スコットランドの実践から 平等・多様性・包摂とアートを考える

Posted : 2019.04.25
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昨今、日本国内でも文化芸術における多様性や包摂がテーマとなってさまざまな取り組みや議論が行われている。2019年2月、スコットランドの文化芸術分野を支援するクリエイティブ・スコットランドのミリカ・ミロシェビッチさんを招聘しフォーラムとワークショップ「『芸術と社会をつなぐ―平等・多様性・包摂が開く、私たちの未来』〜日本とスコットランドの実践から〜」が開催された。(主催:アーツコミッション・ヨコハマ/公益財団法人横浜市芸術文化振興財団、ブリティッシュ・カウンシル)そのうち神奈川県民ホールで開かれた、1日目のフォーラムをレポートする。

オープニングトークとして、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団専務理事の恵良隆二から「都市の持続性と多様性」と題した話があった。創造都市政策の成果によって横浜の街にクリエイターが集まり、彼らが都市を開いていく源泉となり、触媒となっている。また、都市が、芸術と社会をつなぐ舞台となっている。今回、クリエイティブ・スコットランド、ここに集まる皆様との全球的な交流は、次のステージへのきっかけとなるだろうと、そこからミリカ・ミロシェビッチさんのキーノートスピーチへと続いた。

Keynote
クリエイティブ・スコットランドの平等・多様性・包摂(EDI)とは?

平等、多様性、包摂。一筋縄では行かないこれらのテーマや課題を、文化芸術の立場から専門に扱う部門が、クリエイティブ・スコットランドにはある。

文化機関のなかで、平等と多様性を専門に扱う

クリエイティブ・スコットランド」とは、スコットランドの芸術、映像/映画、クリエイティブ産業の発展を支援する上で中心的な役割を担っている機関だ。今回スコットランドから来日したミリカ・ミロシェビッチさんは、クリエイティブ・スコットランドでイコーリティ・ダイバーシティ・インクルージョン担当長を務める。クリエイティブ・スコットランドの主要なテーマの一つである「平等(Equalities)、多様性(Diversity)、包摂(Inclusion)」を推進するのがその役割だ。あらゆる人が等しく文化芸術に参加できる機会を持てるよう、さまざまな取り組みを行っている。
「多様性や平等は常に進歩するもので、常に継続し改善しなければなりません。それが一番伝えたいことです」と話すミロシェビッチさん。年間約120もの団体を支援するクリエイティブ・スコットランドは、おもに国の税金と宝くじが資金源となっている。同機関がかかげる4つの軸の一つが「平等と多様性」だ。「クリエイティブラーニング」「デジタル」「環境」と並ぶこのテーマは「将来の文化芸術をつくるうえで根幹になると思っています。そのためには人を中心に置いて考える、ということです」とミロシェビッチさんは話す。

人口構造という社会的課題と「平等法」

スコットランドも日本と同じように高齢化、少子化、人口減少という問題を抱える。
「スコットランドの人口のうち約20%が、障害がある人、もしくは長きにわたって健康上の問題がある人です。さらに人口の4%が黒人や少数民族であり、そして英国系以外の白人も4%を占めます。

また、法的な枠組みとしては2010年、平等法という法律が策定されたことも大きい、と言う。この法整備により、特に公共部門の機能が大幅に変化した。個人ではなく組織に「平等」の責任と義務が課されるようになったのだ。たとえば、差別やハラスメントなどの撤廃、または機会の平等などで、これは社会的にも大きな出来事だった。平等法のなかでは9つの保護される特徴というものがあるという。
「多様性の話をした時に、多くの人が障害のある人や、黒人または少数民族の人たちのことを思い浮かべるかもしれません。ですが、多様性はどこでも存在し、誰もが保護されなくてはなりません」

クリエイティブ・スコットランドが大事にするもの

こうした法整備はクリエイティブ・スコットランドの活動にとっても大きな変化だったが、スコットランドのまださまざまな障壁もあるという。一つはキャリアアップだ。キャリアアップをしていく上での公平な土壌はまだ十分ではなく、そうした問題を解決するためには多様なネットワークが重要だという調査結果もあるそうだ。こうした研究や調査がスコットランドをはじめ英国全土においても進み、エビデンスが徐々に集まってきているという。
最後にミロシェビッチさんは、クリエイティブ・スコットランドでコンセプトとして大切にしているものをいくつか紹介した。
「一つは『Nothing about us, without us』です。どんなアイデアや方針も、その決定は、その施策によって影響を受ける人たちが関係することなく決められたものではならない、ということ。次に、『障害の社会モデル』です。障害のある人は、その人自身が機能を損なっているのではなく、社会の構造によって損なわれている。つまり障害は社会がつくっている、という考え方です」

Presentation
子ども、ダンス、古典芸能、ファッション、建築、研究の分野から。
日本の6つの取り組み

では、日本ではこの平等(Equalities)、多様性(Diversity)、包摂(Inclusion)について、どのような取り組みがあるのだろう。6名から6つの事例が紹介された。横浜美術館の「子どものアトリエ」、ダンサーの大前光市さん、横浜能楽堂の「バリアフリー能」、ファッションデザイナー・矢内原充志さんの横浜・寿町でのプロジェクト、福祉施設を多く手がける建築家・金野千恵さんの実践、そして芸術社会学から社会包摂を考える中村美亜さんなど、多ジャンルによるプレゼンテーション。

美術館が取り組む、子どものためのプログラム

開館30年を迎える横浜美術館で、教育普及グループ長の山﨑優(やまざき・ゆう)さんが開館当初から担当するのが「子どものアトリエ」。小学6年生までの子どもを対象に、自立心を育む遊びを通した造形体験を行っている。障害のある子どもを対象にした学校単位のプログラムでは、児童も楽しめる五感を使ったプログラムも開発。「心が動くこと、これがアートの原点だと思います」と山崎さんは話す。また、教育普及グループでは入院する子どもにアートを届ける「お届け子アト」も続けている。

表現に障害は関係ないかもしれない

舞踏家・振付家・ダンサーとして活躍する大前光市(おおまえ・こういち)さん。義足や車椅子などを用いながら独自のダンスパフォーマンスに取り組み、リオパラリンピックの閉会式にも出演するなど注目を集める。ダンサーを目指していた24歳のときに事故で片足をなくし、大きな挫折と苦悩を経験するものの、現在のダンスの表現にたどりついたのは「人と違うことを認めてくれた人たちとの出会い」があったからだと言う。大前さんは「障害がある・なしはアートにおいて関係ない。表現することに障害は関係ないのでは」と話す。

古典芸能を誰もが楽しめるように

横浜能楽堂のプロデューサー・秦野五花(はたの・いつか)さん。1996年に開館した横浜能楽堂は、現代における古典芸能のあり方を模索し先駆的な取り組みを行う。その一つ「バリアフリー能」は、障害者も健常者も同じように楽しめるプログラムだ。点字のパンフレットや能舞台の触図、副音声、能楽師による解説、手話通訳に字幕など、アクセシビリティに最大限配慮した公演を年に一度行う。メガネ型のウェアラブル機器など最新のテクノロジーも取り入れた画期的な取り組みを行っている。

流行ではなく、存在のためのファッション

ファッションデザイナーでスタジオニブロール代表の矢内原充志(やないはら・みつし)さんは「横浜ランデブープロジェクト」がきっかけで、横浜・寿町との接点を持つ。高齢化した日雇い労働者のまちにある障がい者地域作業所でつくった生地を、縫製して販売するプロジェクトから始まり、現在はまちから感じたことを服にしていく。矢内原さんはまちとの関係を続け、今では矢内原さんの「着こなし講座」は満員御礼の人気イベントに。2月にはフォトブックを発行して展覧会を行う。「ファッションはモードや流行とは別に、曖昧な自分の存在をアイデンティファイ(自己同一)するものだと思います」と話す。

福祉施設の日常を地域に開くために建築ができること

建築家の金野千恵(こんの・ちえ)さんが主宰する建築事務所「t e c o」では、福祉関係の仕事も手掛けている。そのなかの一例として、神奈川県愛川町の特別養護老人ホーム「ミノワ座ガーデン」は地域との交流を図ってきた施設だ。だがその建物はブロック塀で囲まれ、日常的なまちとの距離はまだまだ隔たれている、という問題もあった。そこで金野さんは、塀を取り払う設計で、施設を地域に開放した。庭には近隣の保育園の子どもが遊びに来たり、近所の人が寄ったりと施設の日常は変化した。「建築は日常の美しさをつくる仕事かもしれません」と今野さんは言う。

社会包摂×文化芸術を実践するためのハンドブック

芸術社会学を専門とする中村美亜(なかむら・みあ)さん。社会包摂とアートプロジェクトを研究・実践するなかで、冊子『はじめての“社会包摂×文化芸術”ハンドブック』をまとめた。日本でも、平等・多様性・包摂(EDI)につながる芸術活動が増えている昨今、この領域で活動を始めたり進めたりするための手引きだ。理解を深めるための考え方や歴史的な背景をはじめ、「直接の対話の機会を設ける」「計画の変更をいとわない」「展示・上映の工夫をする」など具体的な方法が紹介されている。

Discussion
文化創造と幸福の相関を見つけるために 

ここからは、中村美亜さんをモデレーターに、「文化創造と幸福の相関〜芸術とエンパワメントする社会〜」と題してパネルディスカッションが行われた。ミリカ・ミロシェビッチさん、大前光市さん、金野千恵さん、矢内原充志さんに加え、アーツコミッション・ヨコハマから杉崎栄介が参加した。

平等とはただ一つのものではなく、たくさんある

中村美亜(以下、中村):まずは日本の登壇者の方々からミリカさんにご質問などありますか。

矢内原充志(以下、矢内原):先ほどのプレゼンテーションを聞いて、当然のように平等自体を評価軸にする考え方に驚きました。あたり前のようで新しい、目から鱗です。

ミリカ・ミロシェビッチ(以下、ミロシェビッチ):スコットランドは貧困、格差に苦しんだ歴史を持っていますし、また薬物乱用、メンタルヘルス、自殺、高齢化などの問題が複雑に絡み合い、今でも不平等な社会は続いています。こうした複雑な社会課題に対しては、より体系的でロジカルな解決策が必要ですが、まとめて解決することはできません。少しずつ歩みを続け、それを止めないことが大事です。体系的といっても、特権を設ける、階層的(ヒエラルキー)にするということではありません。かつてはこうした課題への解決にはイエスかノーかの二極化が主流でした。ですが、誰でも状況が変わればアイデンティティも変わるように、二極化で物事を考えるには限界があります。もっと複雑であり、誰もが居場所があると理解しなければなりません。私たちの誰もが、たった一つのアイデンティティで生きている訳ではありません。一人の人の中でも場所、時間によって異なるアイデンティティで生きています。そして、それは常に変わり続けています。変わるから生きる喜びがあり、だからこそ文化芸術をはじめとしたクリエイティブな実践が適していると思うのです。

中村:普遍的な「平等」を目指すのではなく、平等とはケースバイケースのものであること。そのあり方を考えていく、というのが重要なんですね。機会の平等と、結果としての平等は違います。まさにイコーリティー“ズ”(Equalities)というその複数形を前提として理解することが重要だと思いました。
「体系的でロジカルな解決策を」という話が出ましたが、クリエイティブ・スコットランドのウェブサイトを見ると、ツールキットや評価マニュアルが充実しています。文化事業に対して助成を出す機関という役目にとどまらず、シンクタンクのように事業の評価をして現場にフィードバックする。その循環をつくっているような印象です。日本ではそういう機能を果たしている機関はまだ少ないかと思います。

ミロシェビッチ:クリエイティブ・スコットランドの成り立ちは、その前身でもあるアーツ・カウンシル・オブ・グレート・ブリテン(ACGB)が第二次世界大戦後に設立したところに由来しています。このころ英国では、医療や福祉の制度ができて、社会が変わりました。アーツカウンシルもその一環としてはじまった背景があります。戦後でしたので資金は限定的でしたが、その中でも文化が効果的に働き復興に向かったという歴史があります。その後、ACGBは、その役割を終え、イングランド、スコットランド、ウェールズにそれぞれアーツカウンシルが設置されました。

予算は年間9100万ポンド(日本円で約132億円)ですが、これはスコットランド全土の人口約542万人に対し、決して多い額ではないと思っております。資金集めには苦心していますが、我々は社会的、経済的、文化的な便益をいつも話すようにしています。実際にこの3つの具体的な恩恵が生み出されているので、予算が継続しているのだと思います。

中村:日本ですと経済効果をすぐに求められて、短期的な評価が求められがちです。ですが、今日聞いた日本のプロジェクトでも、段々と時間をかけて改良していって上手くいったりいかなかったりしています。そのプロセスが大事なように思うのです。スコットランドは、インパクトアセスメント(影響を分析する評価の手法)に関して、長期的な試みもあるのでしょうか。

ミロシェビッチ:今のような問題点は、研究者や現場の実践者はよく理解されていますが、やはり政治では短期的な影響を求められますよね。有権者が成果として判断しやすいものが政治家にとっては大事だからです。それはキラキラと輝いていたり、わかりやすかったり。例えば、公園に子どもが来て、遊んで活気づいているといような。もちろん私たちとしてもそのインパクトは意識していますが、プロセスも重視しています。活動に対する支援は3年間ですが、単に資金を提供するだけではなく支援先の活動を確認したり、申請前から相談をしたり、と対話を行っています。

アートの質とは?

中村:今のお話に関連して、先ほど会場から集めた質問のなかに「平等・多様性・包摂(以下、EDI)の評価指標はどのようにしているのでしょうか」というものがありました。EDIの達成や芸術活動の質についてはどのように思われますか。質問票には、『必ずしも芸術の質とEDIの推進が必ずしも比例するものではないのでは?』と書いてあります。

ミロシェビッチ:私自身、キャリアのなかでこの難題に問答してきました。正に呪いのような言葉で、スコットランドから2日かけて飛行機でやってきて、横浜でこの質問を聞いたことに感銘を受けました。まるで、この質問は風刺絵のようなものです。
「質」とは、ある種、主観的なものです。アートはいまだ西洋の歴史や文脈が中心ですし、アートの制度も古典的なものが引き継がれています。ですがその観点は狭く、誰にとっての「質」なのか、誰が評価しているのかが鍵となるのではないでしょうか。もし、この会場にいる方が、誰かから同じ質問をされたら戦ってください。
例えば、平等に対する評価という点では、平等に関する質の評価というのがあります。たとえば障害のある人たちを対象とした芸術活動の場合はプログラムが、いかにアクセシブルであるかというのも重要な点です。冬の20時に開催するイベントだとしたら、スコットランドでは誰も集まらないでしょう。そういった部分できちんと計画、考え方、プロセス、デザイン、その結果どのような影響があるのか、を見ています。

 

中村:日本では事後の評価が中心ですが、スコットランドでは、プランニングやコンセプトを評価する傾向にあるのですね。今の芸術の質、“美の基準”の話に関連しまして掘り下げたいのですが、大前さんは、質問にあったような美の基準への投げかけに対して戦っていらっしゃるでしょう。また、矢内原さんはファッション出身ということで、業界の美意識があると思うのですが、寿町での活動は普段の仕事と同じことなのか異なるのか、その話を伺いたいです。

大前光市(以下、大前):足が長い人がかっこいい、目がくりくりしている人のほうが美人、雑誌で見るモデルのようなスタイルがいい、というのが一般的なのかもしれません。でも、それ以外の「かっこよさ」が存在していると僕は思います。そういう価値観に照らして「自分はかっこよくない」と言う人がいたら、「そうじゃないよ」と言っています。背が低くても足が短くても、それをその人の特徴として上手く演出できればかっこよくなる。演出方法で誰もがかっこよくなれる、と信じています。

矢内原:僕も大前さんと同じでして、ファッション誌に載っていないかっこよさがあると思います。普段はただ「表現」というだけで、特にEDIを意識していないのですよね。人は自分の体の半分くらいしか自身で見られなくて、背中は鏡を通してでないと見られない。それくらい「自分」というものがあいまいな存在だからこそ、ファッションはあると思うのです。何かに規定されることで自信がもてたり、社会と自分とのバランスがとれたり。それを提示することが本来のファッションではないかと。そういう意味で、寿町での活動は普段と全く変わらないです。

ミロシェビッチ:アートにとっての質とは何か。その答えは一つではないのでしょうね。「アートの質」とは、ある状況で判断する人は誰なのか、ということなのでしょう。今、挑戦的な制度をスコットランドで立ち上げまして、何をやりたいか、お金、全てを自分自身で決めて申請するものです。

価値をどのように伝えていくか

中村:金野さんからミロシェビッチさんにご質問はありますか。

金野千恵(以下、今野):少し前に建築教育にも携わっていたのですが、今、私ができることは現実的な空間を変えていくことだと考え、そこに注力しています。戦っているのは、美というよりも行政等の制度的な基準だなと思いました。それは慣習などの固定概念も含まれます。建築の現場では、とにかく提案して相手に受けてもらい、実際にできた空間で起きる結果を判断されます。その成果として制度が変わっていったり、皆の認識が変わっていったりするのですが、どのようにしたら新しい価値がもっと評価されていくのか、その道筋を探しています。今日のような他分野の方々と対話ができるのは良い機会ですが、どうすればもう少し伝わっていくのかが課題です。

ミロシェビッチ:私たちが関心を持っているのは「物語を伝える」ことです。私はなぜアートをやっているのかと問われれば、個人の物語や動機を大切にしたいから。定量的(数値的)なエビデンスも取っていますが、その活動の恩恵を受けた人の観点や経験からストーリーを伝えること、そうした定性的(質的)なエビデンスも大事だと思っています。世の中を動かしていく力は人々が持っているのは確かです。つまり社会のニーズです。企業との連携も試したことがありますが、ビジネス分野のマーケティングは、個人のストーリーを伝えることに優れていると思います。企業の方が行政よりも人々の心を掴むのに長けています。私たちのアートの分野では情緒的なレベルでのつながりは効果があると思います。

杉崎栄介(以下、杉崎):アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)でも評価に取り組んでいますが、現場の課題としては、予算も時間もかかるということです。ACYとしては、スコットランドのようにコストをかけてエビデンスをとることは大事なのでやっていきたいのですが、日本全国で同じようにできるわけではありません。なので、まずはエビデンスに基づく評価の前に、自分たちなりの経験と仮説で評価軸を作ってはどうかと思います。
横浜の「金沢八景」という地名にある「八景」は昔の風景評価ですし、柳宗悦は民藝で“用の美”をつくりました。アーツコミッションが“美”を定義したい訳ではないので、これは助成評価の話として聞いて欲しいのですが、私たちが繰り返し生活の中に美を取り込んできたように、地域性や時代などを解釈して評価を考えてみる。そういうことを中村先生がされているのではないかと。

中村:経済的な効果、短期的な効果が問われますが、それとは別に芸術や教育が「感情」の部分に作用しているのは間違いないと思います。芸術とは「何を大切にすべきか」を問う活動ではないでしょうか。「この芸術がすごい!」と言うのは、「この価値観、この考え方が良いから見て!」という問いかけにもなると思うのです。その問いかけを投げることは、さまざまな価値観をやりとりする機会になります。
ただどうしても、価値の評価を多種多様にするのは難しい。それが社会です。職場では求められる仕事があり、その仕事がうまくこなせる人が評価される。ただ、その人の存在価値は職場だけには限りません。ですので、いくつかの価値観が担保される評価軸をつくることが重要ですよね。そのときに平等、多様性、包摂がうまく組み込まれていくことが重要で、この社会でより暮らしやすい環境ができていく。それが創造的な経済活動にもつながっていくのだと思います。硬直した価値基準ではない、柔らかい評価の仕方を現場に伝えて、実践していく、というサイクルをつくっていけたらと思います。

「ある一人の視点」から動くこと、考えること

ミロシェビッチ:マイノリティとマジョリティという表現がありますが、できれば私はこういう言葉を使いたくないなと思い、これまでも戦ってきました。なぜなら状況によって変わっていくので、誰もが多数派であり少数派だからです。だからこそ、EDIの推進のためにはある一人の視点からみていく、つまり「人」を中心にして考えることに集約されると思います。一人ひとりの人生にストーリーがあり、私たちはそこに突き動かされて行動しています。EDIは私たちの日々の生活やストーリーから切り離されたものではなく、日々直面しているものです。

中村:最後に、みなさんはEDIについて、今後どのようにリアクションしていきたいでしょうか。

金野:改めて、一人ひとりとの出会いから何かを達成していくことが、強い力や強い表現として出ていくのだと確信しました。一つひとつの出会いから、実現していきたいと思います。

矢内原:ミロシェビッチさんの「一人の視点から」という主体性に関する話に共感しました。評価側だけではなく、表現者側もキープしなければならない視点です。また、今日のような議論を伝えていくために、「平等じゃない社会ってやばいよね」と笑いながら言う方法もあるかもしれません。若い世代をはじめ、より広く社会に伝えていくためにはコミュニケーションのあり方を探ることも重要だなと思いました。

大前:僕が伝えたいのは発想です。誰もが障害者であり誰もが健常者であるということ、全員が主役になれるということ、その「発想」を自分が踊ったり話したりすることで伝えていけたらと思っています。

杉崎:ミロシェビッチさんの主体的なご発言が素晴らしいなと思いました。「行政の意向だから」「NPOのやりたいことだから」ではなく、また誰かが変えてくれるだろうという意識でもない。主体性を持って「自分が変えるんだ!」という意識や語りが大事で、それがゆくゆくは団体としての政策にもなっていくと思うのです。それが社会との接点にもなり、評価という面でも制度が充実していくのではないでしょうか。今日は、私たちも同じ公的機関として勇気をもらいました。

中村:私自身は工夫を続けていくこと、諦めずにやり続けることが大事なんだなと思いました。ネットワークも重要なので、本日のような機会から広がっていけたらと思います。

ミロシェビッチ:最後にもう一度言いたいのは、クリエイティブ・スコットランドも、この旅路をまだはじめたばかりという点です。長年にわたり取り組んでいますが、複雑で難しい問題です。そして、さまざまな機関や団体を巻き込まずにはなし得ません。意味のある変化につなげていくにはまだまだ時間がかかるでしょう。

フォーラムの最後に、共催であるブリティッシュ・カウンシルの駐日代表、マット・バーニー氏より、文化芸術における平等、多様性、包摂を高めることはグローバルな課題であり、日本と英国の関係者が今回のような対話を今後も続けられることを期待したい、と話された。

写真:森本聡
文:佐藤恵美


(以下、実施情報)
フォーラム&ワークショップ
「芸術と社会をつなぐ―平等・多様性・包摂が開く、私たちの未来」
〜日本とスコットランドの実践から〜

フォーラム
実施日時:2019年2月19日(火)14:00-17:00
会場:神奈川県民ホール6階大会議室

ワークショップ
実施日時:2019年2月20日(水)14:00-17:00/21日(木)14:00-17:00
会場:象の鼻テラス

主催:アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)、横浜市文化観光局、ブリティッシュ・カウンシル
助成:平成 30 年度文化庁文化芸術創造拠点形成事業    
協力:象の鼻テラス


登壇者プロフィール

ミリカ・ミロシェビッチ
(Milica Milosevic /クリエイティブ・スコットランド 戦略部門イコーリティ・ダイバーシティ・インクルージョン担当長)
芸術分野で20 年以上の経験を持つ。アーツカウンシル・イングランドにてダイバーシティと音楽プログラムにおけるシニアリレーションシップマネージャーとして、イングランドの芸術分野におけるイコーリティ・ダイバーシティ・インクルージョンに関する戦略、政策を担当。あわせて多様な芸術団体の支援を行うとともに、難民、高齢者、ホームレスなど多様な人々を対象にしたプログラムや、少年司法制度や健康福祉分野との連携事業などを担当した。アーツカウンシル・イングランド在籍時は、シニア戦略オフィサー、ダイバーシティ(ナショナル)、ロンドンオフィスのダイバーシティチーム長、ロンドン・リージョナル・アーツボード部門長を歴任。


大前光市
(舞踏家、振付家、ダンサー)
交通事故で左足を失ったダンサー。関西大学人間健康学部 客員教授、しながわ2020スポーツ大使、岐阜県より芸術文化奨励賞を授与。米国アーティストビザ(O-1)を所得。
左足を失ってから国内外のコンクールにて多数の一位を受賞する。2016年 リオデジャネイロの大舞台にて片足4回連続バク転をし世界中を驚かせる。2017年 紅白歌合戦にて平井堅と共演、その後のNHKスペシャルで特集され大反響を呼ぶ。2018年 MGMに招待され米国ラスベガスにてJABBA WOCKEEZと共演し大成功を収める。国内外の舞台だけでなく、テレビ、ラジオ、GQなどのファッション雑誌やメディアへの出演も多い。


金野千恵
(建築家/t e c o共同代表)
神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒業、同大学院在学中2005-06年スイス連邦工科大学に奨学生として留学。2011年東京工業大学大学院博士課程修了、博士(工学) 取得。同年、KONNOを設立ののち、2015年 t e c oを共同設立。2011(-12)年 神戸芸術工科大学助手、2013(-16)年 日本工業大学助教、現在、東京大学、東京藝術大学他にて非常勤講師。住宅や福祉施設の設計、まちづくり、アートインスタレーションを手がけるなかで、仕組みや制度を横断する空間づくりを試みる。主な作品に、住宅 『向陽ロッジアハウス』(平成24年東京建築士会住宅建築賞金賞、2014年日本建築学会作品選奨 新人賞ほか)、高齢者幼児複合施設『幼・老・食の堂』(SDレビュー2016 鹿島賞)、ヴェネチア ビエンナーレ建築展2016 日本館 会場デザイン(特別表彰 受賞)など。


中村美亜
九州大学大学院芸術工学研究院准教授
専門は芸術社会学。芸術活動が人や社会に及ぼすプロセスや仕組みに関する研究、また、その知見を生かした文化政策に関する提案を行っている。東京藝術大学卒業後、アメリカのミシガン大学、ワシントン大学セントルイス等で音楽学や文化研究などを学ぶ。学術博士(東京藝術大学)。編著に『ソーシャルアートラボ—地域と社会をひらく』(水曜社、2018年)、著書に『音楽をひらく―アート・ケア・文化のトリロジー』(水声社、2013年)など。『クィア・セクソロジー—性の思いこみを解きほぐす』(インパクト出版会、2008年)をはじめジェンダーやセクシュリティに関する著作も多い。東京藝術大学助教などを経て、2014年4月より現職。九州大学ソーシャルアートラボ副ラボ長、共創学会理事、アートミーツケア学会理事。


矢内原充志
(ファッションデザイナー/スタジオニブロール代表)
愛媛県今治市出身。桑沢デザイン研究所卒業。1997年~2011年国際的に活躍するパフォーミングアート・グループ「ニブロール」のアートディレクター・衣装担当として活動。平行して、2002年~2009年「Nibroll about Street」名義で東京コレクションを発表。東日本大震災を受けてこれまでの表現活動を見直し、2011年からリアルクローズのメンズブランド「MITSUSHI YANAIHARA」を始動。2012tokyo新人デザイナーファッション大賞プロ部門選出。また衣装家として海外を中心に活動しながら、国内では様々なプロジェクトのアートディレクションを手がけている。有限会社スタジオニブロールCEO。桑沢デザイン研究所非常勤講師。


恵良隆二
(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団 専務理事)
横浜市出身。東京大学農学部(緑地学)卒業後、1974(昭和49)年三菱地所株式会社入社。横浜みなとみらい21事業、横浜ランドマークタワー計画、旧横浜船渠第2号ドック(ドックヤードガーデン)保全活用計画、クイーンズスクエア横浜計画ほか、丸ビル建替え計画、日本工業倶楽部会館保全活用計画等の丸の内再構築計画、街ブランド方策の企画・実施、並びに三菱一号館美術館の開設に従事。2006(平成18)年より横浜市の創造界隈形成推進委員会委員も務める。2016(平成28)年3月退職。同年4月、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団常務理事、2018(平成30)年6月より代表理事・専務理事。