アクティビストではなくアーティストとして世界に向き合う――ウダム・チャン・グエンの「BODY / PLAY / POLITICS」

Posted : 2016.09.15
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横浜美術館で10月1日(土)から開催される「BODY/PLAY/POLITICS」展は、6名の現代美術作家による注目のグループ展だ。出展作家のひとりウダム・チャン・グエンさんは、ベトナム・ホーチミンを拠点に活動、かつて黄金町バザールに参加したこともあり、横浜にも縁のあるアーティストだ。ウダムさんはどのように作品づくりに取り組んでいるのだろう。じっくりお話を聞いた。
Photo by OONO Ryusuke

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先鋭的な現代美術家6名によるグループ展

BODY/PLAY/POLITICS」というインパクトの強いフレーズ。この秋、横浜美術館で開催される現代美術家のグループ展のタイトルだ。本展に名を連ねるのは、ヨーロッパとアフリカ、東南アジア、そして日本を拠点に活動する6名のアーティストたち。ウダムさんのほかには、アフリカ風の更紗を用いた作品で知られるイギリスの作家インカ・ショニバレ MBE、マレーシアの女性作家イー・イラン、映画監督としても知られるタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン、日本からは注目の作家、石川竜一と田村友一郎が、本展に出品する。人間の身体や、集団としての行動、超自然的な存在など、歴史を通じてつくり上げられた身体が生み出すイメージの数々をモチーフにした作品が並ぶ。

ウダム・チャン・グエンさんは日本との関わりも深く、2014年の「黄金町バザール」ではレジデンスプログラムに参加、今年の「あいちトリエンナーレ」では3会場で作品を発表している。10月1日(土)からスタートする横浜美術館の「BODY/PLAY/POLITICS」展では、《機械騎兵隊のワルツ》と《ヘビの尻尾》の2作品を発表する。

去る8月初旬、展示プラン打ち合せのために来日したウダムさんに、横浜美術館でインタビューをした。

ウダム・チャン・グエンのアーティスト像に迫る

ベトナムに生まれ、アメリカでアートを学んだウダムさん。約10年にも及ぶアメリカでの生活を経て、ベトナム・ホーチミンへと戻ってきたことは、ウダムさんにとってどのような影響があったのだろう? 

「いちどベトナムを離れたことで、新鮮な目でベトナムを見ることができました。ベトナムは急速な経済発展と引き換えに、その代償を払ってきたと言えます。例えば最近、グローバル企業が汚染物質を海に流したニュースがありました。このような変化はふだん生活をするなかで目には見えません。魚が死んだり、人が癌にかかりやすくなったりすることが明るみに出て、初めて可視化されるものです。

来たことがある方はわかると思いますが、ホーチミンの道路はマスクをつけてバイクに乗る人たちであふれています。彼らのマスクがカラフルで視覚的に面白いという見方もできるのですが、その背後には排気ガスによる“大気汚染”などの社会問題が潜んでいる。最近は紫外線が強いため、 “謎めいた騎士”のように全身を覆ったバイク乗りが、街中を走っているんです。」

ウダムさんが「BODY/PLAY/POLITICS」展で発表する2つの映像作品には、いずれもマスクをしてバイクに乗った人物が登場する。彼らはホーチミンの生活者の“身体”を表す記号のようでもある。ウダムさんは作品をとおして、ベトナムの日常に潜んでいるものを可視化する。

一方で、都市の開発に直面することは貴重な体験でもある、とウダムさんはつづけた。アーティストは物事を多面的にとらえている。

「新しい始まりを目撃できることはエキサイティングな体験でもあります。たとえば今ベトナムでは地下鉄工事をしていますが、これは日本の企業の協力によって実現しています。新しい鉄道が都市のなかに誕生することは、アーティストがスタジオで何かを生み出す状況に似ているとも言える。」

《ヘビの尻尾》2015年、ビデオ・インスタレーション(3面)より(部分)© UuDam Tran Nguyen

《ヘビの尻尾》2015年、ビデオ・インスタレーション(3面)より(部分)© UuDam Tran Nguyen

 

人間関係のメタファーとしての《機械騎兵隊のワルツ》

今、社会で何が起こっているかを捉え、私たちに問いを投げかけるウダムさん。本展で発表する作品のテーマについてお話を聞いた。《機械騎兵隊のワルツ》はショスタコーヴィチのワルツに合わせて、色とりどりのマントを羽織った人が乗ったバイクの隊列が、ゆっくりと進んでいき、最後に離れて散っていく映像作品だ。

「《機械騎兵隊のワルツ》は、人と人の関係性を表した作品です。ゴムとクリップでつながっているマントは、人と人の距離が縮んだり広がったりすることのメタファーでもある。集団で活動をしていても、人は自由を求めます。最終的には一人ひとりが離れていくイメージを表現しました。」

ウダム・チャン・グエン《機械騎兵隊のワルツ》2012年シングル・チャンネル・ビデオ© UuDam Tran Nguyen

ウダム・チャン・グエン《機械騎兵隊のワルツ》2012年シングル・チャンネル・ビデオ© UuDam Tran Nguyen

 

本作について、もう少し踏み込んだ見方を教えてくれたのは、本展の担当学芸員・木村絵理子さんだ。

「初めてこの作品を2013年のシンガポール・ビエンナーレで見たときに、ショスタコーヴィチはベトナムでは国民的によく知られた作曲家であるとウダムさんから聞きました。社会主義国であるベトナムでは、米ソの冷戦構造のなかで旧ソ連を通じてもたらされたロシアの文化が浸透しています。さらにウダムさんは、アメリカでアートを学んでいます。冷戦構造のなかで翻弄されたベトナムを、彼の身体が引き受けていると感じました。そしてミリタリーパレードのようにも見えるカラフルなオートバイの結束された隊列が、最終的に解放されるイメージに衝撃を受けました。」

3つの神話を内包した《ヘビの尻尾》

木村さんのお話を聞いて、作品から受けるインスピレーションが深まったように感じる≪機械騎兵隊のワルツ≫。本作と対をなすようにつくられた《ヘビの尻尾》は、排気ガスでふくらんだビニールのチューブがバイクにつながってホーチミンの市街地を駆け巡ったり、ダンサーがチューブを巻き付けて動くシーンが登場したりする、3面構成の映像インスタレーションだ。

「この作品は、3つの神話をガイドラインとして扱っているんです。ひとつ目はヒンドゥー教の神話『乳海撹拌』。この神話は、天地創造はある種の“毒”を伴うことを表しています。世界がまだ存在しなかったころに、神と悪魔が協力して、山にヘビを巻き付けて引っ張ってかき混ぜると世界が生まれるのですが、そのときに出た“毒”をヴィシュヌ神が吸い取って、世界は破壊を免れたという神話です。

2つ目は『トロイアの木馬』。敵のギリシア人から贈られた木馬を城のなかに入れてはいけないと預言者がトロイア人に忠告しましたが、それを聞かず木馬を城に入れたため落城してしまいます。その際に海から蛇が出てきて、預言者が絞め殺されてしまったという神話です。

3つ目は『バベルの塔』。人びとが建設不可能なバベルの塔を建てようとして、神の怒りをかい、人間たちに複数の異なる言葉が与えられた神話です。ホーチミンには建設途中の工事現場がたくさんあります。」

《ヘビの尻尾》2015年、ビデオ・インスタレーション(3面)より(部分)© UuDam Tran Nguyen

《ヘビの尻尾》2015年、ビデオ・インスタレーション(3面)より(部分)© UuDam Tran Nguyen

 

ウダムさんは「乳海撹拌」の物語で“毒”を吸い取ってくれた神が、果たして現代に存在するのか? という問いを本作で投げかけている。人類は文明の発展と引き換えに、さまざまな“毒”を受け入れてきたのではないか。排気ガスや核廃棄物や汚染物質など、あらゆる形になって“毒”は私たちの身の周りにあふれている。作中の排気ガスでふくらんだビニールのチューブは、ホーチミン市の人びとに巻き付く殺し屋のヘビのようにも見えるし、排気ガスが人々の命を奪っていくようにも見えるかもしれない。

神話からは、人類が長い時間をかけて獲得したさまざまな示唆や知恵を読み取ることができる。ウダムさんに、神話を扱った理由を聞いた。

「神話のなかにある“予言”の要素を意識しています。人間は文明を切りひらいてきましたが、人間がすべてを自分たちの意志のもとにコントロールできると過信することはできません。私たち人間は、自分たちの意志でコントロールできない大きな力によって動かされているのではないか。そんな風に考えています。」

《ヘビの尻尾》2015年、ビデオ・インスタレーション(3面)より(部分)© UuDam Tran Nguyen

《ヘビの尻尾》2015年、ビデオ・インスタレーション(3面)より(部分)© UuDam Tran Nguyen

 
「BODY/PLAY/POLITICS」展の6名のアーティスト

このような2つのコンセプチュアルな作品を発表するウダムさんをはじめ、6名のアーティストによる本展を企画した担当学芸員の木村さん。その意図についてお話を聞いた。

「“BODYという単語は、身体を表すと同時に塊という意味をもちます。個人ではなく、集合体としての身体を考えること。“PLAY”は遊び、演じるという意味です。社会のなかで集合体になったとき、身体は何を演じるのか。またそういった身体をとおして見えてくる“個”や、そこから生まれてくる “POLITICS(政治性)”を、本展では主題にしています。

横浜美術館で想定される観客のほとんどは、日本で暮らす人たちです。現代を生きる日本人にとって直接的な問題を扱うのではなく、同じ時代のなかで世界のあらゆる地域のアートに触れることで、それぞれの“集合体としての身体”のありようが浮かび上がってくるのではないか。そのような考えから、日本のアーティストはあえて沖縄の石川竜一と、横浜の歴史を取り上げる田村友一郎の2名に絞り、日本人にとってのパーソナルな問題意識とどこかでつながるような世界のアーティストの視点を感じてもらうことを企図しています。大航海時代以来のアフリカとヨーロッパの関係について言及するインカ・ショニバレMBE、東南アジアの霊的なイメージに取材するイー・イランとアピチャッポン・ウィーラセタクンなど、6名のアーティストはみな、それぞれの形で歴史を引き受けながら、現在に生きる自分自身を見つめなおしているアーティストです。」

木村さんは、2014年にウダムさんと黄金町で対話をしたことも、本展のアイデアを膨らませるにあたって影響したと言う。何気ない日常の交流が、企画の布石になっていたのだ。

技術の使い方を探求した《License 2 Draw》

2014年に黄金町バザールで滞在制作を行ったウダムさん。黄金町で発表した作品《License 2 Draw》では、世界中から参加者を集めて絵を描くドローイングセッションを実施した。本作にはウダムさんのアーティストとしての態度がはっきりと反映されていた。

「アメリカで生活していた当時(2004年ごろ)、遠隔操作によるドローンがアフガニスタンやイエメン、パキスタンなどを空爆するニュースを連日見ていました。クリックひとつで、遠隔操作で人を殺せる状況がある。そういった状況に対して、問題提起をしたい想いがありました。わたしはアーティストであり、アクティビストではありません。アーティストとアクティビストの線引きは明確にすべきだと考えています。デモに行くぐらいなら、自分には何か別の仕事ができると思っています。そのような状況のなかで、この作品を構想していました。」

Photo by OONO Ryusuke

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作品のアイデアを思いついてから、実際に発表するまでに、長い時間をかけ試行錯誤して創作に取り組んでいると語るウダムさん。本作も発表に至るまでに長い時間を要した。

「技術は使い方によってクリエイティブなことを実現できると同時に、人を傷つける道具にもなる。どのように技術と向き合うのか。アーティストは常に考えなければなりません。

《License 2 Draw》はアメリカで構想して、ホーチミンのエンジニアと一緒に開発を続け、2014年に黄金町から秋葉原に通ってようやく完成したものです。」

黄金町での滞在時に、ウダムさんは日本の自殺率が高いことを知った。また、村上春樹の小説『ノルウェーの森』には、自動車の排気ガスで自殺する青年が描かれていた。当時制作中だった作品《ヘビの尻尾》に登場する、ダンサーがビニールのチューブに巻かれて息絶えるシーンは、このときにインスピレーションを得たという。

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アーティストとしてこれから向き合いたいこと

最後に、ウダムさんがこれから取り組んでいきたいと考えている事柄について聞いた。

「私の父は、毎朝起きると新聞のニュースを見ては政治の愚痴ばかりを言っていました(笑)。父が中国との外交問題についてああだこうだ言っていたのをいい加減にしてくれと思うときもあったのですが、いつの間にか自分自身の問題として感じるようになってきたという実感をもっています。ひとつの作品の構想として、南シナ海をめぐる問題について取り組みはじめています。東南アジアと中国、日本と中国の微妙な緊張関係を扱うものとして、さまざまな人が関われる、議論の糸口になるプラットフォームのような作品になればいいなと思っています。」

「アクティビストではなく、アーティストとして」という明確な態度をもちながら、鋭い視点とスマートなアイデアで向き合いつづけるウダムさん。

今秋の横浜美術館の「BODY/PLAY/POLITICS」展は、ウダムさんの作品をじっくりと鑑賞できる貴重な機会になる。全身で体感しに行こう。

(文・及位友美/voids

【プロフィール】


ウダム・チャン・グエン

UuDam Tran Nguyen

1971年、コンツム生まれ、ホーチミンを拠点に活動。
ベトナムに生まれ、アメリカで学んだ作家は、パフォーマンスを軸とした映像や立体作品、インターネットを通してドローイングのためのマシンを遠隔操作するインタラクティブなプロジェクトなど、動きをベースにした作品を発表しています。本展では、《機械騎兵隊のワルツ》と、日本初公開となる《ヘビの尻尾》を出品します。

【イベント情報】


「BODY/PLAY/POLITICS」

出品作家:
インカ・ショニバレ MBE(Yinka Shonibare MBE)【イギリス】
イー・イラン(Yee I-Lann)【マレーシア】
アピチャッポン・ウィーラセタクン(Apichatpong Weerasethakul)【タイ】
ウダム・チャン・グエン(UuDam Tran Nguyen)【ベトナム】
石川竜一(Ishikawa Ryuichi)【日本】
田村友一郎(Tamura Yuichiro)【日本】

会期:2016年 10月1日(土)~12月14日(水)
開館時間:10時~18時(入館は17時30分まで)
※10月28日(金)は20時30分まで(入館は20時まで)
休館日:木曜日(ただし11月3日[木・祝]は無料開館)、11月4日(金)
会場:横浜美術館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)
アクセス:
みなとみらい線「みなとみらい」駅徒歩5分
JR(京浜東北・根岸線)・横浜市営地下鉄「桜木町」駅徒歩10分

詳細はウェブサイトにて
http://yokohama.art.museum/special/2016/bodyplaypolitics/

①アーティスト・トーク
ウダム・チャン・グエン、アピチャッポン・ウィーラセタクン
日時:2016年(土)13時45分~16時30分
会場:横浜美術館円形フォーラム
定員:100名(事前申込不要、先着順、参加無料)※日英逐次通訳

②アジア・アートウィーク フォーラム
波紋―日本、マレーシア、インドネシア美術の20世紀
戦争を挟む激動の時代における日本とアジアのアートシーンについて、出品作家のイー・イランをはじめ、内外の専門家を招いたフォーラムを開催します。
日時:2016年10月2日(日)
[第1部]13時~16時/[第2部]17時30分~20時30分
会場
[第1部]横浜美術館円形フォーラム
[第2部]高架下スタジオSite-D集会場
定員:各会場100名(事前申込不要、先着順、参加無料)※日英逐次通訳

③ライブパフォーマンス
出品作家の石川竜一が参加する実験的かつクロスジャンルなアーテイスト・コレクティブ「野生派」による一夜限りのライブパフォーマンス。
野生派:curryなる3つめの事故(wifiじゃないから聞こえないっす)
出演:野生派[石川竜一+吉濱翔+ミヤギフトシ+渡辺郷+ルーベン・キーハン+木村 絵理子
日時:2016年10月28日(金)19時~20時30分
※当日、横浜美術館は20:30まで開館
会場:横浜美術館グランドギャラリー
参加費:無料

④夜の美術館でアートクルーズ
閉館後の美術館で、学芸員の解説付きで展覧会をゆったり鑑賞できる人気プログラムに出品作家が登場。
日程:①2016年10月26日(水)/②2016年11月26日(土)
時間:各日19時~21時
解説:木村絵理子(横浜美術館主任学芸員)
※都合により解説担当学芸員が変更になる場合がございます。
作家:①石川竜一/②田村友一郎
対象・定員:18歳以上・各回70名(事前申込、先着順)
参加費:3,000円

詳細・参加申し込みはウェブサイトから
http://yokohama.art.museum/special/2016/bodyplaypolitics/index.html