2020-10-23 コラム
#福祉・医療 #デザイン

人間らしさの追求が生む新たな“医療” 武部貴則教授インタビュー

2013年、2017年、2019年と立て続けにiPS細胞における世界初の研究が科学誌『ネイチャー』で発表された。その主要メンバーであり、現在は横浜市立大学先端医科学研究センターの特別教授を務める武部貴則氏。この他にも日米2つの大学病院に籍を置き再生医療研究をリードしている。一方で10年ほど前に「広告医学」を提唱、その独自の概念を発展させる拠点として、2019年に横浜市立大学先端医科学研究センターにコミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC )を設立、そのセンター長としてヘルスケア分野の課題解決を目指す研究を行っている。これまでの10年の成果をもとに 次世代医療のビジョンをまとめた書籍『治療では遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」の再定義』を2020年8月に上梓。著書従来の医学を逸脱した「Street Medical®(ストリート・メディカル)」とは。武部教授が考える新しい医療のあり方と、なぜ医学界の外に“クリエイティブ”を求めるのかを聞いた。

武部貴則教授。 撮影:森本聡

 

病院ではなく、コミュニティや実生活のなかで医療を行う時代へ

 

ーーはじめに、武部先生のご専門について教えてください。

武部教授:2011年、研究者としての歩みをスタートしたのは、iPS細胞を使った再生医療の分野です。しかし、実は2006年医学部在学中のころから、医学のなかに他分野のプレーヤーを集めることが大事ではないかと考え、クリエイターやデザイナーと一緒に仕事をするようになりました。その後「広告医学」や「ストリートメディカル」などに取り組むようになり、そうしたコミュニケーションデザインと再生医療を大きな2つの柱としています。(https://takebelab.com/

 

ーー広告医学を始めたきっかけ、クリエイターと仕事するようなった理由を教えてください。

武部教授:研究者としてのモチベーションにも関連しますが、小学生の頃に父が脳卒中で重篤な状況に陥ったことが一つのきっかけです。当時父は基礎疾患がありましたが、仕事が忙しく健康診断で悪い数字が出ても気にしないし、薬も真面目に飲まなかった。そんな父を見て、きっと自分が医者になったらそうした病気は治せるのだろうと、医学部に入りました。ですが医学部に入ってわかったことは、脳卒中の研究は多くありますが、発症しないために医学が取り組んでいることはほとんどなかったのです。大きな敗北感を覚えました。医者は病気を発症しないことにはアプローチできないのか。そんな思いを抱いていたころ、広告のもつクリエイティブな力が医療側の思いを実装できるのではないかと考えました。日常生活のなかで、広告は自然と情報を伝えたり、コミュニケーションをとったりできる。その力が、医者が触れられない病院の外、つまりストリート(実生活の環境)に影響を与えられるのではないかと。そう考え、クリエイターの方と一緒に仕事をするようになりました。

 

ーー私自身も健康診断の結果がきて、数値が良くないと判定されても、それがどのくらい悪いのかわからず、再検査も忙しいから後回しになってしまう経験がありました。医療情報の非対称性を感じる部分もあります。

武部教授:私も健康診断になかなか行けていないので、よくわかります。「健康は自分の問題」というのが、いまの時代ですよね。でもそれって少し変じゃないかと思っていて。ケアの主体者が本人だと、モチベーションはなかなか持続しません。今後、ケアの主体者は、個人中心からコミュニティ中心になっていくのではないか、と考えています。それは先祖返りに近い部分もあるかもしれません。移動技術やIT技術が発展する以前は、コミュニティのなかで医療が完結していたと思います。選択肢は近隣の医者に限られるので相談も受診もしやすかった。ですが現代、特に都市においては、病院の選択肢が多すぎて逆に医療へのアクセシビリティを下げている面もあります。そこで、コミュニティ主導のケアによって「病院は面倒だし、治療はつらいからいきたくない」といった医療へのアクセシビリティ自体を向上できるのではないかと考えています。

書籍『治療では遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」の再定義』出版社:日本経済新聞出版

 

「健康」を前提にするのはおかしい

 

ーーそのことが、武部先生が本のなかで書かれている「専門家がコミュニティをリードする時代へ」という部分なのですね。たとえば具体的にはどのようなことなのでしょうか。

武部教授:「ストリート・メディカル」の一環で、コミュニティの「食」に注目し、そこから食習慣を変えられないかというプロジェクトを行っています。現代の食体験は受動的になりがちです。コンビニが近くにあるからコンビニでお弁当を買う。そこにスプーンがあるからスプーンで食べる。「あるから食べる」というスタンスになってしまう。それが不健康の理由なのです。というのも、最も健康なのは自分で料理して食べることだと、何年も前から科学的にも証明されています。能動的に関わるご飯を僕は「能動飯(のうどうめし)」といっていますが、それがコミュニティのなかで実装できると、食体験が改善すると考えています。
ただ、すべてを能動的にするのは難しいので、小さな能動体験をたくさん散りばめるのはどうかなと。食器を選ぶ、カトラリーを選ぶ、ドレッシングをかける。そうした体験を重ねて、自分が何を食べているのかに気づくこと。それが持続可能な食体験につながるのではないか、と仮説をたてています。
大きなお皿のなかに小さく盛られているとたくさん食べた気がする現象を「クロスモーダルエフェクト」といいますが、器ひとつとっても体験をデザインできます。色のついた器で食べると味が濃く感じたり、背の高いグラスの方がお酒が進んだり。ですが、こうした食体験のデザインをすべて個人で意識して取り組むのは難しい。コミュニティがさりげなく仕掛けをすることで、自然と生活体験が変わり健康になる。これまでは医者が生活者に改善を要求する時代でしたが、医療従事者に限らずコミュニティの果たす役割は大きいのではないかと。その考え方のシフトが議論のポイントだと思っています。

 

ーーコミュニティの充実が健康を増進させる、といった仮説は面白いですね。

武部教授:ただし、「健康が良い」「病気は悪い」という二元論を壊したいという思いもあります。それで僕らが実現したいことは「Medicine(医学)」ではなく「My Medicine(私の医学)」である、と今回の本のなかで表現しました。これはどういうことかというと「健康でないといけない」を前提にするのはおかしいと思っていて。僕も塩分が高い食べ物が好きですが、生活習慣は人それぞれです。そのなかで、タバコはやめられないけどアルコールに気をつけようとか、油物が好きだけど甘いものは抑えようといった、バランスが重要になる。コミュニティが多様化したいま、自分なりの答えがあることが医療における最も本質的な変化になるのではないか、と思っているのです。

 

クリエイターが医学部の教授になる?

 

ーー先ほどからお話に出てくる「ストリート・メディカル」についてお伺いしたいのですが、「ストリート」にはどのような意味を含んでいるのでしょうか。

武部教授:最初に「ストリート」という言葉に注目したのは、あるクリエイターの方と対談したときに「ストリートスマート」と「ブックスマート」の話をされたことがきっかけでした。どちらも賢い人を形容する言葉ですが、「ブックスマート」は本をたくさん読んで賢くなった人。「ストリートスマート」は、実践を積み重ねて賢くなった人。どちらがいいというのではなく、これを医学の世界に当てはめると面白いのです。いまの医学教育はブックスマート中のブックスマートを育てる構造になっています。なぜかというと、エラーが起きたら法的に裁かれる可能性もあり、正確性が強く求められるからです。教育は超標準化・同質化され、同じ国家試験を通った人が医師免許を持つ。一方で、僕がやりたいことは、いまはない解決策をどんどんクリエイトしていきたい、ストリートスマート的思考だなと気づきました。これまでのメディカルスクールへのアンチテーゼとして、新しい教育プログラム「Street Medical School(ストリート・メディカル・スクール)」も開講しました。「ストリート」という言葉は、実践がストリートに出て行くという意味も含みますし、副次的にはいろんな分野の人が関われる印象をもつ言葉になっている気がします。

 

ーー「ストリート・メディカル」とは、行動を規定している社会のルールや、生活の場などに医療が入り込む。そうした考え方なのですね。

武部教授:医療が医療従事者のものだけではなくなると、そこにはデザイナーやアーティストがまず必須になりますし、商品をつくるステークホルダーが入ることも必須になります。医療はこれまで鎖国的な状態でしたが、さまざまな領域や世界とつながり、研究やアイデアを形にするために、アーティストやクリエイターが果たす役割が大きくなると考えています。

 

ーー「私は医療従事者です」というクリエイターが出てくるかもしれませんね。

武部教授:クリエイターが医学部の教授になってもいいですよね。たとえば、デザイナーが病院を回診すると「この松葉杖は角度が悪いのでかえましょう」とか「この食器の色よくないなあ。別の色の食器を処方しましょう」とか、そういう時代がくるかもしれません。

Street Medical School(ストリート・メディカル・スクール) の模様

 

協働は、異分野の掛け算ではなく「積分」

 

ーーいま横浜で取り組んでいらっしゃる事例についても伺えたらと思います。先日、デザイナーの矢内原充志(やないはらみつし)さんと一緒に武部先生がセンター長を務めるYCU-CDCが開発されたタオル「ホスピタイル」をリリースされましたね。

武部教授:2016年に、クリエイターや研究者が集まるイベント「横浜の未来にひらく“100の種”」(アーツコミッション・ヨコハマ主催)への参加をきっかけに矢内原さんと親しくなり、一緒にプロジェクトを行うようになりました。たとえば、汗をかくとデザインが変化する「NEGA-POSI」という服の開発があります。汗をかくことが恥ずかしいのではなく、かっこいいに変換されるTシャツです。
「ホスピタイル」は、においが消える超消臭タオルです。矢内原さんとタオルメーカーの渡辺パイル織物株式会社と一緒につくりました。介護や看護の現場では、実はにおいで悩む職員が多く、なかにはうつ病につながるケースもあるという話を聞いたことがありました。においはプライベートなことですし、問題提起しづらく、我慢してしまうことが多いのです。消臭繊維の技術の話を聞いてその問題を思い出し、タオルの開発につながりました。「ホスピタイル」は想定以上に使われはじめていて、医療的思想が生活の場に役に立っていくのではないかと思った好例です。
今後、こうした「リパーポシング(Repurposing)」の考え方を使ったプロジェクトが増えると思います。リパーポシングとは、新型コロナウイルス治療でも話題になりましたが、既存の薬を別の症例に応用する意味で使われる言葉ですが、「目的を別のものに設定する」ということです。「ストリート・メディカル」の実践は、新しいものをつくることだけではなく、すでにある技術や製品を別の目的に応用することでも、ポジティブなインパクトをもたらせると思います。

 

ーーそうした別の領域との協働や共創を表現するとき、たとえば「医療×アート」といいますよね。医療がもつ知見と、アートやデザインを含む他領域の知見の両方からベクトルが伸びると、変化が起きて社会が豊かになっていく。そうしたお考えでしょうか。

武部教授:「ストリート・メディカル」や「広告医学」を始めてから感じている課題意識は、「〇〇×〇〇」は簡単ではないことです。クリエイティブなお仕事をされる方々は、自分の実現したい姿が鮮明ですよね。医療は対極的で、安全や制度を求める領域。 その二つが合わさると齟齬が生じることがたびたびあります。ですので、「〇〇×〇〇」だと役割を分担するイメージですが、掛け算ではなくマージ(統合)する感じが重要だと思います。分担するのではなく、みんなが同じミッションを共有して一つのチームとして取り組むことがとても重要で、みんなが満足できるぎりぎりのラインを探求していきたい。矢内原さんは一緒にお仕事をしやすいクリエイターですが、なぜかというと謙虚なのです。お互いに謙虚さをもって取り組むことは、掛け算というよりも、積分に近いのかもしれません。細長いSの形をした「インテグラル」という記号の上に「アート」、下に「医療」と書いて、それが積分されていく。異分野連携を「インターディシプリナリー」といいますが、これからは「インテグラルディシプリナリー」ではないかと思っています。

NEGA-POSI

ホスピタイル

 

研究のためのデータをクリエイターと発掘する

 

ーー我々も「アート×〇〇」という表現によく悩むので、非常に共感します。そうしたプロジェクトのときに評価の仕組みも大きな課題を感じています。武部先生たちはどのように評価や効果を出して、次のプロジェクトにつなげていらっしゃるのでしょうか。

武部教授:医療の分野では「臨床研究」といって、個人のデータをベースに効果を測定することが基本ですが、個人データはブライバシーが高いので、「ストリート」ではデータの扱いが難しいのですよね。ですので、個人ではなくコミュニティ単位でデータを扱えるように仕組みをシフトしなければいけないという課題があります。僕らはまさにその課題に取り組んでいます。

 

ーー臨床研究として認められないと、医学としては確立されないということですよね。

武部教授:僕は再生医療の分野での研究は一定の成果が出つつありますが、今日お話ししたコミュニケーションデザイン分野の活動はまだまだです。ただ、活動に評価がつくためには論文と研究予算の獲得というとてもシンプルな方法ですが、そのためにまずは客観的なデータが必要で、そのためのスキームを開発しています。

 

ーー研究のスキーム開発をクリエイターと議論することもありますか。

武部教授:クリエイターの方々とのブレストは大事です。先ほどのリパーポシングの考えでもありますが、クリエイターの視点だとあまり意味がない指標が、医療の視点でみるとデータになることも結構あるのです。たとえばいま東京藝術大学と一緒に開発しているゲームでは、ゲームをつくっている方とのブレストをしていたら「プレイ時間も計測できますけれど、役に立たないと思って今まで言ってなかったんです」という話がありました。こちらから見ると「プレイ時間がこの指標とリンクするので有効性があります」と発見につながる。ですので、ブレストをよくしてデータの源泉を発掘しています。

 

ーー東京藝術大学大学院映像研究科とアステラス製薬とのゲーム開発ですよね。こちらのプロジェクトも楽しみにしています。

Healthcare × Gamification Forumの模様

 

聞き手:杉崎栄介[アーツコミッション・ヨコハマ]
構成・文:佐藤恵美

 


 

撮影:森本聡

【プロフィール】

武部貴則(たけべ・たかのり)
横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター長/特別教授。東京医科歯科大学教授。シンシナティ小児病院オルガノイドセンター副センター長。1986年生まれ。横浜市立大学医学部卒業。2013年にiPS細胞から血管構造を持つヒト肝臓原基(ミニ肝臓)をつくり出すことに世界で初めて成功。デザインやクリエイティブな手法を取り入れ、医療のアップデートを促す「ストリート・メディカル」という考え方の普及にも力を入れている。

著書:
『治療では 遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」の再定義』
日本経済新聞出版より発売中

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