その人を中心に考える認知症ケアを映画に。 『毎日がアルツハイマー』関口祐加監督インタビュー

Posted : 2021.09.10
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自身の母親の認知症をきっかけに、日々の暮らしとケアを描いたドキュメンタリー映画『毎日がアルツハイマー』。2012年に1作目、2014年と2018年に続編を発表し、各地で話題を呼んだ。監督の関口祐加(せきぐち・ゆか)さんは、2019年に映画の主役でもある母の宏子さんを在宅で看取り、いま総集編として新たな短編映画を製作している。それは、これまで関口さんが実践してきた「パーソン・センタード・ケア」を中心にまとめた映画だ。今年度クリエイティブ・インクルージョン活動助成に採択された関口さんに、パーソン・センタード・ケアとは何か、また映画を通して伝えたいこれからのケアのあり方をきいた。

関口祐加さん。元町商店街にある喫茶店にて。(※)

 

失われる機能ではなく、いまここにあるものを大事にしたい

――最初に『毎日がアルツハイマー』(以下『毎アル』)の撮影をスタートされた経緯から教えてください。

関口:1作目の冒頭シーンは、2009年9月22日、母の79歳の誕生日から始まります。私はその頃オーストラリアに住んでいて、他の新作のプロモーションを兼ねて日本に帰っていました。映画にはないですが、みんなでケーキを食べて祝った誕生日の晩に、母が「今日は私の誕生日なのに、誰も祝ってくれなかった」といったんです。すべてを忘れてしまう。その姿を目の当たりにしてどうやって「忘れていること」を撮ろうかと思いました。そして2週間後、姪っ子が来たので「今年は、おばあちゃんの誕生日をやりました!」と投げかけ撮影したんですね。すると、母は明るく「ボケた、ボケた」と歌ったので、驚きましたが、安心もしました。それで私も引き続きシドニーを拠点に、映画をつくりながら映画学校で教え、息子と暮らしていこうと考えていました。

『毎日がアルツハイマー』(2012年)より。関口監督の母・宏子さんと姪のことこさん。 ©︎2012 NY GALS FILMS

――その後、29年住んだオーストラリアを離れて日本に帰国されますが、その決意をされたのはいつでしょうか。

関口:母の誕生日の約3カ月後です。一度シドニーに戻り、年末に息子を連れてまた実家に帰りました。日めくりカレンダーのクリスマスの日に、息子が「おばあちゃん、クリスマスケーキ忘れないでね」と書いていた。そしてクリスマスの日、みんなでケーキを食べたあと、そのメモをみた母は「どうしよう、クリスマスケーキ忘れちゃった」と、9月のような明るい表情ではなく、真っ青な顔をし、恐怖の目をしていました。それをみて「帰国しよう」と決めたんです。もう一人にはしておけない。シドニーは2月から新学期ですので、ちょうど卒業生を送り出したところでした。一旦シドニーに戻り、息子を父親に預けて、2週間で住んでいたアパートをたたんで、帰国しました。

――それからお母さんとの2人暮らしが始まったのですね。

関口:そうですね。すぐに自治体主催の認知症講座に行きました。でも、そこでは「認知症になると、もの盗られ現象や暴力をふるう人、徘徊する人もいる」と恐怖をあおられる。「認知症とは生きていくうえでの機能が失われるものだ」と。「できなくなることはだめなこと」と言われているようでした。一方で目の前の母を見ると、私も孫たちも「いまのおばあちゃんのほうがいい」と言っていたのです。というのも認知症以前の母は他人に弱みを見せない、自他ともに厳しい完璧主義者。そんな母が認知症になってから、おちゃめになったり、感情の起伏が激しくなったりして、むしろ人間らしさを感じていました。いろいろなことができなくなったからこそ、よいこともある。失われるものを惜しむのではなく、残っているものを大事に、明るい介護をしたい、と思いました。

『毎日がアルツハイマー2 関口監督、イギリスへ行く編』(2014年)より。 ©︎2014 NY GALS FILMS

 

認知症も十人十色。「パーソン・センタード・ケア」とは?

――そのときに感じられた違和感が、2作目『毎アル2』でテーマになっていたパーソン・センタード・ケアにつながったのですね。

関口:海外のケアについてもいろいろと調べ、「認知症は十人十色」であることを唱えるパーソン・センタード・ケアに一番興味を持ちました。パーソン・センタード・ケアとは、認知症の本人を尊重するケアでイギリスの心理学者トム・キットウッド教授が提唱したものです。マニュアルやルールにはしばられず、個々に対してカスタマイズされたケアをいかにするか、相手のニーズをいかに考えられるか、ということを重視します。

『毎アル2』にも登場する、パーソン・センタード・ケアを実践する英国の認知症ケア・アカデミー施設長、ヒューゴ・デ・ウァール博士によると「認知症による行動には理由がある」と。たとえば、英国陸軍大将だった人が認知症になり、ヒューゴ先生の施設に入りました。最初はなかなか心を開きませんでしたが、男性の看護師にはとても反応がいい。軍隊という男社会にいたからでしょう。そこで、若い男性看護師を部下だと思わせて「Yes, Sir」と軍隊用語を使ってもらうようにしました。すると徐々に心を開いてくれたそうです。

また、ほかの入所者たちとは時間のサイクルが違う気難しいおじいさんがいました。彼は元漁師で、朝が早く夜も早いのです。個別ケアとは、みんなと同じ生活をさせるのではなく、朝ごはんの時間に起きてこなくても、その分お昼ご飯を多めに食べてもらうなど工夫をすることです。そのうちにおじいさんは明るくなっていき、結果、ケアがしやすくなったそうです。

認知症の本人たちは、怒ったり暴言をはいたりすることもあるでしょう。でも、それには理由がある。本人の問題ではないのです。介護で最も大事なのは、介護する側のアプローチなんですね。認知症になった目の前にいる人が、これまでどんな人生を送ってきたか、過去にどんな選択をしてきて今ここにいるのか。それを知り尽くすことが重要なのです。

『毎日がアルツハイマー2 関口監督、イギリスへ行く編』(2014年)より。認知症ケア・アカデミー「ハマートンコート」施設長で精神科医のヒューゴ・デ・ウァール博士と話す関口監督。 ©︎2014 NY GALS FILMS

 

――いま、そのパーソン・センタード・ケアを主軸にした、新しい短編映画をつくられているのですよね。

関口:これまでの3作品を通して、日本各地で講演などの機会をいただいてきました。そのなかで「母の認知症介護のパーソン・センタード・ケアに特化した症例を知りたい」というリクエストが多くありました。特に介護や看護に従事する人たちから多く寄せられています。それで、30分ほどの『毎アル』総集編として、エッセンスを取り出した形でまとめた新作を製作中です。できた映画はインターネットも有効に使い、たくさんの人に見てもらえたらと思っています。
一般的には映画は製作してから宣伝するという順ですが、『毎アル』は最初にYouTubeからスタートした経緯もあり、すでに潜在的なお客さんがいるのがありがたいですね。

(※)

 

本当に、相手が望むものを考える

――パーソン・センタード・ケアは日本の介護現場ではどのくらい浸透しているのでしょうか。

関口:トム・キッドウッド氏の教えは教育機関等では伝えられていると思いますが、実践されている施設はまだ多くはないかもしれません。『毎アル・ファイナル』に出てくる松山市の託老所「あんき」はパーソン・センタード・ケアを自然に行っている場所。だれもが居心地がいい場所を目指しているんですね。

たとえば「帰りますね」と頻繁にいうおばあちゃんを、その都度「わかりました」といって車に乗せ、2〜3分後に声をかけてまた戻ってもらう。車に乗った理由を忘れちゃうので(笑)。それを1日に何度もやり続けるのです。その手間ひまがパーソン・センタード・ケアなんですよね。でもその結果、おばあちゃんは落ち着き、ケアがスムーズにいく。介護側の理由やペースでケアをすると暴言を吐かれたりして、私は吐く方が正しいと思っています。

『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル 最期に死ぬ時。』(2018年)より。愛媛県松山市の託老所あんきを訪れた関口監督。写真右は代表の中矢暁美さん。 ©︎2018 NY GALS FILMS

――その時間や労力を介護現場でつくることがなかなか難しいのですよね。

関口:自分たちのルールのなかで相手を動かそうとすると、難しいですよね。「相手に寄り添う」といったときも、「自分がこうしてあげたい」というのは尊い思いだけれど、本当に相手が望んでいるかどうかを考える。福祉の難しい部分だと思います。例えば、「自分の時間がほしいからケアマネが紹介してくれたデイサービスに入れる」のではなく、「本人が行きたい場所を探して、喜んでデイサービスに行くことになった」となればいいですよね。母の場合は若くてイケメン介護福祉士のいるデイサービスだったのですが(笑)。
これは認知症ケアだけではなく、ビジネスや教育、子育てなど生き方すべてに当てはまることだと思います。そのためには多様な選択肢が必要であり、本人自らが選ぶことが重要です。私が教えていたシドニー映画学校ではほとんどの学生が監督を志して毎年入学しますが、卒業する頃には監督を目指す学生は1〜2人。いろいろと学ぶなかで、カメラマンやプロデューサーなどそれぞれの適性にあった別の道を目指すようになります。

――まさに十人十色。すべての人に関係する考え方ですね。

関口:特にケアの場合は、当事者を中心に考えていく。私は母を中心にしたケアチームをつくりました。母を主役にみんなが脇役となる。脇役には序列もなく、医師も看護師も家族もみなチームの一員です。母は最後に「ありがとう」と言って、在宅のまま逝きました。娘には感謝なんかしなかった人だったんです。私が20代でオーストラリアに渡り、29年間戻らなかった理由には、母との関係がよくなかったというのもありました。母も私のような娘は大変だったと思います。でも、最後に介護を通して関係の結び直しができたなと。いま製作中の『毎アル総集編』で描いているのは母に特化したパーソン・センタード・ケアですので、見る人すべてに当てはまるものではないですが、少しでも参考になればと思っています。

『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル 最期に死ぬ時。』(2018年)より。 ©︎2018 NY GALS FILMS

 

取材・文 佐藤恵美
撮影 森本聡 (※)(カラーコーディネーション


【Informaion】
毎日がアルツハイマー
企画・製作・監督・撮影・編集:関口祐加
http://maiaru.com/maiaru1/
最新長編ドキュメンタリー映画「毎日がアルツハイマー・スピンオフ」を鋭意撮影中。母親の在宅みとりから残された娘と息子は?

【プロフィール】
関口祐加(せきぐち・ゆか)
映画監督。1957年、横浜生まれ。1981年にオーストラリアに渡り、2010年1月末に帰国。1989年、『戦場の女たち』で監督デビュー。ニューギニア戦線を女性の視点から描いた本作は「メルボルン国際映画祭グランプリ」ほか数々の賞を受賞。1992年に発表した『When Mrs. Hegarty Comes To Japan』(日本未公開)では「アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭観客賞」を受賞。2009年、オーストラリアで製作した『FAT CHANCE』(邦題:THE ダイエット!)を日本で公開。同年より母との日々の様子を映像に収め、YouTubeに投稿を始める。2012年、それらをまとめたものを長編動画『毎日がアルツハイマー』として発表。2014年には『毎日がアルツハイマー2 関口監督、イギリスヘ行く編』、2018年に『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル〜最期に死ぬ時。』を公開。『毎アル』3部作として、各地で反響を呼ぶ。