日常の中のデザインに“触覚の視点”を加えるための仕組みづくり――触覚デザイナー・田畑快仁さん

Posted : 2022.04.08
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触覚デザイナーで先天性盲ろう者の田畑快仁さんと、共にコミュニケーションゲームなどを開発してきたインタープリター(解釈者・媒介者)の和田夏実さん、発明家の高橋鴻介さん。この3人をコアメンバーとする「たばたはやと+magnet」では、2021年度さまざまな人の参加を促しながら触覚デザインの魅力や意義について考え、実践するオープンデザインプロジェクト「HAPTIC OPEN LAB」に取り組んできた。その一環として開催された、田畑さんが感じる触覚の世界に足を踏み入れるワークショップに参加し話を伺った。

「たばたはやと+magnet」田畑快仁さんと和田夏実さん

 

触覚の世界を皆で探索

――突然、足に温かい柔らかい感触のものが触れ、歩きにくくなり、次第にお風呂でもないのに生ぬるい水が触れ、これが何か分からず、どうなるのか想像できず、私はずっと泣いていました。

幼少の頃、初めて海に行ったときの体験をこう記す田畑さん。その後、身体で感じた「海」が手話の「海」、そして日本語の「海」につながることを、「実体験から少しずつ言語を得ていった」と説明する。現在のコミュニケーション手段は、弱視手話*1、触手話*2、一部指点字*3などだ。


*1弱視手話:接近手話とも。弱視ろう者の見え方にあわせて、接近するなどして手話を行う方法。
*2触手話:話し手が手話を表し、盲ろう者がその手に触れて伝える方法。
*3指点字:盲ろう者の指を点字タイプライターの6つのキーに見立てて、左右の人差し指から薬指までの6指に直接打つ方法。


みなとみらい地区にあるシェアスペースBUKATSUDOで2月に行われたワークショップは、田畑さんが触覚を通してみている世界を、参加者も身体を動かして体験してみる試みだった。参加者は、盲学校やろう学校・NPOの関係者、田畑さんが学ぶ大学の指導教員など。その家族の子どもや学生も混じり、終始和やかな空気の中進行した。

田畑さんの手話を通訳し参加者に音声で伝える人、会場の様子やほかの人の発言を田畑さんに触手話で伝える人、田畑さんの手話やほかの人の発言を参加者に手話で伝える人、3人の通訳士と共に進行

 

最初のワークは、ペアを組んで片方がアイマスクをし、田畑さんが趣味のマラソンを走るときに伴走者とするように、ロープで手をつないで部屋の中を歩いてみるというもの。自分がアイマスクをしてみると、始めのうちはスタート前に部屋の広さやほかの参加者との距離を記憶しているのでそこまで怖くない。しかし、パートナーに誘導され何度も方向転換するうちに完全に自分がどこを向いているのかを見失い、ロープのつながりだけが頼りになる。自分が誘導する側になると、どれくらいロープを引っ張ったら良いのか、どのタイミングで伝えれば壁やほかの参加者との追突をうまく避けられるのか、迷うことばかりだった。

続いては、文字情報を伝えるワーク。アイマスクをした相手の手のひらに指で文字を書いたり、相手の手をとって空中に文字を書いたりすることで、お題の言葉を伝える。これが簡単そうで意外と難しく、文字の上と下はどこなのか、一文字ごとの区切りの合図は何なのか、まず基本のルールを定める必要があった。ペンで書いて視覚で伝えるときにはあまり関係ない書き順も、ペアで違うと伝える妨げになった。

手のひらに書かれるより、空中に書くほうが難しかった

 

一番難しく感じたのが、次の「形をロープで伝える」ワークだ。輪になったロープを四角くしてみたり、立方体になるようにいじってみたり。何が正解なのか、どのペアも首を傾げながら試行錯誤する様子がみられた。

ペアごとに色々な工夫がみられた

 

その次は、アイマスクをして「目の前に置かれたものが何かを、触って当てる」ワーク。答えは「椅子」だったのだが、実は目の前に置かれたときに金属が床に触れる音で、触る前に分かってしまった。思えばそれまでのワークでもついつい補助的に音声言語を使ってしまっており、「視聴覚に頼らない触覚の面白さや豊かさを皆さんに経験してほしい」という田畑さんの意図に100パーセント沿った体験をすること自体がなかなか難しいことを実感した。しかし、冷たいものを触ったのはこの日これが初めてで、それまでパートナーの手を触ってコミュニケーションをとっていたこととも対比し、温度をとても意識した瞬間だった。

最後のワークは、「海や山で“触った”記憶を工作する」。折り紙や包装紙、布、植物などを画用紙に切り貼りして、触覚で記憶を伝える作品を作る。できあがった作品を紹介する際、どんな記憶を作品にしたか触覚の視点からそれぞれの話を聞くのが新鮮だった。

子どもも参加し工作を楽しんだ

海で足の指の間を砂がすり抜けていく感触を紙で表した作品

ワークショップを振り返って、「参加者の表情などが分からず、皆さんがどのように感じたのか正直よく分かりません。けれども、皆さんから参加して良かったと言っていただき嬉しかったです」と田畑さん。また、「手から感じるワークが多かったことに課題を感じました。もっと、全身で受け取る触感覚体験が出来たら良いのではないかと思いました。私は風や空気の動き、少しの振動などを手掛かりにすることがあり、その感覚も皆さんと共有できたら良いと思いました」とも語った。

 

当たり前の感覚をデザインに生かす

田畑さんが和田さんと高橋さんに出会ったのは、2018年の大学2年生の時。知人の紹介で和田さんが都内のNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)で開いた展覧会「結んでひらいて/tacit creole」を訪れ、初めて触手話で和田さんと話した。

和田さんと触手話で話す田畑さん

 

「その後、和田さんに高橋さんを紹介してもらいました。初めて高橋さんに会った時、和田さんが通訳をしてくれました。渋谷で会ったのですが、3人で話すことは最初から楽しかったです。和田さんと高橋さんと時々会って、触覚を使って何か作りたいと活動を始めました」

その活動の中で「視覚障害者と健常者が一緒に遊べるものをデザインしたい」との思いから生まれたのが、さまざまなでこぼこ模様の違いを指の感触だけで見つけて神経衰弱などが楽しめるカードゲーム『たっちまっち』だ。これが小学館の編集者の目にとまり、幼児雑誌『幼稚園』2020年3月号の付録になった。

「触手話で会話をするなど、盲ろうの私にとって触覚活用は、日常生活の中で当たり前のことです。その感覚を使って作ったものを多くの人々に喜んでもらえたことは新しい発見でした。私は人の役に立ちたいとの思いがあり大学で社会福祉を専攻しました。『たっちまっち』を創ったことをきっかけに、触覚デザイナーとして仕事をすることが、多くの人々の役に立つのかもしれないと考えるようになりました」

 

たばたはやと+magnetで開発した触覚のコミュニケーションゲーム『LINKAGE』。カードの指示に合わせて、指同士を棒で崩れないようにつないでいく

たばたはやと+magnetで開発した『たっちまっち』

 

触覚のアフォーダンス

一人で外出することも多かった田畑さんは、“触覚のアフォーダンス”からいろいろな気づきがあるという。アフォーダンスとは認知心理学における概念で、「環境が動物に提供する意味や価値」のこと。たとえばゴミ箱の丸い穴はカン・ビン・ペットボトル用、細長い穴は新聞・雑誌用と分かるのは、“視覚のアフォーダンス”だ。田畑さんは電車やバスに乗ると、つり革や手すりに触れることで目的の車両に乗ったかどうかを知ることができる。それらの形や質感が違うことが田畑さんには大切な情報で、“触覚のアフォーダンス”として働いているのだ。一方で、触覚の視点からみると不十分または誤った物からの“アフォード”があるせいで、困ることもあるという。エレベーターや多目的トイレでは、非常ボタンを押してしまうことがよくある。場所によってボタンやレバーの種類が異なり、ほかのボタンと区別がつかなかったり、非常用ボタンの方が色がはっきりしていて目立つところにあったりするためだ。さらにコロナ禍では、“触ること”自体の制約や通訳介助の限定が、コミュニケーションの大きな壁となった。

手話を使って話すたばたはやとさん

 

見える・聞こえることが当たり前のデザインが多い社会に“触覚”という視点を加えることは、触覚コミュニケーションを使う盲ろう者への理解にもつながる。今回のオープンデザインプロジェクトでは、誰もがインフラや情報設計のヒントとして活用できる「触覚ツールキット」と盲ろう者自身が自分で触覚のデザインを推し進められる制作プロセス自体を設計することを目的に、リサーチやワークショップを重ねてきた。設計プロセスにさまざまな人を巻き込むことで、触覚デザインのニーズへの理解や文化・表現を深めるのがねらいだ。

ツールキットについて田畑さんに聞くと、今回のワークショップでの試みに直結していることがわかる。「ツールキットを作るときに、最初は紙だけで作ろうとしました。作っているうちに、紙だけでなく木や草を使いたくなりました。面白い形の木や色々な形の草を取りに行き、紙に刺したり貼り付けたりしました。これまで体験をしたことや触覚の記憶をイメージしながら作ることが出来ました。人々が経験した記憶をさまざまな感覚から呼び起こせるようなものを作り、それを共有する時間があれば楽しいだろうと考えています」

さまざまな触覚体験をするたばたはやとさん(*)

 

触覚による表現を探求し、“触覚のアフォーダンス”のように新たな領域を言語化することでその可能性をさらに広げること、共に感じられる体験を重ねることで本当の共生社会を実現することを、田畑さんは目標に掲げている。

いろいろな人と、全身で感じる体験を

プロジェクトを進める中で印象に残ったことを訊ねると、田畑さんは昨年10月に行ったワークショップを挙げた。田畑さんの知人が多かった今回と違い、参加者の中で盲ろう者に会ったことがある人は一人だけだったという。「その方以外は盲ろう者に初めて会うという人々でした。私にとっては普通のことが、他の人々にとっては珍しいのだと気付きました。感覚の違いによって、さまざまな異なる世界があるのだと思います」

今後は、やりたいことが二つあるそうだ。

「いろいろな場所や人々と、触覚のワークショップをしたいと思っています。大阪や鹿児島などで、盲ろう児などとも一緒にワークショップを行いたいです。もう一つはフィールドワークです。ワークショップを屋外で行うイメージです。屋外の方が豊かな触覚刺激を体験できます。自然環境の触感覚を全身で受け止めるような体験を、さまざまな人々と行いたいです」

 

さまざまな触覚体験をするたばたはやとさん(*)

 

「風や空気の動き、少しの振動などを手掛かりにすることがある」と話していた田畑さん。その体全体で受け取る感覚を共有し触覚デザインに生かす過程に、ぜひ多くの方に参加してほしい。

取材・文:齊藤真菜
撮影:森本聡(カラーコーディネーション)*以外


【プロフィール】

田畑快仁(たばた はやと)触覚デザイナー
1997年東京生まれ、現在は横浜在住。先天性盲ろう者。
第一言語は手話、コミュニケーション手段:接近手話・触手話・指点字・筆談など。武蔵野大学で社会福祉を学び、盲ろう者だからこそできる社会参加を模索中。
趣味はマラソン・旅行・2人乗りのタンデム自転車
こここ連載記事「ふれる世界探索 たばたはやとの触覚冒険記」

マグネット(高橋鴻介、和田夏実)
触手話からできた「LINKAGE」、墨字と点字を重ね合わせた書体「Braille Neue」(高橋)、手話の視覚イメージを描いた「Visual Creole」(和田)など、遊びを通して感覚をつなぐことをテーマにコミュニケーションゲームを開発している。