2021-02-04 コラム
#パフォーミングアーツ #横浜赤レンガ倉庫1号館

「横浜ダンスコレクション2021」2月4日開幕。 振付家・北村明子さんに聞く、今の時代とダンス

コンテンポラリーダンスの国際フェスティバル「横浜ダンスコレクション」が、2月4日に26回目の開催を迎える。

今回は緊急事態宣言を受け、海外アーティストの来日がかなわず、オンラインや映像上映も交えながら、コンペティション、公演、講座、関連企画などを実施する。コンペティションの審査員、講座のファシリテーターを務める北村明子さんに、この時代にダンスが果たす役割とその意義を聞いた。

 

1996年に始まった「横浜ダンスコレクション」は、コンテンポラリーダンスの国内外の振付家の発掘と育成を目的に、ダンサーたちの創造と交流の場を設けてきた。これまでに参加した振付家は600組以上に上り、世界に羽ばたく振付家も多く見出してきた。

今年は「自由に国境の往来ができず、国際的な芸術文化交流がリアルにはできない状況にある。今回、上演がリアルにできない場合でも、このフェスティバルの意義と横浜ダンスコレクション2021のコンセプトを保持する方法を考え出したい」と昨年11月に発表された「フェスティバル・ステートメント」の宣言どおりに、感染症拡大のもと、様々な対策と工夫を駆使して開催にこぎつけた。開催することの意味を問うてみた。

北村明子さんは1994年にレニ・バッソを結成後世界的に活躍し、近年はアジア拠点のアーティストとの国際共同制作プロジェクトを精力的に展開して世界中の観客を魅了している振付家。北村さんがファシリテーターを務めて、今回新たなプログラムが実施される。「振付家のための構成力養成講座」がそれ。世界的に活躍する振付家のアラン・プラテルとキム・ジェドクをメンターに迎えて、過去のコンペティションⅠ・Ⅱで受賞経験のある6名の振付家(浜田純平、敷地 理、下島礼紗、田村興一郎、伊東歌織、永野百合子)が参加する。

 

諦めずになんとか継続することの意味

 

−−新型コロナウイルス感染拡大の緊急事態宣言下での「横浜ダンスコレクション」開催となりました。この一年、ダンスの上演やダンサーの活動に関して制限や自粛などがあった中で、今回の「横浜ダンスコレクション」開催の意味はどう感じていますか?

北村:作り手の振付家やダンサーを含め、舞台芸術に携わっている人たちが、自分たちの基盤である日常生活をこれまで通りに維持するのが難しい状況にあります。これまで25年もの長きにわたって、作り手の環境整備を図ってきたこのフェスティバルを止めてしまったら、創造を諦めることに直結しかねない瀬戸際でした。ですから、この状況下で開催するということは、創造を諦めずに継続するという意味があります。やり方を考えてなんとかやれる方法を探すのはある意味でクリエイティビティが必要なことですよね。誰もが、これまで以上に生活の中の創造力の重要性に気がついている今、ダンスが持つ創造性が社会や一般の人たちの生活にも何かの糧になるかもしれないと、このフェスティバルを実施することで提案できると思っています。

 

−−ダンスの表現やパフォーマンスには直接的な身体の接触や、観客に直接訴えることが欠かせないのではないでしょうか?

北村:接触などの身体の直接的な関係性が抑制されるという状況になってしまいましたね。赤ちゃんとお母さんのスキンシップがとても大切であるように、人と人が触れることはコミュニケーションの大事な要素で人間の根源的な欲求ですから、コンテンポラリーダンスで多様なコミュニケーション、新しい舞踊言語を創造することをミッションとしている創作者たちにとっては、その創造に抑制が働いてしまっている現実だと思います。だからこそ、抑制された中でなぜそれでも創作するのか、なぜ踊るのか、それがどういう意義を持つのかを、考える時期にもなりえます。ダイレクトにダンスのエネルギーやパッションを受け取ることは、何にも代えがたい強烈な体験です。それがかなわないとなった時に、なぜそれを切望するのかを考えて、ダンスやパフォーマンスの背景を考え直して掘り下げる作業に充てるのは、新しい考えが出てくる可能性につながると思います。

 

なぜそれでも創作するのか、考える大切な時間

 

北村: コロナ以前にはダイレクトなものを受け取ることで手一杯でしたが、時間ができた今だからこそ、身体が背負うもの、身体が放つものが何なのかということを、ゆっくり考えてみること。それは例えば、ステイホームで時間ができてアルバムを整理したり、昔読んだ本を読み返したりなど、そういう作業と似ているかもしれません。

作る人間には、考える時間を持つことは必要なことです。ダンスの創作は、私自身が若い頃にそうだったんですけれども、深く考えずとも作ることができてしまう形態なんです。思いつきが身体にバッと出てしまう恐ろしいジャンル、媒体なんです。言葉で着飾ることもなく思いが正直に身体に出てきてしまう。ある意味、恐ろしい媒体だと思いますよ、コンテンポラリーダンスって。

クラシックバレエとかジャズダンスはスタイルが決まっていて、スタイルに守られているという面があります。それは何百年にも渡って構築してきた一つの素晴らしい美学でもある。でもそのスタイルから出たいと思ったとたんにその保護がなくなるんですよ。シェルターがまったくない状態で真っ裸で立って考えを身体に浸透させていくということになる。恐ろしいなと思いますね。その恐ろしさがゆえに見る人に伝わると強いものになるのだと思います。深く考える、思考することを経ない無防備なダンスは、強烈かもしれないけれども危険なものになりうるかもしれないのです。

 

作品を継続的に創造していくための体力作り

 

−−「振付家のための構成力養成講座」は今回始める新しいプログラムですが、そうした考えが反映されるのでしょうか?

北村:振り付けの捉え方はこの10年、20年でどんどん更新され、刻々と変化し続けています。コンテンポラリーダンスが最初にテーマにしたのは新しい動きだったと思うんですね。新しい動きを求めて見たことのないような身体の使い方や、既成のジャンルの動きには見られないようなおもしろい動きを発見し、観客に共有して「どう思いますか?」と問題提起してきたようなシーンだった。ある程度新しいことがやり尽くされている今、社会の中でダンスというものはいったいどういう役割や意義を持つのかという視点で、真剣に考えて作るようになっています。

その視点が非常に多様で多岐にわたるわけです。例えば私の場合はアジアとの交流や日本の伝統との交流から新しいものを見つけていこうという考え方を持っています。あるいは女性だけのグループでそのテーマを考えていこうなど、創作者たちは皆、テーマの持ち方を模索しているところだと思うんですね。

今回の講座に参加される6人の振付家・ダンサーは、その独創性が評価されているわけですが、今後継続して作品を作っていくためには、知識や考えのストックがないとテーマが底をついてしまうと思います。この講座は、創造者が継続して発展的な作品を力強く作っていくための体力作りというふうに捉えています。

−−その体力作りのためにはどんなことを訓練するのですか?

北村:オリジナリティをより洗練させていくこと、自分の作品をダンスファンだけではない人たちにも見せていくことにどういう力が必要だろうか、どういう新しい視点が必要だろうかを考えていくことですね。自分のスタイルを構築しかけている方々が、この先も「このまま行く」のか、もう少し広くダンスの身体が背負うドラマや美学や哲学的なことを深く考えていって、それを考えているだけではなく作品に落とし込むhow  toを探していく時間になるでしょうね。私も一緒に考えさせてもらいます。自分自身の訓練の時間だと思っているんです。

 

再創作することは新しいものを見出すこと

 

−−自分の作品を再創作することにはどういう意味があるのですか?

北村:それは重要なポイントです。ダンス作品の再演はなかなか日本ではできない状況です。ヨーロッパではフェスティバルの上演サーキットなど、ベルギーで最初に公演するとフランスのどこかでツアーが決まるというような劇場同士の提携があり再演の機会が用意されます。有名な力のある振付家の方々に多い実例ですが、そういう基盤が国内にはなかなか作られない。再演の機会がないのは、一回公演した自分の作品を見つめ直す機会がないということです。ダンス作品というのは生き物なので一回ポンと生みだしてそのまま二度と再演されないことになると、作品の持っていたポテンシャルが芽生えることなくそのまま化石化してしまう。舞台は映画のように作品としては残らないので、なかったことになってしまうこともあるわけです。見た観客以外は知らないわけですから。

一回公演したきりの作品にどんなポテンシャルがあったのか、メッセージがあまり伝わらないまま身体の動きの魅力だけで評価されて終わったり、本人も気が付かないでいたけれどももっといい作品になったかもしれないという潜在的な力を一つ一つ検証していくという作業は重要だと思います。

実は私も若い時は再演が嫌いでした。同じことを何度もやるのは嫌だと思ったこともありましたが、リクリエイションであっても新しいものとの出会いなんです。「この作品でこういうことを考えていたのか」という当時の自分では見つけられなかったものを見出していくことができたり、作品に学ぶということがあるので、これは重要なプロセスだと思いますね。

 

−−講座での再創作はどんな作業になるのですか?

北村:振り付けって形に残らないもの。動いた線が残るわけじゃないわけで、ダンスって形に残らないんですよ、ゴーストみたいなものなんです。それでも観客はダンスというものの存在をしっかりと受け取って帰るけれども、文字のように、レコードのように、映画のようには形に残らない。そういったものをしっかりと自分自身でつかみ取ってその中にあるエッセンスやメッセージをより明確に渡していくために、振り付けという動きが変わっていくかもしれないし、音楽、照明の効果や演出が変わるかもしれないし、テクストが加わるかもしれない。ダンスの作品は複合的な要素でできていますから、その一つ一つを変えていくことによってまったくちがう作品にもなります。再創作して見つめ直す機会を、横浜ダンスコレクションが提供してサポートするのです。

私の役割は、アラン・プラテルさんとキム・ジェドクさんが蒔いてくれるものをしっかりとお渡ししていくこと。横浜とベルギー、韓国をオンラインで結んでのレクチャーやワークショップになりますが、リアルで体感はできなくても、むしろ冷静に物事を考えていけると思います。参加者にとっても講師や私にとっても濃密な8日間になるでしょう。

その成果を<ワークインプログレス>としてみなさんに公開します(2月20日・21日)ので、ぜひ立ち会っていただきたいですね。

インド、コルカタ©Ronny Sen*

 

日常に潜む人間の身体の魅力の発見

 

−−ご自身の創作については、これまで大きな影響を受けた人やことはありますか?

北村:たくさんの名だたる振付家の方々からの衝撃も受けて育ってきてはいるんですけれど、身体の衝撃は多様なところから受けるようになりました。例えば、トルコのイスタンブールを訪れた時、クルド人の人たちの結婚式に居合わせたんです。結婚を祝う一団が音楽を鳴らし踊りながらアパートメントをぐるぐるまわっているんですよ。その輪の近くにいたら「来い、来い」と誘われて一緒に踊りに入っていったことは大きな体験でした。簡単なものですが知らなかったクルドの民族的なステップを教え込まれて、どんどん巻き込まれて踊りました。それは舞台芸術ではないのですが、衝撃的なできごとで、こんなに踊りで人を巻き込めるんだという驚きでした。

作品化されたものから受ける衝撃というのもありますが、日常に潜む人間の身体の魅力を発見すると、自分にとって大きなものになります。一つの美学に絞れない、多様な様相からそれは出てくるものです。高齢者の方と接する時や、家族内の日々のやりとりの出来事からの滑稽さなどにも魅力を見つけることもあります。

カンボジア、プノンペン ©Kim Hak*

 

−−コロナ禍の体験は、ご自身のダンス人生のテーマに影響をもたらしましたか?

北村:ちょっと絞れないほどいろいろなテーマと出会ったなという感じです。コロナ禍で母の介護の問題にも直面し、高齢化社会を実感しましたので、年老いていくこととダンスについてや、年をとっていくことで人との関りが変化し、おもしろさ、味わいが深まっていくことを考えていきたいと思っています。

ミャンマー、ヤンゴン ビルマ伝統舞踊 ©兵頭千夏*

 

また、コンテンポラリーダンスをまだほとんど知らない場所−−ウズベキスタン、カザフスタン、モンゴルといった中央アジアに行ってみたいです。遊牧生活がどういう感覚なのか興味があって。そこでなされているダンスとか踊りというのは生活に根づいた祈りであることが多いのですが、そこにコンテンポラリーダンスという新しいボキャブラリーは共有され得るのだろうかを探求してみたいですね。

人とつながって人間関係を持つことや、コミュニケーションをとることのおもしろさが結果的に新しいダンスにつながっていくと思うので、それはテーマとして追求していきたいと思っています。

 

取材・文 猪上杉子
撮影 大野隆介(*以外)

 


 

【プロフィール】

北村明子(きたむら・あきこ)
振付家・ダンサー・演出家。1995年文化庁派遣在外研修員としてベルリンに留学。 2001年Bates Dance Festival(USA)、2003年American Dance Festival(USA)で委託作品を発表。2001年代表作『finks』を発表。本作は、世界60都市以上で上演され、モントリオールHOUR紙の2005年ベストダンス作品賞を受賞。2005年にベルリン「世界文化の家」より委託された『ghostly round』は世界各国で高い評価を得た。
2010年よりソロ活動を開始。インドネシアとの国際共同制作 <To Belong project>、東南〜南アジア国際共同制作<Cross Transit project>を展開し、Japan Society NY、Kennedy Center (DC)ほか、北米にて上演。2018年発表した『土の脈』はKAAT神奈川芸術劇場で初演、第13回日本ダンスフォーラム大賞を受賞した。
2020年よりアイルランド〜中央アジア〜日本を越境する <Echoes of Calling project> を始動。令和2-3年度文化庁文化交流使。信州大学人文学部准教授。

 

【イベント情報】

横浜ダンスコレクション2021
会期:2021年2月4日(木)~2月21日(日) 計18日間
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館、横浜にぎわい座 のげシャーレ
主催:横浜赤レンガ倉庫1号館[公益財団法人横浜市芸術文化振興財団]

振付家のための構成力養成講座
2021年2月14日(日)~ 21日(日)※一般非公開

<ワークインプログレス>
日程:2月20日(土) 17:00開演 浜田純平、敷地 理、下島礼紗
2月21日(日) 17:00開演 田村興一郎、伊東歌織、永野百合子
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール
http://yokohama-dance-collection.jp/ticket/

各公演および一般上映は、各会場キャパシティの50%の座席数で開催いたします。
横浜赤レンガ倉庫1号館では、新型コロナウイルス感染予防のため「横浜市文化施設における新型コロナウイルス感染症対策ガイドライン(令和3年度1月15日改訂 公表版)」に沿って、新型コロナウイルス感染症対策に取り組みます。

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