若い世代が作る”集い方の多様性” 日ノ出町「Futareno」&「CASACO」

Posted : 2016.09.05
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住宅街と繁華街にはさまれた京浜急行日ノ出町駅。その両側に今年相次いで、80年代後半生まれの若手が作る新たな拠点がオープンした。日本全国・世界各地からの旅人やビジネスマンが訪れるゲストハウスと、地域に開かれ、留学生も滞在するまちのコミュニティスペース。お互い交流もある二つの場所は、国籍や世代にとらわれない、これまでこのエリアではある種”非日常”だった体験を、日常にしてくれる。
元宿野街の一角に建つ「GuestHouse FUTARENO」

元宿屋街の一角に建つ「GuestHouse FUTARENO」

苦労の末に出会った元旅館

2016年3月、これまで桜木町周辺にありそうでなかった、ゲストハウスが誕生した。その名も「Futareno(フタレノ)」。成田山横浜別院脇の小道で約10年前まで営業していた「双葉旅館」を改修(renovation)したことから名付けた。

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運営する田中健太さんと山倉未奈さんは、2012年4月から1年と1カ月間、45カ国を周る世界一周の旅に出た。各国で泊まったゲストハウスに魅せられ、自分たちで人が集まる場を作りたいと、2014年からオーストラリアでのワーキングホリデーで資金を貯蓄。当時はひたすらトマトを収穫する日々だったという。

帰国後、羽田空港や東京駅からのアクセスも考え、未奈さんの地元の蒲田で物件を探したが、条件が折り合わず断念。その後オープンまでの道のりの中でも、この物件探しの過程が一番苦労したという。改修や検査のための手続きなど、大変だがゴールが見える作業と違い、運に頼るところが大きく、「もう二度とやりたくない」そうだ。健太さんが神奈川大学に通っていたことから、次に探したのが横浜。飲み屋が集まる街がいいと、偶然見つかった野毛の物件を選んだ。

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それぞれの客室の入り口には、昔ながらの庇が残る

それぞれの客室の入り口には、昔ながらの庇が残る

 

建物は築約50年の、木造2階建ての日本家屋。オーナーは借り手がつかなければ全面的に洋風に改装しようとしていたことから、大胆なリノベーションにも理解を示してくれた。

同級生やボランティアとの共同作業

改修設計は健太さんと共に神奈川大学で建築を学んだ建築家の幸地俊一さんが手がけた。計画当時一緒に住んでいた二人は、毎日のように家でプランを相談。正面の塀は壊し、オープンな縁側に。入ってすぐの左右の部屋は、壁と床を壊してゲストがくつろげる土間のラウンジにした。蔵書を多く持つ健太さんが本棚を置くことを提案すると、幸地さんが土間の壁一面に本棚を作るアイデアを出した。

旅に関する本などが並ぶ正面のラウンジ

旅に関する本などが並ぶ正面のラウンジ

 

天井は1階・2階共取り払い、一部の客室には新たに小上がりを設置するなど、広く感じられゲストハウスとして使いやすい空間になるよう工夫しながらも、各部屋の外に付いた庇やすりガラスなど、昔ながらの旅館の趣きを残した。

客室は男女共同のドミトリー、女性専用ドミトリー、2人用和室、 2~3人用洋室、 2~4人用和室の5部屋。ドミトリーの2段ベッドは、少しでも個室感が感じられるようにと、サイドにパネルを付けたデザインで、カーテンで仕切れるようになっている。女性部屋には、未奈さんの提案で化粧台を設置した。壁に描かれた富士山のモチーフや、一面に貼られた世界の地図など、ゲストを楽しませるちょっとした演出も欠かさない。

男女共同ドミトリー

男女共同ドミトリー

小上がりを作り壁には富士山のモチーフを描いた個室

小上がりを作り壁には富士山のモチーフを描いた個室

 

壁塗りやセメント打ちなどの作業は、SNSでボランティアを募って自分たちで敢行した。近所の人や、ゲストハウスに興味があるという人、DIY好きの人など、さまざまな人が連日参加してくれ、完成後も度々遊びに来てくれるコミュニティができた。

ラウンジに打ったセメントには所々に遊び心が見られる

ラウンジに打ったセメントには所々に遊び心が見られる

 

“ゲストハウス”がつなぐゆるやかでユニークな輪

世界一周を計画し始めた頃から続いている二人のブログでは、開業準備から日々の運営の苦労まで、この場所にまつわるあらゆる出来事を綴っている。地方のゲストハウスのスタッフや将来同じく開業を考えている人が泊まりに来たり、遊びに来たりすることも多く、そうした情報共有や交流の連鎖が、全国各地につながるゆるやかな助け合いのコミュニティを作っているようにみえる。

あちこちに世界中の旅のみやげが

あちこちに世界中の旅のみやげが

 

ゲストハウスが好きで旅行などでよく使っている近所の人も遊びに来てくれる。未奈さんは「みんな自分が地方のゲストハウスに泊まったときに地元の人がいるっていう状況を体験しているから、振る舞い方も心得てるんです。気付いたら、近所の人と泊まっている人で外に飲みに行ってるなんてこともあります。私たちも行きたいんですけど、二人しかいないので店を空けられず…。」と話す。ゲストの少ない日は仲間を誘って一品持ち寄りのごはん会を開くこともあり、日本の家庭料理を食べられる貴重な機会に、海外のゲストも喜んでくれる。

解体作業で出た廃材は、家具や装飾に再利用した

解体作業で出た廃材は、家具や装飾に再利用した

 

立地のせいか、ゲストの種類も多彩だ。パシフィコ横浜などでの会合に海外から参加するビジネスマンや学者の利用も多く、イベントの期間中は丸々一週間その関係者しかいないこともある。スーツを着ていないので仕事で来ているとわからず、ほかのゲストも『どこから来たの?』と何気なく話しかける。「日本人だと、旅行者と研究者が話すってまずないじゃないですか。格好でわかるし。」健太さんのいう通り、都市部のゲストハウスという場所ならではの風景かもしれない。

交流を求めてやってくる人の多いゲストハウスだが、静かにしたい人も、「自分らしく自分の好きな時間を過ごしてほしい」との思いから、なるべく思い思いに気持よく過ごしてもらえるように心がける。「出かける時にいってらっしゃいって言うとか、今日何があったか聞くとか、ちょっと暑そうにしてたらアイスあげるとか、うるさかったらちゃんと怒るとか。家みたいな場所を目指したい。」長い準備期間とオープンしてから最初の夏休みで迎えた繁盛期を無事に乗り切った、健太さんの新しい目標だ。

田中健太さんと山倉未奈さん

田中健太さんと山倉未奈さん

 

【GuestHouse FUTARENO】

住所:神奈川県横浜市中区野毛町四丁目173-5
アクセス
桜木町駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩7分
日ノ出町駅(京浜急行)徒歩5分
料金:6人部屋3,000円/人~
詳細・予約はウェブサイトから
http://futareno-gh.oops.jp

 

ラジオ体操を終えた子どもたちが朝ごはんを食べに集まる

ラジオ体操を終えた子どもたちが朝ごはんを食べに集まる


 世界から東ヶ丘、東ヶ丘から世界へ

西区東ヶ丘は、日ノ出町駅の裏側から野毛山公園の手前までの、急坂ばかりが続く住宅街だ。その地形ゆえに空き家も目立ちつつある中、築60年を超える長屋が、地域に開かれた半公共スペースとして4月に生まれ変わった。

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CASACO(カサコ)」の機能は、一言で説明するのが難しい。ホームページでも「集会所/カフェ/イベントスペース/ホームステイ住居」としているように、一階の道路側を思い切りぶち抜いて作られた軒下のテラスからキッチン、階段、2階の居室まで、あらゆる空間を活用してさまざまな取り組みが行われている。軸にあるテーマは、「世界一グローバルでローカルな、まちの寺子屋」。多世代・多国籍の人々が集うことで、新たなつながりやアイデアを生み、異なる価値観・文化を受容し合える場所にしようと、日々試行錯誤が続けられている。

デンマークからホームステイ中の留学生も一緒に

デンマークからホームステイ中の留学生も一緒に

この日の「世界の朝ごはん」は「日本」。共同代表の加藤功甫さんとカサココアメンバーの春日井省吾さんが当番でひき肉・玉ねぎ入りの納豆やじゃがいも入りみそ汁を用意した

この日の「世界の朝ごはん」は「日本」。共同代表の加藤功甫さんとカサココアメンバーの春日井省吾さんが当番でひき肉・玉ねぎ入りの納豆やじゃがいも入りみそ汁を用意した

 

共同代表の一人である加藤功甫さんは、横浜国立大学教育人間科学部の大学院在学中の2011年に、ユーラシア大陸2万キロを25社のスポンサーをつけて自転車で横断。道中で出会った子どもたちに20センチの糸を一本ずつ結んでもらうことで、世界中・日本中の子どもを見える形でつなぐ「糸つなぎ」のプロジェクトを始めた。 現在は子どもだけでなく世界中の人たちに参加してもらい、つながった人の数は間もなく10,000人に達する。

ずっしりと重い糸のかたまり

ずっしりと重い糸のかたまり

 

プロジェクトの母体となったNPO法人「Connection of the Children(CoC)」の事務所兼自身の住居として、東ヶ丘に越してきたのは3年前。当時から知り合いの海外旅行者に宿泊場所として部屋を提供し、町内の住民にも活動説明会を実施したり、町内向けのバイリンガル新聞を発行して各戸に手配りしたり、地域の運動会に参加したりすることで、少しずつカサコでやりたいことの理解を得てきた。

毎月欠かさず発行している「東ヶ丘新聞」。加藤さんが一戸一戸手配りしているので、町内の8割は顔見知りだ

毎月欠かさず発行している「東ヶ丘新聞」。加藤さんが一戸一戸手配りしているので、町内の8割は顔見知りだ

地域全体の”自分事”に

特に地縁があったわけでも、頼まれたわけでもなく、ゲストハウスのように収益事業としてまわすことを一番の目的としていたわけでもなく、自ら率先して地域との関わりを構築してきた背景には、CoCの「世界を一つの大きな家族にしたい」というビジョンがあった。「何か困っている人がいたとき、家族であれば他人事では済まされない。」そんな中、同じ横浜国立大学大学院出身の建築ユニット「tomito architecture(トミトアーキテクチャ)」の伊藤孝仁さんと冨永美保さんと出会い、共同で地域の人がより気軽に立ち寄ることができる交流スペースの整備構想がスタートする。町内会の協力も得て市民主体の整備を提案。2年後に横浜市の「ヨコハマ市民まち普請事業」の助成金を獲得した。

2軒長屋をつなげた室内の真ん中に走る2つの階段は本棚に

2軒長屋をつなげた室内の真ん中に走る2つの階段は本棚に

 

トミトの2人は、二年間という長い期間をかけて、まちの人の話をもとに、改修案を設計。見通しが良く通勤・通学途中の人と自然に挨拶を交わしたくなるような石畳の軒下や、そこに残した壁に埋まる押入れを転用したベンチ、並走する2つの階段が中央を貫く吹き抜け、1階が見下ろせるホームステイ部屋と、集まる人たちの風景が浮かぶような一つ一つの空間に、検討の積み重ねが垣間見える。

「日本の朝ごはん」スペシャルゲストは落語家の絵書家筆之輔さん

「日本の朝ごはん」スペシャルゲストは落語家の絵書家筆之輔さん

落語を聴きに、大人も集まった

落語を聴きに、大人も集まった

 

改修のプロセスにも、多くの人を巻き込んだ。石畳に使われたのは、横浜市中央図書館前の野毛坂に大正時代に整備された約7センチメートル角のピンコロ石。安全上の理由からアスファルト舗装に改修された際に、横浜市から譲り受けたものだ。子どもたちを含む近隣の住民や呼びかけに応じた友人らの手作業で、約2,000個を一つ一つハンマーで剥いで形を整え、敷き詰めた。石は一つ1,000円のオーナー制にすることで、”超ローカル型クラウドファンディング”を実施。集まった資金は壁を塗る費用に充てた。施工にはnitehi works、ルーヴィスリペイントYOKOHAMAと、地元のものづくりのプロが参加した。

GuestHouse FUTARENOの宿泊客が参加することも。この日は未奈さんがオランダからのゲストを連れてやってきた

GuestHouse FUTARENOの宿泊客が参加することも。この日は未奈さんがオランダからのゲストを連れてやってきた

奥の畑で子どもたちが収穫したナス

奥の畑で子どもたちが収穫したナス


多様性を受け入れる土壌作り

現在、カサコは加藤さんと伊藤さん・冨永さん、近所に住むコミュニティーデザイナーの濱島幸生さんが共同代表となり、旅や国際協力、建築、教育などに関心を持つメンバーらと運営している。地域住民の「日直さん」による日替わりカフェやバー、お母さんたちによる英会話や味噌作り教室、子どもの放課後の居場所、ホームステイ中の留学生や旅人に母国の味を再現してもらう「世界の朝ごはん」。こんな多彩なイベント時のフォローや宿泊者の食事の準備は、管理人として二階に住むメンバーを中心に、持ち回りで担当する。

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近所の仲良しママさんたちによる「BAR BABARS(バー ババーズ)」。お母さんの晴れ姿を見に来る家族やおいしいご飯目当ての若者でにぎわう

近所の仲良しママさんたちによる「BAR BABARS(バー ババーズ)」。お母さんの晴れ姿を見に来る家族やおいしいご飯目当ての若者でにぎわう

 

企画はメンバーが日々出入りするまちの人と交わす会話の中で突発的に決まることも多いそうだが、すべて成り行き任せというわけではない。加藤さんは、「『こうありたい』というメンバーそれぞれの考えがあるので、運営会議で意見をぶつけ合うこともあります」と話す。継続性を考えれば、売り上げをもう少し上げていきたい企画や、もっとたくさんの人に関わってもらいたい企画もあるが、皆が手弁当で携わりながらも定期的なコミュニケーションを欠かさないからこそ、住民や訪れるさまざまな人達と多様で対等な関係を生み出している。

学校の先生たちの姿も

学校の先生たちの姿も

 

加藤さんは「空き家に悩むほかの地域でも、カサコを展開したい」と野望を語る。方程式を当てはめればどこでも簡単にできるようなものではなさそうだが、だからこそ、それぞれの地域でどんな個性が生まれるか、楽しみだ。
(文・齊藤真菜)

 
【CASACO】

住所:神奈川県横浜市西区東ヶ丘23-1
アクセス
桜木町駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩14分
日ノ出町駅(京浜急行)徒歩6分
詳細・スケジュールはウェブサイトから
http://casaco.jp