俳優に言葉を。岸田國士賞最終候補『ドッグマンノーライフ』再演、山縣太一の方法論

Posted : 2017.12.29
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横浜生まれの演出家・振付家の山縣太一さん。「俳優が舞台を立ち上げる」独自のメソッドで、いま多方面から注目を集めるアーティストだ。自身も俳優として活動し、演劇カンパニー・チェルフィッチュの作品に長く出演していたことでも知られる。今年度、山縣さんはアーツコミッション・ヨコハマの助成プログラム(創造都市横浜における若手芸術家育成助成 クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ)の、フェローシップ・アーティストとして選出された。山縣さんが作・演出を担う演劇ユニット「オフィスマウンテン」は、2018年1月にSTスポットで、第61回岸田國士戯曲賞にノミネートされた『ドッグマンノーライフ』(2016年6月初演)の再演を控えている。本作の稽古まっただなかの山縣さんに、再演に向けた意気込みと創作のメソッドについてお話を聞いた。

photo:OONO Ryusuke

 

「完全に、初演を越えたな」――『ドッグマンノーライフ』再演の稽古場から

寒さもいっそう厳しさを増す師走の12月。年を明けて1月に再演する『ドッグマンノーライフ』に向けた稽古で、山縣さんと出演者の俳優たちは急な坂スタジオに入っていた。本作『ドッグマンノーライフ』は、舞台上が大きく二つのエリアに分けられている。舞台に立つのは、“室内犬”を演じる大谷能生さんと、外に働きに出る“家内”や、そのパート先の従業員などを演じる俳優たちだ。
作品づくりにおいて、演出家と俳優が主従関係になることは苦手だと山縣さんは話す。

「『ドッグマンノーライフ』は“飼い犬”と“主人”に、“俳優”と“演出家”の構造をかけてつくった作品です。僕は作品をつくるとき、俳優と並走する演出のスタイルをとっています。本作でも、演出家がすべての指示を出して作品をつくるのではなく、『俳優が舞台を立ち上げる』意識を大切にして取り組んでいます。」

俳優と並走する演出とは、具体的にはどのようにつくっているのだろう?

「今回の再演では、前作をいかにして乗り越えるのかといったテクニック的なことは、敢えて教えていません。時間はかかるけど、演出家が言い過ぎるのではなく、俳優の成長を待ちたいからです。俳優から出てくる動きを待って、それが良いねと伝えていく。横から並走して、二人三脚でつくっていきます。例えば、自分の背中は自分では見えません。役者の見えていないところを僕が代わりに見て、その見え方や、言葉が身体に影響しているところ、それによってほかのメンバーに起こっていることなどを伝えます。自分がもたらした影響に自覚的になろう、といったことです。“ダメ出し”ではなくて、ちょっと思ったこと言います、みたいな感じでコミュニケーションしていますね。」

photo:OONO Ryusuke

 

初演から2名の俳優が代わって挑む本作、再演というよりは全編つくりなおす気持ちで取り組んでいるという。

「戯曲は変えていませんが、演出や振付は、その人の今の身体や特性を見て、メンバー間の整合性を取り直しながらつくっています。9月から週に数回、もう4か月間ぐらい稽古していますね、僕の作品づくりはどうしても時間がかかるので。たぶん去年の初演を見た人も、新しい気持ちで見てもらえるんじゃないかな。今日は通してやりましたが、完全に初演を超えた手ごたえがありました。初演を超えなければやる意味がないんですけど。苦しいけど、必ず超えることを目指しています。

稽古では言葉が要らなくなってきた実感がありますね。俳優のみんなが、各々に要求し合い、高めてくれています。勝手にいろいろやってくれるというか。それは労力をかけて、手塩にかけて、継続してきた成果だと思います。俳優によく伝えているのは、“誤解”はないということです。誤解も正解だから、どんどん見せていいと。どんな作品の稽古場でも、自らプレゼンできる役者をもっともっとつくりたいんです。」

photo:OONO Ryusuke

 

山縣さんの姿勢はフライヤーにクレジットされた俳優の肩書に象徴されている。彼らの肩書は「出演・振付」だ。

「どんな作品でも、俳優への敬意として当たり前だと思うんです。舞台作品は一人がつくるものではありません。責任も伴いますが、出演した作品は、自分がつくった作品と言っていい、と俳優には伝えています。」

 

自分の方法論で作品をつくる――「オフィスマウンテン」の取り組み

『ドッグマンノーライフ』は、「オフィスマウンテン」(2015年始動)名義の2作目にあたる。山縣さんはこれまで、2001~13年までのチェルフィッチュ作品の多くに俳優として参加したり、ダンサーの手塚夏子さんに師事したり、また音楽家/批評家で本作含めオフィスマウンテン作品の俳優でもある大谷能生さんとのユニット「ライン京急」で、作・演出・振付を担当するなど多方面で活動をしてきた。そんな山縣さんに、オフィスマウンテンを立ち上げた思いを改めて聞いた。

「俳優の意識改革とか権利奪還とか、かっこつけて言ってきましたが、自分自身が変わりたかったということがあります。チェルフィッチュの舞台では、お客さんの前に立つことが当たり前になってしまって。ルーティンのようになってしまい、俳優がつくる現場ではなくなってきているのかなと思いはじめていました。そこをもう一度、作品を全力で立ち上げていくところから、自分の責任でやった方が良いのではないかと考えたことがきっかけです。自分のやりたいことの方法論がだいぶ形としてできていたので、それを自分ではない他者に振付ける、演出することで、自分がより成長できるかもしれないという期待もありました。

『ドッグマンノーライフ』初演の舞台写真 ©高木一機

 

他者の身体に振付けたり演出したりすることが、暴力になってしまうと困るので、どれだけ寄り添えるか、付き合えるかを考えています。俳優はただ単に舞台に立てばいいのではなくて、作品について語ること、言葉をもつことが必要だと思っています。“僕の言葉”じゃなくて、彼ら彼女たちの言葉も引き出して、“僕らの言葉”に変える作業が、僕にとっての振付・演出です。」

オフィスマウンテン1作目の『海底で履く靴には紐が無い』(2015年6月)の発表は大きな反響を呼び、2作目の『ドッグマンノーライフ』は第61回岸田國士戯曲賞最終候補にノミネートされた。そして3作目の『ホールドミーおよしお』まで、年に1回のペースで作品づくりに取り組んできた山縣さん。この3年間をとおして「俳優が立ち上げる舞台」への手ごたえを、どのように感じているのだろう。

「3年もかかるんだなあ、というのが本音ですね。一発目で、もっと俳優たちが変わるきっかけになるんじゃないかとバカだから思っていましたが(笑)。やっぱり年数をかけてやらないといけないと思いました。1作目を発表した時点で、褒めてもらったり批判されたりして作品は受け取ってもらえましたが、俳優の仕事を評してくれる人がいませんでした。次の段階ではできるだけ多く俳優をつかって、俳優と一緒につくろうと思ったのが『ドッグマンノーライフ』です。

岸田國士戯曲賞にノミネートされたとき、審査員の人たちは『なんだこれ』ってかなり驚いていたらしいです。『この続きはもうないの?』って。僕にとって演劇は作品がすべてなので、戯曲の場合、威力は半減以下になることを目指しています。作品を立ち上げた俳優が大事で、それを見て面白いと思ってもらえればいい。だから戯曲を見て『なんだこれ』と思ってもらえることは、僕にとっては褒め言葉なんです。戯曲が評価される演劇の構図を変えたいと思っていました。そのギミックをくみ取ってもらったうえでの、ノミネートだと捉えています。僕の姿勢、意図が伝わったうえでのノミネートであると。」

photo:OONO Ryusuke

 

 

10年間の俳優経験から培った“太一メソッド”とは?

 「俳優が立ち上げる舞台」の創作は、長年俳優として舞台に立つなかで培ってきた山縣さんの演劇メソッドが支えている。山縣さんの作品を見ていると、俳優の言葉や発話が振付とどのように結びついているのか、考えずにはいられなくなる。作品における身体の振付について聞いた。

「つくり方としては、言葉とは関係なく、身体だけで見られるものをまず構築します。戯曲に関係なく、身体だけのストーリーをつくるんです。それを戯曲の世界と同時に発信させます。そうすると言葉と同期していく身体があったり、逸脱していく身体があったりして、自分なりに探りながら一番良い危険な状態をつくります。獣道を歩け、と俳優にはよく言っています。」

“身体のストーリー”とは、具体的にはどのようなストーリーなのだろう?

「自分が俳優をやっているとき、戯曲の文章があるとしたら、それから離れた別の文章を考えていました。例えば『缶』という単語があったら『ペットボトル』という風にハッキングして、違う言葉で別のストーリーをつくっていくんです。このようにつくったストーリーを、身体でやってみる。そうすると戯曲とは違うストーリーができます。例えばすこしズレたCDを同時に再生させると、もしかするとすごい1曲になっている、ということがあるように、演劇としてそういった可能性を探っています。ちょっと気が触れているかもしれませんが(笑)。

手塚夏子さんのダンス作品に参加したとき、僕は身体への振付の一つひとつに言葉を書いていました。そのときにこれは面白い、演劇でも使えるぞと思って、自分独自の戯曲を書きはじめたことがきっかけです。俳優として出演する作品の稽古場で、すらっとした顔で戯曲の言葉を話している一方で、身体は別のストーリーを踊っている、ということを人知れずやっていました。これはいけるな、これはダメだなと試しながら、他人に振付けることもできるという手ごたえを掴んでいきました。

俳優時代から10年間、このメソッドをあたため続けてきたから、岸田戯曲賞ノミネートも自分にとっては突然のできごとではありませんでした。あるとき、俳優でも自分の方法論をもたなければだめだと気付いて、手塚さんに教えてもらったりしながら死にもの狂いでやってきました。僕には何の魅力もないし武器もないと思っているから、舞台に立つのが怖かったんです。自分の方法論と武器をもたないと、舞台でお客さんに何かを伝えるなんておこがましくてできないと思っていました。だから必死でやってきました。今も必死でやっています。」

“太一メソッド”のなかには、ほかにも客席を舞台に仕立てる方法がある。山縣さんが横浜の小劇場・STスポットの舞台に俳優として立つなかで育んできたという。オフィスマウンテンの作品は、これまでの3作品と今回の再演すべてSTスポットで上演している。

「お客さんが俳優を間近で見られる場所であれば、どこでも構わないんです。ただ世界中いろんな劇場に行きましたが、しっかりと虚構の世界をお客さんと密につくり出せる空間は、なかなか体験したことがなくて。客席を舞台に仕立てるという僕のメソッドが、STスポットだと活かしやすいんです。

例えば一番前のお客さんに話しかけると、そのお客さんの背中を2列目以降の人が見ることができます。その人自体が演者になるというか。その人の背中を使って、更に後ろの席の方を使うといったことができます。STスポットで演じるなかで、この方法論を思いつき育ててきました。劇場は発見と勉強の場です。」

photo:OONO Ryusuke

 

一方で、山縣太一以降、“お客さんに向かって話す”という演技が演劇シーンのなかで当たり前になっているように感じていたという。 

「一時期は、お客さんを見る演技をやめていたこともあります。効果がなければやる必要はないので。お客さんの方を向かなくても、本当は良いんです。向いているというフリではなくて、ちゃんと向いていることが大事で。お客さんの方を向くだけで解決することではないと、若い子たちにはきちんと伝えていきたいと思っています。

ロングランに耐えうる表現をつくるための打開策として、初めて作品を見るお客さんと、僕らがきちんと『はじめまして』をすることが大切です。初めて作品を見る人の反応を僕らが見ることで、言い方は悪いですが初めての人を利用させていただく。そうすることで作品も俳優もロングランのなかで成長できます。」

 

これからの活動について――フェローシップ・アーティストとして挑戦したいこと

 今年度、アーツコミッション・ヨコハマ(ACY)の助成プログラム「創造都市横浜における若手芸術家育成助成 クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ」に選出された山縣さん。最後に助成を経て変わったこと、これからやっていきたいことを聞いた。

「活動をきちんと見てくれたうえで、多角的にサポートをしてもらえる助成プログラムに選んでもらったのは初めてで、本当に助かっています。すこし余裕をもちながら、活動に幅をもつことができるから。今までも俳優に向けたワークショップはやっていましたが、助成金が取れたこともあり、急な坂スタジオで3か月間にわたる『俳優のためのワークショップ』に挑戦しました。こういった企画にチャレンジするフットワークが軽くなりましたね。ワークショップを企画して実施するときに身銭を切らなきゃいけないと、息が続かないので。

俳優に向けたワークショップはこれからもやっていきたいですが、俳優に出会う方法がほかにもあればワークショップでなくても良いと思っています。ACYスタッフの方たちには、そういった相談にものってもらっています。」

2018年には、オフィスマウンテン4作目の新作を発表する。ある程度、波及してきた手ごたえのある“太一メソッド”の集大成として、そこから先のステージにいくためのステップになる作品だ。オーディションには、80名にのぼる俳優のエントリーがあったという。その一人ひとりに会って選考をするそうだが「問題は体力がもつかどうかなんです」と山縣さんは笑う。

お話を聞くなかで、俳優のことはもちろん、観客のこと、そして演劇の可能性にひたすら向き合う姿勢が強く印象に残った。新作にこれだけ多くの応募があったことが、山縣さんの創作に寄せられた俳優たちの期待を物語っている。『ドッグマンノーライフ』の再演は、山縣さんの作品を直近で体験できる機会になる。2018年の「観劇初め」に、初演を観た方も、そうではない方も、オフィスマウンテンの『ドッグマンノーライフ』をおススメしたい。

 

取材・文:及位友美(voids)

 

【イベント概要】

オフィスマウンテンvol.4 『ドッグマンノーライフ』

作・演出・振付:山縣太一
音楽:大谷能生
出演・振付:大谷能生、山縣太一、横田僚平、矢野昌幸、中野志保実、上蓑佳代、児玉磨利、稲継美保
音響:牛川紀政
宣伝美術:嵯峨ふみか
提携:STスポット
助成:アーツコミッション・ヨコハマ
制作:STスポット
特別協力:急な坂スタジオ
協力:松竹芸能、無隣館
主催:オフィスマウンテン

スケジュール:
2018年1月17日(水)~21日(日)
1月17日(水)20:00
1月18日(木)20:00
1月19日(金)20:00
1月20日(土)15:00
1月21日(日)15:00
会場:STスポット
住所:横浜市西区北幸1-11-15 横浜STビルB1
アクセス:横浜駅(JR各線、東急東横線、みなとみらい線、相鉄線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩8分
料金:前売 3,000円 当日 3,500円
ご予約・お問合せ:STスポット
TEL: 045-325-0411
MAIL: tickets@stspot.jp
WEB: http://stspot.jp/ (予約フォームあり)

 

【プロフィール】

山縣太一(やまがた・たいち)

1979年、横浜生まれ。俳優、演出家、振付家、ダンサー。2001年より演劇カンパニー『チェルフィッチュ』に俳優として参加、以降2013年「地面と床」までほぼすべての作品に出演し、中心メンバーとしてチェルフィッチュを牽引。ダンサーの手塚夏子に師事。音楽家/批評家である大谷能生とのユニット『ライン京急』では、作・演出・振付を担当。2015年より自身の作・演出する演劇ユニット『オフィスマウンテン』を始動。同年6月に、大谷能生氏を俳優として迎え、「海底で履く靴には紐が無い」を発表。2016年6月に2作目「ドッグマンノーライフ」を発表、同作品が第61回岸田國士戯曲賞最終候補にノミネート。