伊藤郁女—— 世界が注目するダンス振付家、横浜に再び

Posted : 2015.01.28
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2002年、横浜ダンスコレクションで「横浜市文化振興財団賞」を、さらに2004年には「ナショナル協議員賞」を受賞。その後、世界の名だたる振付家とのコラボレーションなどで世界に羽ばたいた伊藤郁女(かおり)さん。そんな彼女が横浜の舞台に帰ってくる。どんなパフォーマンスを見せてくれるだろうか。世界各地を飛び回る彼女の、精力的な創作の源について語ってもらった。

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ヨーロッパで創造する

ダンサーであり、ダンス作品、オペラ、演劇の振付家であり、映画作家としても、また画家としても活躍する。近年、彼女の創造の対象は大きく広がってきている。
2014年も大活躍だった。

伊藤郁女映画photo 2小

フランス、ブルターニュ地方にて映画『Ca barde chez les bardes』撮影時のひとコマ

パリの王立劇場「コメディ・フランセーズ(Comédie-Française)」からの依頼で、ヴィクトル・ユーゴー原作の『ルクレツィア・ボルジア』の舞台の振付を行なった。
やはりパリを拠点に活躍する俳優で演出家の笈田(おいだ)ヨシさんが演出した『Yumé』の舞台に、ダンサーとして出演するとともに振付を担ったのも、大きな話題だった。これは「イル・ド・フランス・フェスティバル(Festival d’Il de France)」からの依頼だ。
スイスでの活動も重要になってきた。昨年末は、パリからジュネーヴに足しげく通っていた。ジュニア・バレエ学校に招かれて、生徒たちを指導しながら作品づくりをしていたのだ。

「最近は本当に忙しくなって、時には断念するオファーも出てきてしまっています。でもいろんな方と出会えるのはとても好きなのです。80歳を超えられた笈田ヨシさんとは、今年はぜひ俳優とダンサーとして一緒に舞台に立ちましょう、と話しています」

パリの劇場やフランス中の演劇祭からのオファー、スイスのバレエ学校、ヨーロッパのダンス・カンパニーや俳優から指名されての指導、など、近年まさに引っ張りだこの伊藤さん。ヨーロッパのコンテンポラリー・ダンス界では、もう欠かせない売れっ子の存在だ。  

伊藤郁女電車photo 2

ジュネーヴとパリを電車で移動(撮影:伊藤郁女)

精力的な活躍を支えているのはどんな時間だろう。
「ヨーロッパはどこでも電車で行けるのでそんな移動の時間が好きです。ジュネーヴはパリから電車で3時間半くらい。
コンピューターを開いて振付を考えたり、創作の時間にあてることも多くなりました」

 

 

 

 

 

言葉を信じない、身体表現を信じる

今、伊藤さんの頭を占めているのは次の舞台の企画だ。父である彫刻家の伊藤博史さんと 今年の秋、パリのシャイヨー宮にあるシャイヨー国立劇場で踊るという計画だ。エッフェル塔を臨む舞台に娘とともに立つことを楽しみにしている博史さんは67歳、体力づくりのトレーニングに励んでいるのだという。作品タイトル(フランス語)は、『私は言葉を信じないので踊ります』という意味。どんな思いが込められているのだろう。

「昔から私は言葉を信じないのです。
特に日本人は、言っていることと思っていることが全然違ったりしますから。口に出す言葉よりも、言葉の間に見えるジェスチャーのほうが言葉自体よりも重要に思えるんです。
私にとって踊りというのは、嘘がつけないもの。そういう意味で言葉を信じなくても私は身体の動きを信頼しているので、踊りだけでどうやってコミュニケーションが取れるかをいつも探しているんです。
今度の父との舞台も、ずっと遠く離れて暮らしてきた、家族の中で一番距離感のある人と一緒に踊ることで、コミュニケーションを取り戻したいというのがテーマです」

伊藤郁女カンパニー

現在振付中のダンス・カンパニーとともに(パリにて)

 

日本人のアイデンティティーを探して

伊藤さんは今、自身のダンス・カンパニーをパリとジュネーヴに設立しようとしている。その名も「HIME」。「郁女(かおり)」という彼女の名は平安時代のお姫様から付けられたのだとか。自身のダンス・カンパニーを始動させるのは、今後もヨーロッパを拠点としていく決意なのだろうか。日本人としてヨーロッパで活動することの意味を聞いてみた。

「ヨーロッパの人達が私のダンスを独特だと感じ取って、活動の場を次々に与えてくれるのは、やはり私の日本人としてのアイデンティティーに由来すると思うようになりました。
もう13年も日本を離れていて、日本語も忘れかけている中で、自分にとっての日本というのは何なのかを真剣に考えるようになってきました。そのヒントとなるのが、自然が人間を存在させている、という日本人ならではの視点かもしれません。ヨーロッパは自己がまず中心にあり、自分がまわりの空間を変化させるという考え方ですけれど、日本人は空間が自分を呼ぶのでその空間に影響されて自分が変化する、という感じ。
日本を離れていても、たぶん私のダンスは、空間が身体を動かしているという日本的な感覚があるために、欧米人にとっては異質の価値を感じてもらえているのかもしれません。その意味を突き詰めてみたいです」

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伊藤郁女さんが好きな夜明けの風景、ブルターニュ地方ランデルノーにて(撮影:伊藤郁女)

 

横浜でのスペシャル・ステージが実現

そんな伊藤郁女さんが横浜に帰ってくる。
日本では最大級のダンス・フェスティバルである「横浜ダンスコレクション」は、伊藤さんの才能を早くから評価してきた。20年目を迎える今年、歴代受賞者の中から選ばれ、スペシャル・ステージに立つ。2009年、マルセイユ国立劇場や横浜赤レンガ倉庫1号館など、数々の場所で上演した作品『Solos』の再上演だ。どのような思いでいるのだろうか。

「2009年の初演当時は、フィリップ・デクフレ、アンジュラン・プレルジョカージュ、ジェイムズ・ティエレ、アラン・プラテル、シディ・ラビ・シャカウイ、いろいろな高名な振付家の方からお声をかけていただいて、ダンサーとしてパフォーマンスをしていた頃でした。男性の振付家たちのそれぞれの理想の女性像を踊るという期待に応えていた時だったんです。
ふと息をついてみたときに、自分にとっての女性像ってどんなだろう、と疑問を持ったのが『Solos』という作品を作った動機です。4人の女性のシーンで構成しました。最初のシーンのモチーフはドイツの1930年代の女優のルイズ・ブルックスです。彼女には、ヨーロッパの女性の典型を感じるのです。
男性振付家たちの理想の女性のイメージではなく、自分にとっての女性のイメージを探してみたかったのです。
モチーフや構成は当時と同じですが、舞台表現は変化してきていますので、今の私を見ていただきたいですね」

日本の観客を前に踊ることは、ヨーロッパで長く暮らす伊藤さんにとって格別の思いがあるという。

「私が5才から習っていたバレエの先生が必ず見にきてくださるんですよ。家族やお世話になった方に現在の自分を見せるというのは大事なことだと思っています。また日本の観客は、受けるところや笑うツボがヨーロッパの観客とは全然ちがいます。空気感を肌で感じることで、私の踊りに自然に反映されると思います」伊藤郁女プロフ

「日本のダンス界の人達に私ができることがいろいろあると、最近になって思えてきました。ダンス作品をつくりたいと思うアーティストが必要とする情報やスキルを手に入れる方法を渡してあげたいなと。私の責任として果たしていきたいと思っています」

横浜から世界に羽ばたいた振付家は、最後に先駆者ならではの責任感を口にした。

 

●PROFILE
いとうかおり
5歳からクラシックバレエを高木俊徳に師事。ニューヨーク州立大学パーチェス・カレッジ留学後、立教大学にて社会学と教育学を専攻。フィリップ・ドゥクフレ”IRIS“で主要ソロやベロニク・ケイ”ライン”(村上龍作)に出演するほか、アンジュラン・プレルジョカージュとの活動、オペラ”眠れる美女”(シディ・ラルビ・シェルカウイ振付)、アラン・プラテル”Out of Context“に出演。 自作”Island of no memories”でフランスの振付コンクール、(ル)コネッセンス1位を受賞し、彩の国さいたま芸術劇場をはじめ、フランス、スイス、イタリア、ポルトガル、ドイツ等で公演。 2011年、第5回日本ダンスフォーラム賞受賞。アラン・プラテルのカンパニーにて、”ASOBI”をプロデュースし、2014年Dance New Airで上演。 2014年笈田ヨシと”Yumé”を共同制作、出演。


【イベント情報】
横浜ダンスコレクション 
20th Anniversary Special Performances

日程:1月31日(土)19:00 2月1日(日)16:00
全席自由
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
最寄り駅:みなとみらい線馬車道駅
チケット:一般前売:¥3,800 学生前売:¥2,800 当日は¥500増し
お問い合わせ先:
TEL 045-211-1515
http://www.yokohama-dance-collection-r.jp/jp/20th.html

上演作品:

Co.山田うん “ワン◆ピース”
振付・演出: 山田 うん
音楽:ヲノサトル
出演:荒悠平、川合ロン、木原浩太、小山まさし、酒井直之、城俊彦、長谷川暢
衣装:池田木綿子(Luna Luz)

伊藤郁女 “SoloS”
振付・出演: 伊藤郁女
音楽: ギヨーム・ペレ
照明デザイン:クリストフ・グレリエ
アシスタント:ガブリエル・ウォング

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