レポート「創造性は都市に何をもたらすか?―スコットランド・ダンディー市との対話から」(前編)

Posted : 2020.05.13
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「アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)」とブリティッシュ・カウンシルは、2018年から英国との交流プログラムに継続して取り組んできた。東京2020オリンピック・パラリンピックの開催を控えた今年、横浜で「事前キャンプ」を行う英国との文化交流プログラムが日英交流年、UK in JAPAN 2019-20の一環で実現した。 来日したのは、スコットランドのダンディー市で創造産業におけるネットワーキングや政策提言などを行う「クリエイティブ・ダンディー(Creative Dundee)」のディレクター、ロリ・アンダーソンさんだ。横浜・関内のベンチャー企業成長支援拠点、YOXO BOXで2020年1月に開催されたフォーラムには、ロリさんをはじめ横浜内外で活躍するクリエイターやオーガナイザー、編集者らが登壇。「創造性の広がりがもたらす都市へのインパクト」をテーマに意見を交わし合った。その様子を前後編に分けてレポートする。

ロリ・アンダーソンさん(クリエイティブ・ダンディー ディレクター)

 

フォーラム主催者による挨拶と交流プログラムの開催について

ロリさんがディレクターを務める「クリエイティブ・ダンディー」。行政と連携し、ダンディー市の創造産業におけるプロモーション、ネットワーキング、政策提言などを行う民間セクターの中間支援団体である。ダンディー市はデザイン、デジタルコンテンツで経済成長を続けるスコットランドの港町だ。その発展を目指し、「クリエイティブ・ダンディー」は創造性を軸にさまざまな活動に取り組んでいる。

フォーラムのはじめに、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団専務理事の恵良隆二が開会の挨拶を務めた。同財団内のプログラム「アーツコミッション・ヨコハマ」は、横浜市における文化芸術創造都市施策のプロモーションやネットワーキングを担っている。行政と民間をつなぎ、創造産業を推進する理念は「クリエイティブ・ダンディー」と同じだが、まずは「ダンディー市と横浜市がそれぞれの都市の個性を知り合うことが大切」であると指摘した。お互いの都市に立脚した、それぞれの創造産業のあり方を学ぶこと。そこから都市における創造性の価値や役割について「グローバルな視点を見出すとともに、その場所ならではの価値といったローカルな特性も見えてきたら面白い」とこの日の議論に期待を込めた。

恵良隆二(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団 専務理事)

 

続いてアーツコミッション・ヨコハマとともに本フォーラムを主催する英国の公的な国際文化交流機関「ブリティッシュ・カウンシル」アーツ部長の湯浅真奈美さんより、イギリスにおける創造産業=クリエイティブインダストリーの実態が語られた。英国では90年代の後半、「創造性に関係する産業」という定義のもと、創造産業の経済規模や雇用に関するレポートがまとめられ、振興施策が始まった。それから20年以上経った現在、創造産業セクターは英国においてもっとも成長率が高いセクターと言われるようになっている。英国経済全体に対する貢献度は1010億ポンド(日本円では約10兆円)であり、英国では創造産業が経済に大きな貢献をしている」と指摘した。また創造産業に従事する人材の規模は320万人(2018年)とされており、英国では「例えば自動車産業といった創造産業以外の産業のなかで、クリエイティブな仕事(デザイナー、マーケティングなど)に従事する人材を含めて定義している」点が特徴であるという。

ダンディー市は2014年に、英国では唯一のユネスコ創造都市ネットワーク・デザイン都市に認定された。横浜市とは行政の仕組みや産業構造も大きく異なるが、ロリさんとの対話の中から今後の協働の可能性も視野に入れたいと結んだ。

湯浅真奈美さん(ブリティッシュ・カウンシル アーツ部長)

出典:CREATIVE INDUSTRIES COUNCIL(https://www.thecreativeindustries.co.uk/resources/infographics#

キーノート「クリエイティブ・ダンディーの取組み」
ロリ・アンダーソン(クリエイティブ・ダンディー・ディレクター)

クリエイティブ・ダンディーのディレクターに着任する前は、スコットランドにおける博物館や美術館の開発機関や、エディンバラの現代アートセンターなどに所属していたというロリさん。事業開発や資金調達、組織運営などに関する高い専門性をもち、多くのプロジェクトを統括している。

現在はクリエイティブ・ダンディーで創造産業セクターの振興・支援に尽力するロリさんから、はじめにダンディー市についての紹介、続いてクリエイティブ・ダンディーでの取組みをご紹介いただいた。

ダンディー市について

スコットランドで第4の都市、ダンディー市。人口は約15万人、横浜より人口規模は小さいが、同じ海辺の都市として知られる。スコットランドの首都・エディンバラから約100㎞、ロンドンからは750㎞程離れた位置にあり、「海も川も浜辺も山もあるパーフェクトな場所で、面白い歴史を持っている」とロリさんは語る。

19世紀末ごろまでは“3つのJ”と呼ばれる「ジュート、ジャム、ジャーナリズム」を主要産業として発展したが、それらが衰退し、第二次世界大戦後は新たな製造業が活況を呈した。1980年代になると、技術力のある企業を呼び込むために税制優遇を行うエンタープライズゾーンを開始。その後も大企業の工場閉鎖などの紆余曲折を経て、現在のダンディーは“3つのD”「デザイン、ディスカバリー、デジタル」によって知られるようになった。デジタルエンターテインメント産業に関しては、英国の1割をダンディー市が担う。モバイルアプリの開発、ゲーム産業に携わる企業の多くがダンディーに拠点を置いているという。

創造都市としてのダンディー市の歩み

創造都市としてのダンディー市の歩みは、1980年代に始まったとロリさんは話す。きっかけは、ダンディー市によるパブリックアートの支援プログラムだった。彫刻、壁画、絵画など500に及ぶパブリックアートが市内に誕生。急進的なアプローチだったという。
「アーティストが初めて企業や不動産開発者、都市計画者、建築家らとともに都市の活性化に携わりました。ダンディーにとってこれまでにない大きな経験になりました。この街のあらゆるところに出現したパブリックアートは、市民にもインパクトをもたらしたんです」
パブリックアートの支援プログラムは全市を対象に、約20年間に渡り展開された。これを契機に文化事業への投資も始まり、新たな劇場やアートセンターが開設されたという。

また1980年代後半には、ダンディーで建造された南極探検の調査船「ディスカバリー号」が観光の目玉として港に保存され、都市の再生に重要な役割を果たした。ダンディー市のキャッチフレーズ「One City, Many Discoveries」も、ディスカバリー号の展示をきっかけに生まれている。

医療機関やマンガ、ゲームなどさまざまな分野において「デザイン」が貢献してきたダンディー市。デザインによるイノベーションの功績が認められ、2014年には英国で唯一のユネスコ創造都市ネットワーク・デザイン都市として認定されるに至った。

デザインへの「関与」や「協働の可能性」への視点

近年、ダンディーではあらゆる分野でデジタルイノベーションが起こっており、それを支えるデザイナー、アーティスト、職人たちがこの街に根付いている。ダンディーではデザイナーたちの活動を支援したり、さまざまな決定に関与できるようサポートしたりしているという。デザイナー同士の協働デザインの可能性を探ることもある。ダンディーにおける根本的な原則は「デザインの協働の可能性」への視点であるとロリさんは指摘した。
「ダンディーには『関与』を大切にする文化があります。あらゆるレベルにおいて、市民を関与させるのです。クリエイティブで才能のある人々を認め、この街にとどめること。そういった人たちがダンディー市の未来に大きく貢献してくれることを、私たちは知っています」

「関与」を大切にするダンディーの精神は、2017年にイギリス文化都市に立候補した際に実施したプロジェクト「WE DUNDEE」にも表れた。イギリス文化都市への立候補が市民の力になってほしいと、ダンディーの未来がどうあるべきか、オンラインのクラウドプラットフォームで考えをシェアしてもらうプロジェクトだった。
「約4,000人の市民からレスポンスがありました。結局イギリス文化都市には選ばれませんでしたが、多くの人がさまざまなアイデアを寄せてくれたことで、都市に大きな誇りが生まれたんです」とロリさんは振り返る。

 

ウォーターフロントの再生事業

伝統産業の衰退を受け、市が取り組んだのがウォーターフロントの再生事業だった。「横浜でもみなとみらい地区をはじめウォーターフロントの再生に力を入れていると聞いて、非常に心強く思っています」とロリさん。
約10億ポンド、30年間規模の基本計画は、ウォーターフロントに多くの建物を建て、市の中心部とつなぎ再活性化する計画だ。この事業の目玉となったのが、デザインミュージアム「V&Aダンディー(ヴィクトリア&アルバートミュージアム)」である。ロンドン以外では初めてとなるヴィクトリア&アルバートミュージアムの分館で、日本の建築家・隈研吾がコンペで最優秀賞を受賞し建築した。ここではスコットランド及び世界でも最良のデザインを展示している。さらにスコットランドのコレクション展があり、特別展も開いている。
V&Aダンディーでは、ダンディー市のデザイナーやクリエイターなど創造産業セクターを巻き込んで、特別展をつくりあげているという。ロリさんは「そういったことが我々の文化戦略、観光戦略にとって大切です。観光産業の発展のために取り組んでいます」と話す。

クリエイティブ・ダンディーでの取組み

最後に、クリエイティブ・ダンディーの取組みが語られた。「文化や創造力が、ポジティブな変化にとって不可欠な触媒になることができると信じています。クリエイティブな才能が拠点を見つけ、成長し、そこで活動を継続できるように私たちは考えています」。
クリエイティブ・ダンディーが取り組んでいるのが、都市の中にある「創造性」をつなぎ、増幅する機会をつくり、アクションを促すこと。そうすることで、市民や来訪者がダンディー市に訪れ、クリエイティブシティを楽しんでもらうことを目指す。さらにコラボレーションプロジェクトをとおして国際的な交流の機会を促し、創造産業の経済をサポートしているという。

クリエイティブ・ダンディー(https://creativedundee.com/

 

クリエイティブ・ダンディーの取組みにおける主な4つの側面が「促進」「ネットワーキング」「育成」「協働」である。

1.促進 Amplify
ダンディーは働くにも学ぶにも、そして訪れるにもすばらしい街であると伝えること。都市で起こっていることを促進することが、ミッションであるという。クリエイティブ・ダンディーではオリジナルコンテンツをクリエイターとともに制作しており、オンラインでインタビューをしたり、企業と協働してイベントや交流の機会をつくったりしている。
一例として、ダンディーで知られていなかった行くべき場所の情報をクラウドソースで募り、「ダンディーですべき・見るべき99のこと」と呼ばれるガイドブックを制作した。

2.ネットワーキング Connect
クリエイティブ・ダンディーは、ネットワーキングイベントを定期的に開催している。独立系のクリエイター、個人事業主や、なかなか出会う機会のないクリエイター同士の横のつながりをつくる機会を提供するためだ。参加費の半分はコミュニティアイデアファンドという基金にして、協働プロジェクトのサポートに使用しているという。
その他、トピックを持ち寄って話す「ペチャクチャナイト」や、エントリーされた4つのプロジェクトのどれにお金を使いたいか、スープを飲みながら話し合う「ダンディースープ」など、多様な人が関わるプログラムを展開している。

3.育成 Cultivate
スキルや専門知識を提供し、クリエイティブインダストリーのなかでさまざまな道筋をつくり出すことをサポートしている。ロリさんは「ダンディーにおけるクリエイティブなセクターのために、野心を持ち勉強や活動を行う人たちへ向けたアクションプランをつくることで、ビジネスが健全な形で発展できるようにしている」と話す。

4.協働 Collaborate
「ダンディーのスピリットはほかにないものだと思います。皆寛容で、よりよいものを応援する。コラボレーションの精神が私たちを大きな成功に至らしめています」とロリさんは語る。ダンディーの人たちは自分自身を「チームダンディー」と呼ぶそうだ。政治家も行政職員も文化人も皆、チームダンディーの一員である。
ダンディーでは、市の中でさまざまなコラボレーションを盛んに行っているという。例えば地元の大学がゲーム会社にプロトタイプを提供するなど、ワクワクするようなプロジェクトが多く生まれている。ロリさんは「この街自体を非常にクリエイティブなハブ」と考えているそうだ。

基調講演の最後を「ダンディーは働くにも勉強するにもとてもわくわくするような場所。ぜひご連絡ください。ダンディーの文化の開発に携われることを非常に光栄に思っています。そしてチームヨコハマの皆さまとお会いするのを楽しみにしています」とロリさんは結んだ。

フォーラムの様子

 

プレゼンテーション「アーツコミッション・ヨコハマの取組み」
杉崎栄介(アーツコミッション・ヨコハマ/横浜市芸術文化振興財団 プログラム・オフィサー)

続いてフォーラム主催者のアーツコミッション・ヨコハマから、プログラム・オフィサーの杉崎栄介が活動についてプレゼンテーションを行った。クリエイティブ・ダンディーと同じような活動に取り組んでいるアーツコミッション・ヨコハマにとって、ロリさんのお話には「大変勇気づけられた」と振り返る。アーツコミッション・ヨコハマは横浜中区を中心に活動している。中区の人口は約14万人、集客施設の立地や、みなとみらいエリアの就業者数など交流人口という点では状況は変わるが、定住人口という点では中区だけ見ればダンディー市とほぼ同規模と言える。
「スタッフ数もともに約3名、B to Bの中間支援を主体としている活動も似ています。参考になる点が多いのではないかと考え、ロリさんにお越しいただきました。今後も交流を続けていければと考えています」。

はじめに横浜市芸術文化振興財団の活動が紹介された。同財団は芸術分野におけるソフト、ハード面での高い専門性をもち、横浜市が所有する芸術文化施設の企画管理運営、国際芸術展の運営、子どもを対象とした事業や社会包摂的な取組みなどに力を入れている。この背景にあるのが、横浜市が掲げる文化芸術創造都市施策だ。その内容は多岐にわたるが、芸術文化の「創造性」を活かし、都市の新しい価値や魅力を生み出す都市づくりを目指している。アーツコミッション・ヨコハマは、横浜市と横浜市芸術文化振興財団が協働して2007年に立ち上げたプログラムである。

アーツコミッション・ヨコハマは主に6つの機能から成り立っている。「相談対応」「調査・情報収集」「コーディネート・ネットワーク」「編集・発信」「企画・施策提案」「資源提供」である。これらは「文化芸術」「まちづくり」「創造産業」という3つの出口に向けて取り組んでいるものだ。

これまではクリエイティブクラスと呼ばれるクリエイターを中心に支援してきたアーツコミッション・ヨコハマだが「これから目指すべき都市像は、一部である特定の人たちが創造性や都市を語ったり決めたりするものではない」と指摘した。これからアーツコミッション・ヨコハマの活動をどのように展開していくべきか。
「大事なのは横浜という都市において、誰もがもつ創造性を、一人ひとりの個性にあわせて育む機会をどのように生み出していけるかだと思っています」。そのビジョンに至るには時間を要するかもしれないが、チームダンディーと同じくチームヨコハマで実現していきたいと、プレゼンテーションを締めくくった。

杉崎栄介(アーツコミッション・ヨコハマ/横浜市芸術文化振興財団 プログラム・オフィサー)

 

後半は、創造性を都市に広げ、深めている横浜の実践者3名が登壇するライトニングトークと、ロリ・アンダーソンさんをはじめ横浜内外の4名が登壇するクロストークをレポートする。

後編はこちら

取材・文:及位友美(voids
写真:森本総(カラーコーディネーション


【イベント情報】

■フォーラム「創造性の広がりがもたらす都市へのインパクト~クリエイティブ・ダンディーを迎えて」

日時:2020年1月20日(月) 18:30~21:00

会場:YOXO BOX(横浜市中区尾上町1−6)料金:1,000円 *同時通訳あり

内容:
●キーノート「クリエイティブ・ダンディーの取組み」
ロリ・アンダーソン(クリエイティブ・ダンディー・ディレクター) 

●プレゼンテーション「アーツコミッション・ヨコハマの取組み」
杉崎栄介(アーツコミッション・ヨコハマ プログラム・オフィサー)

●ライトニングトーク
こくぼひろし(ひとしずく株式会社 代表/CHART project 主宰/一般社団法人ソーシャルグッド 代表理事)
秋山怜史(一級建築士事務所秋山立花 代表/NPO 法人全国ひとり親居住支援機構 代表理事)
加藤佑(IDEAS FOR GOOD 編集長/ハーチ株式会社代表)  

●パネルディスカッション「創造性の広がりがもたらす都市へのインパクト」
ロリ・アンダーソン(クリエイティブ・ダンディー ディレクター)
太刀川英輔(NOSIGNER 代表、デザイン・ストラテジスト)
吹田良平(株式会社アーキネティクス代表取締役/『MEZZANINE』編集長)
治田友香(関内イノベーション・イニシアティブ株式会社 代表取締役)

主催:アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)、ブリティッシュ・カウンシル