子どもと芸術文化~Vol.1 横浜美術館の取り組み

Posted : 2015.07.24
  • facebook
  • twitter
  • mail
2004年より横浜市の重点的に取り組むべき施策として始まった「文化芸術創造都市・横浜」。そして今年度、横浜市文化観光局は、街ぐるみで子どもを育むメッセージとして「クリエイティブ・チルドレン」という標語を発表している。その鍵となるのは、街に住む一人一人の「創造力」と「想像力」だ。これらは、街の中で時間をかけて育まれている。公益財団法人横浜市芸術文化振興財団は、さまざまな事業で「子どもと芸術文化」に関わる活動に取り組んでいる。これらは、具体的にどのような内容なのか。 この街で芸術文化と教育に関わり、子どもたちの芸術文化体験を生み出してきた当事者たちが、子どもたちの持つ無限大の可能性に寄り添い、見つめてきた現場を取材した。第1回目は、開館当初より「芸術文化を通した、子どもの教育活動」に注力している横浜美術館の取り組みを見た。

Vol.2 横浜市民ギャラリー、横浜市民ギャラリーあざみ野の取り組み
Vol.3 横浜みなとみらいホールの取り組み
Vol.4 横浜能楽堂、横浜にぎわい座の取り組み

FZえのぐ_9323小

 

「自分の目で見て、自分の手で触れ、自分でする」

横浜美術館は1989年に横浜、みなとみらいの地に開館した。延床面積26,829㎡という国内有数の規模を誇る。設立当初から子どものための活動を行なう設備を備えることを前提に建築された。子どものための専用のアトリエ(その名も「子どものアトリエ」)を持つのは全国でも珍しい。

この「子どものアトリエ  運営理念」には、
――子どもの美術教育は学校で指導するという長い歴史が続いていますが、その目的は、義務教育全体の目的である「自立に必要な基礎的な能力の育成」にあります。子どものアトリエが行う描きつくり鑑賞する活動も、「芸術家の育成」ではなく、「自分の目で見て、自分の手で触れ、自分でする」という自意識の獲得に目的があり、それを楽しい活動として提供するのが私たちの仕事です。
――とある。

開館から26年。この理念はどのように根付き、どのような成果を得ているだろうか。

横浜美術館の子どものための取り組みには、ここならではの利点を活用した特徴が2つある。まずはその恵まれた施設内容を活用する取り組みだ。

「子どものアトリエ」は631㎡の広さがあり、「プレイルーム」「クラフトルーム」「スタジオ」「中庭」を持つ。ほぼ毎週末には600人もの親子が訪れ、そして平日には年間90日の「学校のためのプログラム」が実施されている。小学校の一学年が一斉に活動できる広さだ。この広い専門空間を生かした取り組みから見ていこう。

 

自立心を育てるプログラム、その成果は?

「子どものアトリエ」の対象は、未就学児から小学校6年生までの幼児・児童だ。設立当初は「4歳から12歳まで」を原則としていたが、4歳以下の未就園児や中学校の養護学校にまで利用が広がり、当初の計画とは若干違った展開をみせている。そこには、公的な機関であることの役割意識が働いている。

「芸術家を育成するためではなく、“みんな”のためにあること、幼い子どもからハンディキャップのある子どもも含めて、成長に合わせてそれぞれの自立心を育む手助けを行なっています」と横浜美術館チーフ・エデュケーターの山﨑優さんは話す。ひとつひとつの実施プログラムにこの役割意識が見て取れる。

親子のフリーゾーン

開館と同時に始まったプログラムの「親子のフリーゾーン」は、すっかり休日の親子の造形体験の場として定着し、大人気を博している。月3回程度、日曜日に、年間36回の開催だ。取材の当日も定員いっぱいの600人の親子が整理券の列に並んで入場していた(雨天時、冬期は定員500人)。

取材当日「プレイルーム」はねんどの造形体験でにぎわっていた。

取材当日「プレイルーム」はねんどの造形体験でにぎわっていた。

 

FZえのぐイメージ_9350小近年の傾向は、横浜市民ばかりか東京や近隣都市からの来館者も多いこと、父親の姿が増えたこと。26年の継続実施は、認知度の高まりだけではなく、ジェネレーションの変遷をも生んでいる。
「自分が子どもの頃に参加した思い出を持つ人が親となり、『我が子とともにフリーゾーン・デビューしたんです』と報告に来てくださる人もいて嬉しいです」と横浜美術館・エデュケーターの岡崎智美さんは言う。「最近では第二世代も登場しています」。子どもとともに参加した体験を持つ人が孫を連れて来ているのだ。そうした世代を引き継いだリピーターが現われている理由は、「自分が参加したときと同じ体験ができる安心感」と言う。

品川からきた親子_9377小東京から初めて横浜美術館に来たという親子も、「子どもを思いきり遊ばせてあげられて満足しています。車で来たのでこれからランチやショッピングなど横浜を満喫しようと思います。子どもも喜んでいるので、また来ます」と話した。

 

 

 

「子どもの自立心を育む」という目的のために、この「親子のフリーゾーン」が開始当初から重視しているのが「お片づけ」だ。 使ったねんどを集めて戻す、テーブルを拭く、道具を洗って片づける、床を掃く。楽しく遊んだあとは自分で片づける。これは普段の生活の中でも身につけたい大事な習慣だ。子どもたちにとって「お片づけ」も楽しい作業と動機づけられているので嬉々として手を、身体を動かす。

片付けねんど_9405小 片付けえのぐ_9375小 片付け筆_9459小

 

「率先してテーブルを片付けてくださり、何か手伝うことはありますか?と聞いてくださる保護者の方もいらっしゃいます」と岡崎さん。子どもたちばかりでなく、親の成長を育む場としても近年は有効なのかもしれない。

毎回600人を迎えて「いつも変わらない同じ内容」を準備するために、スタッフの体制はどうなっているのだろうか?

「親子のフリーゾーン」では登録ボランティアがコーナーごとに活躍している。ねんどをこねて一人分ずつにして手渡す、さまざまな紙を収集し子どもたちが使いやすい大きさに揃えておく、ハサミなどの道具や作業台となるテーブルの状態を整える、など準備から片付けまで時間と手間がかかり、ボランティアの力なくしてはとても実施できない。

FZ人数_9437 反省会_9443小

600人が全員帰ったあと、ボランティアを含むスタッフたちはお茶を飲みながら、この日の報告と改善点を探るミーティングをしていた。この毎回の積み重ねが「変わらない」信頼を生んでいるとわかった。

学校のためのプログラム

「親子のフリーゾーン」と並んで、開館当初から実施しているのが「学校のためのプログラム」だ。横浜市内の小学校、幼稚園・保育園、特別支援・養護学校などと連携して、年間90日開催している。子どもたちは造形活動や鑑賞を中心としたプログラムが体験できる。
「学校教育とは別の“社会教育機関”としての役割を担っているんです」と山﨑さん。26年にわたる実施は高く評価され、小学校の図工の教科書でも紹介されている。
参加を希望する学校も年々増加し、現状では幼稚園・保育園では順番は3~4年待ち、小学校に関しては2年待ちとなっている。学校や教師たちにこれだけの評価を得ているのはなぜだろうか?

取材に学校_9534伺った6月24日(水)は横浜市立新吉田小学校の3年生全3クラス98人が体操着と裸足でプレイルームに並んでいた。まずは山﨑さんが「修行だからね」と言いながら、ねんどの性質や手や足の使い方をデモンストレーション。 
やみくもに手を動かすのではなく、「説明を聞く」「理解して自分でやってみる」「自分で考えて計画する」ことを伝えていた。

担任の一人、木場美輪先生は「学校として3度目の参加です。この広い図工のための専門の空間で子どもたちがのびのびしているのがわかります。学校では集団からはずれる子どもをつい注意してしまいがちですが、ここでは怒られない。人の話を聞くこと、考えてから手を動かすことを学んで、その後、前向きな様子に変わる子どももいます」と話す。

このプログラムの実施の事前には子どものアトリエスタッフが教師と打ち合わせを行なっており、学校との連携には欠かせない手順だ。

学校_9633小

一人一人で作っていた造形をひとつにつなげ、力を合わせて大きな街をつくり上げた子どもたち。全員で街全体を鑑賞した後に、この街も「片づけ」、元のねんどに戻す。そして、次に来る子どもたちが遊べるように、スタッフがねんどを練りかえしておく。

「学校のためのプログラム」の学校の種別ごとの実施の内訳は、小学校が35日、幼稚園・保育園・こども園が35日、特別支援・養護学校・個別支援学級や各種学校が20日となっている。学校の総数に比して特別支援・養護学校の実施の頻度が高いのは、横浜美術館ならではの活動だ。重度の障がいや脳性まひの子どももまた、心を動かして楽しむことに育ちがあるとの考えからだという。

ワークショップ

「子どものアトリエ」には個人を対象とした造形プログラムもある。参加対象を「年長児」「小学1・2・3年生」「小学4・5・6年生」「親子」に分け、年間を通じてさまざまなプログラムを20講座以上開催。いろいろな素材や方法を紹介し、子どもたちが楽しみながら造形表現を身につけられるよう指導している。
アーティストの育成が第一目的ではないものの、結果としてアーティストになった受講者の実例もある。

「日本画クラブ」に通っていたのは日本画家、藤井健司さんだ。もともと墨で絵を描くことが好きだった藤井さんは、ここで初めて日本画の描き方を教わった。
また、 現在、オラファー・エリアソンのスタジオにレジデンスし、世界で活動する現代美術家のSHIMURAbros のケンタロウさんもワークショップの出身だ。ケンタロウさんは「学校ではよく注意されたが、子どものアトリエでは自由に描くことができて、自分が肯定されたと思いました」と話しているそう。

c;加藤健

c;加藤健

c;加藤健

c;加藤健

小学校高学年を対象に、主体的な鑑賞に導く講座「美術ってなんじゃもんじゃ?」も。

小学校高学年を対象に、主体的な鑑賞に導く講座「美術ってなんじゃもんじゃ?」も。

 

 

 

 

 

 

 

 

アーティストから学ぶ

横浜美術館の「子どものアトリエ」のもうひとつの特徴は、横浜美術館で開催される近現代の作品の展覧会(企画展)との連動だ。「同じ時代を生きている」アーティストと直接ふれあえる、子どもたちにとって刺激的な出会いの場になっている。

蔡★IMG_0397 蔡☆IMG_0491

 

7月11日(土)は、この日から横浜美術館で始まった『蔡國強展:帰去来』にあわせ、蔡國強さんを講師に迎え、親子講座『カラーテープで昼間の花火を描こう』を実施した。火薬を使った爆発によって描く作品や花火を作品にすることで知られる蔡さんとともに、布地にカラーテープで花火を描くという内容のこのワークショップは、応募者多数のため抽選で選ばれた小学生の子どもと親、39組の参加となった。

蔡さんは留学中に覚えたという日本語で子どもたちに、「絵を描くのは、悲しい、嬉しい、といった心の風景を描くこと。アートの勉強というのは、美しいものが見えるようにする心の訓練。そしてアートはひとりではできないから、いいものを共有できる友達を見つけることが大事」と語りかけた。

蔡★IMG_0535

そしてカラーテープを使ってキャンバスに花火を描くワークショップでは、「花火は自由に夢を描けるものだね」「いつかこんな花火をつくりたいね」と声をかけながら、制作している子どもたちの間をにこやかに回った。

参加した子どもたちにとって、同じ時代に生きているアーティストに直にふれることのできた豊かな時間だったろう。直近でも『ヨコハマトリエンナーレ2014』や『石田尚志 渦まく光』展にあわせ、アーティストによるワークショップを開催してきた。多くの子どもたちがアーティストに出会い、本物の美術にふれる機会を得た。

親子講座「動く絵をつくろう!」(石田尚志展関連ワークショップ)

親子講座「動く絵をつくろう!」(石田尚志展関連ワークショップ)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

 

横浜美術館の子どもたちに向けて実施してきたプログラムすべてに言えるのは、開館当初からの変わらぬ理念のもとに、専門的知識を備えたスタッフが子どもたちの自主性が発揮されるコンディションづくりを徹底して行なっていることだ。

「楽しかったーと言って子どもたちが帰ってくれるのが嬉しい。でも『楽しい』には二つあって、その場で心身が解放されて『楽しい』のと、できなかったことができた、じっくり考えて苦しかったけど達成した『楽しい』がある。その両方をこれからも子どもたちが味わえる場でありたい」と山﨑さんは言う。

「私たちは準備にとても時間と労力をかけています。それが子どもたちの喜びにつながり、学校や保護者の方から信頼していただいて、第二世代の出現となっているのなら嬉しいですね」と岡崎さん。

26年という年月の間、変わらぬ信念とともに、子どもたちに向き合ってきた場所、横浜美術館「子どものアトリエ」。大きな責任を果たし続け、信頼に応え続けてきたことに感じ入った。

(次回は、横浜市民ギャラリーと横浜市民ギャラリーあざみ野の取り組みを紹介する。)

横浜美術館 撮影:笠木靖之

横浜美術館 撮影:笠木靖之

 


【これから参加できる横浜美術館・子どものアトリエのプログラム・インフォメーション】

◆親子のフリーゾーン
内容:「ねんど」「えのぐ」「かみ」などの基本的な素材を使い、親子で楽しめる造形体験の場。個人で参加する12歳までの子どもと保護者が対象(団体利用不可)。
日時:日曜日の10時~11時30分(月3回程度)
  *日程は横浜美術館のホームページをご確認ください。
料金:保護者および中学生以上は有料(1人100円)
事前申込み不要、定員制

◆夏休み子どもフェスタ2015
内容:横浜美術館のコレクション展2015年度第2期の作品鑑賞。中学校の美術の先生と横浜美術館エデュケーター(教育担当)が展示室に常駐し、夏休みの小・中学生の作品鑑賞をサポート。
日程:8/8(土)~8/12(水)0時30分~14時(受付は13時30分まで)
   ※ 8/9(日)のみ、13時30分~16時(受付は15時30分まで)
会場:コレクション展展示室
対象:小・中学生
参加費:無料 
※当日有効の観覧券が必要。 小学生以下無料。中学生は土曜日観覧無料。

◆募集中のワークショップ
子どものアトリエ ワークショップページをご覧ください。

【横浜美術館へのアクセス】
『蔡國強展:帰去来』 開催中
2015年10/18(日)まで

開館時間:10時~18時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:木曜日、年末年始
*開館日・時間は展覧会によって異なる場合があるので、詳細はカレンダーで確認を。
住所:横浜市西区みなとみらい3丁目4番1号
最寄り駅:みなとみらい線「みなとみらい」駅、JR線・横浜市営地下鉄「桜木町」駅
お問い合わせ: TEL:045-221-0300(代表)
http://yokohama.art.museum

Vol.2 横浜市民ギャラリー、横浜市民ギャラリーあざみ野の取り組み
Vol.3 横浜みなとみらいホールの取り組み
Vol.4 横浜能楽堂、横浜にぎわい座の取り組み