2023-02-03 コラム
#郊外 #子育て・教育 #生活・地域 #まちづくり #デザイン #ACY

小学校のマスコットキャラクターを生みだそう――子どもたちが主体のクリエイター授業

2022年度、横浜市鶴見区の旭小学校6年2組で「総合」の時間を活用して「学校のマスコットキャラクターをデザインする」という授業が行われた。ブランディングからデザイン、全校を盛り上げるための広報までを子どもたちに指導したのは同市西区に拠点を置くセルディビジョングループ株式会社セルインタラクティブの大塚未来さんと松田柊子さん。授業の一部にお邪魔し、大塚さんや6年2組担任の玉置哲也先生、益子照正校長にお話を伺った。

 

小学校とクリエイターをマッチング

発端は、玉置先生からアーツコミッション・ヨコハマ(ACY)への問い合わせ。「学校のマスコットキャラクターを制作したいので、教えてもらえるデザイナーを紹介してほしい」というものだった。

「今年の総合はどんなことをやろうかと子どもたちと話していて、卒業するので何か残るものを作りたいねという話になったんです。そこで、マスコットキャラクターを作ってみたいと言っていた子が以前から何人かいたので、それでいこうかという流れになりました」(玉置先生)

玉置哲也先生

 

当初はあくまでキャラクターの形を作るデザインを教えてもらいたいと考えていたそうで、「子どもたちからしたら、絵が描けたらできるので、デザインって簡単なようにも思えてしまうんですよね。でもそうじゃないよということが伝われば良いなと考えていました」と語る玉置先生。以前国語の授業でコピーライターに授業をお願いしたこともあったといい、「そのとき、毎日何百個もキャッチコピーを書いてきて全部ボツにされるというのを何年も繰り返すという話をしてもらったんです。子どもたちは失敗することをすごく嫌がるので、そういった試行錯誤することの大事さも伝えたいと思いました」と話す。

その後ACYとのミーティングを経て、デザインという仕事だけでなくコミュニケーションや寛容さ、自分たちの学校や地域の魅力を発見してそれを人に伝えることを学んでほしいという先生の思いを汲み、ブランディングも得意とするセルディビジョンとのマッチングが成立。地域貢献や子ども向けの仕事をしたいと以前から強く希望していた大塚さんと松田さんが手を挙げ、2人で担当することになった。

(左から)セルディビジョン代表の岩谷真史さん、グループ会社株式会社セルインタラクティブの大塚未来さん、松田柊子さん

 

子どもたちの自主性を育む仕掛け

大塚さんはちょうど同じタイミングで企業向けにキャラクター制作の仕事を手がけていたため、その仕事の過程をもとに授業を組み立てた。社内で松田さんや岩谷社長と相談しながら資料をブラッシュアップし、玉置先生とも何度もミーティングを重ね、どうしたら小学生に伝わるか、参加意識を持ってもらうにはどうするか工夫していったという。

9月の第1回目の授業では、「価値を見つけるワークショップ」を実施。「旭小学校の好きなところってなに?」「これから入学してくる1年生に、どんな学校だと思ってほしい?」といった問いへの答えを一人ひとりが考え、付箋に書き出していった。

 

授業では毎回子どもたちで意見やアイデアを出し合う時間を設けた

一人一台のタブレットで先生に感想を送信したり、授業の資料を閲覧したり、アンケートをとったりできる

 

授業後には、その日の感想をタブレットに記入する時間が設けられた。なかには「あらためて旭小学校の良さを知ることができてよかった」「こんなに良いところがいっぱいあって嬉しい」という感想も。大塚さんは、「それがワークショップのいちばんの醍醐味でもあって、これからブランディングしていくにあたってまずは内部の人を巻き込む一歩目になるんです」と話す。

また、授業で取り組む内容も話し合って決めたように、子どもたちの自主性を大事にする玉置先生の依頼で、2回目以降は子どもたち自らセルインタラクティブへの「アポ取り」を行った。

「だれが話すかジャンケンで決めて、前日に教室から学校の電話を使って電話したんですよ。大人に電話でお願いするってどういうことなのかという社会勉強ですね」(玉置先生)

自宅でリモートワーク中に電話を受けたという大塚さん。「『旭小学校の○○です、また授業をしてほしいって思ってるんですけど来てくれますか』と電話が来たので、じゃあ明日どうかなって言ったら『明日?!』と教室でザワザワ話す声が聞こえたあとに『大丈夫です!』と元気な声が。後ろで他の子たちも盛り上がってました。すごくハッピーな体験だったので、次の電話は松田も一緒に出たいねと話してました」と嬉しそうに話す。「たった一分足らずの電話なんですけど、それによって『自分たちが呼んだから授業してもらえるんだ』っていう空気に変わるので、自主性って大切だなと感じました。」

 

 

 

全校を“巻き込む”

2回目の授業ではキャラクターを実際に形にしていく方法、3回目では作ったキャラクターやそれに投票してもらう選挙をどのように全校に広めていくかということをテーマに授業が行われた。

旭小学校のマスコットとして長く使われていくキャラクターを作るにあたり、その過程をクラス内で完結させず全校生徒や職員みんなを“巻き込む”ことが大事だという話を大塚さんからしたところ、思いがけずクラスがザワついたという。「“巻き込む”って、子どもたちからしたら初めて聞く言葉らしくて、大人の言葉を覚えたみたいな反応でした」(大塚さん)。玉置先生いわく、「“巻き込む”っていうとトラブル感があるんですよね」とのこと。

ポジティブな意味で“巻き込む”ことを覚えた子どもたちは、先生のアドバイスでクラス内でのワークショップで出たキーワードをもとに選択肢を考え、全校にタブレットでアンケートをとった。「授業を聞くまでは、出来上がったキャラクターについてどうですかと周囲に聞くことは想定していましたが、アンケートで聞いたことを制作に生かすとは思っていませんでした。質問も生徒が自分たちで考えたんです」(玉置先生)

キャラクター制作の目的、キャラクターの役割を設定し、アンケートで回答の多かったキーワードから性格や特徴・モチーフを考え、具体的に形にしていった。取り入れられたキーワードは「やさしい」「明るい」「自然が多い」など。学校の校舎や朝日(太陽)、敷地内にある桜の木、学校から見える富士山などをモチーフに、8グループそれぞれ多様なキャラクターが出来上がった。

 

 

 

話を聞いて取り入れる力

4人1組のグループごとにキャラクターを発表した際には、名前やデザインだけでなく、性格や家族構成・背景、アンケート結果のどんなところに着目してその設定に決めたかなど、授業の内容がしっかりと反映された、理路整然としたプレゼンに大塚さん・松田さんや校長先生も感心。「1回目の授業から、私たちの伝えたことを素直に、柔軟に取り入れていましたが、ここまで授業で学んだことを活かして真摯に取り組む姿に、改めて驚かされました」(大塚さん)

各グループが発表する度に「おおー」「イェーイ」と歓声が起こり、お互い励まし・盛り上げていたが、以前からこのような雰囲気だったわけではないそうだ。「あんなふうになったのは実は初めてなんです。テーマを決めて5分ずつおしゃべりしてくださいとか、互いの意見を聞き合おうということをよくやっていたので、そういったことの影響が積み重なっていったのかもしれないですね」と玉置先生は話す。

「仕事のプレゼンもあんなふうに盛り上げてほしい」と大塚さんたちも羨む、6年2組の「聞く姿勢」と優しさ。アイデアを出し合う場でも全員が発言しやすいように皆で後押しする様子が見られ、初回は人前で話すのが苦手そうだった生徒もすっかり慣れたようだ。

 

 

そうした変化は授業の感想にも表れたそうで、「最初は『できるか不安』『旭小の魅力はみんなで出せてよかった、でもやっぱり作れるかはわからない』『そんなずっと残るキャラクターは無理だと思う』というような感想が半数くらいあったんです。でも授業を進めるうちに『みんなでならできると思う』『また授業をしてくれるならできるかもしれない』といったポジティブな意見が増えていって。3回目の授業の後には、『キャラクターを好きなってもらうために具体的にどうするか考えていきたい』『絶対にずっと残るキャラクターにしたい』というような、熱のこもった感想文ばかりになっていました」と大塚さん。

玉置先生は、「子どもたちは作ることはがんばりますが、そこに思いが乗っかるとまた違うんですよね。だからプレゼンでも楽しくしゃべれる。大人がやっているのと同じことをやわらかく教えてくれて、とにかく自分たちで好きなものを作っていいよと言ってもらえたこと、授業が楽しかったことが、大塚さんたちへの信頼、自分の言いたいことに自信を持って伝えられる空気につながったと思います」と振り返る。

 

左:大塚未来さん 右:玉置哲也先生

 

大人や地域と関わることを後押しする校風

今回の授業が実現し、子どもたちがのびのびと取り組むことができた背景には、学校全体でそうした挑戦を後押しする土壌があった。玉置先生と同じ2年前に旭小に着任した校長の益子照正先生は、「過去の慣習に倣って教室で授業するという傾向にメスを入れていきたい」と語る。

旭小学校 益子照正校長

 

「これからの学習は、学校のハコの中だけでなく、子どもたちが外へ出て地域の方や企業の方に関わっていくこと、体験を獲得していくことが大事だと考えて、常々プッシュしてきました。教師がコントロールするのではなく子どもがやりたいと言ったことをやる、子ども同士で関わり合うことで気づくことがたくさんある。それを積み重ねてだんだんと学校での学びをそういう方向に転換していきたいですね。実際に、『こんなことを言ってもいいんだ』という空気になってきていて、いくつかのクラスは色々と提案をしてくれるようになりました」(益子校長)

キャラクター選挙の宣伝方法を考えるワークの際には、旭小の広報用インスタグラムアカウントを運用する益子校長に生徒たちが「インスタで宣伝してくれますか」と口々に声をかける場面も

 

こうした後押しを生かしている玉置先生も、「世の中の大人はこんなことを考えているんだなと触れる機会があること、どんな人から学ぶかということが大事。同じことを言うにも、教師が言うより、実際にその現場にいる人から話を聞くだけで説得力がまったく違います。今回の授業は子どもたちが学校のことや地域のこと考えるきっかけになり、成長したと思います」と語る。

 

 

打ち合わせ段階から約半年、子どもたちの変化を見てきた大塚さんは、「授業が始まる前は私たちも少し心配でしたが、進めていくうちに子どもたちは自分で考えてどんどん成長していて。そんなみんなを信頼することを玉置先生の姿から学び、 “私たちが教える”よりも“子どもたちが考える”時間を増やしました。だんだんと子どもたちからも信頼してもらえている実感があったので嬉しかったです。信頼することは仕事の上でも心がけたいですね。また、授業では難しい言葉を使わないなど思いやった伝え方を意識していましたが、そういった気遣いはお客さんとのコミュニケーションのヒントになりました」と話す。仕事の経験とノウハウを子どもたちに伝え、ほかの仕事にポジティブな影響を持ち帰る、相乗効果が生まれている。

6年2組は間もなく卒業だが、こうした経験を経た子どもたちの今後が楽しみだ。さらなるコラボレーションにも期待したい。

 

全校の投票で選ばれたのは「あさひの丸」!!

3回の授業を経た後、子どもたちは全校放送やポスター掲示などの広報活動を実施。2月17日にタブレットを通じて投票が行われ、8つのキャラクターの中から過半数を超える得票数で「あさひの丸」が旭小のマスコットキャラクターに選ばれた。

授業での学びを活かし、周囲にも参加意識を持ってもらおうと積極的にアンケートやPRに取り組んできたおかげで、投票総数は630票に。「多くの人に投票に参加してもらい、子どもたちも達成感を感じることができる活動になりました」と玉置先生は締めくくった。

 

 

文:齊藤真菜
撮影:森本聡(CCDN)


【プロフィール】

■セルディビジョングループ
https://celldivision.jp

■株式会社セルインタラクティブ
https://www.cellinteractive.jp/

■横浜市立旭小学校
https://www.edu.city.yokohama.lg.jp/school/es/asahi/

■旭小学校 インスタグラム
https://www.instagram.com/asahi_e.s._yokohama/?hl=ja

 

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