横浜に現れたもうひとつの国「ネイバーズ・ランド」。 美術家・北澤潤さんインタビュー

Posted : 2018.06.01
  • facebook
  • twitter
  • mail
世界中のどこにもない架空の国「ネイバーズ・ランド」が期間限定で現れた。8つのブースを自由にまわり「ネイバーズ」たちと出会える。さまざまなイベントを行いながら、独自のシステムやルールでお客さんを温かく迎える「ネイバーズ・ランド」とは、どんな場所でなぜ生まれたのだろう。このプロジェクトを立ち上げた北澤潤さんに話を聞いた。

Photo: Yuichi Hisatsugu

Photo: Ken KATO

馬車道に出現した「ネイバーズ・ランド」とは?

会場は、みなとみらい線馬車道駅を降りてすぐ、「YCC ヨコハマ創造都市センター」の3階。入り口で青いパスポートを受け取り、日付が入ったスタンプを押してもらう。会場にある8つのブースでは、ものづくり講座や料理教室、語学講座などのイベントが不定期に開かれている。

入り口で「NEIGHBOR’S LAND」と書かれたパスポートにスタンプを押してもらう。Photo: Yuichi Hisatsugu

 

これらのブースは8つの国の出身者たちによるもの。彼ら・彼女らはこの国の住人・ネイバーズたちだ。それぞれのブースはネイバーズの出身国の生活や記憶をもとにつくられている。
たとえば、インドの留学生・アマンさんのブース「ZAM ZAM FAMILY DHABA(ザムザムファミリーダバ)」は、アマンさんが通っていたファミリーレストランの名が由来。壁の模様も店の写真を元に再現している。どこか不自然さも残るが、そこがこの「ネイバーズ・ランド」の魅力だ。アマンさんは不定期に現れ、料理教室を開いている。

アマンさんの「ZAM ZAM FAMILY DHABA(ザムザムファミリーダバ)」。Photo: Yuichi Hisatsugu

この「ネイバーズ・ランド」の企画を考えたのは、美術家の北澤潤さん。大学在学時からさまざまな場所でのアートプロジェクトを実践してきた。2016年にはアメリカの経済誌『Forbes(フォーブス)』の「30 Under 30 2016 Asia(30歳未満の30人)」にも選出される。個々の地域に対して少しずれた視点から「もうひとつの日常」を提案し、各地に滞在しながらコミュニティを生む実践をしてきた。

「ネイバーズ・ランド」も、10カ月ほど前から横浜市内外でリサーチを重ねたプロジェクト。特に国は限定せず、たまたま参加してくれたのが横浜で暮らす8カ国の「ネイバーズ」たちだった。アメリカ、イタリア、インドネシア、パキスタン、フィリピン、マレーシア、中国、インドを出身とするネイバーズの参加が決まったのは2018年2月。そこから2カ月もの間、ネイバーズたちの自国での日常をヒアリングし、対話や議論を繰り返した。故郷の家の間取り、1日のスケジュール、よく行っていたお店。その1対1の対話をもとに一つひとつのブースを一緒につくっていった。

北澤潤さん。「ネイバーズ・ランド」にて。Photo: Yuichi Hisatsugu

 

「今回のプロジェクトは、これまで手がけてきたものとは少し違う」と北澤さんは言う。「ネイバーズ・ランド」のアイデアのもとをたどると、2016年にインドネシアの首都・ジャカルタに1年間滞在したことが大きく影響している。北澤さん自身の「原点を感じた」場所になったというジャカルタ。東京生まれ、東京育ちの北澤さんがなぜ「原点を感じた」のだろうか。

Photo: Ken KATO

インドネシアのネイバーズによる「WARUNG KELUARGA(ワルン クルアルガ)」。ワルン=家族、クルアルガ=KELUARGAで「家族のお店」という意味。インドネシアではこのワルンに入ると家族が寝ていたり、子供が遊んでいたりするという。インドネシアの端切れを使ったワークショップを不定期に開催。

 

「何もできない」から始まったインドネシアの生活

ジャカルタでは、北澤さんはできるだけそこに住む人たちと同じように過ごした。バイクで移動し、屋台でご飯を食べ、まちの人の輪に混ざった。
「ジャカルタに身を投じたとき『このまちで僕は本当に何もできない』と思いました。言葉もわからないというのもあるけれど、自分のこれまで生きてきた身体の感覚みたいなものが彼らに負けているような気がしたんです。たとえば、ジャカルタに暮らす人はみんな道に詳しい。車線もあってないようなもの。日本で運転する感覚とはまるで違います。僕が運転すると1時間かかるところを25分ぐらいで移動してしまうんです。東京では道に詳しくなくても電車があるし、道路も整備されているので移動に困ることはないですよね」

「WARUNG KELUARGA」にて。 Photo: Yuichi Hisatsugu

 

こうした経験が出身地・東京を振り返る機会になった。「東京での生活は役割があり、それに伴い言動も決まる。電車の乗り方、買い物の仕方、家庭内での振る舞い、職場での振る舞い。そういう社会的な役割に動かされていることに疑問をもち、いろいろな地域でプロジェクトをしていたけれど、ジャカルタへ行って改めて『都市』のあり方に意識が向きました」と話す。

ジャカルタで大事なのは、いまここにある身体の感覚で動くこと。それが大きな違いだと北澤さんは感じた。
「ジャカルタでの身体の使い方って、システマチックじゃないんです。それはある意味、都市そのものが混沌として整っていないからこそかもしれません。信号がないから注意する。道がふさがっているから別の迂回路を見つけて目的地を目指す。自分の知恵と身体を使わなくてはならない。それが日本だと、まず選択肢がたくさん用意されています。目的地にたどり着くために、数ある選択肢のなかからこの道を選ぶ。何かの目的のために動く。ジャカルタとは考え方もまるで違うのです」

アメリカ・オハイオ州出身のダニカの家を再現。ダニカの家でよく開かれるホームパーティではゲームやダンスで盛り上がる。ダニカがいたら、英会話を学びながらゲームで遊ぼう。Photo: Yuichi Hisatsugu

 

ジャカルタ人でもない東京人でもない、身体感覚を得る

国際交流基金アジアセンターのフェローシッププログラムで滞在していたが、その期間は終了した現在でもジャカルタに家を借り、東京と往復する生活をしている。
「2つのまちを行ったり来たりしていると、両方の間で生きているのが自分のリアリティになってきました。どちらにも当てはまらないしんどさと、当てはまらないからこそ客観的に見られるという部分。その両方が自分のなかにあることで、別の身体感覚を得ている感じがします」
自身が経験したように、2つの都市の文化を身体感覚として持っている人たちに「出会いたい」、そして「ジャカルタのように振る舞える場所をつくりたい」と考えた。それが今回の「ネイバーズ・ランド」につながっていく。

Photo: Ken KATO

Photo: Yuichi Hisatsugu

 

「1年の滞在を得て帰国したとき、身体が縮こまるような、押し込められるような感覚を覚えました。たとえば床に座って何かをつくったり、おしゃべりしたりは東京ではできないですよね。ジャカルタの路上感覚では東京で過ごせない。それで他国から来た人たちはこの感覚とどのように向き合っているのだろう、と思いました。その人たちに会ってきいてみたい、日本にいながらも自国での身体感覚や日常を再獲得できるような場所をつくりたい、と思ったのが『ネイバーズ・ランド』です」

横浜の中華学校に通うスミカは、切り絵で窓を飾る「窓花」を制作。会期中に増やし窓を飾っていく。スミカがいないときでも、つくり方を参考に「窓花」をつくることができる。Photo: Yuichi Hisatsugu

 

横浜自体が「ネイバーズ・ランド」!?

そこから月の半分を横浜で過ごした時期もあった。北澤さんによると「横浜には既に『ネイバーズ・ランド』が存在している」と言う。
「リサーチのなかで、いろいろな国や文化を持つ人に出会いました。僕の抱えているリアリティが、横浜には割と日常的に存在しているものなんだな、と。実は横浜そのものがリアルな『ネイバーズ・ランド』というか。リサーチではタイやフィリピン、インドネシアなど東南アジアの食材が揃うスーパーや、中国の人たちが集まる台湾料理のお店を回りました。ネイバーズにそうした場所で出会い、ブースをつくるときもそれらのお店を利用しているので、『ネイバーズ・ランド』は横浜に直結しているんです。実は横浜には『ネイバーズ・ランド』のブースが何ブースもあるのかな、と。横浜だからこそできた形です」

 

Photo: Yuichi Hisatsugu

 

最後に北澤さんは「ネイバーズ・ランド」についてこう話した。「新しい国に旅するように『どんなところだろう』『どんな文化に出会えるんだろう』といった感覚で来てもらうのがいいのかなと思います」。
架空の住民「ネイバーズ(隣人)」に会うことのできる架空の国「ネイバーズ・ランド」。不定期だがさまざまなイベントを常に開催している。何よりも一度訪れるとネイバーズたちにまた会いたくなる。オープンは6月10日まで(月・火・水休み)。ぜひパスポートを手に入れて、何度も訪れたい。

パスポートで会期中何度でも入場可能。Photo: Yuichi Hisatsugu

 

文:佐藤恵美


プロフィール

Photo: Yuichi Hisatsugu

北澤潤[きたざわ・じゅん]
美術家、北澤潤八雲事務所代表。1988年東京都生まれ、同在住。2007年に父の出身地である佐渡島と新潟をつなぐ客船「おけさ丸」を舞台に初めてのプロジェクトを実施。以来、国内外約30の地域に関わりながら、中長期的なフィールドワークを経て多様な人びとと協働し、日常に問いを投げかける場を共同体の内部に生み出す「コミュニティ・スペシフィック」を志向したアートプロジェクトを実践しつづけている。2010年には「北澤潤八雲事務所」を設立し、行政機関、教育機関、医療機関、企業、地域団体、NPO などとパートナーシップを結びながら直接的に社会と関わり、自立的かつ持続的なプロジェクトの可能性を模索してきた。2016年から2017年にかけて国際交流基金アジアセンターのフェローシッププログラムで1年間インドネシアに滞在。以降、日本とインドネシアを行き来しながら活動を展開している。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。米経済誌フォーブス「30 Under 30 Asia 2016」アート部門選出。
http://www.junkitazawa.com/


展示情報

YCC Temporary 北澤潤 “ネイバーズ・ランド”
会期:2018年4月27日(金)〜6月10日(日)
休場:月曜〜水曜(祝日は開場)
時間:木・金 15:00〜20:00
土・日・祝 12:00〜20:00 
会場:YCC ヨコハマ創造都市センター 3階
入場:500円
※1回のお支払いで会期中、何度でも入場可能なパスポート制。
※高校生以下入場無料、要学生証提示。
※会場内で実施されるイベントへの参加費や物品の購入には別途料金がかかります。
http://yokohamacc.org/yct/junkitazawa/

※会期中は、「ネイバーズ」によるモノづくり講座、語学講座、料理教室、各国の飲料・料理販売、物品販売など、さまざまなイベントを実施。
・6月2日(土)中国出身ネイバーズたちとの路地裏トーク、獅子舞出現イベント開催
・6月3日(日)アメリカ出身ネイバーズによる「サンデーアイスバー」、路地裏トーク開催
・6月9日(土)マレーシア出身ネイバーズとの路地裏トーク開催
・6月10日(日)クロージングイベント開催
詳細は上記ウェブサイト、YCC公式Facebookにてご確認ください。

アクセス:みなとみらい線「馬車道」駅1b 出口(野毛・桜木町口・アイランドタワー連絡口直結)/JR・市営地下鉄線「桜木町」駅 徒歩5分/JR・市営地下鉄線「関内」駅 徒歩7分

主催:YCC ヨコハマ創造都市センター(特定非営利活動法人 YCC)
助成:芸術文化振興基金
後援: 横浜市文化観光局