2023-03-01 コラム
#都心 #音楽 #パフォーミングアーツ #助成

異質なものたちとの出会いから得てきた、純度の高い身体性――振付家・ダンサー 小暮香帆さん

アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)が次世代のアーティストのキャリアアップを支援する「U39アーティスト・フェローシップ助成」。その2022年度フェローシップ・アーティストの1人が振付家・ダンサーの小暮香帆だ。DaBY(Dance Base Yokohama)レジデンス・アーティストでもある小暮は、近年おもに横浜を拠点に創作活動や作品発表を行ってきた。この2月にはBankART Stationで、ソロ活動10周年を記念する新作「『D ea r    』改訂版」を上演したばかりだ。

 

 

6歳よりモダンバレエを始め、現代舞踊教育に定評のある日本女子体育大学に進んだ小暮が、ダンスの基礎訓練を重ね、揺るぎないテクニックを培ってきたことは、彼女のダンスを見れば一目瞭然だ。一方で、ここまでの道程にさまざまな異質な才能とのめぐり合いがあったことが、彼女のしなやかな弾力性に富んだ表現に繋がっていることも容易に想像できる。

「モダンバレエの世界ではどれくらい高く足が上がるかというようなテクニックが評価されますが、大学に入ってからはダンスの身体性というものに興味を持つようになりました。どちらかというとダンサー気質というか、自分の作品を創作するより、いろいろな人の作品に楽しく出演してきました。多様な身体性やバックグラウンドを持つダンサーたちと踊れることが嬉しくて」

そんな大学時代に、舞踏家でオイリュトミストである笠井叡が主宰する天使館で、『虚舟』のクリエイションに参加したことは大きな転機となった。
「衝撃でした。半世紀くらい歳の違う私と真っ直ぐに目を合わせながら、笠井先生が『ダンスってわかんないですよね?!』と話しかけてくださった。そうか、わからなくていいんだ、わかろうとしなくていいんだと」

また同時に、次々と舞い込むようになった出演依頼を積極的に受け、ギャラリーやライヴハウスといった劇場以外のハコで踊る機会を重ねてきた。
なかでも当時、六本木のスーパーデラックス(以下SDX)では週末ともなれば、コンテンポラリーダンス、現代音楽、映像、演劇といった異ジャンルのアーティスト同士のライヴパフォーマンスが展開されていた。SDXディレクターであるマイク・クベック(a.k.a.ビア・マイク)の企画で、ジャズミュージシャンの坂田明や映像作家の中山晃子など、多彩な領域のアーティストとのコラボレーションを体験したことは、小暮にとって貴重な「武者修行」となった。

 

 

もちろん劇場の関係者やダンスの専門家に見てもらうことは大事ですが、それだけでは健康的じゃないなと思い始めたんです。ライヴイベントでダンスを踊ることが積み重なるうちに、ただ振付を美しく上手く踊ることよりも、街の景色や人の動きを反映したリアリティと強度のある身体を追求したい、と思うようになりました。同時期に、笠井叡さんや山崎広太さん、鈴木ユキオさんといった舞踏をルーツに持つ方たちの作品に関わったことで、〈経過の身体〉というものを知ったことも大きいですね」

その後の活躍は目を見張るものだ。劇場、ライブ、メディアなど多彩なプロジェクトに参加しながら、近年では映画や映像作品への振付・出演、さらに今年度秋はパリコレのランウェイに登場するなど、ますます活動の幅を広げている。
ここ数年の小暮の活動を振り返るだけでも、数多くの印象的なシーンがあった。

 

beautiful people 2023S/Sパリコレの様子

 

たとえば、同じ日本女子体育大学出身の映像作家・ダンサーの吉開菜央の監督作『ほったまるびより』(2014年)と『みずのきれいな湖に』(2018年)に出演したことは鮮烈なイメージを残した。

前者では、4人の女性ダンサーの一員として、古民家に溜まったかつての住人の気配が染み出す様を身体表現により表出させた。後者では、静かな湖面で水中に身体を沈めながらソロダンスを踊った。
「お風呂からちょっとした滝壺まで、これまであらゆる水の現場を経験した」(小暮)というが、いまから思えば、水というものと小暮の表現に共通する象徴性があったことに気づかされる。

Dance New Air 2019のプログラム、ハラサオリ振付による『no room』(2019年、旧ノグチルーム)に出演したときは、ハラと渡りあうに相応しい都市的なセンスが際立った。イサムノグチが手がけた瀟洒で温もりのあるモダンデザインのインテリアを舞台に、端正な家具や涼やかな観葉植物のような佇まいに惹きつけられた。

2020年、六本木の雑居ビルに期間限定で展開したオルタナティヴスペース、ANB Tokyoのオープニングで、小暮はオンラインライブ&パフォーマンスに参加している。
全館6フロアを激しく行き来しながら、各階で演奏する角銅真実内橋和久ら手練れのミュージシャンたちとの120分にわたるセッションを1人でやり抜いた。コロナ禍のステイホーム中、Macのモニター越しに、暗視カメラのような画質のその映像をどこか窃視的な距離感で観る体験は非常にスリリングだった。

「劇場でもなく、ギャラリーやライヴハウスでもない場での過ごし方を考えることで、ダンス公演とは違う表現や距離感を発見しました。ダンスをあまり知らない人にも観てもらえる場はすごく大事で、責任を感じます。もしかしたら、その人は今後一生ダンスを観ないかもしれない。できればそれは避けたいし、ダンスいいじゃん、って思ってもらいたいですよね」

こういった場での小暮の「過ごし方」が観る人の意表を突くことは、その後、『Chim↑Pom展:ハッピースプリング』(2022年、森美術館)の展示空間に設けられた「道」=ストリートで行われた“いきなり!誰でもダンスバトル!!”(企画:Aokid)で、キッズダンサーと対戦して優勝を勝ち取るという「空気読めない&おとな気ない」(小暮)ワイルドさからもうかがえる。

Whenever Wherever Festival 2021では、山﨑広太企画・演出による「Becoming an Invisible City Performance Project〈青山編〉」 に参加(2021年、スパイラルホール)。
「ダサかっこわるいダンス」というお題で、ダサい衣装で集まったダンサーたちが懸命に即興を繰り広げる演目では、小暮だけがぜんぜんダサくもかっこ悪くもないが特異すぎる「居かた」を見せ、それがかえって尖って超然としていた。

DaBYの企画による「Tokyo Jazz 20 th」ライブ配信(2021年、Blue Note Tokyo)でも同様。夜のクラブでセクシーなドレスに身を包んだダンサーたちがジャズバンドと共演するという婀娜っぽい設定のなかで、小暮がひとりでユニセックスな植物性の透明感を見せていたのが痛快だった。

柿崎麻莉子の演出による『wild flowers』(2020/2021年、さいたま芸術劇場)、「WINGY」(2022年、神奈川県立青少年センター スタジオHIKARI)への参加も、作品自体の持つ洗練された奔放さに小暮の伸びやかな身体が気持ち良くフィットしていた。
その後、柿崎麻莉子、中村蓉との新しいプロジェクト「MOSA/月面着陸」をローンチし、今後も活動が待望されている。

鈴木ユキオプロジェクト「刻の花/moments」(2022年、シアタートラム)への客演も記憶に新しい。さまざまなダンサーが混在する出演陣で、作品世界とそこでのポジションの取り方を飲みこみ消化するクレバーさと素直さを兼ね備えた小暮の立ち位置は、彼女の身体性の癖が生かされていた。

 

「場」に対する浸透力と自律性を共立する身体のリアリティ

 

「『D ea r 』改訂版」Photo:金子愛帆

 

この2月にはソロ公演『D ea r     』を上演した。

本作は、『遥かエリチェ』(2013年)、『ミモザ』(2015年)、『ユートピア』(2017年)に続く、『Dear      』(2021年、天使館)の改訂版である。初演では一般から集められた”Dear”と言う音声を使用し、「個人的な記憶、人や場所を頼りに」(小暮)創作された。

 

『Dear 』(2021年、天使館)Photo:笠井禮示

 

本公演の会場BankART Stationは、みなとみらい線新高島駅に隣接した地下スペースで、コンクリートの無機質な空間にはときどき電車の音や振動が伝わってくる。
その奥に向かって極度に細長く設けられたアクティングエリアに、真っ白の帯状のリノリウムシートが道のように敷かれ、ほぼ同じだけの長さの客席と対峙する。舞台としては異例の空間構成がここでは絶妙の異化効果をもたらした。

おおかたの予想を翻すように、小暮は上半身に何も纏わず、ヌードの背中を見せてそこに入ってくる。彼女が抱えた大型のフロアランプの灯りが骨格や筋肉の動きを浮かび上がらせる。やがて床の動きに移ると、重量のある白いシートが引き寄せられて波打ち、折り畳まれたドレープが衣のように身体を覆う。
打楽器のほかさまざまな音を自在に操る音楽家・角銅真実が、小暮の身体と意識の動きに伴走する。
オーバーサイズニットのなかでゆったりと身体が泳ぐムーヴメントを見せるシーンでは、そのリラックス感が伝播したかのように、角銅も離れた場所でフリースタイルのダンスを踊っている。「作品の奥行きや風通しを汲み取り、見つけだしてくれた」(小暮)という音楽家と振付家の信頼関係が生かされていた。

 

「『D ea r 』改訂版」Photo:金子愛帆

 

「今回、いつかやってみたいと思っていた演出を全部やってみることにしました。冒頭のシーンでは裸の身体を見せましたが、私は以前から自分の身体にコンプレックスを持っています。〈嘘のない居かた〉をするために、主語でない身体はどこにあるのか、その空間的な位置づけを見つけようとしました。舞台上のオブジェや空間のスケールとの関係や情景から引き出される動きを紡いでみよう、と。
巨大なニットはデザイナーのKota Gushikenさんにお願いしました。セーターやスリッパ、フロアランプなどを使って、ゆるゆる、だらりんとしたホーム感を出したかった。このシーンでは泣いている観客の方がいて、客席が近いのでこちらまで聴こえてきました」

もうひとつ、鏡面のシートが水たまりのようにフロアに置かれている。そこでの踊りは、まさに小暮ならではの、真っすぐに立つ華奢な水鳥とその翼から滴る水を思わせるものだ。
音、光、身体、オブジェ、空間さえもが透明感を帯びるような、その詩性あふれる演出に陶然とさせられた。空間の的確な配置や照明の緩急といったテクニカル面も作品世界を見事に表現している。「(一般に)ソロ公演はどうしてもストイックさを感じさせますが、この作品ではくつろいだりありのままの身体とニュートラルな語りのなかで、テクニックを魅せるダンスだけでは削ぎ落とされて失われていくノイズの複雑さみたいなものを届けられたかなと思います」

 

「『D ea r 』改訂版」Photo:金子愛帆

 

これまでも小暮香帆だけが持つ特異な身体性と、純度の高い水を思わせる清涼なイメージに魅了されてきた。一方、こうしてダンサーとしての活動歴を思い返し、アップデートされたソロダンスの作品の余韻を味わっていると、彼女の「場」に対する浸透力ときっぱりとした自律性が共立していることに改めて気づかされる。
一癖も二癖もある表現者とのコラボレーションがいずれもスムーズかつ豊かに結実してきたことは、実は特別なことであり、それは小暮の持ち味である真摯な親和性によるものだ。
また、個人の創作の「場」でも、作り手として立つ環境や風景との関係性や距離感を鋭敏につかみ取り、昇華していく独自の表現力を身につけてきた。

今後も引き続き、DaBYの恵まれたスタジオを拠点に「オープンな場所での孤独な作業」による「心身共に健康的なクリエイション」(小暮)に集中する日々が続く。
また3月には京都で倉田翠主宰「akakilike」の新作に、何度か協働してきたダンサー・アーティストAokidらと共に出演する。
異質なものたちとの出会いや摩擦さえもインスピレーションに換え、唯一無二のリアリティを持つ身体性をますます発展させていくことを期待したい。

会場協力:Dance Base Yokohama

取材・文:住吉智恵
写真:大野隆介(注釈のあるもの除く)


【プロフィール】

小暮香帆(コグレ・カホ)
ダンサー・振付家。6歳より踊り始める。国内外で自身の作品を発表しながら、様々な領域で動きの美学を展開。また笠井叡をはじめ多数振付家作品に出演、海外ツアーに参加。近年はミュージシャンや他ジャンルのアーティストとのコラボレーション、映画/映像作品への振付出演、“beautiful people”S/S2023パリコレ出演など活動の幅を広げている。DaBYレジデンスアーティスト。2022年度アーツコミッション・ヨコハマU39アーティスト・フェロー。めぐりめぐるものを大切にしている。
https://kogurekaho.com/

【インフォメーション】

akakilike 新作ダンス公演『15:00(静かに)電子レンジを壊す』
演出:倉田翠
出演:Aokid 倉田翠 小暮香帆 仲谷萌
日時:2023年3月24日(金)20:00~
3月25日(土)13:00~/18:00~
3月26日(日)11:00~/16:00~
会場:NEUTRAL・Gallery PARC

LINEで送る
Pocket

この記事のURL:https://acy.yafjp.org/news/2023/82203/