さまざまな表現手法が見られたメディア芸術コースと違い、整然と平面作品が並んだ多摩美術大学造形表現学部造形学科と、やはり整然と掲示されたポスターにびっしり詰まったリサーチと模型を披露した横浜国立大学大学院都市イノベーション学府(IUI)。まったくタイプの違う学科の展示が同時に楽しめるのは、大きな会場ならではの醍醐味かもしれません。

橋の維持管理のための検査方法について発表した黒田璃紗さん
今年はこれまでハンドアウトを配布していたという論文も概要を大きなポスターとして掲示し、圧倒的な分量のリサーチが会場で一覧できる形に。奥へ進むと、そこに模型も加わり、異なる特色を持った4つのスタジオごとに多彩な街や建物の構想が並びます。
想像する
模型を使った計画の中には、横浜市内のスポットを想定したものも多くあります。中田寛人さんの作品は、スタジオ全体で実際に現地を見学したり、模型で再現しながら研究したベルリン州立図書館の事例をもとに、横浜に図書館を建てるというもの。山下公園の向かいの立地を想定し、仕切りがほとんどない大きな空間に、光の取り入れ方の美しさを意識しながら作られています。同じスタジオのほかの作品も同じ事例をもとに制作されていますが、十人十色の個性が表れるのが面白いところです。
美谷舞(めぐる)さんは、多くの移民が暮らす鶴見区の仲通を舞台に、空き家を活用した町の人の居場所づくりを提案。小さいけれど開けたたまり場を点々と置くことで、同じ出身国同士でかたまりがちな移民でも集まりやすく、徐々に交流が生まれるような楽しい通りになっています。
なじみのある街が生まれ変わった光景を思い浮かべながら見ていると、一気に説得力が生まれて、建築も身近に感じられます。
![]() 上野あづさ《世界はわたしでもあり、わたしは世界でもある。<雨>》安本憲子《椿の幻想》 |
![]() 大庭千里《両界猫曼荼羅》 |
仏画の肖像を猫に置き換えた大庭千里さんの作品は、仏画の決まりを違う形の中でもなるべく再現するため、下調べに数カ月は使ったとのこと。踏まなければいけないプロセスも非常に多く、色が塗れるまでさらにかかったそうです。一匹一匹の猫のポーズや表情を見ていると、その苦労が感じ取れる一方、ほのぼのと癒されます。

室岡侑奈 《接続 II》
日本画コースでは、写真でなく実際に観察したものを自分の形に落とし込むよう指導を受けるため、上野毛キャンパスからほど近い多摩川に足を運んだという室岡侑奈さんの作品。石と水の関係がテーマで、質感を出すため裏から描くなど、何度も研究を重ねたそうです。
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日本の美術大学唯一の夜間学部である多摩美術大学造形表現学部は、現役生はもちろん会社員や主婦などさまざまな学生が在籍するユニークな学部。日が落ちた夕刻から制作を始め、夜遅くまでアトリエで過ごし、朝にはまた仕事や家の事に取りかかる、そんなルーティンができているので、卒業後も地道に制作を続ける人がたくさんいます。卒展でお気に入りを見つけたら、その後も個展などで作品に出会えるチャンスが高いかもしれません。

お話を伺った卒展代表・副代表チームの室岡侑奈さん、大久保迪子さん、大庭千里さん
卒展代表の大久保迪子さんは、スーツを着たおじさんを描くことが多いそう。考えながら重ねて描いていくことが多く、アトリエ間を行き来していると、毎日絵がどんどん変わっていく様子が見られたのだとか。今回の作品も、初めはもう少し具体的だったのが、次第に抽象的になり、3人のおじさんが消えていったそうです。

大久保廸子《三人の思い、窓からの景色》
卒展は、未来の売れっ子を発掘するのが、一番の醍醐味といってもいいかもしれません。若い才能を応援しに、まずは足を運んでみてはいかがでしょうか。

日本画の画材の上にスパンコールを散りばめた鈴木真優さんの《五彩》(部分)
【案内人プロフィール】
齊藤真菜(Mana SAITO)
横浜市鶴見区在住。2009年Thames Valley University BA (Hons) Digital Broadcast Media卒業。黄金町の元ストリップ劇場を改装したシェアスタジオ「旧劇場」を拠点にフリーライターとして活動。ヨコハマ経済新聞副編集長。