アーカイブを作る―アーティスト、田村友一郎さん

Posted : 2017.03.22
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2016年から開始されたアーツコミッション・ヨコハマの「創造都市横浜における若手芸術家育成助成 クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ」は横浜から世界へ発信する若きアーティストたちの発掘と育成を目的としている。選ばれた3人のうちのひとり、田村友一郎さんは、昨今、土地と歴史的出来事などを結びつけたユニークな作品を発表している。大学院の博士課程を横浜で修了する年でもある今年、過去の作品を整理して、本やウェブのアーカイブを作りたいと抱負を語った。

探すということ

3月11日から4月22日まで、東京の品川にあるユカ・ツルノ・ギャラリー田村友一郎さんの個展が開かれている。タイトルは「G」。引力gravity、地球、土地を表すgeo-、知恵のgenius、ドイツ語の霊、精神という意味のgeistなどの頭文字から取っている。このようにタイトルには複数の意味が込められており、みるみるうちに繁殖するニューロンのごとく、生まれ出た連想と発想によって作り上げた多様な新作を見事にまとめている。

「このギャラリーのスペースの感じがApple storeに通じるものがあったので、それをとっかかりとして考えていきました。Appleには時代性があるし美的でもある。ある種のラグジュアリーでもありますし」

ギャラリー内部

 

自分がテーマにしようとするものを深く掘り下げるのはどのアーティストでも行うことだが、「僕の場合はreserch(調べる)ではなく、serch(探す)。深さよりも広く横に繋がるものを探していきます」と田村さん。

Apple、そこにある修理カウンターの名称であるGenius Barから派生した思考のつながりは、万有引力、ニュートン、りんご、石、ニュートンが就いた造幣局の仕事、書き溜めた言葉、打ち込んでいた錬金術、その他の研究や発見を導きだし、りんごとバナナの関係性、アダムとイヴ、人類の原初への考察にまで及ぶ。

作品の一例を挙げると、知恵の果物であるりんごの木箱でApple storeのディスプレイテーブルを原寸で模し、イギリス政府が発行したニュートンのりんごの切手をあしらった『知恵の机/Genius Table』。その中のガラスケースには『Newton’s First Low』として、慣性の法則へのオマージュである各航空会社のカトラリーが。高速移動中の飛行機内で食事ができる理由はニュートンが発見したこの法則による。オブジェの一部が金色なのは、ニュートンへの敬意と彼が夢中になっていた錬金術を意味している。

『Newton’s First Low 』2017

 

今回の個展はまっさらなところから始めたが、田村さんは企画展に呼ばれ、最初にテーマを設定されてから制作をすることも多いという。

「作品にモチーフを持っているわけではないので、発注に対して受注する方法はやりやすいし、嫌いじゃありません。要請もありますし、期待もされていると思います」

傾向としては場所に興味があるという。テーマへのアプローチの方法は、科学や歴史、人物、文学、風俗、美学など、ありとあらゆるものを駆使し、現象、象徴、虚構、言い伝え、幽霊話まで、ひとつの物事を全方位から見つめる。そこから「新しい景色」を生み出していく。

昨年は、横浜美術館で開催された企画展「BODY/PLAY/POLITICS」に、ボディビルと戦後の占領時の横浜を繋げた作品『裏切りの海/Milky Bay』を発表したが、横浜のその時代にフォーカスを当てて欲しいというのは美術館の希望だった。もともと興味があって調べていたボディビルと、肉体改造に励んだ三島由紀夫、彼がアメリカへと旅立った港である横浜、横浜に進駐した米軍などの要素を盛り込んだ作品は、ビリヤード台を登場させ、妖しくも美しい、そしてかすかに退廃を匂わす空間となっていた。

『裏切りの海/Milky Bay』2016

 

「探すこと、そして探したものが作品として成立していく過程が好きです。いざ作品の制作となると、それぞれの専門の人に頼んで作っていただくので、僕は指示を出すメール作業が主だったもの(笑)。だから僕は kind of artist(一種のアーティスト)ですね」

そう謙遜するが、田村さんの新たな景色を見たいと望む場所は多い。今年はタイ、ベルリン、日本で作品発表が決まっており、初夏からオランダにも3ヶ月ほど滞在する。

 

熱海の地形模型

ギャラリーには大小の部屋があり、大きな方には新作が主に並び、小さな部屋には田村さんの過去作品の断片的なオブジェが並んでいる。『裏切りの海/Milky Bay』からのビリヤードの玉や照明もあった。そんな小さな田村博物館の中央に置かれているのが、現在田村さんが住んでいる熱海の地形の模型だ。自宅から20km四方を50cm四方にまとめた1/43000のジオラマで、40kgのコンクリート製。

ジオラマ拡大図。熱海付近

 

「ドイツから帰ってきて、日本のどこに住もうかと考えました。東京じゃないし、かといって離れ過ぎてもいけない。相模湾沿いの町をずっと検討して、結局熱海の市街地から少し外れた岬に立つ建物が気に入って選びました。海も見えるし、温泉もある」

熱海というのは昔から作家が創作を行う時に籠る土地であった。小説の舞台にもなっており、土地が持つ情緒のようなものがある。いざ住み始めると、この辺りが地形的にもとても面白いことがわかった。南からのフィリピン海プレート、北西からのユーラシアプレート、東からの北アメリカプレートが3つせめぎあっているのが、伊豆半島のあるこの付近なのだ。近くには現在もダイナミックに動いている丹那断層があり、戦前に東海道線工事でトンネルを掘ったが地殻変動で繋がらなくなったほどだという。このジオラマには『仮)現在地/you are here』とタイトルがついているが、仮というのは住まいのことではなく、その地殻が今でもかすかに動いているからである。普段は樹脂で作られるジオラマをコンクリート製にしたのは、コンクリートの原料となる石灰は、地殻変動によって南にあった珊瑚の死骸などが運ばれて堆積したものであるから。

地質学的にも熱海を選んだことに不思議な縁を感じ、現在の自分の居場所を表しているという以外にも、このジオラマが意味していることがある。側面には過去の堆積によって生まれる地層が幾重にも見えているが、それはすなわち自分の歴史のメタファーでもあるということだ。

「地層が過去の作品のひとつひとつだとも考えられるわけです」

部屋にある幾多の過去作品のオブジェから線が伸びて、地層のひとつひとつを指す様子をバーチャルイメージで想像してみる。このジオラマが、中央に置かれている意味がよくわかる。アーティスト、田村友一郎そのものに他ならないからだ。

 

横浜での区切りの年に…

今回の個展で過去作品の部屋を作ったのは、今までの作品を整理し、アーカイブを作ろうと思っているからである。今年がある意味、区切りの年であるからだという。以前、職業カメラマンだった田村さんは、NHKの『ピタゴラスイッチ』などを手がけている佐藤雅彦さんのエッセイを読んで、彼が教授を務める東京藝術大学大学院の映像研究科(横浜校地)に入学。今年、博士課程を修了する。ちなみに田村さんの博士論文は「断片を巡る芸術実践論」。創作のエッセンスが詰まったものになっているのだろう。

「昨年は横浜で作品を発表できたし、今年は横浜での研究生活が終わります。今までを振り返って、整理するタイミングなのかなと。こういう風に過去作品を取り出してみると、立体感があって、傾向などにも気づくことができる。またどのように次に進んでいくかも自ずとわかるような気がしています」

過去作品を集めた小部屋。中央にあるのがジオラマ。

 

次のプロセスは、本を作ること。300ページに及ぶ作品集は、現段階での構想では大まかに3つの章から成るという。作品集の冒頭はステートメントとして、まず今までの作品の断片を散りばめた伊豆半島を舞台とする田村さんの小説から始まる。これが作品集全体の目次的役割も果たすことになる。

次の章では過去作品を紹介する。各作品には図版と短い解説文をつけて、企画書によると「物足りないくらいのページ数で終了」する。最後の章では、田村さんが制作するためにこれまで集めた断片を淡々と見せていく。「何度見てもおぼえのないイメージに遭遇するような経験」を読者に味わってほしいという。そこには「作品の解釈は多種多様なほどいい。ひとつの意味で終わりたくない」という田村さんの意図が込められているような気がする。

作品集には、アーキビストの上崎千さん、横浜国大の准教授である都市イノベーション研究の平倉圭さんなどとのトークも収録する。それらを今、いかにアーティスティックな記述で記録するかを考えている。

「2月に平倉さんの授業の一貫で、僕の制作について上崎さんと共に語るというイベントがあったのですが、その前日に小田原にある自然科学の生命の星・地球博物館の石展をそのふたりと一緒に見に行きました。ふたりとも石に詳しくて、その後、熱海から10kmほどの真鶴半島をウロウロしたり、地形について語ったり。僕が住んでいる土地に、ふたりを引き込んで語ってもらった言葉を収録するのは面白いとその時思ったのです。土地がボイスレコーダーになるというか。彼らと一緒に丹那断層などを見に行って、土地を語りながらちょっと田村にも触れてもらう、みたいなのもいいなと考えています」

この本の完成時期はまだ未定ではあるが、今年の秋までには上梓したいと思っている。面白いのが付録である。なんと熱海の40kgのコンクリート製ジオラマ、これが限定10部につく。

本を作った後、WEBのアーカイブへと進む予定だ。いったいどんなものになるのだろうか。きっとWEBの特性を考慮した、田村さんならではのものが作られるに違いない。

「アーカイブが重いものから軽いものへと進んでいくのは面白いなと思いますね」

現代的で、時として社会問題なども含み、学術的で、思考性の強い田村さんの作品と、熱海や横浜などの土地に、彼が人間の原初的な感覚とも言える地縁を感じていること。そこを繋げる手法こそが、アーカイブの新たなかたちとなり、田村友一郎ならではのユニークさとなっていくのだろう。出来上がった時、アーカイブとは名ばかりの、見事な作品が生まれているかもしれない。

ユカ・ツルノ・ギャラリーにて。

 

(文・田中久美子)

 

田村友一郎

1977 年富山生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科後期博士課程修了。写真、映像、インスタレーション、パフォーマンスといったさまざまな手法で、土地にまつわる記憶や歴史などの断片をつなぎ合わせた作品を発表している。
http://www.damianoyurkiewich.com/

ユカ・ツルノ・ギャラリー
http://yukatsuruno.com/index.html