「横浜音祭り2016」開幕。ヴァイオリニスト川畠成道が実現する「スーパーユニバーサル」

Posted : 2016.09.22
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「横浜音祭り2016」 が開幕した。今年のテーマに掲げられているのは「スーパーユニバーサル」。そのコンセプトによるコンサート「ミュージック・イン・ザ・ダーク」に出演するヴァイオリニスト、川畠成道さんに その意義や音楽づくりを語ってもらった。
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Photo by OONO Ryusuke

 

9月22日に開幕した「横浜音祭り2016」。2013年以来3年ぶりの2回目を数えるが、公演の数においてもジャンルの多様さにおいても他に例がない。11月27日の閉幕まで、横浜の“街”そのものを舞台に394ものプログラムが実施される。まさにキャッチコピーどおり、「街に音楽があふれだす」を体感できるだろう。また、港から海外の文化がいち早く到来し、受け入れることに寛容だった横浜の街にふさわしい音楽祭として、今年のフェスティバルコンセプトに掲げているテーマが「スーパーユニバーサル」だ。

その意図について、フェスティバル・ディレクターの新井鷗子さんは、「横浜音祭り2016」は、前回のテーマである「“ネオ” クロスオーバー」をさらに昇華させ、ジャンルだけでなく国境や世代、ジェンダー、障害を超えてあらゆる人々が自由に音楽を享受できる「スーパーユニバーサル」な音楽祭を目指します」と説明している。

その「スーパーユニバーサル」をあらわすプログラムのひとつとして、「パラ・ミュージック」のコンセプトを実現するのが11月3日(木・祝)に開催されるコンサート「ミュージック・イン・ザ・ダーク」だ。この日のために結成する弦楽オーケストラは視覚障害者と晴眼者の合同メンバー20人から成り、全員が舞台の照明をすべて消した「暗転」の状態で演奏するというユニークなもの。

この「ミュージック・イン・ザ・ダーク」に登場するヴァイオリニストのひとりが、川畠成道さんだ。幼少期に視覚障害を負い、その後ヴァイオリンと出会った川畠さんは、英国王立音楽院をスペシャル・アーティスト・ステイタスの称号を授与され首席で卒業。以降、イギリスと日本を拠点にリサイタルと世界的オーケストラとの共演を精力的に行なうヴァイオリニストとして活躍している。
そもそも川畠さんにとってのヴァイオリンとはどういうものなのだろうか。

 

視覚障害のおかげでヴァイオリンと出会えた

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Photo by OONO Ryusuke

「ヴァイオリンとの出会いは、8歳の時に視力を悪くしたことがきっかけです。生存率5パーセントと言われる病気にかかって、病気の方は幸い回復したのですが視力に後遺症が残ってしまいました。突然に視力を悪くして混乱していた中、10歳の時にヴァイオリンを始めました。ヴァイオリンを弾くことで毎日が楽しくなり、一日中弾いていました。それまで後ろ向きに暗く沈んでいた気持ちが明るくなって日々目標を持って生活できるようになりました。

 


ヴァイオリンという楽器を選んだのは、父がヴァイオリンを教える仕事をしていたからです。元々家の中で生徒を教えたり練習したりする姿を見たり聴いたりしてはいたのですが、10歳までは自分が習おうとも、あるいは両親も習わせ ようとも思っていなかったようです。視覚障害のおかげでヴァイオリンと出会えたとも言えるわけです」

 

視覚に頼ると見えるものが見えなくなる

「ミュージック・イン・ザ・ダーク」では 晴眼の演奏家に「暗譜」(楽譜を見ずに楽器を演奏すること)のハンディキャップを課す。視覚障害の演奏家は楽譜を見ずに演奏するからだ。 作曲家の指示の書かれた楽譜を研究することはクラシックの演奏においては基本だが、楽譜に依らない楽器演奏とはどういうものなのだろう。

「両親は当初、耳からの情報だけでヴァイオリンを勉強できるだろうというふうに考えたようです。しかし実際は、まず楽譜を覚えて演奏することになるため、母がピアノを弾いてくれたり、レッスンで先生からいろいろな指示をいただいたり、と楽譜を読むために力を借りてきました。今でも誰かに弾いてもらって、覚えたところから演奏の準備を始めます。ヴァイオリンを始めた時から基本的にその形で、小さい時から行なっているのでそれが当たり前のことになっています。

できるだけ楽譜に忠実にというのはクラシックの世界では当然のことですから、楽譜を大事に思う気持ちはあります。一方で、そこから離れるということも意味あることだと思っています。楽譜に囚われすぎると自分の見えるものが見えなくなってしまう、楽譜の奥に表現されている真実が見えなくなってしまうかもしれないと。あるいは自分がその作品をどう表現したいのかという、アーティストにとっての本質が見えなくなってしまうかもしれない。ですから一度楽譜を頭に入れた上で、そこからいったん離れて、表現について考えていくということも演奏する上では大事だと思います。

その点でも今回のこの「ミュージック・イン・ザ・ダーク」での暗譜演奏の体験は、非常に意味のあることなんじゃないでしょうか。オーケストラの奏者の方にとって、まず楽譜が見られないということが通常の演奏会と大きく違います。音符をすべて頭に入れて、入念な準備をした上でステージに上がらなくてはいけないわけです。そこに何か発見があるのではないでしょうか」

 

暗闇の緊張感

「ミュージック・イン・ザ・ダーク」では、一部、照明を完全に消したホールで演奏する。ステージで演奏する演奏家にとっての暗闇とはどんな試練、もしくは効果があるのだろうか。

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Photo by OONO Ryusuke

「暗闇での演奏は、私にとっても初めての体験になります。視覚障害とはいっても、光は感じるのでその情報を頼りに演奏していますから。現代の日常生活の中で、完全な暗闇というのは誰も経験できないものです。真っ暗な中で演奏するのは、おそらく相当な違和感があると思います。暗譜の問題だけではなく、楽器の演奏では視覚に頼るということも多いですから。演奏のタイミングを合わせるためのアイコンタクトとか、テンポやリズムを合わせるためのお互いの動作とか。弦楽オーケストラの場合は、通常は指揮者やもしくは指揮者の役割をする奏者がいて全員に合図を送るわけですが、暗闇では指揮者もあり得ませんからね。
そうした困難を乗り越えて、どのような表現が作れるのかが挑戦ですね。

個人の演奏という点でも、視界に自分の手があるという安心感がなくなるのです。自分の手がここにあってちゃんと指が楽器の上に乗って弾いている、この景色は楽器の演奏家にとって見慣れた光景のはずですよね。私は違うのですが。ヴァイオリニスト、特にソリストでは目をつぶって弾く方も多いですが、それはいつでも目を開ければ見られるという前提でのこと。見ようと思っても見られないという状況に置かれることは、視力のある方にとってはかなりの緊張感につながるでしょうね。

充分な準備をしてステージに上がるというのはどの演奏会でも当たり前のことですけれども、今回はそれ以上に十分、十二分に準備しないといけないですね。リハーサルもいつもよりも回数を増やして行なうことにしています」

 

太古の人間が持っていた感覚を取り戻す

「ミュージック・イン・ザ・ダーク」は「スーパーユニバーサル」のコンセプトに沿って実施されるわけだが、世界的に活躍するアーティストの川畠さんにとっては、どこに出演の意義を感じたのだろうか。

「完全な暗闇という体験は、演奏家にとっても聴衆にとっても初めての体験になります。電気のない時代であればそういった時間はもしかしたらあったのか、それでも星や月が出たりすると真っ暗闇ではなかったでしょうし。今はボタンひとつ押せば何でも手に入る時代ですから、人間が失ってしまった感覚はたくさんあると思います。その中のひとつに暗闇体験というものがあるかもしれないですよね。人間の失われた感覚を、こういった完全な暗闇を体験することで呼び起こすことにもつながるかもしれないですね。そこに期待を感じています。

私は視覚に頼って演奏することはないのですが、自分の出す音や周りの音を聴いて感じて、音楽を作っていきます。完全な暗闇の中で自分の音が自分にどう聞こえるのか、大きな興味があります。もしかしたら私も普段の演奏においても、音以外の例えば光だとか様々な要素に頼っていたところもあるかもしれないですよね。これが本当に音だけの世界になった時に、どのように自分の音が聞こえて音楽作りにどう影響するのだろうか、と楽しみです」

「暗闇で音楽を聴いてみませんか」と呼びかけているこのコンサート。聴衆にとっては、真っ暗闇の空間で「視覚以外」の感覚を研ぎ澄ませて音楽を体験することになるが、どんな効用があるだろうか。

「聴いてくださる方も視覚に頼ることがなくなり、空気を伝わって来る音に集中することを強いられますよね。自分の音楽がどのように伝わっていくのか、とても興味があります。普段とは違った感じ方をされることもあるでしょう。いつものコンサート以上の何かが感じられる可能性はありますよね。あるいは今まで聞こえていなかったものが聞こえるかもしれない」

 

視覚障害は創造のひとつの要素

視覚を持たないことは川畠さんの創造性に何か影響しているのだろうか。

「当然しています。自分の持っている要素のすべてが自分の音楽に関わっているはずですから。視覚障害もそのひとつの要素です。けれどもそれ以外にも、いろいろな要素があります。自分がこれまで生きてきた道のりだとか、どういった環境で音楽の勉強をしてきたのか、あるいは今どのような生活をして何を感じているのか、すべてのことが自分の音楽に反映されていると思います。これはどの音楽家の方でも同じことですが。

クラシックの演奏では、この作曲家のこの作品はこういう解釈で弾くべきだ、という前提はありますが、その細部をどのような音でどのような表現で演奏するかは演奏家の創造性の部分だと思います。細部に行き渡る部分というのが結局、音楽を形作っているのだと考えていますから。その人にしかないもの、その人にしかない音。音楽家、演奏家は皆それぞれの音を持っています。たとえ同じ解釈で弾いたとしても、その人の持っている音での表現があり、それが聴いてくださる方に届くのだと思います。

こういう表現をするという意志を持って弾いていますが、自分のいわゆる個性を出そうというよりも自然に出てくるものを受け止めようという意識が今は高くなってきました。私のすべての要素から生まれ出る表現が皆さまに伝わるといいですね」

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「横浜音祭り2016」のオープニングには「玉置浩二/渡辺美里プレミアム・シンフォニック・コンサート」が3日間にわたって開催。実力派ポップス歌手と日本で最も長い歴史を持つオーケストラのジャンルを越えた競演は観客を魅了した。この他にも、コンサートを野外のオープンスペースに解き放つ「街に広がる音プロジェクト」や、今や日本を象徴する文化となった「アイドル」と市民の交流によるワークショップ、由緒ある神社に響くボサノヴァの調べ、など多彩なコンサートが予定されている。ぜひ様々な音楽をライブで体感して、横浜ならではの新しい感覚「スーパーユニバーサル」の発見を楽しんでみてはいかがだろうか?

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(文・猪上杉子)

【プロフィール】
川畠成道 Narimichi Kawabata

kawabata-n1506_0675small視覚障害を負った幼少期にヴァイオリンと出会い音楽の勉強を始める。桐朋学園大学卒業後、英国王立音楽院へ留学。1997年、同院をスペシャル・アーティスト・ステイタスの称号を授与され首席卒業。翌年、東京サントリーホールにおいて小林研一郎指揮、日本フィルとの共演でデビュー。その後、英国と日本を拠点にソリストとして精力的な活動を展開し毎年数多くのリサイタルを行っている。国内外の主要オーケストラとも多数共演しており、ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団(ユベール・スダ―ン指揮)、スロヴェニア国立マリボール歌劇場管弦楽団、ボローニャ歌劇場室内合奏団などにソリストとして迎えられいずれも高い評価を得ている。2011年、欧州最高のオーケストラのひとつであるキエフ国立フィルハーモニー交響楽団の日本ツアーのソリストとして成功を収め、2013年にも共演、着実な歩みを進めている。CDはファースト・セカンドアルバムがそれぞれ20万枚の記録的大ヒットとなり大きな話題を集めて以来、13枚をリリースしている。デビュー当初より音楽活動の傍ら、積極的に国内外でチャリティコンサートを行う。中学音楽鑑賞教材や高校英語教科書、高校現代文教科書に映像や文章が使用される等、社会派アーティストとしても多方面に影響を与えている。
<川畠成道オフィシャルサイト http://www.kawabatanarimichi.jp>

 

【イベント概要】

横浜音祭り2016 

期間:2016年9月22日(木・祝)~11月27日(日) 
会場:横浜市内全域(横浜の“ 街”そのものが舞台)
プログラム数:394プログラム( 8月31日 現在)
http://yokooto.jp/

横浜音祭りパラ・ミュージック
「 ミュージック・イン・ザ・ダーク~障がいとアーツin横浜」

日時:2016年11月3日(木・祝) 14:00
出演:川畠成道(Vn)、徳永二男(Vn)、三浦章宏(Vn)、礒絵里子(Vn) 他
プログラム:
ヴィヴァルディ:四季より「夏」「冬」
バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲  他
会場:フィリアホール(青葉区民文化センター)
住所:神奈川県横浜市青葉区青葉台2-1-1 青葉台東急スクエア South-1本館5階
アクセス:青葉台駅(東急田園都市線)徒歩3分
料金

S席5,000円、A席4,000円(税込)全席指定 
学生(25才以下)、障害者手帳をお持ちの方は1割引(ヨコオトチケットセンター電話受付のみ取り扱い)
チケット購入方法
ヨコオトチケットセンター http://www.kanagawa-geikyo.com
045-453-5080(神奈川芸術協会内)
平日10:00~18:00/土曜10:00~15:00/日・祝は休み
お問い合わせ先:ヨコオトチケットセンター TEL : 045-453-5080