「孤独」が失われた現代社会で芸術を問う――布施琳太郎さんインタビュー

Posted : 2018.12.28
  • mail
洞窟のなかであかりを灯し壁画を見る体験と、iPhoneを指で操作しイメージを見る体験――。にわかには結びつきがたく思える二つを、接続して思考するアーティストがいる。作品制作だけでなく、展覧会の企画にも取り組んでいる布施琳太郎さんだ。布施さんは東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業したのち、現在は同大学大学院映像研究科メディア映像専攻に在籍する24歳のアーティストである。

©森本聡

 

時代を超えて結びつく、先史時代の洞窟壁画とインターフェース越しの世界

2018年度の創造都市横浜における若手芸術家育成助成「クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ」フェローシップ・アーティストの一人、布施琳太郎さん。この冬、自身を含む5名のアーティストによるグループ展『孤独の地図』を企画(会場:四谷未確認スタジオ)した。
布施さんの創作や展覧会企画のモチーフには、“洞窟壁画*”と“インターフェース”が繰り返し用いられている。本インタビューでは『孤独の地図』での取り組みを中心に、布施さんの創作や企画のバックグラウンドにある思索についてお話を聞いた。

――学部時代は4年間、芸大の油画専攻に在籍されていました。そこではどのような作品をつくっていましたか?

映像を扱ったり、アトリエや生活のなかで溜まっていった“ゴミ”を用いたインスタレーションをつくったりしていましたね。生活も作品発表も、誰かとつながるためにはインターフェースが必要であるということを、自分なりに作品にしようと考えていました。

――“インターフェース”というモチーフは学部時代からあったんですね。

学部生のころは今ほど整理できていませんでしたが、興味はありましたね。ちょうどiPhoneの画面操作やインターフェースについて考えていたときに、ショーヴェ洞窟の洞窟壁画を撮影したドキュメンタリーを見ました(ヴェルナー・ヘルツォーク『世界最古の洞窟壁画 3D 忘れられた夢の記憶』)。洞窟のなかは暗いので、壁画を見るためには手に持っているランプをかざして見なければなりません。iPhoneのインターフェースを操作するときも、最初に動かすのは手ですよね。洞窟のなかで壁画を見る体験は、それと似ているところがあると感じました。

実際に国内外でさまざまな洞窟に入りました。洞窟のなかでは、手を伸ばしてライトをかざさないと周りが見えなかったり、自分の足音もエコーがかかってすこし遅れて聞こえてきたりします。本来フラットにあると思っていた人間の五感が、まず触覚ありきで、視覚や聴覚が追い付いてくる感覚がありました。それはタッチスクリーンのデバイスを操作するときの感覚に似ています。まず指先でインターフェースを触ることでイメージが見えたり、音量が調節されたりする。インターフェースの操作に象徴される、同時代のイメージと人間の関係の構造を考えたときに、洞窟壁画以上に構造的に類似したモチーフはあり得ないと感じていました。

そして学部4年生のときに企画したのが、『iPhone mural(iPhoneの洞窟壁画)』と題した展覧会です。

『iPhone mural(iPhoneの洞窟壁画)』展示の様子。(会期:2016年10月28日〜10月31日 会場:BLOCK HOUSE)©永田康祐

 

――洞窟壁画を見る体験と、iPhoneを操作する体験が、時代を超えてつながる視点に驚きます。布施さんがモチーフにするインターフェースは、主にiPhoneを中心としたタッチパネルを指していると思います。布施さんにとって、インターフェースとはどのようなものか教えてください。

コンピューターを用いて情報を操作することにおいて、もっとも洗練された形の1つが iPhone のインターフェースであると僕は理解しています。インターフェースとは何かを論じたアラン・ケイという研究者がいます。彼が1972年に書いた論文(『あらゆる世代の子どもたちのためのパーソナルコンピューター』)に、最終的にはタブレット端末がコンピューターの理想形になるのではないかという文章があります。まるで粘土を触るように操作できることが理想的なコンピューターであるとそこでは言われている。その思想を下敷きにApple 社としては最初のグラフィカル・ユーザ・インターフェスを搭載したコンピュータである「Lisa」をつくりましたが、それはマウスを使って操作するものでした。マウスにはまだテクノロジーの制約があった。タブレット端末が登場し、今は粘土のようにコンピューターを使うという言葉が、ぴったりくる時代に近づいてきています。

当時に夢見られていたコンピューターは、子どもでも操作できるプリミティブなものでした。インターフェースの在り方を考えるときに、近代よりもさらにさかのぼって先史時代の洞窟壁画を参照するのも、自然なことなのかもしれません。

*洞窟壁画…先史時代の人類が、洞窟や岩壁の壁面・天井部に動物などを描いた絵の総称。主に1万数千年前~4万年前に描かれたもの。現存する人類最古の絵画とされているのは、約4万年前に描かれたフランスのショーヴェ洞窟の壁画。その他、ラスコー(フランス)の洞窟壁画などが知られる。日本では明日香村・キトラ古墳(奈良県)が最古の絵画(7世紀末から8世紀初め頃)。

©森本聡

 

東京芸術大学大学院映像研究科メディア映像専攻への進学――横浜を身体的に感じた課題リサーチを経て

――東京・上野に校舎がある油画から、横浜・元町中華街にあるメディア映像専攻に進学されていますが、何を求めて進学されましたか?

科の名前が象徴するように、テクノロジーを介した表現について思考する場であることが、進学の動機としてはありました。油画では、すでに人間が粘土のように使える道具、油絵具などによる表現が信じられています。でもメディア映像では、人がまだ自由に使うことができない素材に向き合えると思いました。作品をつくる道具として、それをアーティストがどのように乗りこなしていくかを考えたかったんです。また野放しが多い美大のなかで、“芸術を教育する”ことを真剣に考えている学科であると感じたことも、理由のひとつです。

――メディア映像ではどのような刺激を受けていますか。

作品をつくるアーティストが、芸術に関する思考を醸成するためにはとても時間がかかります。僕の指導教官・桂英史先生は、遅くまで付き合って対話をしてくれます。メディア映像の教授たちは、テクノロジーの発展を間近で見てきて専門的な知識がある。大学で充実した対話ができるのは、稀有なことだと感じます。学生たちもただ作品をつくるのではなく、作品をつくるための“道具”からつくろうとする人が多いですね。

――在学中の修士1年次に、横浜・関内の「The Cave」で展覧会『ソラリスの酒場』を企画されていますね。

高山明先生の授業で、ワーグナーの『ニュルンベルクのマイスタージンガ―』を横浜で再演する課題に取り組みました。課題のリサーチは、横浜を身体的に知る機会になりました。もちろん開国した場所であるとか、当たり前に知っていた事実もありますが、例えば「馬車道」は、港から関外に向かって真っすぐ道が通っているといったことを、リサーチの過程では身体で感じることができました。その結果として、21世紀の日本人が当たり前だと思っている価値観がはじまった場所・横浜で、展覧会をつくりたいと考えたんです。

展示ができる場所を探したのですがなかなか見つからず、ACYに相談に行きました。そこで洞窟が好きだと話したら「The CAVE」を紹介してもらいました。展覧会の内容は、横浜の開港と文化の交流、そして20世紀末のSF映画/小説「惑星ソラリス」を重ね合わせた企画です。海の向こうへのまなざしをメタファーとして、5名のアーティストが新作を発表しました。

『ソラリスの酒場』展示の様子。会期:2018年1月8日〜1月21日 会場:The Cave/Bar 333。

©森本聡

 

企画者・アーティストとして――展覧会『孤独の地図』で表現したこと

――助成申請時にも、『ソラリスの酒場』のテーマと言える「海の向こうに対する想像力」が引き継がれていました。その後、展覧会企画『孤独の地図』として展開する際に、どのような変化がありましたか?

抽象的なレベルでは変わっていないのですが、モチーフには変化がありました。自分なりに洞窟壁画をリサーチするなかで、申請時にテーマにしようと考えていた研究で論じられていた内容に疑問が生じてしまって。そのため、確実に存在していて、かつ普段は見落とされている素朴なモチーフ“地図”にフォーカスをすることにしました。

――『孤独の地図』は布施さんを含め計4名のアーティスト(岩崎広大、cottolink+小御門早紀、永田康祐)と、最果タヒさんの詩の引用で構成された展覧会です。2018年12月1日~16日の木金土日、四谷未確認スタジオで開催されました。会場は元銭湯を改装した、アトリエ兼ギャラリーというユニークな空間です。近年、布施さんが企画する展覧会では、ご自身の役割を企画/配置とクレジットされています。この言葉にはどのような意図がありますか?

現代アートの動向を追っていると、日本に比べ海外ではアーティストが展覧会を企画するのは自然なことです。ひとつの空間をどう扱うかを決める権力や、抽象的な場「アートワールド」における権力という面で、キュレーターとアーティストの関係をめぐる議論も多くあります。僕は面白い展覧会をつくりたいと思っていますが、機会が乏しいため自分でやるしかない。それで作品制作だけでなく、企画もするようになりました。

その行為をキュレーターと言ってしまうと、従来のキュレーターとアーティストの構造をなぞってしまうから、キュレーションとは書かないようにしています。作品をつくる作家と展覧会を企画する人が上下ではなく、二つの車輪として展覧会をつくりたい。だから「企画/配置」とクレジットしています。

アーティストと企画者の問題設定は、それぞれ分けて考えています。展覧会にはある程度の公共性が必要で、さまざまな人にリーチすることを意識していますが、自分自身の作品はそうではなくても良いと思っています。

数年前まで銭湯だった会場を、展示・アトリエとしてリノベーションした「四谷未確認スタジオ」。『孤独の地図』会場内の展示の様子。©岩崎広大

 

――会場で配布されていたハンドアウトには、作品キャプションと、「孤独」「領土」「地図」「新しい孤独」という4つの言葉に関する短いノートが記載されています。展覧会のなかでこれらの言葉はどのような役割を担っていましたか。

簡単に言うと展覧会をつくる手前で思考したこと、「思考のプロセス」です。例えば本の冒頭には、事後的に書かれた「はじめに」がありますよね。それに似た感覚です。

会場で配布されたハンドアウト。作品キャプションと、「孤独」「領土」「地図」「新しい孤独」に関する短いノートが掲載されている。©岩崎広大

 

――『孤独の地図』というタイトルについてお伺いしたいと思います。

身近な人の死に際して、耐え難い感情を乗り越えるための儀礼、喪に服すとは何かを考えていました。それは、自分は一人では生きられないということ、そしてどこまでも人は一人でしかないことを同時に理解し、引き裂かれる時間ではないかと思います。そういう時間のなかに「孤独」があるのではないか。「孤独」を感じる時間そのものが、現代では失われつつあるのではないかと感じます。

そのことをもう少し自分なりにポップに落とし込んだときに、もうひとつのモチーフ「地図」が出てきました。「地図」を描くときって、常に自分がいる現在地が存在しますが、そこから自分自身を切り離し浮遊させて描きますよね。iPhoneをとおしたコミュニケーションも、自分自身の身体がここにありながら、コミュニケーションは身体とは切り離されています。

――「領土」と「地図」についてですが、領土は流動的なものであることに対し、地図は固定されたものであるという話は印象に残りました。

最初は「地図と領土」といったタイトルも考えていたのですが、「領土」はモチーフにはなり得るけれど、作家がつくっているものはその流動性が失われた固定的な作品です。そのためタイトルには「地図」の方を反映しました。

岩崎広大『かつて風景の一部だったものに、風景をプリントする/Pomponia imperatoria(4°30’21.7”N 101°23’21.0”E)WGS84-#1』。昆虫の羽に、周囲の風景を転写した作品。昆虫の視点から風景を切り取った「地図」。

『デフォーミング・スターライトコーデ_Deforming Starlight Code(一部抜粋)』cottolink+小御門早紀。消費の対象である“キャラクター”を平面化して、構成要素を分割したものを「地図」として提示した作品。

 

永田康祐『Theseus』。卓上に配置されたグラスを撮影した写真の前に、実物のグラスが置かれた様子を撮影した写真作品。実物のグラスと写真のグラスの境界がAdobe Photoshopの修正ブラシで塗られることで、虚実の混淆した画面を作り出している。

 

――『孤独の地図』は、それぞれの作家が「領土」というモチーフに取り組み、アウトプットとしての作品=「地図」を提示した展覧会でした。今回、アーティストとしての布施さんは、新しい作品シリーズに取り組まれています。新作について教えてください。

自分が生きている実感や帰属意識、物理的にも精神的にも生きるよすがとなる「領土=最小範囲のテリトリー」とは何かを考えたときに、セルフィーを撮ってアップしている人たちの存在に行きつきました。現代社会のなかには部屋からうまく出られず、生活と言えばセルフィーを撮ることぐらいしかない人たちが居る。SNS上にあふれている彼女たちのセルフィーが、支持体をもちこの世界に現れるとどうなるか。それを作品にしました。

作品にしたあと、この行為は暴力なのか何なのか、ふと考えてしまって。でも作品としてセルフィー画像をお借りした方が、展覧会を見に来てくれることがあり、喜んでくれていたんです。セルフィーを撮るということが、むしろラディカルなサバイバルであるということや、あるいは作品を通して精神的な面で人間が生きることの意味だったりを感じる機会になったのであれば絵を描いて良かったなと思いました。

布施琳太郎『地図と領土』。 ネットから拾ったセルフィー画像をプリントし、インターフェースを指で触るように、ペインティングをした作品。洞窟壁画へのオマージュでもある。

布施琳太郎『Retina Painting』。 セルフィー画像を見ながら、支持体には触れずにスプレーで描いた作品。

 

――思考プロセスの最後に位置づけられているのが、「新しい孤独」という言葉ですね。

いわゆる「観察描写」や「表象」を基礎にした近代以降の芸術表現は、芸術家が何らかのモチーフと直面し、孤独になりながら芸術を生産する時代だったと思うんです。でもそこにとどまるのではなく、芸術作品に鑑賞者が直面することによって、「孤独」が生まれて欲しいと僕は思っています。アーティストが孤独であるかどうかは大した問題ではなくて。

現代社会のなかでは、美術作品もインターフェース越しに経験されることの方が多いと思うんです。インターネットには作品の画像があふれているし、モナ・リザを見に行ってもめちゃくちゃ遠くにあって、目の前にあるモナ・リザよりiPhoneの画面で見た方が大きく見れたりする。そういう時代のなかで新しく生み出される芸術は、人間と直面することで孤独が生産されるところを目指すべきではないかと考えています。孤独によって芸術が生産される時代から、芸術によって新しい孤独が生産される時代へ。それを自分なりのアートの評価基準として、活動を続けていきたいですね。

布施さんを含むアーティスト3名が表紙デザイン制作に携わった『アーギュメンツ3』。本誌制作に際して培った関係性をもとに、自身の近年の展覧会や作品をまとめた冊子の発行を予定している。©森本聡

 

取材・文:及位友美(voids

【アーティスト・プロフィール】
布施琳太郎(ふせ・りんたろう)

1994 年生まれ。美術家。2017年、東京芸術大学・美術学部・絵画科(油画専攻)卒業。現在は同大学院・映像研究科・修士課程(メディア映像専攻)に在籍。映像や絵画を使用したインスタレーション制作のほか、「iphone mural(iPhone の洞窟壁画)」(2016, BLOCK HOUSE, 神宮前)、「新しい孤独」(2017, コ本や, 王子)、「ソラリスの酒場」(2018, the Cave/333, 横浜)など展覧会企画も多数。主な参加芸術祭・グループ展に「TOTALTOPIA」(2018, TAV gallery, 阿佐ヶ谷)、「MEDIA PLACTICE 17-18」(2018, Bank Art NYK, 横浜)、「牛窓・亜細亜藝術交流祭」(2017, 旧玉津幼稚園, 岡山)、「ファミリー/ コンセプチュアル」(2017, ongoing, 吉祥寺)など。先史時代の洞窟壁画と、iPhoneをはじめとした情報端末が形成する社会・ライフスタイルをテーマに研究・制作に取り組んでいる。
ウェブサイト:http://rintarofuse.com