2022-07-08 コラム
#映画・アニメ

横浜で映画を撮り、上映するということ――『ある惑星の散文』深田隆之監督

人生に停滞した人々がとある町でじっと暮らしている。映画『ある惑星の散文』は、横浜市中区の本牧地区にて全編が撮影された“青春映画”だ。脚本家志望のルイは、映画監督である恋人・アツシが海外の映画祭から帰ってくるのを二人の新居で待っている。かたや元舞台俳優の芽衣子は、兄のマコトから、離れて暮らす父親の近況を聞かされる。女性ふたりの人生は、ひょんなことからゆるやかに重なり合っていく――。

第33回フランス・ベルフォール国際映画祭の長編コンペティション部門に選出された本作を手がけたのは、濱口竜介監督作品『偶然と想像』(2021年)で助監督を務めた深田隆之監督。横浜に生まれ、この地で長らく活動を展開してきた深田監督は、本作を横浜の本牧地区にて撮影したほか、2013年から“上映”とはなにかを考える試み「海に浮かぶ映画館」を主催している。 今回は、映画制作・上映・教育が自らの軸だと語る深田監督に、『ある惑星の散文』の製作秘話や横浜という土地との関係、そして多岐にわたる活動をじっくりと訊いた。

『ある惑星の散文』と横浜・本牧地区

――『ある惑星の散文』を撮る以前、深田監督は本牧とあまり接点がなかったとお聞きしました。なぜ本牧を撮影地に選ばれたのでしょうか?

深田隆之(以下、深田):本牧という場所も、この土地の歴史も面白いなと思ったんです。初めて本牧を訪れたのは、2014年に「本牧アートプロジェクト」が開かれた時でしたが、町を回ってみると「なんだか不思議な町だな」と。もともとは漁村だけれど、終戦後は米軍に接収されたので、アメリカの文化や匂いが残っていた。戦後しばらく経ち、鉄道計画が動き出した頃に町を発展させようとしたものの、うまくいかなかったという歴史もあるようです。土地の勾配も面白くて、港湾もあれば住宅地もあり、山々があり、そして高速道路が境界線のように通っている。住宅街なので休日は人も多いのですが、どことなく人がいない雰囲気もあって。この町で映画を撮れれば、行き場を失った人々の物語を、土地と呼応させた形で表現できると思いました。

――脚本は本牧のロケーションありきで書かれたのでしょうか? それとも、あらかじめ物語が先にあったのでしょうか。

深田:物語や登場人物のアイデアはありましたが、両方を同時に進めた印象です。一般的には脚本が書けてからロケーションを探すものですが、この作品の場合、本牧に通いながら脚本を書けたことは非常に大きかったですね。土地からインスピレーションを受け、具体的な場所をイメージした場面もあります。たとえば映画の後半には映画館が出てきますが、それはまさに“場所ありき”で、「あの場所で撮れないならもう無理だ」と思っていたほど。がらんどうの映画館なのですが、ミニシアターや名画座ではなく、シネコンなのが面白い。物語としては非常に重要な場面でしたが、脚本とロケーションが一体となって生まれました。

――本牧の町が映画にそのまま活きているということですね。実際に町を歩いてみて、どんな魅力があると感じられましたか?

深田:歩いていると、景色が変わっていくのが面白いですね。中心街にはスーパーがあり、レストランもありますが、少し歩くと人の姿が見えなくなり、港湾へ向かうトラックが走る通りに出て、さらに港のほうは工業地帯になっている。人の世界から車の世界になっていく感覚です。また、中心街を挟んで逆の位置にある住宅地方面には、公園があり、急な勾配があり、山があり、その上からは港の風景が見える。歩いてみるとたった数十分の距離なのに、町の姿がどんどん変わっていくんですよ。劇中の地理関係は実際とは少し違っているんですが、歩いて体感した感覚を凝縮したところはあるかもしれません。

『ある惑星の散文』

――映画を拝見して、「記録」と「記憶」というテーマが並走していると思いました。芽衣子は忘れることを恐れているけれど、彼女の父親は認知症を患っている。その一方、ルイはアツシのDVカメラでビデオを撮るようになります。こうしたテーマも本牧の土地に繋がっていたのでしょうか?

深田:まずはこの映画を撮った2016年当時、「忘却」が自分の中で大きなテーマだったということがあります。忘れられてしまうこと、逆に自分が忘れること、また自分と他人の記憶が違うこと。本牧という町にも、どこか“忘却された町”という側面があると思いました。米軍に接収された痕跡はずいぶん失われて、いまや言われなければ分からないほど。この土地自体、バスでは行けるけれど、かなり行きづらいところで、地理的に隔絶されたような印象さえあります。80年代は東京より熱い文化発信地だったのに……。その意味でも「忘却」というテーマはありましたし、「記録」「記憶」というテーマも必然的なものでした。

――この映画を撮ることで、本牧の町を記録したいという思いもあったのでしょうか?

深田:正直に言うと、それは意識していませんでした。コミュニティに入り込んだわけではないし、撮影段階では本牧を魅力的に撮れるかどうかもわからなかったので。僕は、映画が町のためになることはほとんどないと考えているんです。いわゆるご当地映画って、町の広告のような形に振り切るか、あるいは町にとって良いかどうかは別として、土地をきちんと撮るかのどちらかしかないのではないか、と。今回も「本牧の町を見てほしい」という映画にはならないだろうと予想していましたし、映画館のシーンさえ「重要な場所だから残したい」という気持ちではなかったんですよ。僕自身がビデオカメラを持ち、歩きながら撮った映像もありますが、それもスナップ的なもので、アーカイブしようという意識はありませんでした。ただ結果的に、濱口竜介監督をはじめ本牧を知る観客から「本牧という土地の特性がしっかり記録されている」という言葉をいただいたのは嬉しかったです。

『ある惑星の散文』

――撮影当時は予想しなかった新型コロナウイルス感染症の拡大によって、物語の「寂しさ」「孤独」というテーマはより身近なものになったと思います。必然的に、この映画には撮影当時の記録めいた側面も生じたように思いますが、当時と今では作品の見え方にどんな変化が生じたと思われますか?

深田:一番わかりやすいのは、ルイとアツシがSkypeで話すことですね。こんな日常が来るとは思わなかったし、当時のSkypeは今のZoomよりずっと不安定だった(笑)。またコロナ禍になったことで、誰もが大なり小なり、どこかで立ち止まらざるをえなかったと思うんです。誰もが「停止」や「待機」の状態になった。孤独や停滞、自分の人生が一時停止してしまうことは、おそらく誰もが普遍的に経験することですが、これほどすべてが一斉に止まったことはなかったですよね。(2022年に入り)社会の停滞した部分が動き出しつつありますが、この映画は、そうした観客の停滞した経験に響き合ってくれると思います。

映画を上映すること=観客と作品を出会わせること

――続いて深田さんが長らく主催者として取り組まれている「海に浮かぶ映画館」についてお聞かせください。

深田:「海に浮かぶ映画館」とは名前の通り、海に浮かんだ船の中で映画を観る試みです。大学を卒業してからフリーで仕事をするようになり、映画祭やアートスペースに関わりながら2013年に始めたので、僕は映画を作るキャリアよりも上映のキャリアの方が長い。だからこそ、“上映”がいかに大切かを痛感しています。上映は作品と観客を繋ぐことなので、「どう繋ぐか、どう出会ってもらうか」が重要。いつ、どこで、誰と観るのか。

本来、映画の上映も演劇に近いと思うんです。映画館に行くと同じ作品が何度も上映されているけれど、それぞれの上映は一回限りで、観客も違えば作品との出会いも違う。そのことを顕在化させたのが「海に浮かぶ映画館」です。観客が駅に集まり、船まで歩いて行き、靴を脱ぎ、その中で一緒に映画を観る。しかも船なので、上映中でも波が来れば揺れるし、いつ、どんな波が来るかは予想がつきません。かなり揺れることもあれば、ぜんぜん揺れないこともある、まさに“ナマモノとしての映画上映”です。面白いのは、観客もそれに向き合う身体になること。演劇の場合、俳優が目の前にいるのでそういう状態になりますが、映画の場合、どうしても上映されているものを構えて観る身体になりやすい。けれど「海に浮かぶ映画館」の場合、観客が主体的に映画を感じる状態が生まれるんです。

「海に浮かぶ映画館」の様子

――特殊な体験を提供するイメージもあるのでしょうか。

深田:その通りですが、僕はあえて自分自身を「映画を上映する人」だと称しています。“イベンター”ではなく“映画を上映する人”だというところを守るのが大切。それは僕の仕事が「良い映画を見せること」で、上映作品を編成する作業も非常に大きいからです。最近、映画を野外で観るイベントなども増えていますが、中には「その場所でその作品を観なくてもいいんじゃない?」と思うものもあります。けれども僕はやはり「船で観るからこそ」ということにこだわりたいし、それは「船で観るのなら海の映画だよね」という話ではないんです。

――深田さんにとって、船で観るにふさわしい作品ってどういうものなんでしょう?

深田:たとえば、物語性が強固な作品は船での上映に向かないと思います。船の中はすごくうるさいわけではないけれど、波も来るし、高速道路の音や救急車のサイレンも聞こえる。それだけに、作品のフィクション性が強いほど、フレーム内の世界が確固であるほど、フレーム外にあるものが単なるノイズになってしまうんです。けれども、これは抽象的にしか言えませんが、余白のある映画や、観客を待ってくれる映画はノイズを受け入れることができる。たとえば物語性が強い映画だと、映画は観客を待たずに展開を次々と提示していきますが、観客がなにかを想像している時間を待ってくれる映画は、むしろ外部のノイズを受け入れられるんです。波で船がギシギシと揺れても、まるでフレームの内側で起きているように聞こえる瞬間がある。空間と作品が一体化するような瞬間があります。

――「海に浮かぶ映画館」は2022年で記念すべき10回目を迎えられますが、今後の展望はおありですか。

深田:実は毎年、「今後はどうなるんだろう」と思っているんです(笑)。上映会を少人数でやるのは大変なことで、なんとか10年続けられましたが、自分自身が今後どうなるかもわかりませんし、映画制作が動き出すと上映会に時間を割くことも難しくなるので……。さすがに今年は10年目ということで、12月に開催するつもりですが、来年以降はどうなることかと思っています。

「子どもたちの映画づくり」に惹かれて

――最後に、ご自身にとっての“3つ目の軸”である映画教育のお話をお聞かせください。

深田:「こども映画教室®️」のスタッフとして、主に小学生を対象とした映画のワークショップをしています。“映画教育”とは、映画人を育てるためのものではなく、映画を作るという共同作業に取り組み、想像性や創造性を引き出し、子どもたちの自立心を育むというもの。3日間集中のワークショップなら5~6人のチームを組み、一緒に映画を作ってもらいます。いざやってみると、まあトラブルが起きるんですよ(笑)。喧嘩して泣いたり、「うまく意見を言えない」と泣いたり。それでも同じ目標をもって映画を作っていると、子どもたちが劇的に変化するんです。僕たちが当たり前のように「この子はリーダーシップがあるな」と思っていても、保護者に内容を報告したら「この子がそんなこと言ったんですか」とか「普段はそんなに喋らないんですが」と喜ばれることもあって。しかも実際、子どもたちの作る映画がすごく面白いんですよ。子どもにとって“映画”は遊びの延長、たとえば鬼ごっこやかくれんぼの延長にあるものだから、走り回りながら映画を撮る。大人の映画にはない、子どもならではの画面の面白さにすっかり魅了されました。

「こども映画教室®️」の様子

――子どもたちの映画制作は、プロセスにどんな面白さがあるのでしょうか?

深田:子どもは自分たちなりのロジックがありつつ、自由に制作するんですよね。大人と違うのは切り替えの早さで、はじめは『鬼滅の刃』など流行っているものの真似をしたがる子も多いんですが、そこを「君たちだけの映画を撮ってみよう」という形で導いていくと、いざ身体を動かすと気持ちが切り替わって、身体ひとつで撮れるところがある。特に小学生は、身体を動かしながら自然に映画を撮ることができます。大人だったら知識が凝り固まってしまうところを、身体を動かしてパッと撮れる。もちろん技術的には手ブレだとか斜めだとか、写っていないところがあるとか、そういうこともあるけれど、それらも含めて面白いんです。

――現代はスマホで動画を簡単に撮れるし、子どもたちもYouTubeやTikTokなどに親しんでいます。そうした環境の変化の影響は感じられますか。

深田:すごく感じますね。だからこそ、YouTubeやCMと映画の違いをきちんと説明できなければいけないと思います。ある時、中学1年生の子が、映像に矢印を入れて「この人がAさんです」とテロップを入れて説明したがったことがあったんです。その時はチームのメンバーが「それは映画じゃなくない?」みたいなことを言ったんですが、実は僕自身も「それは映画っぽくないね」としか言えなくて。そこで「映画っぽくないって何だ?」とあらためて考えて、結局のところ、スクリーンで見せる前提があるのが映画だと思いました。スクリーンで見せる以上、先ほどの話にも繋がるけれど、やはり映画は観客を待つことができる。つまり、映画館で映画を観る観客は画面を観た時に「この人はこういう感情だ!」とすぐに分からなくてもいいんです。YouTubeやCMは一瞬でわからないと視聴するのをやめてしまう可能性があるけれど、映画は基本的に観客を待てる、むしろ待機こそが重要。登場人物を矢印で示すというアイデアは「すぐにわからないと観客が離れてしまうかも」という不安からくる発想だと思います。

――そういうお話をされた時、子どもたちの反応はいかがですか。

深田:だいたいの場合は呆然とされますね(笑)。けれど、僕の言うことがすべて伝わる必要はなくて、感覚的に伝わってくれればいいと思っているんです。ものすごい熱量で「映画とはこうだ!」と語られた記憶が残るとか、少しでも「なるほど」と思ってもらえるとか、それだけで十分。「どうやら映画とYouTubeの映像は別物らしい」と思うだけでも、それから映画を観る視点は変わるはずだし、実際に映画を作ってみれば、その後に観る映画はそれ以前とは別物になるはず。これが未来の観客を育てることなのだと思います。

――制作・上映・教育という3つの軸についてお伺いしてきましたが、最後に、深田さんご自身が考える“今後の理想像”をお聞かせください。

深田:僕の中で、制作・上映・教育はすべて循環しながら繋がっているものです。どうしても分離できない部分があるし、だから別のことについて話していても同じ言葉が出てくる。けれど同時に、やはり制作と上映の両立は難しいだろうと予感しているんです。どれかをやめるわけでなくとも、いずれ重心の置きどころを考えなければいけないと。ですから現時点での理想像はわかりませんが、強いて言えば、もともと僕自身は映画を作りたい人間なので、もし制作に力点を置ける状況が作れるなら、きっとそちらに重心を移していくことになるでしょうね。

取材・文:稲垣貴俊

【プロフィール】

深田 隆之(ふかた たかゆき)
1988年生まれ。2013年、短篇映画『one morning』が仙台短篇映画祭、Kisssh-Kissssssh 映画祭等に入選。2018年『ある惑星の散文』が第33回ベルフォール国際映画祭(フランス)の長編コンペティション部門、国内では福井映画祭にてノミネート。2019年アメリカ、ポートランドで行われたJapan Currents、日本映画特集にて上映。また、濱口竜介監督『偶然と想像』の2,3話に助監督として参加している。
映画制作以外の活動として、2013年から行われている船内映画上映イベント「海に浮かぶ映画館」の館長でもある。社団法人こども映画教室の講師・チームファシリテーターとしても活動中。2021年からは愛知大学メディア芸術専攻で非常勤講師を務めている。

https://fukatakamovie.jimdofree.com/


【インフォメーション】

『ある惑星の散文』
2022年6月4日より全国公開
7月23日(土)より横浜市中区シネマ・ジャック&ベティにて上映予定

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