生活のなかで「お祭り」を立ち上げる——額田大志さんインタビュー

Posted : 2020.03.30
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2019年度の若手芸術家支援助成「クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ」フェローシップ・アーティストの一人、額田大志さん。もともと音楽家として活動し、FUJI ROCK FESTIVAL出演やCM音楽の制作など精力的に活動する8人組バンド・東京塩麹では作曲とキーボードを担当。一方で「上演とは何か」という問いをベースに活動する演劇カンパニー・ヌトミックを主宰し、戯曲の執筆と演出も手がけている。ダンサーとも協働するなど、ジャンルを越えた活動の根源はどこにあるのだろうか。 ヌトミックが2020年2月にSTスポットで上演した『それからの街』には、「リクリエーション」という言葉が冠されていた。ミニマルミュージック的な手法で書かれ、2017年には第16回AAF戯曲賞を受賞した『それからの街』は、実質的には額田さんの演劇デビュー作でもあった。演劇活動の原点ともいえる戯曲にいま再び取り組むこと。そこには4年間の演劇活動を経ての額田さんの変化が表れていた。

『それからの街』リクリエーション——演劇に足を踏み入れる

—— 自作の「リクリエーション」はいかがでしたか?

パンフレットにも書いたんですけど、4年半くらい前に書いたものなので、自分の戯曲なのに「わからない」というところからまずははじまりました。メンバーと話していてもなんでこれが面白いの?という話になってしまったんです。「ストーリーが薄い」「すいません」「登場人物が何考えてるのか全然わかりません」「ごめんなさい」みたいなやりとりがあって(笑) 東京藝術大学音楽学部作曲科の卒業制作として作ったとかAAF戯曲賞をいただいているとか、そういう文脈的な背景は一応あるのでそれを僕が説明して、「面白さ」を無理やりに理解していくみたいな進め方になりました。当時は戯曲を楽譜的に作っていたんですけど、今はそれをそのままやることは難しくなってしまった。よくも悪くも演劇の世界に足を踏み入れたことによって、もともとやっていた手法がすんなりとクリアできなくなってしまった感じです。

たとえばこの戯曲は最初に「あの」ってめちゃくちゃ言うんですけど、今はそれはちょっともうできない。それは俳優が「あの」って言うことに対して一個一個生理をつけないと言えないからっていうのが大きくて。昔は出演者も学生とか友達だったので「とりあえず20回くらい「あの」言おうよ」みたいな感じでいけたんですけど。今はメンバーに俳優もいて、俳優の仕事を尊重するとなかなか「じゃあ20回お願いします」とは言えないということがあります。

ヌトミック『それからの街』 TPAM2020フリンジ STスポットセレクションvol.3 ©タカラマハヤ(※)

 

TPAM(国際舞台芸術ミーティング in 横浜)に参加するため、英語の字幕を加えた。ヌトミック『それからの街』 TPAM2020フリンジ STスポットセレクションvol.3 ©タカラマハヤ(※)

 

—— 俳優の生理を大事にしたいと思うようになった?

俳優の生理がついていた方が質が高まるというのはあると思っています。音楽もそうですけど、なんで演奏しているかわからないよりも、今なんでこの音が鳴っているかというのがしっかりわかった方がいい演奏になる。一緒にやる人が納得して立てる状態で今はものをつくっておきたい。

これからも、それが演劇かどうかはわからないですけどパフォーミング・アーツは続けていきたいなと思っているので、そうするとその世界の「ルール」を、どういう風に作品が成立しているのかをしっかり吸収しないと続けることは難しいなと思っていて。だからこの2、3年は特に、俳優と一緒につくる、古典に挑戦する、あるいはもう少し広くダンサーやラッパーとやる、もっと作風を広げるとか意識的にいろんなことにチャレンジしてきました。

 フォーマリズムと気持ちよくやること

演劇のお客さんが劇場に何を見に来ているのかというのは面白いですね。人によると思うんですけど、たとえばストーリーを見に来るという考え方は音楽にはない。シェイクスピアの『お気に召すまま』をやったときに「むちゃくちゃだ」みたいなことを言われて「なるほど、むちゃくちゃなのかこれは」みたいな(笑)。作っている側としては物語は大事にしていたつもりだったんですけど。 

2019年5月に都内・こまばアゴラ劇場にて開催、こまばアゴラ演出家コンクール2018最優秀演出家賞受賞作。ヌトミック『お気に召すまま』。©︎takaramahaya(※)

 

—— 『お気に召すまま』では戯曲をそのまま上演するのではなく、解体してバラバラにしたものを再構成して上演していました。

それでも、物語というと少し違うかもしれないですけど、時間の流れみたいなものは自分たちのなかで丁寧につくってやっていました。何かをしたら次に何かが起きるということがきちんとある、という意味ではかなり物語的だったと思います。それはやっぱり生理をつけるということなのかもしれないですけど、成立はさせているつもりなんです。AメロがあるからBメロがあってサビがあるみたいな。ダンスの人とは話が早いんですよ。それがいいかどうかはおいといて、これが気持ちいいみたいな感覚で進められる。言葉が媒介に入る分、演劇が一番やりづらい。こうなったらこうなるみたいなことでいろいろなものごとを進めているという意味では自分はやっぱりフォーマリズム、構造の人だなと思います。

—— 一方で、俳優の生理にある程度の重心が置かれるようになったからか、作品の表れとしては形式性は強く表には出なくなってきているようにも感じられます。

それは完全にカンパニーメンバーの影響ですね。任せる部分が多くなってる。バンドの方も8年くらい続いているんですけど、そうするとメンバー間である意味では「わがまま」になってくるんですよね。こうした方がいい、こんな風に演奏したい、こうしかできないみたいなことが起きてくる。そうすると当初やりたかったことからずれてきたりすることもある。個人的にはそれもけっこう楽しめるタイプなので、だから両団体とも長く続けられてるのかなと思っています。

東京塩麹「つくばロックフェス2018」©︎Mai Comura(※)

 

僕は感覚としては演技のことは全然わからないので、俳優がどういう風にものごとを考えるのかを知ることが今はすごく楽しいんです。自分がわからない演劇のことに関してはポジティブに一回受け入れてみようみたいな姿勢がある。だから、たぶんうちのカンパニーはメンバーからのフィードバックみたいなものがたぶん特に強い。メンバーから出てきたものをまずはそのままやってみるということもしていて、それで最近はああいうアウトプットになっているんだと思います。

「演奏」を拡張する

——そもそもなぜ音楽と並行して演劇をやるようになったんでしょうか?

「演奏」というのをパフォーミング・アーツだと考えて、その「演奏」をどうにか拡張できないかということは常に意識にあったんです。たとえば、クラシックのコンサートで演奏者が急に演奏をやめて退出したら、演奏というフィールドではそれは成立していないことになってしまう。でも、舞台芸術というフィールドだとそれも何か意図があるんだなという風に受け取れる。ダンスだったり演劇だったり、そういう他のパフォーミング・アーツと接続することで、演奏という行為、音楽という言い方のほうがいいかもしれないですけど、それを少し拡張できないかなと思ってる。

パフォーミングアーツのアプローチから新たな音楽メソッドの構築を目指し、昨年秋に城崎国際アートセンターにて滞在制作を実施。ゲストにダンサーを迎えた。東京塩麹「発酵音楽プロジェクト」©コムラマイ(※)

 

というのも、音楽をずっとやってきて、そのフォーマットのあり方に疑問があったんです。たとえばクラシックのコンサートだと、オーケストラでもリハーサルは基本的に3日間くらいしかやらない。それは個人の技術の集大成とは言えるかもしれない。でも3日間しかやらないと、そこでできることは限られてくる。舞台芸術だと一ヶ月二ヶ月とか稽古をしてつくるというフォーマットがあって、その中だとより実験できる可能性が広まるなと思ってパフォーミング・アーツの世界に入ってきたようなところがあるんです。だから、あくまで自分は音楽家として、今ある「音楽」だけではないものをパフォーミング・アーツの方から引っ張ってこられないかということを考えているんだと思います。

東京塩麹「発酵音楽プロジェクト」©igaki photo studio(※)

 

—— 複数の人間がある程度の時間をともにして何かをするためのフォーマットとして演劇があると。一方で額田さんは、カンパニー外や他ジャンルの人ともフレキシブルに協働して作品をつくっていますよね。

前提として自分はひとりではものがつくれないということがあります。ひとりでできちゃったら話は早いんですけどね。音楽業界的には演奏がうまいわけでもなく、舞台芸術業界的には俳優として立てるような実力もない。そうするとなんらかの集団をつくるとか、誰かとコラボレーションをするような形でないと自分のよさを発揮できないということになる。そういう非常に個人的な理由でそうなっている気がします。音楽をやっているからというのもあるかもしれません。一回一緒にやったからじゃあ次も、みたいなことはミュージシャンではよくあるので。

「お祭り」を立ち上げる

もうひとつ、単純に集団で作った方が楽しいというのはけっこう大きいと思っています。もともとコミュニケーションが苦手だったんですけど、ものを作っているときだけはみんな平等になれる。友達ができる。昔から、誰にも頼まれていないのに学級新聞を発行したり、小学校でお祭りがあると絶対にお店を出したりしていました。

—— 何か理由があれば主体的に動けるということでしょうか。

日常会話が苦手なんです。集団を持ってそのなかで何かをやることでやっと自分が健全に生きられるみたいなところがある。目的のある会話をするために集団をつくるというか。だから、そういうことを考えていくと、俳優の考えていることを無下にはできないみたいな感じになりますよね。創作どうこうというより、そういう個人的な性格とか生きてきた問題が繋がっている部分があるので。それで、作品そのものというよりは場作りとか、自分の活動が領域横断的に広がっていくということが自分にとっての社会と接続する方法になっているんだと思います。

小学校のお祭りとかってやる側とお客さんはわかれてないですよね。最近はずっと「お祭り」がテーマとしてありました。東京や日本を代表する国際舞台芸術祭「フェスティバル/トーキョー」ディレクターの長島確さんが言っていた話がすごく印象的だったんです。僕なりに解釈している部分もありますが、突発的にお祭りを開催するのではなく、あくまで日常のなか、続いてる生活のなかでお祭りをどう立ち上げるか。そこでうまくいくのがいいお祭りなんじゃないかみたいな。そういう場をコーディネートしたい。

ヌトミックでも余力があるときは公演で作品を上演するだけではなくてサブイベントをいっぱいやったり、細かいところだとパンフレットを毎回ちゃんと印刷所で刷るみたいなこともやっています。お客さんがパンフレットを家で捨ててしまう割合を下げたいと思ってて。記録物としてちゃんととっておいてもらえるパンフレットを用意することもコーディネートの一環なんです。

ヌトミックが11月にトーキョーアーツアンドスペース本郷で行った公演『祝祭の境界を巡るパフォーム』は上演のあとにワークショップの時間を設けました。作品は頭でわかるより体でわかることの方が多いと思うんです。ダンスもちょっと一回振りをやってみたらわかるとか、体験すると「なるほど」みたいな。そういうことの方が個人的には得意だし、お客さんにもそういう風に分かってもらった方がうれしいですね。自分のつくっているものが、観劇という体験を越えてつながっていく場になるように心がけてます。

音楽における演奏行為を広義のパフォーミングアーツとして再定義した公演。演奏/上演を始め、 複数の境界を跨いでパフォーマンスを行った。ヌトミック『祝祭の境界を巡るパフォーム』©︎bozzo(※)

 

演劇を経て、再び音楽へ?

—— 4年間の演劇での体験を経て、今後の展望は?

劇場では最近、ものをつくるとか学ぶとか体験するということが積極的に取り入れられるようになってきています。そういうことがもっと音楽のライブハウスで起こってもいいと思っていて、そういう企画を練りたいですね。そもそもお金払ってコンサートを観にいくということも歴史的には最近の話だなと思っていて。それを少しアップグレードできないかなというのが最近の展望です。

—— 劇場ではなくライブハウスでやりたい?

なかなか自分は演劇の人ではないなということも最近は強く思っていて。今年は柳美里さんの戯曲の上演がありますけど、それ以降はいわゆる「演劇作品」ではなく「音楽作品」も作っていこうとメンバーとは話しています。なので、今年は演劇を出し切る(笑) 以前と比べると音楽から離れてしまっている部分もあるので、そちらにもう少し軸足を戻したいという気持ちもあります。この2年くらいは演劇を「学ぶ」みたいなスタンスがあったので、そうして学んだことを活かして音楽をつくるとか、演劇作品なんだけどそれが音楽としても文脈のなかで機能するみたいなものを、今年の末くらいからはつくっていきたいなと思っています。

インタビュー・文:山﨑健太
写真:森本総(カラーコーディネーション)(※をのぞく)


【プロフィール】
額田大志 (ぬかた まさし)

作曲家・演出家。1992年東京都出身。東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科卒業。2013年に8人組バンド・東京塩麹を結成。ブレイクビーツとミニマルミュージックを軸としたサウンドで、これまでに2枚のアルバムをリリース。2018年にFUJI ROCK FESTIVALへ出演。また2016年に演劇カンパニー・ヌトミックを結成。スコアのように書かれた上演台本や、音楽的とも評されるセリフ回しを特徴とする。クリエイションの根幹で音楽と演劇を接続し、新たな観客/作品を生み出すことを目標に活動を続けている。
http://www.nukata.tokyo/