「象の鼻テラス」の明日 ——「創造都市横浜」の 担い手たちVol.4

Posted : 2015.03.09
  • facebook
  • twitter
  • mail
海の水面がまぶしい、ここ、象の鼻パーク。1854年3月31日、アメリカ合衆国のペリー提督が初めて横浜に上陸した歴史的な場所だ。1859年の日米修好通商条約締結以来外国との交易の舞台となった横浜の、歴史と未来をつなぐ象徴的な空間として整備されたのが、横浜開港150周年の2009年。象の鼻テラスは無料休憩所として開館した。開港当時から異文化と日本文化がこの土地で出会ってきたように、さまざまな人や文化が出会い、つながり、新たな文化を生む場所を目指している。

象の鼻外観小

横浜はアートとの親和性の高い街。アーティストやクリエーターが作品を発表する機会を多彩に提供し、彼らの創造性を育てる環境も充実している。そんな「創造都市・横浜」を支えてきた数々の「場所」の、これまでの道程とこれからについて探る全6回のシリーズ。
今回は「象の鼻テラス」アートディレクターの岡田勉さんにお話をうかがった。

【象の鼻テラスの基本データ】

横浜市・開港150周年事業として横浜港発祥の地を整備した象の鼻パーク内に、アートスペース兼レストハウス(休憩所)として2009年6月2日に開館。横浜市が推進する新たな都市ビジョン「文化芸術創造都市クリエイティブシティ・ヨコハマ」を推進する文化観光交流拠点の一つ。アート、パフォーミングアーツ、音楽など多ジャンルの文化プログラムを行なっている。象の鼻カフェを併設。海に面した大きな窓には、詩人・谷川俊太郎さんの詩作品「〈象の鼻〉での24の質問」が展示されている。アーティスト・井上唯さんが一般の参加者といっしょになって制作した4mの巨大「まるイロ」はくつろぎスペース。全長6mの「時をかける象(ペリー)」とパーク内で自転車通行禁止サインとして設置されているペリーの子ども「ペリコ」は現代美術家・椿昇さんによる象の鼻テラスのシンボル 。


 

象の鼻岡田さん01

無料休憩所の宿命から

 「象の鼻パークは横浜発祥の地として、世界の様々な文化と出会い、まさに日本の近代化が始まった場所。そのエッセンスは横浜の創造的な街づくりの姿勢に引き継がれて、象の鼻テラスは新たな文化交易の拠点として活動してきました。一番の特色は、公園の無料休憩場として元々作られているので、その性格を保ちつつクリエイティブな活動をするというところ。つまり、赤ちゃん連れもいらっしゃるし、昼休みの時間は近隣で働いている方がお弁当やランチを食べにいらっしゃる。曜日、時間帯、天候によって利用者の層ががらっと変わる。非常に幅広いんですよね。市民から観光客まで、老若男女、世界中の人が来る場所としてあるのが前提なんです。この来訪者の幅広さを意識しながら、誰かを閉め出すようなことのないようにと考えながらやってきました。

多様な人々に向かってクリエイティブな発信と交流をしているわけなので、子ども向けの取り組み、障がいのある方との協働や、夜の横浜を活用する事業などはこうした施設の運営コンセプトから自然と生まれたものです」

 

水ぎわを豊かにする使命

「都市でありながらこれだけ水辺が近い環境は、日本中探してもそうはないでしょうね。この特殊で豊かな環境を生かしたプログラムを推進することには使命を感じています。行政の管理が厳しいなどいろいろな問題は常にありますよ。簡単ではないけれども諦めずに、水ぎわという環境を豊かにするために飽きることなく続けなければいけない、というのは信念のようなものかもしれないですね。

象の鼻5周年象

象の鼻テラス5周年記念ENJOY ZOU-NO-HANA2014(2014年)

 

もうひとつの信念は、『アートやクリエイティブが持っている力は我々の生活に役に立つ』ということ。役立つといっても人生の問題解決のためにアートを使おうなんてそんなおこがましいことはけっして思わない。普段気づいていないことを気づかせてくれたり、いつもと違う視点にはっとさせられるという、アートやクリエイティブが持っている効能を生活に生かすことを心掛けて、いろいろな事業を計画しています。

そうした信念から始まったプロジェクトのひとつが、『スローレーベル』。アーティストと障がい者施設が出会い、次世代型のものづくりを試みる実験事業です。『横浜ランデヴープロジェクト』としてスタートし、当初は横浜の地場産業とのコラボレーションを模索しましたが身を結ばず、そういう中で福祉作業所と出会った。その方々とアーティストとの共同作業が始まったのが2010年ころで、その取り組みを特化させるために 、すべて一点モノの手づくり雑貨ブランド『SLOW LABEL(スローレーベル)』が2011年に誕生。障がいのあるなしに限らず、地域に暮らす多様な人々がものづくりを通じて交流する市民活動へと発展してきました。

象の鼻スローレーベルイベント小

アーティスト・井上唯さんが一般の参加者といっしょに「まるイロ」を制作するイベント(2013年)Photo:427FOTO

 

その活動が横浜から全国へと広がりを見せているのですが、昨年は『ヨコハマトリエンナーレ2014』が開催されたので、もうひとつのトリエンナーレとして『ヨコハマ・パラトリエンナーレ』をスタートさせました。障がい者とプロフェッショナルが協働する現代アート展です。障がいのある方が持っている潜在的な可能性というのは健常者を上回るぐらいの鋭い知覚や素晴らしい能力なので、何かが欠けているから健常者が手を差し伸べなければいけないなどという順序では考えていないです。彼らしかできないことがいっぱいあるので、それを生かした作品づくりをしたいということから始まりました」

 

象の鼻パラトリ01小

象の鼻パラトリ02小

 ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014(2014年)左 Photo:427FOTO, 右 Photo: Masaya Tanaka

 

横浜夜景創造の発端

 「『スマートイルミネーション横浜』を着想した原点は、横浜市の観光的な問題の解決だったんです。横浜を訪れる観光客の多くは東京に宿泊をして横浜に遊びに来て宿泊をせずに帰っちゃう。新たな夜景で横浜の夜を楽しんでもらいたいという発想です。さらに、世界各地で行われていたアートで街を変貌させる取り組みに関心があって、それを横浜で実証したかった。こうした理由で着想したんですが、苦難の道程でしたね。2009年は世界の取り組みをリサーチ、2010年に『夜景開発プロジェクト』としてスタートし、2011年には町を舞台にフェスティバルを実施しようとした矢先に東日本大震災に見舞われました。光で遊ぶなんてもってのほか、という時期でしたが、LED照明や太陽光発電など省エネルギー技術の活用をテーマに、第1回の「スマートイルミネーション横浜」を開催しました。まっ暗で絶望的な気分が蔓延していましたが、この光のイベントを通じて元気になれたらいいなと考えました。また、福島第一原発の事故も相まって、まさにパラダイムシフトに直面し、横浜市が環境未来都市としての指定を受ける、などエネルギーを中心とした問題に直接作用できるようなアートイベントをやろうと。翌2012年からは展開エリアや作品数を拡大しながら毎年開催しています」

象の鼻スマートイルミ2011小

第1回スマートイルミネーション横浜(2011年)Photo:Hideo Mori

 

未来のために

象の鼻こどもアトリエ小

Atelier ZOU-NO-HANA -こどものためのワークショップ

「文化の仕事は次世代により良きモノを受け渡すためにやっているんです。問題があるならそれを解消する努力をそれぞれの立場で行ない、明日か明後日にはより良くなる、それを積み重ねれば将来はもっと良くなる、という考え方です。だから、子どものプログラムには力を注いできました。
『Atelier ZOU-NO-HANA -こどものためのワークショップ-』は、アーティストとのコミュニケーションを通して、子ども達が新しい視点を見つけたり、創造性を身につけていってほしいという思いで継続しています。また、どんなプロジェクトでも子どもが参加できるプログラムを必ず加えているのも同じ理由です。

明日の横浜がより良くなるように。横浜の創造的な街づくり政策はずいぶん成果を上げて世界的にも有名になりつつある最中なので、これを続けなければもったいない。クリエイティブシティっていうのは未来をつくること。創造的活動を体験して育った子達はそうじゃない街で育った人とは必ず違うはずなんです。それぐらい長い目でものを見て活動を続けないと意味がない。
アーティストの力――独特の眼差しや自由な探求心――を横浜という街のために応用できる場面は無限にあるということを僕らは知っている。それをきちんとご紹介できたらいいなと思います。伝えきれていないこともまだ多いですね。伝え方にももっと工夫がいるだろうと思っていますし、まだやらなきゃいけないことがいっぱいあると考えています」  

象の鼻岡田さん02 


【象の鼻テラス へのアクセス】
〒220-0032231-0002  横浜市中区海岸通1丁目
最寄り駅; みなとみらい線「日本大通り駅」
お問い合わせ;TEL : 045-661-0602
開館時間 10:00~18:00(イベントにより異なる)
年中無休(年末年始を除く)
http://www.zounohana.com/

●PROFILE
おかだ・つとむ
横浜市生まれ。東京・南青山にある複合文化施設「スパイラル」のチーフキュレーター。現代美術展などさまざまな企画を手掛け、2009年より「象の鼻テラス」のアートディレクター。神奈川県在住。