんはお酒は飲めませんが、気軽に来やすいようにバーと名付けて、本屋さんが好きな人を集めて話を聞いてみようと。やると言ってから2週間くらいでやりましたが、けっこうお客さんは来てくれましたね。

石堂 SNSでの反響が大きかったですね。

中岡 今は東京に住んでいるけど、生まれがこのあたりだという方なども来てくれましたね。遠くからでも応援したいという人はいるんだと分かったのが一番の成果でした。このまちだけでなんとかしようと思わず、縁のある人も含めてこのプロジェクトが動いていく可能性があるんじゃないかなと思いましたね。

若い店主の志

——中岡さんも、本屋バーをやる前からお知り合いだったんですか?

中岡 すぐそこのオーケーってスーパーにしょっちゅう来ていたのと、以前この隣にあった八百屋さんが好きで。この商店街が自分の性に合っていたんですね。石堂書店にも来ていたけど、「町本会(町には本屋さんが必要です会議)」というイベントがあったときに初めてご挨拶したかな。その後も来ては本を買ったり、うちの本も注文してくれたり、うちに突然やってきてくれたり、単なる書店と出版社という関係じゃなくなってきて。酒井さんとも話をするようになって、何かできないかなと思っていたんです。そしたらここに入ってと言われて、巻き込まれて当事者になっちゃいました。

——以前からそういうイベントがあって、ただのまちの本屋じゃないんだな、と感じていました。

中岡 いや、ただのまちの本屋ですよ。だけどほかと大きく違うのは、やっぱり若い、3代目がいるということですね。石堂さんの世代で本屋を継ぐ人はなかなかいません。

酒井 お父さんからは継ぐのをやめてほしいと言われたんですよね。でも石堂さんにはまちの本屋を残したいという志がある。

中岡 そこが、僕と酒井さんが石堂さんと一緒にやろうと思った理由ですね。

昔からのお客さんを大事にしながら新しいお客さんを増やす

石堂 イベントも打ってはいましたが、どうしてもできて月1回くらいのペースなので、普段の来客を増やせないことには続けていけないんです。

中岡 イベントで参加費と本の売り上げがあっても、人件費まで含めると赤なので、一階の売り上げにつながらないと無駄になってしまうんです。クラウドファンディングの支援のきっかけにはなりましたが、一階の魅力がないと意味がない。

地元ゆかりの本コーナーや「ギフトブックフェア」などの企画も

 

——流通の仕組み、品揃えの部分も見直していくということですが、どのようなことを考えていらっしゃるんですか。

中岡 今までのお客さんたちの欲しいものをできるだけ減らさない努力をしながら新しい本を仕入れていくというのは、非常に難しいことなんです。ジャンルの分析をしてみると、いわゆる読み物、教養系の本が計算上は手狭で、もっとスペースを割けば売り上げが上がる可能性があることは分かっていたんですが、それを広げていくにあたって単に並べるだけでは意味がない。一つの棚をほぼぜんぶフェアにするなど、今までやらなかったことを実験的にやることで少しずつ結果は出てきています。でも本当に少しずつなんですね。

石堂 雑誌の売り上げが落ちていくスピードに対抗して、こちらから新しいことを仕掛けていくという状況ですね。本屋・生活綴方では、皆さんから思い出やメッセージなどのメモと共に寄付いただいた本を販売する「ブックファンディング」という取り組みをやっています。小さい頃に読んだ絵本など、思い入れのある本を提供くださる方が多いので、地域のコミュニケーションの場になればと思っています。

改装前の支店。ガチャガチャは残し、絵本の原画などを展示する壁やブックファンディング販売コーナー、飲食物を持ち込めるカフェコーナー、親子や子どもたちがくつろげる小上がりができた

 

「地元で働く」ニーズをとらえる

——何か一つのことで劇的に変わるというのではなく、本当に地道にいろんなことをやっていくんですね。

酒井 本屋としてきちんとエッジを立たせるために石堂さんと中岡さんが動いて、一本柱が立つことで初めて僕が周辺ビジネスを考えることができるんです。今コワーキングはけっこうありますが、中岡さんもそうですが地元で働く人がちょっとずつ増えていると思んです。ただ、家で仕事ができるかというと子どもがいるとなかなか難しいんですね。かといって、みなとみらいや横浜駅に行くのは面倒くさい。自転車で行ける距離、八百屋の近くにシェアオフィスがあったら、じゃあ今日は3時間行こうか、となるんですね。働き方改革で17時に会社が終わってしまうので、その後の行き場に困っているという人もけっこういる。

中岡 生活圏の中に自宅じゃない仕事場があるっていいですよね。ただ場所があるだけではだめで、もちろん内装や、一階が本屋であることも売りになる。

酒井 一階が本屋だという絶対的な差別化が重要ですね。

出版社や地域の商店と客をつなぐ

石堂 あとは、出版社さんとどうお付き合いしていくのかというのが書店としては大事なテーマになると思っています。本の売上は落ちているけど出版点数は横ばいなので、どういう情報を取っていくかというのがすごく大事になるんですね。

中岡 出版社の営業は、これくらいの規模の店にはほとんど来ないんですよね。営業ルートに入っていない。だから、どういう本が出ているのかわからなくなってきているということが、まちの本屋が廃れる原因の一つにあるんです。営業も来てくれるような本屋になってほしいし、もちろん書店からも情報を取りにいかないといけない。

石堂 販売数ではどうしても大きな書店に劣りますが、一つ編集者さんが言っていたのは、まちのニーズを知りたいということですね。ローカルなニーズやシビアな意見を聞きたいと言っていたので、出版社から企画があったときに投げかけられるよう、地域の人と料理や子育てといったジャンルごとのコミュニティ、つながりを持っておきたい。そうすると、出版社さんから見ても価値が出てくるのではないかなと思っています。

酒井 本屋バーでもそうでしたが、ゲストを呼んでイベントをやっても一方的に話すスタイルではなく、ゲストを囲んで終わったら皆でお話して。これからの商売のあり方は買い手と売り手がもっと溶け合う形というか、境界線があいまいになっていくんだろうなと思います。コワーキングの入居者なんだけど、書店を手伝っているとか。そんな風に、参加できるやり方が面白いなと。

石堂 向かいで開催したプレイベントでは、アーケードにある手芸雑貨屋さんにワークショップをやってもらいました。商店街では買い物するけど、店主がどういう人かまでは知らないという人がほとんだと思いますが、たとえばあの店主はどんな趣味なのか、あの店主ならどんな選書をするのか、興味がある人がいるみたいなんですね。まちの商店ともコラボして、少しずつ活性化につなげていきたいですね。

「まちの本屋リノベーションプロジェクト」メンバーの皆さん

 

取材・文:齊藤真菜
撮影:大野隆介


【石堂書店】
住所: 〒222-0011 横浜市港北区菊名1丁目5−9
アクセス:東急東横線「妙蓮寺」駅徒歩2分
TEL: 045-401-9596
営業時間:10:00〜20:00
定休日:月に2、3回(主に日曜日)
https://books-ishidoh.com

【まちの本屋リノベーションプロジェクト】
https://note.mu/mrp

【本屋・生活綴方】
https://tsudurikata.life/