カンパニーと共に培った「共生」の力で切り拓くダンスアーティストの新たな時代。――振付家・北尾亘さん

Posted : 2022.01.18
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アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)が次世代のアーティストのキャリアアップを支援する「U39アーティスト・フェローシップ助成」。2021年度のフェローシップ・アーティストの1人が振付家・ダンサーの北尾亘だ。北尾は幼少期より子役としてミュージカルを中心に舞台芸術の世界で活動し、クラシックバレエからストリートダンスまでジャンルを超えたダンス経験を積み上げてきた、いわば「筋金入り」の舞台人である。

2009年にダンスカンパニー「Baobab」を旗揚げし、これまでの全作品の振付・構成・演出を一手に担う。アンサンブルの骨太な強度で魅了するBaobabの一連の作品は、同時代を生きる若いダンサーたちの等身大の群像を描きだし、国内外の単独公演やフェスティバルで着実に評価を高めてきた。

また同時に、ダンスの普及を目指し、全国各地でのワークショップなどアウトリーチ活動も積極的に展開する。北尾がディレクターを務めるフェスティバル Baobab PRESENTS「DANCE×Scrum!!!」では、若手ダンスアーティストの作品発表を後押しし、数多くの有望な振付家・ダンサーがここから力を得て躍進していった。

振付家としてさまざまな舞台や映像に振付を提供するほか、演劇作品への出演や振付でも定評がある。近年では範宙遊泳の山本卓卓のソロプロジェクト「ドキュントメント」において、北尾が振付・演出・出演した『となり街の知らない踊り子』が2020年のベッシー賞OUTSTANDING PERFORMER部門にノミネートされたことも記憶に新しい。

Baobab PRESENTS 『DANCE×Scrum!!!』 撮影:bozzo *

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「再び生み出す」こと

いま北尾が力を入れているのは、近年舞台芸術のみならず現代美術など文化芸術の幅広い領域で見直されている、過去作品の「再制作」「再編」という取り組みだ。

これまで彼が主宰するカンパニーBaobabの単独公演では、常に新作を創作発表することに重点が置かれてきた。それは「時代と営みを反映させた現代的作品」(北尾)を最重要課題と捉えてきたからだ。
さらに多くの場合、劇場やフェスティバルからも未発表の新作を上演することを要請される。一度きりでその後再演されることなく、作品が消費され摩耗していくことに問題意識を感じているのは北尾だけではないはずだ。(筆者は故・黒沢美香との対話のなかで、彼女がこの状況に対するもどかしさを強く訴えていたことを思い出す)

そこでBaobab旗揚げから10年を経て、2020年より過去作品に再び光を当てる[Re:born project(リボーンプロジェクト)]を始動。20本を超える既存作品から特にいまの社会状況を反映する作品を選び、現代にトレースし「再び生み出す」ことで、よりテーマを深掘りした社会性のある作品になると彼は考えている。

北尾「昨年(2021年)は、2010年初演の作品『アンバランス』をさらに強度のあるレパートリー作品とするため長野県でのレジデンスプログラムに参加し、3週間の合宿生活を通じてストイックに集中しながらリクリエーションに取り組みました。さらに海外上演も視野に入れて、ハイブリッド版としてダンサー5名のバージョンを創作し、収録配信しています。
7月のシアタートラム公演では、同じ桜美林大学出身の仲間で温めてきた同名作に新メンバーが加わり、さらに実験的な演出を施して、より新鮮な発想で多様な意識を表現しようと試みました」

本作『アンバランス』は、近未来SF仕立ての斬新なプロットがユニークな作品だ。舞台上に並んだダンサーたちはスーパーヒーローや宇宙船クルーを連想させるレトロフューチャー風味の衣装を身に着けている。どこからともなく降ってくる人工知能の無機質な音声。その脈絡のないディレクションにより身体コンディションを強制的に設定され、翻弄されながらも歪な身体表現で応えようとするダンサーたち。
ユーモラスな場面や群舞の痛快さは毎度のことながら、まるでケージのなかで生かされている実験動物、あるいは遂にシンギュラリティを迎えたディストピア世界を思わせ、空恐ろしさや不安感を残していく作品であった。

北尾「初演のときはダンサーの身体性の進化と後退をテーマに創作した作品です。寺山修司の戯曲などを参考にしました。もともと好きでよく観ていた『ターミネーター』『マトリックス』といったSF映画や『CUBE』のようなシチュエーションホラーからも触発されています。今回[Re:born project]では初演時のコンセプトだけをトレースして、現代におけるアンバランスをテーマに、ほぼ新作として再制作しました」

本作品の再制作において北尾の視野に映るのは、不透明な近未来はいざ知らず、いままさに私たちが直面している現在地の危機意識である。ACYフェローシップ・プログラムの活動にあたり、「コロナ禍を経験した今だからこそ、未曽有な事態を風化させないためにも、丁寧に現代社会を作品に反映させていきたい」と意欲を示していることからもそれは受け取れる。

2021年『アンバランス』 撮影:大洞博靖 *

 

自分たちの未来のためにも

北尾「コロナ禍で自粛生活が続いていた時期、2013年頃に自分が精神的にダメージを受けて引きこもっていたことを思い返したんです。アリの巣の断面みたいなマンションの箱に閉じこもって、ベランダから外を見ていると、さまざまな人の営みや多様な社会的階層から見ている景色が無情なほど同時進行で続いていることを感じました。8歳から舞台で活動してきて、30歳を目前に自分の身体で何をなし得るのか、ちょうど悩むタイミングだったと思います。1回ちゃんとやばいところを通ってきて分かったのは、(スランプからの)跳ね上がりのためにこそ、ダンスが必要だということでした」

その経験をもとに、2020年の緊急事態宣言明けに[Re:born project]第一弾を実施し、フルリモートのワークショップを行った。そこでは「振付を手渡すことは不可能だった」(北尾)というが、その代わりにほぼ講義のような形で、北尾自身が蓄積してきたマテリアルやアプローチといった、2014年初演の『○○階から望む 〜集合住宅編〜』の制作プロセスを開示した。この試みはワークショップだけで完結することなく、さらに演出を加え、8月にオンラインライブ配信上演を行った。

北尾「観客とのコミュニケーションは取れない状態ではありましたが、やっぱり劇場が好きだし、持てあましていたエネルギーを解放することができました。『アンバランス』のように実験チューブに繋がれた軟禁状態がいつまでも続くわけじゃない。でもそこにどっぷり浸かって、いてもたってもいられない歯痒さを体験しないとわからないこともあった。自分たちの未来のためにも、この体験を忘れないで、自身の現在地を理解しようと考えました」

KAAT神奈川芸術劇場で行われる第14回本公演のリハーサル *

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今年1月には、KAAT神奈川芸術劇場で、Baobabとして第14回となる本公演を予定している。 引き続き[Re:born project]の一環として、過去作品2本のリクリエーションに取り組む。ワークショップ形式のオーデイションにより若手ダンサーを積極的に起用し、北尾自身が培ってきた経験をシェアしながら制作を進めているそうだ。

北尾『UMU -うむ-』は2019年初演の作品で、タイトルには「有無」「産む」「膿む」といったいくつもの意味が込められています。日本女子体育大学ダンス・プロデュース研究部のために振付けた作品がベースにあり、コンセプトは女性の身体にまつわる問題意識を起点にしています。桜美林大学で木佐貫邦子先生を師にダンスを学んだこともあって、僕自身が持つ女性の身体へのリスペクトや憧れ、自分の身体をめぐるコンプレックスから発想が生まれました。

もう1つは『笑う額縁』という2010年から長く上演してきた作品です。10分から45分までアレンジしだいで伸縮自在な作品で、今回初の本公演での上演となります。ダンサーの身体を額縁のなかの絵画に見立て、新しい表現を求めて勇んでも枠を超えられないダンサーを額縁が笑う、という構成。20代の頃のもがいている自分を笑ってやれ、という設定はキテレツだけどBaobabの真骨頂的な群舞推しの作品です。

ダブルビル公演というと、観客がやや緩い心構えでのぞむところがあると思うんです。今回は2作品のキャストの振り分けを告知なしで上演するなど、(既存のセオリーを)越境して予想を覆していこうかと。レパートリー作品をいま再制作して上演する価値を自分たちで見出していきたい」

北尾の活動領域もまたBaobabのカンパニーディレクターという枠組みを越境して、日本のダンスシーン全体の活性化を目指すダンスアートディレクターへと拡張されつつある。なかでも「アーティストが孤立しないダンスシーン」の実現に挑戦したいと語っているが、その意識はどこから生まれたのだろうか。

「共生」の力で切り拓く

北尾「ダンスアーティストには、意外と他の振付家との触れ合いがなく、独学で活動してきた人が多いかもしれません。作り手は孤独であるべきともいわれますが、孤立はすべきでないと思うんです。

「DANCE×Scrum!!!」というフェスティバルを始めたのも、自分自身が孤独感を感じていた時期があるからです。子役時代から舞台芸術の縦社会に従属してきて、(親身に)教えてもらう機会はほとんどなかった。コンテンポラリーダンス氷河期ともいえる時代にこの分野に飛び込んで以来、横のつながりを必要としていました。20代の頃はただ競い合う気持ちでやってきたけど、30代になって、せっかく多様性豊かなアーティスト同士もっと風通しよく、お互いがどんな経験や悩み、意志を持っているのか知りたいと思ったんです。
カンパニーの運営についても、それぞれ自走しないとならない環境で疲弊・摩耗してしまいがちです。現状の体制のなかで、アーティストが萎縮し埋没していくのはもったいない。より大きなリーチで活動したい人のための広場、悩みを共有できる仲間たちの対話の場として、ホームに招く感覚でフェスティバルを続けてきました」

いっぽうで、今回の第14回本公演では、他のカンパニーにないBaobab独自の取り組みとして、カンパニーのコアメンバー、ゲストダンサー、さらにトライアルメンバーという3つのカテゴリーのダンサーたちの共演を試みる。1つの主題に貫かれた作品世界のなかに、表現力やスキルに差異のある多様な身体性が共存することには危ういバランスが伴うはずだ。だがそれ以上に、キャラクターの強い中堅ダンサーと、実力は未知数だが吸収力のある若手ダンサーが大いに刺激し合うことで、このカンパニーならではのリアリティのある同時代性を生み出している。

北尾「単一化された身体性の探究に長けたカンパニーやダンスジャンルなら他にあるけれど、Baobabが目指すところはそこではないんです。メンバーを固定せず、スキルの差のあるダンサー同士が揉まれることによって、リーチが広く外に開かれた作品を目指したい。
僕がミュージカル出身でアンサンブル精神のようなものがあるのかもしれないけれど、やりたい放題ちらかしてくれる個性的なダンサーと、振付家・演出家の意志を忠実に体現する順応性に富んだダンサー、その両者が作品には不可欠です。彼らが互いの領域を浸食し合うことで作品が攪拌されて、よりおもしろくなる。さらに縁の下で作品を支えるテクニカルスタッフも含めて、カンパニー全体が新しいフェイズに更新されてきていることは確かです」

北尾自身を取り巻く環境の変化も、その活動に良いバイブレーションをもたらしてきたといえるだろう。
例えば、2021年度より横浜ダンスコレクションで新人振付家部門のコンペ審査員として、20歳前後の後進を導くメンター的な立場を務めるようになったことも、彼のビジョンにくっきりとした輪郭を与えるきっかけのひとつになったのではないだろうか。
また、横浜・野毛地区の急な坂スタジオをクリエイションの拠点としていることも、北尾にとって活動の間口をよりオープンに広げることに繋がろうとしている。

北尾「コロナ禍の状況でも狭い視野にならないよう、できるだけパブリックに、公演に向けたリハーサル以外のことを進めようとしています。Baobabのリハーサルを公開したり、レクチャーやワークショップを無償で行うなど、開かれた稽古環境を目指してきました。ダンスアーティストを目指す若手が、スタジオで作品の振付や構造に触れ、意見交換することがダンス全体の普及に繋がると思うからです」

チームやスタジオなどのコミュニティが強い求心力を持つストリートダンスやバレエと違って、コンテンポラリーダンスのアーティストは(カンパニーに所属している者ですら)精神的に孤立したり、思考を拗らせたりしがちだ。さらにコロナ禍で、ダンサーに限らず多くの若い世代が交流の場や活動拠点を失い、モチベーションを見失いかけているのではないか。

北尾亘は、10年を超えるカンパニー経験で培った柔軟なリーダーシップを発揮し、そんな若手や同胞をフォローアップしてきた。ダンスアーティストがそれぞれのパーソナルスペースを拡張し、緩やかに集まることのできるコミュニティづくりに真摯に取り組んできた活動は注目に値する。来たるべきポストコロナ時代に向けて、これからも「共生」の力を自身の作品世界に昇華させてくれることに期待したい。

取材・文:住吉智恵(RealTokyoディレクター) 
写真(*を除く:大野隆介
協力:急な坂スタジオ

 

【プロフィール】

北尾 亘(きたお・わたる)
振付家・ダンサー・俳優。1987年兵庫県生まれ。
幼少より舞台芸術に携わる。2009年ダンスカンパニー[Baobab]を旗揚げ。単独公演ほか国内外のフェスティバルに参加。振付家として、柿喰う客、KUNIO、木ノ下歌舞伎など舞台作品のほか、映像作品へも多数振付。ダンサー・俳優として、近藤良平、多田淳之介、杉原邦生、山本卓卓などの作品に出演。WS講師やアウトリーチ活動を日本全国で展開。急な坂スタジオサポートアーティスト。尚美学園大学、桜美林大学非常勤講師。トヨタコレオグラフィーアワード2012「オーディエンス賞」他受賞多数。2021年より横浜ダンスコレクションコンペティションⅡ審査員。
http://dd-baobab-bb.boo.jp/

 

【インフォメーション】


Baobab 第14回本公演 Re:born project vol.4-5

『UMU -うむ- fusion edit.』 / 『笑う額縁』
日時:2022年1月21日 (金)~23日(日)
会場:KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
振付・構成・演出:北尾亘(Baobab)
詳細:http://dd-baobab-bb.boo.jp/nextstage

 


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