作品は環境へのリアクション――KAATでしかつくり得ない『インターンシップ』
梅田哲也さんは、美術・音楽・パフォーミングアーツなど複数の分野を横断して活動する、大阪在住のアーティストだ。作品のアウトプットは、展示やパフォーマンスなど、さまざまな形態をとる。発表する会場も、美術館や劇場だけでなく、都市空間や自然のなかなど多岐にわたっている。
「展示でもパフォーマンスでも、やっていることはそんなに変わりません。その場に自分が居るか居ないか、あとは30分やるのか半年やるのかといった時間が違うだけで。アウトプットの形態は、環境や条件で決まっていきます。」
今回TPAMで発表する『インターンシップ』は、TPAMの公式ウェブサイト上のイントロダクションでは「コンサート/パフォーマンス」と紹介されている。本作で挑むのは、劇場のことを知り尽くしたテクニカルスタッフとともにつくる、劇場の舞台機構*の「演奏/上演」だ。枠にはまらない作品をつくり続けている梅田さんだが、それぞれの現場で、具体的にはどのように作品を立ち上げているのか。
*舞台機構:手動・電動・油圧などにより作動させる演出効果用の機器類の総称。緞帳や反響板、回り舞台、迫り、移動床などのほか、各種幕類などの吊り物を吊るバトン、舞台照明器具を吊るバトンや、それを操作するための綱元、操作盤など。
「何をやるかを先に決めてクリエーションに入るのではなく、状況や条件に応じて組み立てていきます。作品をつくる環境に対するリアクションありきのクリエーションです。特にこの『インターンシップ』は、構造としてそういった要素が強いので、最後はKAATでしかつくり得ないものになることが前提としてありますね。劇場のテクニカルチームと一緒に、劇場に備わっている機構だけを使う作品なので、持ち込むものはありません。僕がこういうことをしたいと申し出るのではなくて、KAATにはこういう機構がある、ここが面白い、といった意見をヒアリングしながらつくっていきます。」

『インターンシップ』初演時の舞台写真より ©Rody Shimazaki
作品をつくるうえで、本当に「インターン」をするのかと思って聞くと、「実際にインターンさせていただきますとお願いをするわけではなくて、そういう“気分”ということですね」と梅田さんは笑う。
「先方のスキルに便乗させていただく気持ちで挑んだ方が、得られるものが大きいという実感が経験としてありました。よそ者として劇場に入っていくための“手段”と言うとわかりやすいかもしれません。」
韓国での初演を経たリクリエーション――KAATでは主役が機構になるかどうかわからない?
『インターンシップ』は、2016年に韓国の光州アジア・カルチュラル・センターで初演した作品だ。劇場の機構が変われば内容が変わるため、初演のコンセプトをもとにKAAT神奈川芸術劇場のテクニカルスタッフとともにリクリエーションするのが、TPAMでの『インターンシップ』と言えるだろう。劇場の機構そのものを見せるアイデアは、韓国の初演時に梅田さんが思いついたものだ。
「もともと別のアイデアをリクエストされていたのですが、初めて劇場に下見に行ったときに、劇場のメンテナンスをしていたんです。巨大な劇場で、床がガーッと陥没している状態を見てアイデアを変えたことがきっかけでした。ここにあるものだけでじゅうぶん作品になる、あるものを使わないともったいないと思ったんです、貧乏性なんですね(笑)。」
韓国の初演時は、客席が無い状態から徐々に出来上がっていったり、機構が昇降したりと、劇場のなかで起こるさまざまな動きに応じて観客が誘導されていった。このときの主役は劇場の機構で、出演者は劇場のスタッフだ。公募で集まったオーケストラも登場するが、彼らは機構の一つである「オーケストラピット」に入っていく、普段は見えない裏方のような存在を担っていたという。
劇場の機構はとても大がかりで、動かすためには危険が伴うものでもある。移動床の穴に落ちたり、構造にぶつかったりして怪我をすることがないよう、普段の劇場ではテクニカルスタッフが、仕込み中も公演中も細心の注意を払っている。観客がいるときに動かしてはいけない構造物や、近づいてはいけない場所など、どこの劇場にも規制がある。
「例えば展示をつくるときは、建築法や消防法などさまざまな規制が建物にあるので、そこをくぐり抜けてやっていくアイデアが、毎回必要になります。インストラクション無しでも観客を誘導できる導線をつくれることが理想ではありますが、『インターンシップ』では危険を避けるため、劇場のスタッフが観客を誘導しながら導線をつくっています。
KAATのスタッフさんは頼りにして、いろいろと協力していただいています。僕がつくったラフプランを叩きに具体的なフィードバックをもらいながら進めていきますが、まだ一回打合せをおこなっただけなので、どんな作品になるのかわからないです。もしかすると機構が主役にならないかもしれませんし、やっていきながら、自分が一番面白いと思うことや、その方向に向かっていくのが自然なことだと思っています。」
『インターンシップ』初演時の記録映像
どんな環境下でも、作品が成立すると思いたい――梅田哲也の作品づくり
ここまでのお話から、梅田さんの作品は極言すると「再演」することができないのだろうかと気になり、再演可能性について聞いた。
「インスタレーション作品などでも『再演』を依頼されてつくることはあります。場所の条件や技術的な面でつくれない場合がありますが、コンセプトを軸にすればやることはできますね。『インターンシップ』もコンセプトありきなので、別に劇場じゃなくてもきっとやれると思うんです。工場とか病院とかオフィスとか、どんなとこでもそこのスタッフの人たちと一緒につくることができるはずです。」

『インターンシップ』初演時の舞台写真より ©Rody Shimazaki
例えば演劇作品の「再演」においては、同じ出演者や同じスタッフでツアーをまわることを一般的には思い浮かべるかもしれない。だがKAATとつくる『インターンシップ』では、初演時の出演者は梅田さんただ一人。毎回違うチームで作品を立ち上げるクリエーションについて、どのように捉えているのだろう?
「僕がインスタレーションや、パフォーマンスを一人でやるときに、割とどこにでもあるモノを使います。例えば空き缶やペットボトルのような、身近な日用品です。作品はどんな現場でもつくれるし、真似をしようと思えば誰でもつくることができるものであって欲しい。つくることは特別なことではない。一方、そのなかで、もちろんちょっと特別なことを実現することが重要なのですが…。
同じように、人が変わっても、作品は成立すると思いたいのかもしれません。たとえば、ベルギーの「クンステン・フェスティバル・デザール」(註:現代舞台芸術のフェスティバル)で2017年に発表した作品では、ブリュッセルに住む出自の異なる人たちと一緒に動きと声を基調にしたパフォーマンスを行いましたが、もともとはフィリピンの山奥の村で、山間民族の子どもたちと一緒につくった作品です。彼らは経済の仕組みとは切り離されたところでとても豊かな生活をしていますが、彼らの村には水道や電気やガスのインフラも整っていない。
そういった環境下で作品をつくるときに、モノを使おうという発想にはなりにくいじゃないですか。自然と、声と動きでやろうというところに行きつきます。」
モノがないところでは、そこにあるものを使おうと発想を転換できること。この柔軟なスタンスこそ、多くの人を惹きつける梅田さんの作品の魅力ではないだろうか。
『インターンシップ』では、オーケストラを公募で集めた。その狙いについてはこう語る。
「まったく知らない人たち同士がパッと集まってその場で調律とかチューニングをしていく際に立ち上がる空気感というか、その瞬間に惹かれるんです。」

『インターンシップ』初演時の舞台写真より ©Rody Shimazaki
横浜のイメージと、TPAMへの期待
梅田さんは2005年ごろから、個展・企画展への参加だけでも年に10本前後、ライブ・パフォーマンスやワークショップも加えれば数えきれないほど、国内外での発表で多くの実績をもつアーティストだ。横浜でも、ZAIM、横浜美術館、急な坂スタジオなど、複数の文化拠点で発表した経験がある。世界を飛び回っている梅田さんに、横浜という街の印象をお聞きした。
「横浜はアーティストが住みやすそうという印象がありますね。割と今まで作品をつくるときに、いい環境でやれているというか――。長期滞在で安く借りられる施設がありましたし、何かを提案したときに、その施設では難しくても、別の施設に力を借りれば実現できるといったネットワーク力を感じたことがあります。場所によっては半年ぐらい準備しないとやれないようなことも、結構スムーズにやれました。日本のほかの場所では、あまり経験していないことかもしれません。」
すでに海外での活動実績はとても多い梅田さんだが、今回のTPAMへの期待について聞いた。
「毎回どんな場であっても、作品をつくるという意味では真剣にやるだけ、ベストを尽くすだけなので。着地点を決めて進むとと途中で作業に飽きてしまうので、先のリアクションについては考えないようにしています。でも期待することがあるとしたら、クリエーションや本番の現場で自分が予想していないこと、起こると思っていないことが起こってくれたら嬉しいですね。」
最後に、『インターンシップ』を楽しみにしている観客に向けて、メッセージをいただいた。
「僕は職人的な技術に対する憧れがあって、技術や機構みたいなことがそもそも好きなんです。劇場の舞台機構って、ものすごい精度でつくられていて、ロールを巻き取るモーターにしても両側でピッタリ合うだとか、大ものを動かしてるのにほとんど音がしないとか、自分で機械を操作してみて惚れ惚れする瞬間があります。だから『インターンシップ』は、劇場の舞台裏はこんなにかっこいいんだぞというところをそのまま見て欲しいということに尽きますね。例えば、映画でもドラマでも何でも良いんですけど、職人の技が透けてみえることに感動がありませんか。時代劇で登場と同時に斬られて死んだ人は、この死にかた一つのためにどれだけの訓練をしてきたんだろうとか、それをカットしなかった編集者は何かを感じ取ったんじゃないかとか、刀の切り口が見えてしまわないようにカメラはとっさにこう動いたんだなとか、いろいろ想像が膨らむじゃないですか。そういった技術の蓄積に、感動があるんです。」
梅田さんのキャラクターを感じるエピソードも交えてお話を聞くことができた、今回のインタビュー。梅田さんがTPAMに期待するように、これからも見る人の想像を超えた作品を世に送り出してくれるだろう。まずはKAAT神奈川芸術劇場とともにリクリエーションされる『インターンシップ』の上演を、お楽しみに!

『インターンシップ』初演時の舞台写真より ©Rody Shimazaki
構成・文:及位友美(voids)
【イベント概要】
インターンシップ(TPAM ディレクション)
梅田哲也
会場:KAAT神奈川芸術劇場 ホール
住所:神奈川県横浜市中区山下町281
アクセス:
日本大通り駅(みなとみらい線)徒歩5分
元町・中華街駅(みなとみらい線 )徒歩8分
関内駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩14分
石川町駅(JR京浜東北・根岸線)徒歩14分
日時:2月12 日(月・休)14:00、2月13日(火)18:30
料金:プロフェッショナル ¥1,500、オーディエンス ¥3,000(発売中)
【プロフィール】
梅田哲也(うめだ・てつや)
日用品や廃材といった身近なものを素材とした動きのある彫刻作品や、都市空間や自然のなかでのサイトスペシフィックなインスタレーションを制作する。パフォーマンスではソロの他に劇場の機能にフォーカスした舞台作品や、中心点をもたない合唱など現地の人を巻き込んだプロジェクトを手がけ、Theater Spektakel(チューリヒ、2014年)、FUSEBOX(オースティン、2016年)、Kunstenfestivaldesarts(ブリュッセル、2017年)などのフェスティバルで作品を発表している。