相対する現実とフィクション――アーティスト・山形一生さんが提示した展覧会とは

Posted : 2020.03.31
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展覧会に関する概要文がなく、会場も分からない。日時と参加アーティストたちの名前以外、オープン前の詳細が謎に包まれた展覧会。2020年2月に横浜市内2カ所で開かれた「パンゲア・オン・ザ・スクリーン」は、そんな型破りのグループ展だった。企画したのはアーティストの山形一生さんである。現在、東京藝術大学美術研究科博士後期課程に在籍する山形さんは、コンピュータグラフィクスなどを用いた映像作品、インスタレーションを発表するアーティストだ。2019年度のアーツコミッション・ヨコハマの若手芸術支援助成「クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ」の採択を受けて取り組んだ本展は、TAV GALLERY(東京・阿佐ヶ谷)と、横浜市内での展示、そしてWEBアーカイブによって構成される展覧会だった。本インタビューでは展覧会の内容をとおして、彼の思考のプロセスに迫る。

 

「パンゲア・オン・ザ・スクリーン」とは?

本展のタイトルは、ドイツの気象学者であるアルフレート・ヴェーゲナーが大陸移動説で提唱した「パンゲア大陸」から取られている。現在の諸大陸が分裂する前は、1つの大きな大陸だったという仮説だ。

『「パンゲア・オン・ザ・スクリーン」は、東京と横浜の展示、そしてWEBアーカイブによって構成される展覧会です。現実での鑑賞体験はその場所ごとで分断されていますが、WEBアーカイブでは画面上でそれら分断が失われ、1つの鑑賞物となります』と話す。複数の要素から成る展覧会だが、そのすべてを体験してもらう必要はないという。

『しばしば展覧会では、「あの作品を見ないでこの展示は語れない」や、「すべての展示を見なきゃ」といった判断があります。しかしながら、昨今の国際展のような場所では、映像作品の総時間が600時間であったりと、そもそも「すべての作品を見た」とすることが困難になってきています。「見ない」という選択が、鑑賞において尊重されてよいとすら言えるかもしれません。

横浜での展示は、果たしてこれは「見た」と言えるのだろうか、という状況を構成要素の1つとしています。本展覧会は東京、横浜、そしてWEBと複数に渡って展開されますが、すべての展覧会を見たこと、一部の展覧会しか見られなかったこと、すべてが終わったあとの記録写真しか見ていないこと、など、今日におけるさまざまな鑑賞のケースが、何かに従属することなく、それぞれ独立した鑑賞体験として自立することを目標としています』

本展は会場の詳細が展覧会のオープン前に明かされておらず、登録フォームにメールアドレスを記載すると、詳細が後日送られてくる完全招待制の展示だった。実際どのような内容だったのか。横浜で開催された2つの展示を紹介しよう。

コインパーキングでの展示

本展覧会には、山形さん含む計6名の作家が参加している(出展作家:安部妃那乃、遠藤麻衣、熊谷優里、郷治竜之介、山形一生、山本悠。ただし横浜会場のうち泰生ビルの展示は山本悠以外のメンバーによる)。東京のTAV GALLERYでは、ホワイトキューブに各作家が絵画や写真作品を展示する一方で、横浜での2つの展示は、いわば真逆の環境だったといえる。1つは横浜・関内にある創造拠点「泰生ビル」の1室での展示。そしてもう1つは、元BankART Studio NYKの跡地に建設されたコインパーキングに停車した車での展示である。はじめにコインパーキングでの展示プランがあったと山形さんは言う。

『かつて、そこは横浜での現代美術の活動を大きく担っていた場所でした。それがどういった経緯なのかは定かではありませんが、結果としてコインパーキングになってしまった。これは日本における現代美術の状況を示唆しているように私は感じます。

私は今回、「横浜」からお金をもらって表現活動をしています。かつて横浜のアートシーンにおいて重要だったこの場所で、横浜のお金を使って、コインパーキングに車を駐車し、再度そこで展示をするべきだと考えました』

コインパーキングでの展示の様子。(※)

 

展示会場となった車には、東京での展示と連続性を感じる作品群が展示されていた。車のドアに挟んで破れてしまいそうな写真の展示や、バックワイパーにかけられた立体作品、車のボディに張り付けられたマグネットの作品など、車外にも悠然と作品が展開されていた。しかしながら、盗難や壊された作品は1つもなかったという。

コインパーキングに停められた車の展示を観る体験は、これまでに無いスリリングなものだった。利用者が往来する日常の中で、車の中をじっと眺め、時には写真を撮ったりもする。「美術における展覧会とは、監視員が居て解説が行われたり、キャプションがあったりします。鑑賞とは、常に守られた環境で行われているといえます」と山形さんは指摘した。

泰生ビルの屋上にて。

 

壁の向こう側

関内エリアでビンテージビルの再生マネジメントを行う、株式会社泰有社の協力によって実現した泰生ビルでの展示は、より鑑賞者のリテラシーが問われるものだった。会場の詳細には「本展示会場は301号室のみの入場となります」と書かれている。一方でフロアマップを見ると、あたかも泰生ビルには3階から6階までたくさんの作品が展示されているように見える。だがこのフロアマップそのものが、フィクションとなっている。

「ビル内のサインボードに記されているフロアマップを見れば、この展覧会フロアマップが実際の建物の構造とは一致していないことが理解できます。展覧会フロアマップには、6階、7階といった記載がありますが、実際のこのビルは5階建てです。」

鑑賞者に送付された、泰生ビルでの展示のフロアマップ。

 

送られたフロアマップを見た鑑賞者は「どうやら会場にはたくさん作品があるようだ」と想像し、足を運ぶ。しかし301号室のドアを開けると、そこには壁しかなく、1台のモニターが壁に掛けられているだけだ。モニターには作品が展示されている様子が、5秒ごとのスライドショーで流れている。映像の右下にはリアルタイムの時刻が刻まれており、監視カメラによって中継されたものであるかのように見える。

TAV GALLERYで展示した山形一生さんによる作品の記録写真。さまざまな要素によって、展覧会そのものがフィクションであることを伝えようとする。(※)

 

鑑賞者は考える。「ここに映し出された作品は、フロアマップのとおりビルの各所にあるのに、見ることが出来ないのではないか」と。実際はそんなフロアも、作品も、どこにもないにもかかわらず、である。すべての作品は、東京のTAV Galleryでの記録写真であったり、作家本人の家であったり、どこか別の場所、別の時間に撮影されたものだ。フロアマップもモニターに映し出されたスライドショーもフィクションであることが、提示されている。

『「横浜に来てこれだけか」といった意見があり、とても興味深いなと思いました。それは無意識に育まれた、東京という都市を基準の位置とする考えといえます。わざわざ時間をかけて横浜という遠方に来たのだから、費用対効果のある展示が見られるはずだという損得勘定が、すでに展覧会の評価に組み込まれてしまっている。もしそうだとしたら、その状況はかなり危うくて。その思想を如実に反映してしまおうものなら、ホスピタリティ溢れる接客や「見応え」のある展示を前提とした条件でしか表現ができなくなる。それは美術表現のあり方としては、大変不自由です。むしろそういった思考がもう体系化されつつあるなら、遠方でこそ「これだけか」という展示をしたほうが良いとすらいえます』

泰生ビルの廊下にて。

 

5秒間で切り替わっていく映像を見ていると、すべて静止したものではなく、1つだけ動いているものがあることに気付く。山形さんと同じく東京藝術大学美術研究科博士後期課程に在籍する、俳優であり美術家の遠藤麻衣さんによるパフォーマンスだ。これを見た際、ライブ映像なのだろうかと錯覚した。遠藤さんが撮影したのは「会期中ずっと4階から6階の階段を、常に上り下りするパフォーマンス」だったという。『彼女のパフォーマンスがあったことで、この展示はより深度のあるものになれたと確信しています』と山形さんは話す。

遠藤麻衣のパフォーマンス《What floor?》。実際は池袋の雑居ビルで、展覧会のオープンよりずっと前に撮影されたもの。(※)

 

現実とデジタルが模倣しあう

本展覧会における泰生ビルでの展示は、リアリティとは切り離されたデジタルメディアによる表現を、現実といかにつなぎ合わせるか、もしくは断絶をつくるかが、緻密に設計されていた。モニター越しに見る、現実なのかフィクションなのか分からない展示。そして現実のビルの「場所性」を問い直すようなフロアマップなどに、それは表れていた。山形さんは「デジタル」をどう捉えているのだろうか。

『今日ではデジタルという言葉すらもはや古めかしいですが、すべてのデジタル技術は現実を模倣し、発育してきました。デスクトップという比喩があるように、私たちはコンピューター上を机の上に見立てたり、アドレスやフォルダなど、現実の諸物としてデジタルを扱おうとします。同時に、地図のアプリケーションを使用する際には、実際の衛星写真を使うことなく、GoogleMAPのような平面化された地図を見て、自分の位置を認識したりする。現実とデジタルが、互いに模倣しあって、私たちの現在は組織されているといえます』

TAV GALLERYで展示した山形一生さんの作品《Installation view(Water with no context-1)》と《Installation view(Water with no context-2)》。実際に立体造形のインスタレーションを制作したのかと見紛うような3DCGによる“インスタレーションビュー”。(※)

 

また、コインパーキングでの展示で発表した《Texture (Supplement Bottle)》と《Texture (Cloth)》は、サプリメントボトルと布を3Dプリントで制作したインスタレーションだ。造形は現実のものと変わらないが、表面のテクスチャーは乱れてしまっている。

コインパーキングに展示された《Texture(Supplement Bottle)》と《Texture(Cloth)》の記録写真。(※)

 

「クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ」を受けて

今回のフェローシップの実感を、山形さんは以下のように話す。

『助成金を得るということ、それ自体についてとても考えさせられました。少ない席を同じ作家同士で奪い合って、僕は奇しくもそれを手にして、そこにはある程度の、横浜やその関係者が望む美術が介在していて。熟考しましたが、最終的にはグループ展という形式にして、私が一緒にやりたいと心から思う作家たちに還元しようと考えました』。

横浜での展示会場がなかなか見つからなかった時、ACYの担当スタッフが、展示会場のリサーチ、フィールドワークから展示会場の紹介まで『本当に手厚くサポートしてくれた』と山形さんは振り返る。『もし里見さんが居なかったら、私は展覧会を実現することはできませんでした。この信頼関係のなかで、展示をやり遂げることができたと確信しています』。

一方、ACYの里見さんは『アーティストがこの助成制度で何を表現したいかを、僕なりに理解したいと考えています。すべてのアーティストに同じサポートをするのではなく、表現したいことに応じて、ACYのリソースからサポートすることを心掛けています』と話す。

本展覧会のWEBアーカイブは、2020年夏ごろに公開を予定しているそうだ。次なる作品のアイデアを山形さんにお聞きすると、常に構想が溢れ続けているという。

「近い予定としては、空港や飛行機にまつわるイメージを主題とする作品を予定しています。他にも、植物画を主題とする作品案もあります。私という人間は今も昔も、イメージが私たちと結ぶ共犯関係のようなものに関心があり、それは今後の活動においても根幹であり続けるでしょう」。

インタビュー・文:及位友美(voids
写真:大野隆介(※を除く)


【プロフィール】

山形一生(やまがた・いっせい)
1989年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了。メディアとイメージの関係を取り扱いながら、写真やコンピュータグラフィクスなどを用いたインスタレーションや映像作品を発表している。

【パンゲア・オン・ザ・スクリーン】
http://pangea.blog/f.html
企画 : 山形一生
出展作家 : 安部妃那乃、遠藤麻衣、熊谷優里、郷治竜之介、山形一生、山本悠
助成 : アーツコミッション・ヨコハマ

TAV GALLERY
会期:2020年1月17日 (金) ~2月2日 (日)
会場:TAV GALLERY
時間:13:00~20:00

横浜会場1
会期:2020年2月20日(木)~24日(月)まで
会場:非公開
時間:13:00〜20:00(20日は15時から20時まで)

横浜会場2
会期:2020年2月20日(木)から24日(月)まで
会場:非公開
時間:24時間(最終日の24日は23:59まで)