2021-03-31 コラム
#美術 #助成

異文化理解の〈正しさ〉と並走する、余白とねじれの醍醐味-荒木悠

横浜を拠点に独自の創造性を発信するアーティストの発掘と育成を目指して、アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)が次世代のアーティストのキャリアアップを支援する「U39アーティスト・フェローシップ助成」。

2020年度のフェローシップ・アーティストの1人、美術家・映像作家の荒木悠に、コロナ禍の困難な状況のなか、独自のペースで活動を続けてきた1年を振り返ってもらった。

 

荒木流「脱臼するジャポニスム」

 

1985年生まれの荒木悠は、幼少期から11年に及ぶ期間をアメリカで過ごした、いわゆるサードカルチャーキッズだ。表現活動の傍ら、かつて副業としてきた通訳や翻訳を挫折した経験からも、創作の関心はおのずと「文化の伝播と誤訳」に向かい、その過程で生じる差異や類似をテーマに映像作品を制作してきた。

なかでも近年の代表作では、日本と欧米諸国の文化交流の歴史を丹念に調査し、異国や異文化を理解する際に生じる幻想や“ずれ”を、とぼけたユーモアに満ちた表現で提示する。異文化のはざまに着目し、それらを取り巻く事象を再現・再演・再話といった手法で、虚実入り組んだ構成に編み直す映像インスタレーションを展開し、高く評価されている。さらに近年では展覧会の形式にとどまらず、映画祭でも作品が上映され、2018年のロッテルダム国際映画祭ではTiger Awardを受賞し、国際的に注目を浴びた。

Mountain Plain Mountain <2018年/HDV/カラー/ステレオ/21分> 映像スチル(※)

Mountain Plain Mountain <2018年/HDV/カラー/ステレオ/21分> 映像スチル(※)

 

荒木は現在(〜2021年4月4日)、箱根のポーラ美術館で開催されている展覧会「Connections─海を越える憧れ、日本とフランスの150年」に参加している。日本とフランスの両国における150年にわたる文化交流をテーマにした本展は、ポーラ美術館の西洋絵画と日本の洋画のコレクションを軸に、近代絵画の作品群のなかに現代美術家の作品が混在する構成。展覧会の導入部に彼の新作が展示されている。

この新作映像インスタレーション《密月旅行》(2020)で、荒木が焦点を当てる異文化交流とは「国際結婚」である。メインの映像作品では、伝統的な日本家屋の一室を次の間から定点で捉えるカメラが、西洋人と東洋人のミックスらしき新郎と東洋人らしき新婦の相生の儀を、欧米人風の仲人が執り行う様子を映し出す。

密月旅行 <2020年/映像インスタレーション/29分> © KenKATO 映像スチル(※)

 

「この作品は、一昨年に資生堂ギャラリーで発表した《ニッポンノミヤゲ》(2019)と双子のような位置づけになるもので、同じように明治維新による開国後に日本とフランスを行き来した人物の紀行をもとに創作しました。私なりの〈ジャポニスム〉をテーマにしたつもりです。ポーラ美術館のある箱根という場所がかつてはハネムーンの人気スポットだったという土地に纏わる文脈も、結婚という設定に合っていました」と荒木は本作の成り立ちについて語る。

《ニッポンノミヤゲ》では鹿鳴館時代の舞踏会で西洋伝来のワルツを踊るシーン。《密月旅行》では座敷に正座をして日本古来の儀式に与るシーン。これらの一見生真面目でストイックな情景のなかで、自身の〈ジャポニスム〉体験を手記に残した西洋人男性の視点と、その彼と袖を擦り合わせた東洋人女性の立ち位置がぎこちなく交錯する。

さらに今回の新作では、なぜかアポロの月面着陸の生中継になぞらえ、というよりはむしろゴルフかテニスの試合の実況のように、アナウンサーとゲストの専門家の対話が流れ始める。そして、文字どおり膝を崩すことの許されない、かしこまった儀礼の所作を俯瞰的に吟味しながら、的はずれ且つ噛み合わない解説を淡々と聴かせるのだ。

「かつてハネムーンは〈ホネムーン〉とも表記されていました。資生堂のホネケーキと同じニュアンスですね。ホネからの骨、脚や膝や腰、足の痺れといった身体と重力に関わることから肉月と月面着陸が有機的に繋がっていきました。また、撮影前までに脚本が書けなかったので、撮っていただいた素材を見てからどう料理していこうか考え、実況と解説の2人による漫才のような掛け合いの中に調べ上げた断片的な情報を散りばめて間を繋ぎ、クライマックスを待つ、という構造をしています」

 

荒木が得意とするのは、このように歴史的資料の読み込みや関係各所への取材といったきめ細かいリサーチを重ね、オリジナルの文脈から独自にすくい上げた物語を、いかにも史実に沿うかのように大文字の歴史に編み込んでいく制作プロセスだ。どこまでがリアルでどこまでがフィクションなのかも定かでない、素っ頓狂な誤読と曲解が生み出すその可笑しみこそ荒木の作品世界の妙味である。

近年、現実世界の大きなうねりに帯同して、現代芸術の潮流もまたソーシャル・エンゲージメントとポリティカル・コレクトネスに引き寄せられているが、一方で、荒木が異国間・異文化間に横たわる〈正しさ〉を扱う手つきはあくまで脱臼的であり、そのオフビート感は昔気質ですらある。

「史実や史料から得た事象を扱うことには常に葛藤と緊張がともないます。誰かを撮る、ということもそうですね。意識的に再現・再演・再話という手法に取り組んでいますが、実社会ではあり得ないような飛躍や変換が必要になることもあります」と荒木は言う。「〈正しさ〉の負荷を観る人に負わせたくないから、あえて外して脱力させる。伝承や物語にねじれやレイヤーを作り込むやり方は、ある意味では古風ともいえますが、それが芸術に許された余白の領域だとも思っているんです」

 

少し前になるが、アメリカのシンガーのアリアナ・グランデが、指に〈七輪〉という漢字のタトゥーを入れた。本来彼女の意図とまったく違う意味であることを、大勢の日本語話者のフォロワーから指摘されたアリアナが落ち込んでしまった、という出来事があった。荒木はそのニュースを見て、こう考えたという。

「アリアナ自身が気に入ってるんだったら〈七輪〉で良いじゃない、と思いました。それよりも、あの小さな炉が〈七輪〉と名付けられていることの方がよっぽど不可思議であるのに、そっちのねじれには疑問を持たない日本語話者が圧倒的多数だったのも印象的です。間違いを指摘して叩いているけど、シニフィアンとシニフィエに飛躍がある状態のまま私たちは〈七輪〉を日本語として受け入れているので、ある意味お互い様なのではないか、と。また、漢字のタトゥーを入れることが〈文化の盗用〉とも言われてましたが、タトゥーそのものがアプロプリエートされたカルチャーでもあることに対しては言及がなかったのも都合が良すぎる気がしました。SNS上で、皆んなツッコミのように立ち振る舞っているけれども、本質的には登場人物全員がボケている、というのがあの事件の重要なポイントだと思っていて、《密月旅行》を構想する上での大きなインスピレーションとなりました。文化を〈正しく〉理解することは、果たしてどこまで可能なのだろうか、という問いが〈正座〉として表れ、タトゥーの有無もキャスティングする上での必須条件となりました。」

 

苦境のなかで言葉と対峙した濃密な夏

 

荒木がU39アーティスト・フェローシップ助成に参加した2020年度は、誰にとっても出口の見えない年であった。これまで世界各地で多彩な題材を得て、自由なクリエイションを実現してきた彼にとっても、この1年は忍耐の年だったはずだ。2009年より横浜市南区の住宅街から芸術を発信してきたスペース「blanClass」に活動の拠点を置いた荒木は、ここで次作のリサーチと習作の制作に取り組んでいる。

「1967年に創設したBゼミの時代から、blanClassは日本の現代美術と密接に関わってきた特別な場所です。自分自身の立ち位置を〈縦に〉さかのぼって掘ろうと思うなら、これほど理想的な拠点はない。小林さんにいろいろ教えていただいたり、貴重な蔵書も手に取ることができるし、籠もってプランを練るには最高でした」

横浜市南区の住宅街から芸術を発信してきたスペース「blanClass」

 

さらに荒木は、2020年夏、闘病中の現代美術家・原口典之の望みに応えようとした小林晴夫(blanClass主宰)の要請により、原口の最期の肉声を3日間をかけて映像に収めるプロジェクトを担うこととなる。《原口典之インタビュー 2020 8月 | 物質から光へ》と題されたこの作品は約半年間にわたり限定配信された。

「どれだけ図録や文献を読み込んでも得ることのできない、生きた言葉によるダイレクトな体験で、まさに口伝といった感じでした。その言葉を映像から文字起こしする編集工程のなかで、強く内面化されたというのか、原口さんの言葉が自分にインストールされたような感覚があります。終の住処となる岩手のご自宅にも伺って、横須賀での生い立ちや、学生運動に対しての距離感の話も聴きました。収録が終わり東京に戻ってきたタイミングで危篤の報を受け、急遽小山友也さんがラフ編集を仕上げてくれたおかげでなんとか亡くなる前に確認してもらえました。濃密な夏でした」

 

そして新年度を迎えようとしている現在、荒木は2本の新作映像を同時進行させている。

「昨年の秋頃、同時期に似た条件の展覧会出品のお話を2ついただいたんです。予算規模も、締切もほぼ同じで、1つが北半球でもう1つが南半球からの仕事。両方ともオンラインでの発表ということもあり、せっかくならこの2つを繋いでみようと、四年ぶりに《双殻綱》(2017)の続編となる第二幕を2つに分けて発表します」

その1つは国際交流基金の委嘱によるもので、撮影現場での新型コロナウイルス感染予防対策を考えた結果、感染リスクの低いとされている水中での撮影はどうかと思いつき、敢行したという。著名な水中カメラマンからの快諾を得て、西伊豆は大瀬崎の海底に棲息する二枚貝にインタビューを試みる、という設定を聞いた時点ですでに全身から力が抜けるような構想である。

「二枚貝、特に牡蠣はヴァニタスの象徴でもありますが、英語圏では口を閉ざしたイメージから〈沈黙〉との関連性が高く、《双殻綱》シリーズでは声になる一歩手前の非言語の応答と、その周縁についてを探求しています。新作のワンシーンに、ホテルの部屋で牡蠣のお世話をしている男性が登場します。目的は明かされず、とにかく部屋に閉じこもっている。閉じ込められているのかもしれない。外界との接点は、窓とテレビのみ。会話はない。男性が眠りにつくと、牡蠣が歌い出す…といった具合に、相変わらず台本がないのでまだ自分でも作っていて意味がわからないんですが、何かしらコミュニケーションの非対称性や欠如を扱っていることは確かです。今年一年本当にいろいろあって、沈黙を貫きたいというか、心境的に内向きでもあるので、そういう心象風景が前景化されていると思います」と荒木は語る。

 

双殻綱:第二幕(右) <2021年/HDV/カラー/ステレオ/17分> 映像スチル(※)

双殻綱:第二幕(右) <2021年/HDV/カラー/ステレオ/17分> 映像スチル(※)

 

もう1つは、シドニーオペラハウスからの委嘱で、こちらも感染予防対策としての水中撮影に加え、現地チームを編成した完全リモート制作になったという。17世紀にヤコポ・ペーリが作曲した現存する世界最古のオペラ作品『エウリディーチェ』に光を当て、シドニーオペラハウスの協力の元、オペラ歌手とのコラボレーションが実現した。

「ご時世的に会いたい人とも会えなかったり、それこそ今生の別れが多い一年でした。尺度は違えど様々な距離を実感する時間がまだ続いています。そこで、オルフェウスとエウリディーチェを、二枚貝の右殻・左殻に見立て、別れと再会、そして冥界からの復活を表現するための大枠としました。

ペーリ版の『エウリディーチェ』の興味深いところが、本来は悲劇のはずのギリシャ神話をメディチ家の婚礼の余興として作られたものなので、ハッピーエンドになっているんですね。何かと気が滅入る時代、悲観的になるのは簡単ですが、そこであえてアップリフティングな作品を届けたいと思い、映像のなかでは牡蠣のパペットがオペラを歌います。2つのウェブサイトで展開される映像には、それらが繋がっていることを示すために、それぞれ画面の右と左に〈割印〉が施されてあります。一方を見ているともう片方のことを想う、いわば貝合わせのイメージです。目の前で見えているものは不完全で、常に片割れでしかないんです」

 

双殻綱:第二幕(右) <2021年/HDV/カラー/ステレオ/17分> 映像スチル(※)

双殻綱:第二幕(右) <2021年/HDV/カラー/ステレオ/17分> 映像スチル(※)

 

日米の異文化を等価値に見て育ち、映像芸術というボーダーレスな表現領域で活動してきた荒木にとって、ポストコロナの先に待っている世界はどんな創作のモチベーションをもたらすだろう。かつて筆者とのインタビューで、荒木が自身の作品について語っていた言葉が印象的だ。

「100年後にこの映像を観る人々にとって、万人ウケはしないけど、“誤訳”の効いた過去からのお土産になればいい。そこにアートの醍醐味があるとも思っています」

荒木が常に着目し解明しようとしてきたのは、異文化の理解につきものの〈誤訳〉がときに生み落としてきた、豊かな価値の拡張や展開である。さらに、独自の怜悧な批評性が冴える一方で、どこまでいっても「人間はそれほど変われない」という脱力の事実が提示されるのもまた荒木作品の魅力といえる。困難な状況はまだしばらく続くが、荒木悠の作品世界がこの時代のオーディエンスに「生きる負荷」を軽くする、昔ながらの〈ずらし〉や〈はずし〉の術(アート)を示唆してくれることを期待したい。

取材・文:住吉智恵
写真:大野隆介(※をのぞく)
撮影協力:blanClass

 

 

【プロフィール】

荒木悠(あらきゆう)
1985年生まれ。文化の伝播や異文化同士の出会い、その過程で生じる誤解や誤訳から生まれる可能性に着目し、歴史上の出来事と空想との狭間にある物語を編み出し、現代を舞台に創造的に再現するような手法で映像作品やインスタレーションを制作する。近年の主な展覧会に、「Connections―海を越える憧れ、日本とフランスの150年」(ポーラ美術館、神奈川、2020)、「The Island of the Color-blind」(アートソンジェ・センター、ソウル、2019)、「ニッポンノミヤゲ」(資生堂ギャラリー、東京、2019)、「The Way Things Do」(ジョアン・ミロ財団現代美術研究センター、バルセロナ、2017)、「岡山芸術交流」(岡山、2016)など。2019年、ピンチューク財団主催のFuture Generation Art Prizeにファイナリストとして選出される。
http://www.yuaraki.com/

 

【今後の予定】

Connections─海を越える憧れ、日本とフランスの150年
会期:2020年11月14日〜2021年4月4日
会場:ポーラ美術館
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
https://www.polamuseum.or.jp/sp/connections/

グループ展「距離をめぐる11の物語:日本の現代美術」
会期:2021年3月30日〜5月5日
会場:オンライン開催
主催:国際交流基金
https://11stories.jpf.go.jp/

グループ展「Returning」
会期:2021年4月末〜12月末(予定)
会場:オンライン開催
主催:シドニーオペラハウス
https://www.sydneyoperahouse.com/

板室温泉大黒屋
個展「(タイトル未定)」
会期:2021年4月29日〜5月31日
会場:板室温泉大黒屋
住所:栃木県那須塩原市板室856番地
http://www.itamuro-daikokuya.com/

aM Project 2020-2021
個展「約束の凝集 Halfway Happy」
会期:2021年6月18日〜9月22日
会場:gallery aM
住所:東京都千代田区東神田1-2-11 アガタ竹澤ビルB1F
https://gallery-alpham.com/

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