2022-09-16 コラム
#福祉・医療 #生活・地域 #パフォーミングアーツ

メンタルヘルスに不調を抱えている人たちが「未知なる大地」へ踏み出すために――OUTBACKアクターズスクール校長 中村マミコさんインタビュー

メンタルヘルスに不調がある人たちが、自らの経験や言葉をもとにオリジナル劇をつくりワークショップを行う「OUTBACK(アウトバック)アクターズスクール」。2021年4月に開校し、約20人の一期生がプロの俳優らとともに演劇をつくり同年11月に初公演を開催しました。2022年4月からは二期がスタート。10回以上にわたるワークショップを経て、秋の公演に向けた準備をすすめています。メンバーの実際の体験をもとに、脚本、音楽などプロの手も入れて、一つの物語をつくりあげます。「演劇は声をあげる練習の場」だという、OUTBACKアクターズスクール校長の中村マミコさんにお話を聞きました。

「支援する/される」の関係性をこえて

――最初に、なぜOUTBACKアクターズスクールを立ち上げられたのでしょうか。

中村マミコ(以下、中村):2020年、神奈川精神医療人権センター(略称・KP/第三者機関として、精神科医療に関する人権擁護活動と、メンタル不調を抱える人たちの発信力向上・回復プロジェクトに取り組む民間組織)の立ち上げに私自身が関わっていたのですが、そのKPの関連プロジェクトとしてOUTBACKアクターズスクールはスタートしました。KPをはじめたジャーナリストの佐藤光展(みつのぶ)さんが、私が以前世田谷パブリックシアターで演劇ワークショップの企画制作をしていた経験や、横浜市内の福祉事業所で働いていた経験に興味を持ってくださったことで具体的なプロジェクトとして始まりました。精神障害やその医療を取り巻く問題は根深く存在しますが、なかなか社会に認知されていません。障害のある方々も、自分の経験を広く伝える機会がほとんどない。演劇という手法を通じて、その経験を彼ら自身が伝えていくことに意味があるのではないか、と考えたことが大きな背景としてあります。

――演劇に関わる仕事から福祉の業界に転職された経歴がスクールの設立に大きく影響しているのですね。

中村:その福祉事業所には2012年に転職して支援スタッフとして10年ほど働いていましたが、精神障害のある人が働く就労支援施設でありながら、どちらかというと居場所として機能していました。たとえば長年入院生活をしていた人が、退院して仕事を探し始めたときにはすでに50代を過ぎている。そういう方々が地域のなかで生活を再構築するための場所でした。ただ、私は文化に関わる仕事はしてきたものの福祉のバックグラウンドがなかったこともあって、いろいろな壁にぶち当たりました。

――それはどのような「壁」だったのでしょうか。

中村:一番は「支援する/される」という関係性をどう受け入れて良いかわからなかった、という点です。支援する/されるという関係には権力構造がありますよね。人生のさまざまな出会いのなかで、信頼関係を築いたうえで、誰かを支援する/誰かに支援されるという関係になることはあるかもしれません。ですが、最初から対等ではない関係が前提とされていることに違和感をぬぐいきれず、事業所に通う人たちとどのように向き合えばよいか悩みました。そこで自分の経験を生かし、みんなと一緒に演劇をつくってみてはどうだろう、と思ったんです。仕事の合間をぬって有志で演劇をつくり、ちょっとした発表をしたり。当時は自分のためというのが大きかったかもしれません。




OUTBACKアクターズスクールのワークショップ。講師の前原麻希さん(一番上の写真右)のアドバイスのもと、メンバー同士で話し合いながら劇をつくっていく。

これまでの経験を言葉にし、音楽にし、演劇にしていく

――福祉事業所で出会った人たちと演劇をつくることを通し、関係性など何か変わりましたか。

中村:演劇を一緒につくることで、「支援する/される」という関係性ではなく対等になった気がしました。もちろん演劇経験の有無によって、ある意味では私のほうが力を持っていたかもしれません。ですが、「支援者」と「利用者」ではなく、個人と個人として一緒に一つのものをつくれたことによって、ようやく自分の仕事を受け入れることができ、支援の中での権力構造に自覚的になれました。
一緒に演劇つくるのって本当に面白いんですよね。演劇を通して病の回復につながるならそれはうれしいですが、そこが第一の目的ではなくて。面白いと思うからいまでも続けられています。



この日はメンバーの90年代に経験したエピソードからストーリーを組み立ていった。

――昨年も今年も、OUTBACKアクターズスクールには20名ほど参加されています。スクールに参加するメンバーに変化などはありますか。

中村:最初は本当に声が小さくて聞こえないくらいの声量だったメンバーが、明らかに声が大きくなり、堂々と舞台にたっていたことには驚きました。それからメンバーのなかに普段はサラリーマンをしている方がいます。以前うつになって休職していた経験もあって参加しています。彼から以前きいたのは、週末に開催するこの場が、仕事でも家庭でもない、第三の居場所になったと。ここで出会う仲間は、仲の良い友人グループではなく、たまの週末に演劇のために集まり、解散する。そういうバランスが自分のなかでとても心地よいと言っていました。彼はワークショップで頻繁にアイデアも出しています。職場では「私」を自由に出すことはできないけれど、スクールではアイデアを出し発言できる。それも一つの魅力だと思います。



ワーク「花と石」

――ワークショップを拝見して、みなさんが自由にアイデアや発言をポンポンと出されているのが印象的でした。ウォーミングアップにはじまり、全身を使った自己紹介、歌の練習、そして実際に公演に向けた劇をつくるなど、終始明るくて楽しい雰囲気の2時間のワークショップでしたが、「花と石」のワークショップで語られたみなさんのお話は、やはり壮絶な経験をされているという事実に直面した時間でした。

中村:「花と石」は、生まれてから現在までを直線で表したとき、人生のターニングポイントに花や石を置いていく心理療法をアレンジしたワークです。自分のこれまでの経験を思い出しながら、そのときのイメージ、印象に合った花や石を置いていく。学生のころにいじめを受けたり、幼少期に親と離別したり、家族とのトラブルがあったり。そういった経験をみなさんサラッと語りますが深く傷を負っているはず。ただこの場は治療ではないので、一つひとつの事柄を掘り下げることはせず、その人のことを知ってもらう機会にしています。メンバーの経験を共有し、演劇のストーリーにいかしていくためのワークショップでもあります。


そのままで生きていられたら良い

――これまでの経験を臆することなく堂々と語ったり、活発に意見を言い合ったり。こうした場づくりで工夫されていることはありますか。

中村:みなさんは話をきくのが上手なんです。目を見たり、相槌をうったりするわけではないのですが、きちんと受け止めている感じがある。聞いていなさそうできちんと聞いてくれている。突飛な話題があったり、意見が違ったりしても絶対に頭ごなしに否定しないで受け止めてくれます。だからこそ、自由に話せる雰囲気が生まれる。常にそういう場でありたいと、私自身も思っていますし心掛けてもいますが、それ以上にみなさんがよく知っているんだと思います。何が人を傷つけ、何が人を受け止め、癒すのかを。

――昨年の公演では、個々の経験をもとに一つの物語「まだ見ぬ世界へ!」というタイトルで舞台をつくられました。公演を見た方からはどのような声がありましたか。

中村:印象に残っているのは「癒されました」という感想でした。私たちは誰かを癒す目的でやっていたわけではなかったので、共感してくださったんだとうれしかったです。メンバーの多くは、慢性的な障害によって生きづらさがあったり、病気による社会的な差別や偏見を受けたりと大変な思いをしてはいるけれど、そのなかに誰もが共感できる、普遍的な部分があるのだと思います。


――最後に、スクール名にある「OUTBACK(アウトバック)」とはオーストラリア英語で「未知なる大地」の意味だそうですが、この名前にはどのような思いがこめられているのでしょうか。

中村:この社会では、「障害」や「病名」など一方的に決められた枠にはめられてしまう人が多くいます。本人の意志、希望とは関係なしに。でもほんとうは、その人がそのままで生きていられたらいいわけです。決められた枠にとらわれず、一歩その外に出てくれたらいいなという願いをこめて「未知なる大地」と名付けました。未知なる何かに挑戦することは、自分自身の殻を打ち破ると同時に、社会がいつの間にかつくり出している「あたりまえ」や「常識」を覆すことにもつながります。
精神の病はいまだに解明されていないことが多いのですよね。薬で症状はおさまるかもしれませんが、完全に治癒につながるとは限らない。科学的な治療が難しい分野です。発症の原因としても社会的な環境因子が大きく影響するので、時代とともに変わっていく病でもあります。だからこそ、枠を取っ払っていきたいな、と。演劇はユニークな人生経験やキャラクターを生かせる場所だと思うのです。「OUTBACK」という言葉には、こんな窮屈な社会だからこそあえて「一歩踏み出してみよう!」という思いをこめました。

構成・文:佐藤恵美
撮影:森本聡

【プロフィール】

中村マミコ(中村麻美)
OUTBACKアクターズスクール校長。横浜市出身。早稲田大学第一文学部在学中よりBankART1929に関わり、街中の空間を芸術活動に生かす方法などを学ぶ。2005年から世田谷パブリックシアターに勤務し、演劇ワークショップの企画制作や、教育普及事業を担当。2012年以降、横浜市内の福祉事業所で支援職として働きながら、芸術活動を障害者支援に幅広く生かす方法を模索。「演劇ワークショップファシリテーター」として、フィリピンで演劇普及活動を行うなど海外でも活動。2020年、KP神奈川精神医療人権センターの立ち上げに関わるなかでOUTBACKアクターズスクールの構想を組み立て、現在に至る。


【インフォメーション】

OUTBACKアクターズスクール第2回公演「漂流アイランド」
日時:11月3日(木・祝)14:00開演
場所:横浜人形の家 あかいくつ劇場
料金:2000円(全席自由)
予約:outback.into.2021@gmail.com まで

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